私の最推しがクラスメイト?! ガチ恋なのをいいことに好き放題やられてるんですが、この超性格の悪いVTuberからどうやって逃げればいいですか.....?   作:顔のない女

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第37話 身バレ注意報

 そしてそれから私たちは五日間の京都旅行を楽しんだ。

 この旅行は私の人生において最も濃密で、そして最も背徳的な幸福に満ちた時間だった。

 

 あれから私たちは、昨日突発で立てた予定表に従い様々な場所を巡った。

 伏見稲荷大社の千本鳥居、清水寺の舞台、嵐山の竹林、貴船神社の水占い。

 ガイドブックに載っているような王道コースを、私たちは手を繋いで歩き回った。

 

 けれど、私の記憶に残っているのは美しい景色ではない。

 

 朱色の鳥居よりも、私の袖を掴んで離さない月宮さんの指先の白さ。

 竹林の静寂よりも、人混みで私を見失わないようにと焦る彼女の視線。

 あとは……本当に申し訳ないと思うけど、毎晩のように子守唄を歌って彼女をさすりながら寝かしたことも、多分一生忘れないと思う。

 正直、自分でも何やってるんだろうって、一瞬客観視してしまう時さえあったし。

 

 そんな蜜月のような五日間は瞬く間に過ぎ去り、迎えた最終日。

 私の目の前に、ここ数日間で使った合計金額を突きつけられた。

 

「はい、これが今回の出費だよ」

「…………はい?」

「もちろん茜ちゃんは、一銭も払わなくて良いんだけどね」

 

 月宮さんがスマホの電卓画面を無邪気に見せてくる。

 そこに表示されていたのは、私の常識を遥かに超えた数字だった。

 

『¥485,600』

 

 ……約五十万。

 たった数日の旅行で、ぶいフェスの時の何倍もの金額が溶けていた。

 

「いち、じゅう、ひゃく、せん…………」

 

 私は目を手でゴシゴシと擦り、画面を十度見くらいした。

 何度見ても桁は変わらない。バグであってくれと願ったが現実は非情だ。

 

 高級ホテルの連泊、ルームサービス、そしてその他移動費やら様々なキャンセル料やら雑費やら。

 ……まだお土産も買ってないのにこの費用。

 

 それを、彼女は涼しい顔で「全額出す」と言っているのだ。

 

「月宮さん……私、体が震えてきました」

 

 勿論、行く前からある程度デカいお金が動く事は分かっていたけど、やはりしっかり遊びきった後にこの金額は、もはや返せと言われても返しきれない。

 最悪の場合、バイトを始めるのも視野に入れないといけないだろう。

 ……本当に嫌だけど。

 

「んー? でも楽しかったでしょ?」

「それはそうですけど! こんな大金、私の人生で見たこともないですよ……」

 

 震える私を見て、月宮さんは楽しそうに笑っていた。

 その笑顔は『これであんたは私に逆らえないね』という無言の圧力を孕んでいるようで、私はただひたすらに縮こまるしかなかった。

 

 

 

 ---

 

 

 

 そして、帰りの夜。

 新幹線の時間が迫る午後20時頃。

 

 私たちは京都駅近くの、少し奥まった場所にある隠れ家的なカフェにいた。

 

 旅行の最後を締めくくる、ささやかな反省会。

 店内はジャズが流れ、落ち着いた空気が漂っている。

 私たちは一番奥の席で、抹茶パフェをつつきながら、この数日間の思い出を語り合っていた。

 

「思い返してみても、貴船の川床料理とか雰囲気出てて良かったよね。写真もいっぱい撮っちゃったし!」

「私としては初日のコンビニで買ったあんぱんの味も、結構捨てがたいですけどね」

「それだけは絶対にない」

 

 穏やかな時間。

 終わりが近づいている寂しさはあるけれど、それ以上に何かをやり遂げたという充足感があった。

 

 これならこの旅行を、良い思い出として締めくくれる。

 

 そう思っていた――その時だった。

 

「……なんかあの人の声、天野シオンに似てるくね?」

 

 背筋が凍りついた。

 数メートル離れた席。大学生くらいの二人組の男の声が、私の耳に飛び込んできた。

 

「えー? まさか。声似てる奴なんていっぱいいるし」

「いや、今の笑い方とかマジでそのまんまだったって」

「……大手Vtuberが個室も借りず、夏休みからこんな場所で遊んでるわけないだろ」

「そうなんかな。でもbi◯lsのパンケーキに乗ってるバターを丸呑みにしたVの話とか最近聞いたし、案外その辺にいるかもよ?」

 

 心臓が早鐘を打つ。

 

 ……まずい、非常にまずい。

 月宮さんは完全に油断している。

 帽子やマスクをして簡易の変装をしてるわけでもないし、今の会話のテンションはまぁまぁ『メン限配信中のシオンちゃん』に近い。

 

 月宮さんはまだ気づいていないようで、パフェのスプーンを口に運びながら、「でね、あの時の茜ちゃんがさ~」と話を続けようとしている。

 

 私は瞬時に思考を切り替えた。

 

 口に出して警告すれば、その声が更に火種を蒔いてしまうおそれがある。

 

 私はテーブルの下で素早くスマホを取り出し、メモ帳アプリを起動した。

 震える指でフリック入力し、その画面を無言で月宮さんの目の前に突きつける。

 

 ――ここは危険です。後ろの客に声がバレかけてます。今すぐにここを出ましょう――

「へ?」

 

 月宮さんがきょとんとして、私のスマホと顔を交互に見る。

 そして彼女の眉間に、みるみるうちに不満の皺が寄っていくのが分かった。

 

『……なんで? まだパフェ残ってるし、新幹線まで時間あるじゃん』

 

 そんな心の声が聞こえてきそうだ。

 

 私だってまだゆっくりしていたい。

 でもここで時間を潰すのだけは本当にダメだ。

 

 もし万が一にでも身バレして炎上でもすれば、それこそ旅行の思い出が全部吹き飛ぶ。

 これから一ヶ月、仕事でただでさえピリピリする彼女を、これ以上追い詰めるわけにはいかない。

 

 私は拝むように両手を合わせ、必死の形相で目配せを送った。

 

 お願いです、今回だけは私の言うことを聞いてください――!

 

「…………チッ」

 

 月宮さんは小さく舌打ちをすると、乱暴に伝票を掴んで立ち上がった。

 明らかに不機嫌だ。

 

 彼女は私の手を乱暴に掴むと、顔を伏せながら早足でレジへと向かった。

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