私の最推しがクラスメイト?! ガチ恋なのをいいことに好き放題やられてるんですが、この超性格の悪いVTuberからどうやって逃げればいいですか.....?   作:顔のない女@人外ものメインで書く人

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第53話 最強の人誑しはステージで歌います

 おそらく坂本さんたちとシフトを交代したものの、私が戻らないことを不審に思って探し回っていたのだろう。

 

「…………」

 

 彼女は目の前の凄惨な光景を、その中心に立つ私の姿を、全く理解できていないようだった。

 なぜこれほど人が集まっているのか、どうして人だかりの中心に私がいるかさえも。

 

 そしてそれとは関係なく、月宮さんは何故か今にも壊れてしまいそうなほど深く、傷ついたような瞳をしていた。

 

「ごめん茜ちゃん、私……」

 

 衆人環視の中、周囲の目など一顧だにせず、開口一番に謝罪を口にする彼女。

 その震える声を聞きながら、私は思考を巡らせる。

 

「………………」

 

 これは一度、幕引きにするべきタイミングだろうか。

 ここで月宮さんを混ぜ込んでしまうと、余計に話がややこしくなってしまうのが目に見えている。

 

 おまけに人が集まりすぎだ。

 もしこの場に先生が来てしまったら、どう説明すればいいか分からない。

 

 うん……仕方ない。

 

 ならば、この凄惨な現実をすべて虚構という名のヴェールで覆い隠してしまおう。

 

「茜ちゃんのこと何も考えず文化祭に――」

 

 途切れそうな彼女の吐露を遮るように、私は華やかな劇の主役として、優雅に、かつ誇示するように両手を広げた。

 

 一歩、また一歩と、戸惑う月宮さんへと静かに歩み寄る。

 

主人(あるじ)よ、ご覧いただけましたか? 不届き者はたった今、沈めて参りました」

 

 呼吸を止めて見守る観衆の目前で、私は彼女の白皙(はくせき)の頬に片手で恭しく(うやうや)触れた。

 

「どうか、忠実な私にご褒美をいただけますか?」

「は……? え、あ……?」

 

 困惑に揺れる彼女の瞳。

 私は周囲に漏れぬよう、彼女の耳元に唇を寄せ、毒のように甘い言葉を囁いた。

 

「ふふ……私はそんな月宮さんも大好きですよ」

 

 そして抗う間も与えず、私は彼女の唇を奪った。

 それは彼女をストーカーするほど歪んだ愛を捧げた男の、真ん前で。

 

 彼女に存在を忘れられ、尊厳を奪われ、文字通り地面に這いつくばった男への、これ以上ないほど冷酷で、これ以上ないほど優美なトドメである。

 

「「「――――――!!!」」」

 

 一瞬、廊下が真空になったかのような静寂が訪れ、直後、爆発的な喧騒が弾けた。

 割れんばかりの歓声、黄色い悲鳴……あるいは呆気に取られ、顔を赤らめて目を背ける者たち。

 

 当の月宮さんは突然の感触と事態の急転回を咀嚼しきれず、彫像のように硬直していた。

 私はゆっくりと、名残惜しむようにその唇を離す。

 

 そして陶酔しきった観衆の方へ振り返り、この茶番劇を完璧に完成させようとしたその時――

 

「お集まりの皆さ〜ん!!! 今劇場をご覧いただき、誠にありがとうございま〜す!! ですが、あまりに人が集まりすぎているため、この劇はここで一旦幕引きとさせていただきま〜す!!! 無断上演なので、先生に目をつけられると私が困っちゃうからで〜す!!!」

 

 まさかの弦巻アメさんが、クラスの看板を掲げて割って入ってきた。

 お馴染みの髭メガネと白衣という、ふざけきった扮装を全身に纏って。

 

「そして彼女こそ我がクラスの看板ホスト、藤崎茜ちゃん! 現在は20分4000円、最大4名様まで指名可能! 良かったら一年B組のメイド喫茶に遊びに来てね〜!! 1時間後のメインステージでも彼女は歌うから、みんな見逃さないでね〜〜!!!!」

 

 私は彼女の意図を汲み、月宮さんの耳元で合わせるよう囁いた。

 呆然と立ち尽くす彼女を促し、二人並んで観客たちへ優雅に一礼する。

 

 すると、観衆の空気は一変した。

 

「なんだ……劇だったのか、凄かったなぁ」

「あのキス、凄いえっちだった!!」

「…………1年B組だっけ、メイド喫茶」

「指名料馬鹿高くて笑える。面白そうだし外から眺めて見ようかな」

「ステージ見に行くぞー!!!!」

 

 凄まじいゴリ押しだが、成功だ。

 パラパラと鳴り出した拍手はすぐに大きな波となり、廊下に満ちていく。

 

 そして肝心の清水さんは……

 

「おい、うちのメイド男子共! そこで蹲っているキャストを早く連れてけー!!」

「「「「うっす」」」」

 

 凄い。

 完璧だ。

 

 私もこの喧嘩じみた惨劇を「三角関係の安っぽい愛憎劇」としてパッケージし、有耶無耶にするつもりではあった。

 けれど、私一人ではここまでの説得力を持たせるのは不可能だったろう。

 それを彼女は私の所作を見て、何をしたいのか瞬時の判断し、完璧にやり遂げたのだ。

 あー……絶対に楽しんでるだろうな、この人。

 

 数分後、熱狂の余韻を残して人々が散っていった後のこと。

 

「やりますね、弦巻さん。……大前提として全部把握されてたのはとても気持ち悪いんですけど、それはそれとして凄く助かりました。ありがとうございます」

 

 彼女はどうやら、最初からこうなることを大まかに予見していたらしい。

 あの男が校内に足を踏み入れた時点で展開を予想し、現場を俯瞰できる位置に潜んでいたのだという。

 いざという時にすぐ介入できるよう、息を潜めて。

 

 用意周到なのはありがたいけど、やっぱりこの人に対する気持ち悪さが少しだけ勝ってしまう。

 ……本当になんだこの人は。

 

 ちなみに月宮さんには『とある男子生徒を皆の前で思いっきり蹴り飛ばしてしまってヤバかったから、劇として締めることにした。その演出として、あのキスは不可避だった』と言い訳しておいた。

 私の必死な弁明に彼女は「そうなんだ……あぁ、うん。そっか…………うん……うん」と、心ここにあらずといった様子で、要領を得ない返事を繰り返すばかりだった。

 その真意を量りたかったが、私の体力も限界が近い。

 この問題は一旦、脳内の片隅に放り込むことにした。

 

「いや〜、クオリティーの高い三文芝居でよかったよ!! これだけでも文化祭に来た甲斐があったね!」

「三文芝居って……意味が矛盾してません?」

「いいんだよそんなこと。それより助けたついでに話を聞いてくれる? ちなみに強制ね」

「は? ……っていうか、そろそろ貴女達は歌の時間ですよね。私も月宮さんと一緒に向かう予定でしたし、三人で行きませんか?」

 

 そもそも長期間入院していた月宮さんが、大したリハもなしにステージに立てるのが不思議でならない。

 まぁでも、幾多のステージで歌ってきた彼女たちだからこそ、可能な芸当ではあるのかもしれない。

 

「その事なんだけど、私の役は茜っちがやってくれる?」

「アメ!!!」

「ちなみに嫌なら断っていいよ」

「――って、え?」

「…………」

 

 弦巻さんの不意打ちのような提案に、月宮さんが素っ頓狂な声を上げた。

 私も、僅かに目を見開く。

 

 てっきりまた半強制的に労働させられると思ったのに。

 というか、代わりに出て欲しいとは……

 

「茜ちゃん、全然断っていいからね? っていうかなんでアメが出ないの!?」

「だってさっき人散らす時に、茜っちをステージに出すって宣伝したし」

「あぁ……」

 

 確かになんか最後に言っていたような気もする。

 私は冗談と思って流したつもりだったけど、ガチだったのか……

 

 まぁスケジュール表にはグループ名でしか書いてないし、どの生徒が出るなんて分からないし、あぁ言っておけば人が釣れると踏んでやったんだろう。

 

「そもそも今の私、学校を欠席してる扱いだしね?」

 

 いや、ほんとこの人の言い分酷いな。

 

「茜ちゃん!?」

 

 私は反射的に弦巻さんの胸ぐらを掴みかかった。

 彼女もそれを真っ向から受け止め、手と手で、ぐぐぐ、と力が押し合う。

 

「貴女……本当にやりたい放題ですね」

 

 だが驚いたことに、彼女にはとんでもない膂力があった。

 

 この細身の身体のどこに、そんな力が秘められているのか疑問だ。

 たぶんめちゃくちゃ手加減されていると思う。

 

「でしょ〜」

「私がそれで断らないと思ってるんですか?」

「思ってるよ」

「その根拠は……っ!!」

「だって今、楽しんでるでしょ」

「…………」

「…………え、茜ちゃんって文化祭楽しんでるの?」

 

 弦巻さんの鋭い指摘に、横から月宮さんが呆然とした声を漏らす。

 

 …………楽しい。

 楽しんでるのかな……私。

 確かに今の気分は、今の最悪な体調と比例するかの如く良い。

 

 状況だけ言えばもはやプラマイ0と言ってしまっても良いだろう。

 

「楽しんでなんかいませんよ」

「……へぇ」

「客の顔を全員陥没するレベルで殴り倒したかったですし、さっきなんて人を蹴り飛ばして問題になるところでした」

「ほな無理かぁ〜」

「――まぁ全然喜んでやらせてもらいますけどね」

 

 私は吐き捨てるようにそう言って、弦巻さんの手を振り払った。

 

「やりぃ〜!」

 

 そして空気が弾けるような鋭い音を立てて、私たちは力強く握手を交わした。

 

「えぇぇぇえええ?!?! 茜ちゃん本当に大丈夫? 正気!? 言ってることだいぶ矛盾しちゃってるよ?!?!」

「正気なわけないじゃないですか」

 

 私が吐き捨てるように笑うと、弦巻さんは神妙な顔つきになり、鞄からスッと水筒を差し出してきた。

 

「これを渡しておこう。苦痛に耐えられぬ時、飲むがいい」

 

 受け取った水筒の蓋を開けるまでもない。

 鼻を突く芳醇すぎる香気――酒だ。

 

 私はそれを迷わず喉に流し込んだ。

 

 直後、胃壁が悲鳴を上げ、猛烈な拒絶反応が肺を突き上げる。

 私は上を向き、体内に溜まっていた鮮血ごと、一気に空へ向かって吐き出した。

 

「ふぅ……それに、そもそも2人ともネットの世界では有名人なんですから、こちらとしては目立たれるのは怖かったんです。ですからここで私が大暴れして、月宮さんに渡る視線を全部掻っ攫ってやりますよ」

「ちょっと待って!?!?今の全っ然スルーできないからね?! 酒飲ませたアメも信じられないし、意気揚々と飲んだ茜ちゃんもヤバいし、血まで吐き出してるよ??!!!」

「今日の月宮さんは元気ですね。もっとキスしたくなっちゃいます」

「分かった!もう分かったから、今すぐ一緒に帰ろう?!ねっ?お願い!!本当に私が悪かったから!!!」

「なにいってるんですか、文化祭はまだまだこれからですよ!」

「うんうん!」

「というわけで月宮さん! 時間まで私と他クラスの出し物を回りましょう!!」

 

 そう言って私は月宮さんの手を掴んで、走りだした。

 

「まずはお化け屋敷ですね!!」

「……お願いだから、本当に帰ろうよおおおおおっっっ!!」

 

 

 

 それからステージの時間まで、私は月宮さんを連れ回して文化祭を堪能した。

 彼女は終始「帰ろう」と泣き言を漏らしていたが、最終的には私の狂気に折れる形となった。

 そもそも、不参加を決め込んでいた私に「休むな」と発破をかけたのは彼女なのだ。

 いざ当日になって、しかも私がこんなに楽しくなってきたところで帰るなど、到底受け入れられる相談ではない。

 

 

 

 ---

 

 

 

 ステージ控え室にて

 

「ごめん、茜ちゃん……本当に私が悪かっ――んむ!?」

 

 溢れ出しそうだった彼女の謝罪を、唇で封じる。

 ゆっくりと離れると、彼女は今にも泣き出しそうな、それでいて熱に浮かされたような顔をしていた。

 

「なんて顔してるんですか。そもそも私の心配をするんだったら、もう遅いですよ」

「……ぅぅ」

「――なので上げましょうよ、ギアを! あのフェスの時のように、私を狂おしいほどに興奮させてください!!」

「…………終わった」

 

 私がハイになったまま両手を広げて叫んでいると、いつの間にか弦巻さんが背後に立った。

 

「ん?……どうかしましたか、弦巻さん?」

 

 そして彼女は私の右頬を、間髪入れずに張り飛ばした。

 

 ――パァァァン!!

 

「落ち着きなよ、マイシスター。最高のライブをするには、時に冷静さも大事なんだぜ〜」

「……ふっ」

「それに今回歌うのは、期間限定の恋の儚さと切なさを綴ったバラードだ。クールにいかないと曲が泣いちゃうっしょ?」

「確かに貴女の言うとおりです。歌うからにはちゃんと、感情を曲に合わせて表現しないとですね!」

「…………………………終わったぁ……」

「もう! 月宮さんはいつまで卑屈になってるんですか!! 私は見ての通り元気なんですから、もっと一緒に楽しみましょう!」

「…………」

「それはそれとして、私は月宮さんの身バレが心配なので、歌う時は手を抜いて欲し――」

 

 私が言いかけた瞬間、彼女は拳を突き出し、私の鼻先数ミリで止めた。

 

「私も茜ちゃんの事が心配で言ってるんだけど? そんな事言ってくるんだったら、私の言葉に耳を傾けて欲しいんだけどっ?!?!」

 

 いつもなら当てるのに珍しい。

 というか、顔面を狙ってきた事自体初めてである。

 だけど今日は寸止めなようだ。

 

「おっと、すみません。でもそれは無理な相談です」

「お金なら払う――」

「好きな人のお金を巻き上げようなんて、私には考えられませんよ。どうでもいい人相手だったら別ですけどね」

「………………はぁ、もう分かった」

「ん???」

「今の茜ちゃんは何にも言うことを聞いてくれないってこと。文化祭が終わった後に死ぬほど説教してあげるから、そのつもりでいてよ!!」

「えぇ、楽しみにしてますね」

 

 分厚い引割幕の向こう側から、体育館に集まった群衆のざわめきが、地鳴りのように響いてくる。

 

「さて、そろそろ時間ですね」

 

 私の装いは黒の執事服。

 対する月宮さんは、飾り気のないクラスTシャツ。

 

 そして今回は文化祭限定で、私には多少の知名度バフがかかっている。

 

「歌で月宮さんの存在を掻き消すくらいの、劇場にしてやりますよ」

「こっちは100万人の登録者がいるプロなんだよ。やれるものならやってみて欲しいね!!」

「望むところです!」

 

 幕が上がり、スポットライトが私たちの輪郭を白く焼き切る。

 流れる旋律に身を任せ私たちはただ一曲、魂を削るようにして歌い上げた。

 

 降り注ぐ歓声と、眩い光の渦。

 歌い終えた瞬間、私は肺に溜まっていた熱をすべて吐き出すように、深く息をつく。

 

 そして――。

 

「茜ちゃん!!!!!!!」

 

 気づけば立っていることも、瞼を開けていることすら叶わなくなっていた。

 私は遠ざかる彼女の声を背に、深い暗闇の中へと意識をそっと手放した。

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