私の最推しがクラスメイト?! ガチ恋なのをいいことに好き放題やられてるんですが、この超性格の悪いVTuberからどうやって逃げればいいですか.....? 作:顔のない女@人外ものメインで書く人
私は坂本さんを下がらせて、目の前の男と向き合った。
ここは展示物が少なく、人の少ない端の廊下側。
そこで私は彼と対面する。
「お久しぶりです、清水さん」
「…………」
彼の目的は読めている。
おそらく月宮さんが目当てなはずだ。
なんとなくだけど、そんな気がする。
いや、この予想は確実に当たっている。
私はその一点のみで、彼のことを理解できる。
「本日は月宮さんに会いに来られたのでしょう? どうしてこんな場所をほっつき歩いているのですか?」
「………………お前、気持ち悪いな。何もできない社会のゴミのくせに」
彼は私を睨みつけてそう言葉を漏らす。
私は突如吐き出された毒ある言葉に、口元が吊り上がりそうになった。
それをどうにか、お客様に対する顔で必死に抑え込む。
「高校中退した人に言われたくはない台詞ですが……ふふっ、その様子だと会わなかったみたいですね」
「会ったさ!!会ったしメイド姿の詩音と会話もした!! おまけに一緒にカメラで動画まで撮ったんだぞ!なのに…………」
……動画?
記念撮影の類だろうか?
まぁいい。
「なのに? なのにどうしたのですか? 続きを言ってくださいよ」
「なのにアイツは俺に気づかなかった!!!! 名前も言った!! 昔の話も持ち出したのに、まるで初対面の相手みたいに受け流されたんだ!!!」
「ふむ?……それは、さぞお辛いことでしょうね。交際経験まであったにも関わらず、忘れられていたら、私だったら耐えられません」
「何他人事のように言ってんだボケ! 全部お前が教室に来てからおかしくなってるんだぞ!!」
「それは私を過大評価しすぎですよ」
やっぱり清水さんは、月宮さんに会いに来たらしい。
だけど悲しいかな。
月宮さんは彼のことをもう忘れてしまったようだ。
「まぁ忘れられてしまったのなら、貴方もそうした方が良いのでは?」
あの人が意味不明な接待まで、嫌いな相手にするなんてことは想像できない。
たぶんそのストレスに耐えられないと思うから。
だから忘れたフリを装ったとかでは、きっと無いのだと思う。
忘れられてるのはほぼ確実だろう。
結論。
月宮さんからすれば、彼の存在はそれほど要らないもので、どうでもいい物に分類されていたのだ。
「忘れられた??この俺がか? あんま舐めたこと言うんじゃねえぞ!!!」
「…………ふむ」
「俺はずっとずっとアイツの側に居てやったんだ。何も知らないお前と違ってな!! 知ってるか?お前は詩音の過去と今をっ!!!??」
ずっと隣に……
小学、中学の月宮さんの隣に誰がいたかなど耳に入れるだけ無駄なことだ。
まずあの頃の彼女には、弦巻さんがそばに居た。
あの強烈な存在感を放つ弦巻さんが――である。
それも家族という形として。
他の人がどう動き、どんな過去があり、どういうふうにして月宮さんに接していたかは知らない。
けど……それでも、あの頃の月宮さんには銀の髪を持つ女の子しか映らなかっただろう。
他の有象無象がどれほど彼女の視界を掠めたとしても、所詮は石ころの一つでしかない。
数多のファンや関係者と関わるVtuberとしての彼女の記憶から彼の居場所が消えるのは、もはや必然の理だ。
これは持論だが、他人の記憶に爪痕を残したいなら、それ相応の資質を磨くか、さもなくば記憶を焼き切るほどの大馬鹿か大成を成さなければならない。
弱者に他人の心の中に居座るための席など、用意されるわけないのだから。
「はぁ……くだらないですね。それを全部知ってるって言ったら、貴方はどうするんですか? それに過去なんて知ってたところでしょう」
「知ってるんなら言え!この場で言ってみろ!! 過去は人間関係を築く上でとても重要なことだ!!」
現状で今それについて話すことの何が重要なのか、私には分からない。
彼がどこに答えを置いてるのか、私には理解できなかった。
……それにしてもおかしい。
もう少しこの男を深掘りすれば、答えが出るだろうか。
私はたぶん、彼に言いようのない親近感を覚えている。
鏡を覗き込んでいるような、不快で……でも目が離せない既視感。
「そうですね。月宮さんは過去に家族とのいざこざがあって、現在は……」
私は今の月宮さんについて話すか、そこで少しだけ迷った。
それは彼女に対する裏切り行為に、他ならないから。
だが、私は彼がその事を知っているという確信があった。
ただの野生の勘でしかないけど、これは絶対に外れてないという自信がある。
「ふっ……ネットの人気者だったと思いますよ――これで満足ですか?」
その言葉を投げかけた瞬間、彼の貌がさらに醜く、見るに耐えないほどに歪んだ。
「なんでだ。……全部話したのか? アイツがお前なんかに親の話を……今の自分を……」
「こっちこそ意外ですよ。貴方があの人の配信者としての姿を知ってる事に」
関わっていてよく分かる。
月宮さんがどことも知らない馬の骨に、自分の情報を自ら話すなんてありえない。
過去の家族関係の話はまだ分かる。
彼は十中八九、小学生の頃から彼女の傍にいた人なのだろうから。
月宮さんは小学生時代に親が変わり、弦巻アメという怪物と関わりだすという劇的な環境の変化を経験した。
その過程で周囲に事情が知れたり、当時の知人に現在を語ったりすることには、まだ理解の余地がある。
その秘匿性が生命線である以上、正体を知る者が増えるほど、自身に降りかかる脅威は指数関数的に跳ね上がる。
それを自ら告白するなど、魂を預けられるほどの信頼を置いていない限り絶対にあり得ない。
たとえそれが、かつての恋人であってもだ。
だからこの男は自分で探し、たどり着いたのだろう。
もしくは私のように偶然にも、出会ってしまったのだろう。
Vtuberとしての側面がある月宮さんに。
「というかその姿……」
やはりよく見れば、私が外出する時の服装と一緒だ。
そしてボロボロの髪に、酷い立ち様。
私と似て非なる面白い雰囲気を漂わせ、ひん曲がった精神性でモノを答弁する在り方。
あぁ……客観視すると、過去の私と良く似ている。
似過ぎている。
そこで私はある結論へと辿り着いた。
「貴方まさか、ずっと家に引き篭もってたんですか!?」
「――っ!?」
刹那、彼の喉が鳴った。
図星を突かれた少年のように、あまりに無防備で露骨な反応。
「くふふっ……あっははははは!!!! 面白いですね!! 面白い偶然ですよこれは!!」
私は込み上げる笑いを抑えきれず、涙が浮かぶほどに彼を嘲笑した。
まさか本当に引きこもりだったとは。
こんな場所で同族を見つけることになろうとは思わなかった。
私の勘がこれほど鮮やかに的中したのは、よほど私と彼の中身が本質的な部分で近く、濁り合っているからに他ならないだろう。
……だけど、やっぱり今の立場は大きく違う。
そして性別も。
「……何を笑ってるんだ、お前はっ!! お前だって不登校だったろうが!!」
「いやはや、笑いたくもなっちゃいますよ。私を不登校や社会のゴミと罵った相手が、今や引きこもりになっちゃってるんですから」
きっと私に社会のゴミと煽りをしてきた理由は、自分のコンプレックスを塗り潰したいからという防衛本能だったのだろう。
だけど彼の短絡的な頭では、それが自己紹介にしかならないと理解できなかったようだ。
私は彼に対し意気揚々と、言葉の弾丸を浴びせるように捲し立てる。
「でもそうやって自身のプライドを守りたいお気持ち、よく分かりますよ。私ももうほんの少し強気に出れる性格で貴方と立場が逆だったら、同じことをしてたかもしれません」
「くっ――!!」
「そうだ。よろしければ月宮さんを執着するに至った経緯や、今日わざわざここへ這い出してきた動機について詳しくお聞きしたいですね。お金は私が払いますから、二人きりでじっくり語り合いませんか?」
なんだろう、この胸の高鳴りは。
理由の分からない高揚感が血管を駆け巡り、彼という愚者をもっと覗き込みたいという渇望が湧き上がる。
そうしたら私は自分の知らない新たな自分を、見つけられる気がした。
私はテンションが跳ね上がったまま、更に言葉という槍を突きつけていく。
「私の予想だと月宮さんを彼女にすれば、自分は生物上のカースト上位だと自認し、優越感に浸れるから。もしくは自分に話しかけてくれた女性が月宮さんだけで、選択肢が彼女しかいなかったってところでしょうか。どちらか正解であってくれると、こちらとしては嬉しいんですけ――」
「黙れ黙れ黙れえええぇぇぇ!!」
「あははっ。私ばっかり喋りすぎたようですね。すみません」
微笑みを浮かべて返すと、彼はそれを決定的な煽りと受け取ったらしい。
逆上した清水さんが、なりふり構わず殴りかかってくる。
私は腕を背中で組んだまま、冷徹な目でその拳を紙一重で避けた。
「おっと……怒らないでくださいよ。私は同志を見つけて喜んでいただけなんですから」
「なんでだ!! なんで詩音はお前みたいな屑に引っ付いてるんだ!!!! 俺とコイツにどんな違いがあるってんだ!!」
「なんで私が貴方の目の敵にされてるか分かりませんが……詩音さんが私についててくれる理由は至ってシンプルで、出会い方の問題だったと思います」
もしあのぶいフェスで壁に寄りかかってるのが私ではなく、彼だったらどうなっていただろうか?
今の詩音さんと私のような関係に彼がなれたかは分からないけど、それでも記憶から消されるようなことにはならなかったと思う。
あの時の月宮さんは弦巻さん以外に、学生としての自分とVtuberという、自身の二面性を受け止めてくれる相手を探していたと思うから。
「ん?」
激しい怒号と身を翻す私の動作。
流石にこれは目立つのか、周囲に野次馬が壁のように集まり始めていた。
「なんだなんだ喧嘩か?」
「あの子、確かメイド喫茶の看板娘?……息子?じゃない?」
「カッコいい♡」
周囲が好奇の視線で膨れ上がっていくというのに、目の前の男はなりふり構わず私に拳を振り回し続けていた。
私はそれを柳のように受け流し、一度としてクリーンヒットを許さない。
「はぁはぁ、俺は……アイツに振り向いてもらうために、あんだけ頑張って時間もお金も使ったのに……なんでこんな不登校してただけのカスに」
私が彼女の時間を奪ったと言っても、言うほど多くは無いと思う。
だって私が学校で月宮さんと会話する時間なんて、朝と昼と放課後の僅かな時間くらいだ。
まぁその時間が大事だった可能性もあるけど、結局小学生の頃から時間を共にしてそれなら、彼女を追うだけ無駄だったという話でもある気がする。
「少しアドバイスをするんですが、男ならば一途に一人だけを追いかけ回さずに、色んな方にちょっかいを掛けてみてはどうでしょう?」
「は? 自分が何言ってるか理解してるのか?!!!お前は今浮気をしろって言ってるんだぞ!!」
「倫理はともかく生物的に考えるなら、男性――オスとしての側面でモノを言うなら、これが一番正しいと思うんですよね」
私は浮気をしろと言っているわけではない。
諦めて次の人へ行ってはどうかと、言っているのだ。
「まぁ私達女の子視点で言わせれば、こんなことする奴は勿論カスなんですけど…………」
私は白い手袋の手をパンっと合わせ、微笑みを浮かべた。
「振られたくせに、いまだ未練たらしくストーカーしてるよりは、そうしてもらった方が100億倍マシですよね〜」
彼は一度付き合って振られてしまっているのだ。
月宮さんの性格で、恋の炎が後から復活するとは思えない。
偏見を恐れずに言えば、男性は性的欲求が先行する分、復縁の余地があるのかもしれない。
でも彼女はたぶん無理だ。
あの人は一度完全に冷めたら、とことん生理的に無理ってなるタイプの人だと思う。
「ざけんじゃねえぞ!!!お前みたいな女ァ!!!くたばっちまえやあああああ!!!!!」
逆上し大振りの一撃を放ってきた彼の顔面に、私はカウンターの裏拳を叩き込み、たわんだ腹部を容赦なく蹴り飛ばした。
「がはっ……!!」
彼は悶絶し、腹を押さえて無様に床へ崩れ落ちる。
「藤崎あかねええええぇぇぇぇ!!!!」
「おぉ……」
………………あぁ。
なるほど、はっきりと理解できた。
脳を痺れさせるような、この高揚感の正体を。
私は今、この暴力を心から愉しんでいる。
彼を見つめ、声を聞き、その無様な姿に触れていると、私は人として大きく成長できる気がするのだ。
「まっ……本能的観点から見て、彼女は貴方の遺伝子が欲しくなかったってことです。退学までして気を引きたかったみたいですが、残念でしたね。次は身の丈に合った女性にアタックすると良いと思いますよ」
他人を下に見ることができる。
それは人間のとしての凄まじい進歩である。
他人を見下し蹴落とし辱め、自分の社会性を保証する。
弱肉強食とは動物の世界をたとえ表すときに、人がよく用いる言葉だがそれは人間にも、もちろん当てはまる。
つまりここまで言って何を言いたいかと言うと、結局のところ私は今、人を初めて蹴落としたことに喜び、悦に浸っているのだ。
虐めや弱肉強食、更にはその他全ての人の悪性となり得る部分。
それらを気持ち悪いと嫌悪する心に嘘はない。
「ここまで言ってなんですけど、私は貴方にとても興味を抱いてるんですよ。嘘じゃありません、神様にだって誓えます」
だけどこれから先の人生に、この他人を蹴落とす感覚はどんな形であれ私を大きく助け、泥濘の中を歩ませてくれるだろう。
「清水さんは今や私以下の弱者。……いえ、ゴミ虫です。その身を挺して人の最下層としての在り方を客観視させてくれる、慈悲深き仏の心根。貴方はまさに私が先生と仰ぎ、崇めるべき最高の教材ですよ」
経験とは宝であり、道を切り開く光だ。
――そして私はこの経験を糧にして、さらに自分を、人を、この醜い社会を嫌いになる。
「なので……よろしければ今日から、私とお友達になってくれませんか?」
私は絶望に塗れて倒れ伏す彼へ、聖母のような慈しみをもって優しく手を差し伸べた。
「きいいぃぃぃぃィィィィ!!!!」
言葉にならない男の絶叫が廊下に木霊する。
それを見守る観衆たちは、異様な熱気を含んだ沈黙に包まれていた。
その時だった。
人混みを裂くようにして、月宮さんが飛び出してきたのは。