私の最推しがクラスメイト?! ガチ恋なのをいいことに好き放題やられてるんですが、この超性格の悪いVTuberからどうやって逃げればいいですか.....? 作:顔のない女
そしてそれから私たちは五日間の京都旅行を楽しんだ。
この旅行は私の人生において最も濃密で、そして最も背徳的な幸福に満ちた時間だった。
あれから私たちは、昨日突発で立てた予定表に従い様々な場所を巡った。
伏見稲荷大社の千本鳥居、清水寺の舞台、嵐山の竹林、貴船神社の水占い。
ガイドブックに載っているような王道コースを、私たちは手を繋いで歩き回った。
けれど、私の記憶に残っているのは美しい景色ではない。
朱色の鳥居よりも、私の袖を掴んで離さない月宮さんの指先の白さ。
竹林の静寂よりも、人混みで私を見失わないようにと焦る彼女の視線。
あとは……本当に申し訳ないと思うけど、毎晩のように子守唄を歌って彼女をさすりながら寝かしたことも、多分一生忘れないと思う。
正直、自分でも何やってるんだろうって、一瞬客観視してしまう時さえあったし。
そんな蜜月のような五日間は瞬く間に過ぎ去り、迎えた最終日。
私の目の前に、ここ数日間で使った合計金額を突きつけられた。
「はい、これが今回の出費だよ」
「…………はい?」
「もちろん茜ちゃんは、一銭も払わなくて良いんだけどね」
月宮さんがスマホの電卓画面を無邪気に見せてくる。
そこに表示されていたのは、私の常識を遥かに超えた数字だった。
『¥485,600』
……約五十万。
たった数日の旅行で、ぶいフェスの時の何倍もの金額が溶けていた。
「いち、じゅう、ひゃく、せん…………」
私は目を手でゴシゴシと擦り、画面を十度見くらいした。
何度見ても桁は変わらない。バグであってくれと願ったが現実は非情だ。
高級ホテルの連泊、ルームサービス、そしてその他移動費やら様々なキャンセル料やら雑費やら。
……まだお土産も買ってないのにこの費用。
それを、彼女は涼しい顔で「全額出す」と言っているのだ。
「月宮さん……私、体が震えてきました」
勿論、行く前からある程度デカいお金が動く事は分かっていたけど、やはりしっかり遊びきった後にこの金額は、もはや返せと言われても返しきれない。
最悪の場合、バイトを始めるのも視野に入れないといけないだろう。
……本当に嫌だけど。
「んー? でも楽しかったでしょ?」
「それはそうですけど! こんな大金、私の人生で見たこともないですよ……」
震える私を見て、月宮さんは楽しそうに笑っていた。
その笑顔は『これであんたは私に逆らえないね』という無言の圧力を孕んでいるようで、私はただひたすらに縮こまるしかなかった。
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そして、帰りの夜。
新幹線の時間が迫る午後20時頃。
私たちは京都駅近くの、少し奥まった場所にある隠れ家的なカフェにいた。
旅行の最後を締めくくる、ささやかな反省会。
店内はジャズが流れ、落ち着いた空気が漂っている。
私たちは一番奥の席で、抹茶パフェをつつきながら、この数日間の思い出を語り合っていた。
「思い返してみても、貴船の川床料理とか雰囲気出てて良かったよね。写真もいっぱい撮っちゃったし!」
「私としては初日のコンビニで買ったあんぱんの味も、結構捨てがたいですけどね」
「それだけは絶対にない」
穏やかな時間。
終わりが近づいている寂しさはあるけれど、それ以上に何かをやり遂げたという充足感があった。
これならこの旅行を、良い思い出として締めくくれる。
そう思っていた――その時だった。
「……なんかあの人の声、天野シオンに似てるくね?」
背筋が凍りついた。
数メートル離れた席。大学生くらいの二人組の男の声が、私の耳に飛び込んできた。
「えー? まさか。声似てる奴なんていっぱいいるし」
「いや、今の笑い方とかマジでそのまんまだったって」
「……大手Vtuberが個室も借りず、夏休みからこんな場所で遊んでるわけないだろ」
「そうなんかな。でもbi◯lsのパンケーキに乗ってるバターを丸呑みにしたVの話とか最近聞いたし、案外その辺にいるかもよ?」
心臓が早鐘を打つ。
……まずい、非常にまずい。
月宮さんは完全に油断している。
帽子やマスクをして簡易の変装をしてるわけでもないし、今の会話のテンションはまぁまぁ『メン限配信中のシオンちゃん』に近い。
月宮さんはまだ気づいていないようで、パフェのスプーンを口に運びながら、「でね、あの時の茜ちゃんがさ~」と話を続けようとしている。
私は瞬時に思考を切り替えた。
口に出して警告すれば、その声が更に火種を蒔いてしまうおそれがある。
私はテーブルの下で素早くスマホを取り出し、メモ帳アプリを起動した。
震える指でフリック入力し、その画面を無言で月宮さんの目の前に突きつける。
――ここは危険です。後ろの客に声がバレかけてます。今すぐにここを出ましょう――
「へ?」
月宮さんがきょとんとして、私のスマホと顔を交互に見る。
そして彼女の眉間に、みるみるうちに不満の皺が寄っていくのが分かった。
『……なんで? まだパフェ残ってるし、新幹線まで時間あるじゃん』
そんな心の声が聞こえてきそうだ。
私だってまだゆっくりしていたい。
でもここで時間を潰すのだけは本当にダメだ。
もし万が一にでも身バレして炎上でもすれば、それこそ旅行の思い出が全部吹き飛ぶ。
これから一ヶ月、仕事でただでさえピリピリする彼女を、これ以上追い詰めるわけにはいかない。
私は拝むように両手を合わせ、必死の形相で目配せを送った。
お願いです、今回だけは私の言うことを聞いてください――!
「…………チッ」
月宮さんは小さく舌打ちをすると、乱暴に伝票を掴んで立ち上がった。
明らかに不機嫌だ。
彼女は私の手を乱暴に掴むと、顔を伏せながら早足でレジへと向かった。