私の最推しがクラスメイト?! ガチ恋なのをいいことに好き放題やられてるんですが、この超性格の悪いVTuberからどうやって逃げればいいですか.....? 作:顔のない女
……これが月宮さんとのお別れになるのか。
胸の奥で何かが崩れ落ちていく音がした。
私は彼女に対して、自分でも引くほど酷い怒り方をしてしまった。
たぶんもう二度と会ってくれない。
しかも、最後に「ありがとう」も「またね」も言えなかった。
「……ぅぅ……ひっぐ…………」
涙は止まらなかった。
頬を伝い、手の甲を濡らし、テーブルの木目を滲ませていく。
頭の中で何度も後悔が反響し、呼吸が浅くなる。
――そんな時だった。
バンッ、と扉が勢いよく開く音が、空気を震わせた。
私はそれを聞いていたけれど、顔を上げることもできず、
ただ机に突っ伏したまま、小さな嗚咽を漏らし続けた。
足音が近づいてくる。
一定のリズムで、まっすぐこちらに向かって。
コツ、コツ、コツ――。
それが自分の席の真横で止まった瞬間、背筋がぴんと強張った。
「…………」
誰なのか確認する勇気は無い。
でも、確かにそこに人がいる。
鼓動が早鐘のように鳴る中、ふいに両肩にそっと手が置かれた。
そしてその人物は、私の耳元へ顔を寄せ、囁くように言葉を落とした。
「
――その音が聞こえた瞬間、涙が一気に引いた。
この声を私は知っている。
何千も聞いてきた。
笑うときの息づかいも、歌うときの抑揚も、全部。
世界でいちばん大好きな声。
私のガチ恋相手で最推しの――天野シオンちゃんの声だ。
「シオンちゃんッ!!!!」
私は椅子を引き倒す勢いで顔を上げ、振り返った。
心臓が破裂しそうなほど高鳴っている。
けれど、そこに立っていたのは――
「つ、月宮さん?!もう帰ったんじゃ……」
……え、おかしい。
謎の状況すぎて頭の中が真っ白になった。
今の声は間違いなく“あの”シオンちゃんの声だった。
でも、目の前にいるのはさっき帰ったはずの月宮さん。
幻聴?
いや、そんなはずない。
私が知るシオンちゃんの声は、世界でいちばん正確に聞き分けられる。
どんなノイズ混じりでも、絶対に聞き違えたりなんてしない。
じゃあ今のは……何?
思考が暴走しそうになる中、月宮さんは平然と口を開いた。
「まだ話は終わってないからね。金原さん振り切って戻ってきちゃった――と言っても、たぶん1分もしないうちに連れてかれるけど」
そう口にした彼女は、いつもと変わらないミ◯キ◯声だった。
やっぱり幻聴……?
「まぁでも……ここで最後のお別れになって、暫く会えないのは勿体無いし、茜ちゃんには約束を果たしてもらわないとね」
「やっ、約束?! 一体なんの話ですか??」
私がそう聞くと月宮さんは帽子に手をかけた。続けてサングラス、そしてマスクを外していく。
顕になった顔を見て、私は息を呑んだ。
——美しい。
なぜこんな顔を隠していたのか、まるで理解できないほどの美貌だった。
「んふふふふっ。……茜ちゃん、もしかしてさっきの声でも分からなかった? 鈍いね〜」
月宮さんは口元を手で隠しながら、くすくすと笑った。
その瞬間——脳内で何かが繋がる。
これまでの月宮さんの言葉、仕草、行動が。
それらがパズルのピースのように、漸くカチカチと音を立てて嵌まっていく。
「はっ? ……な、なな、何を言っているんですか。わ、わた、私は貴女の言っていることがががっ、まっ、全く……理解できませんんん!!」
喉が焼けるように熱く、舌がもつれて思うように言葉が出ない。
だけど脳裏にはすでに、彼女の言葉が何度も何度も反響していた。
……嘘だ、ありえない。
そんな偶然があっていいはずがない。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
嘘だ嘘だ嘘だ。
そんなわけがない!
これは絶対に何かの間違えなはず。
絶対にありえない。
あるはずが……あるはずが――
「……あー、混乱してるんだね」
月宮さんは一歩、近づいてきた。
そして、逃げる間も与えずに両手を伸ばし、私の頬を包み込む。
冷たい指先が肌に触れた瞬間、心臓が跳ねた。
「じゃあもう一度――次はちゃんと、脳に分からせてあげるね」
息が耳にかかる距離。
彼女の唇がほんのわずかに動くたび、微かな吐息が肌を撫でた。
その声が、空気を震わせ、私の鼓膜を貫く。
「
その声はまるで、時間の流れそのものを引き延ばしていた。
一音ごとに空気が震え、世界が粘ついた蜜の中を泳ぐように、ゆっくりと動いていく。
私の脳はそれを「言葉」としてではなく、音と衝撃として受け止めていた。
冷水を浴びたような――いや、それどころじゃない。
電気を直接、頭蓋の内側に流し込まれたような感覚だった。
思考が焼かれ、神経が弾け、視界の端が光で滲んでいく。
どくん、と心臓が鳴る。
脳が全力で処理を試みるのに、言葉が意味を結ばない。
それでも――脳が最低最悪な解釈をしてしまった。
この声が誰のものなのかはもう、決定的である。
「あぅ〜……」
気づけば口の端から涎が垂れていた。
体は震え、全身の感覚が妙に熱い。
あぁ、もう……私の中の“現実”という枠が、ゆっくりと溶けていく。
「――じゃ、また明日!」
その一言が刃のように空気を裂いた。
彼女は微笑み、私の頬から手を離し、軽やかにスカートを翻す。
ドアのベルがカランと鳴り、残響だけが店内に取り残された。
「ああ…………あああ……ぅぅ」
私の頭の中で月宮さんの声が脳内で反響する。
その音は紛れもなく、天野シオンちゃんそのものだった。
私が彼女の声を聞き間違えることなど、絶対にありえない。
「そんな……こんな事がある筈が、そんなわけが……!!」
夢かもしれない。
だってありえないでしょ……
月宮さんの正体が天野シオンちゃんって!!!
いや、でもそう考えたら私が普通に月宮さんと会話出来るのにも、ある種納得がいくかもしれない。
だって、今までまともに友人が出来たこともない私が、唯一の最推しと会話出来る。
それはまるで永遠に眠り続ける美女が、王子様のキスで目覚めるような——そんな奇跡。
でも! だけど!!!!
「あああああああああああああああ!!!!!」
私の脳はオーバーヒートを起こした。