ハッピーエンドの、道のあと 作:駒井亀丸
『ゴ、ゴール……ゴールゴールゴールッ! ……あ、じゃなかった。帝アキラ、やはり強い! 味方との巧みな連携プレーで見事このラウンドを制し、かつて汚名と共に屈辱を味わった相手に、リベンジを果たしたァッ!』
『帝サマのド派手なファインプレーもさすがですが、やっぱり、かぐや・いろPペアの中央への陽動も利いたっ』
『あれ、
『途中から慌ててログインして来たのっ、つか何で連絡寄越してくんないスか!?』
『ヤーすまんすまん。こっちもいきなしでドタバタしとって……色々アタマから吹っ飛んでたわ』
そんな忠犬オタ公の叫びと共に、その背後の会場が沸く。
別に見世物のつもりじゃないんだけどなぁ、と思いつつも、それでもやはり兄は、帝アキラは、声援と熱狂を受けてこそ、だ。
まぁ、ただ若干一名、ちょっとむくれてるヤツもいるけど。
「帝め、おいしいとこだけ持っていきよってっ、このままじゃかぐやイイトコなしじゃん!」
「悪いが、加減できる相手じゃないんでね。かぐやちゃんもホンキ出さないと、守られるだけで終わっちまうよ?」
日の沈みかけた、インターバル中。
そう、バーチャルとリアル両方で私を揺さぶってくるかぐやに、帝はあえて煽るような言い方をした。
しかしその瞳に油断や慢心の色はない。
……そう、これはあくまでみんなの奮戦でたぐり寄せた、薄氷の上の勝利。そこは、私も分かっているからこそ、ひそかに胸をなで下ろしていたところだった。
どれか一つの要素が失敗したり、誰一人欠けていただけでも、成し得なかった。
こと、お兄ちゃんのウルトの有効時間の見極めと計算が完璧で、あの『シュート』の時点で強化が終わっていなかったら、果たして天守まで届いていたのか……
そして、今度は相手も当然してくるだろうし、そもそも今の戦いと同じことをしようとしても、できるかどうかも怪しい。
――だとしたら、どうするか。
どうするか――?
馬鹿。なんて、答えの決まりきったことを。
「……かぐや」
「へ?」
「この後どうするか、かぐやが決める?」
「良いの?」
……いや、この言い方は違うな。
「かぐやに、決めてほしい」
かぐやが決めたことなら、やりたいことなら、受け入れられるから。
後悔しないし、させないから。
かぐやは、しばらく丸くした目を瞬かせていた。
しかし、吸い込まれそうな瞳を閃かせて、大輪の笑みを顔いっぱいに咲かせた。
「じゃあ……じゃあさ! かぐや、アレ! アレやりたいっ!」
「アレ?」
「『ガーッといって、しゅたたた――! そんでバーン!!』」
「よりにもよってそれかぁ……てか、作戦じゃないし」
「ダメ?」
「いや、良いね。最高」
お互いに額を突き合わせ、ひとしきり笑い合う。
緊張感なんでまるでない、こんなバカみたいな会話が、愛おしくて幸せだった。
「自分のピンチなのに、ハンパねぇなぁ……これだからかぐやちゃん推しは止めれねぇわ」
「もともと、こっちは彩葉たちに全賭けなんだからね」
「一推し二推し揃い踏みだしね~、本気出さないわけないっしょ」
「つまり、作戦ナシで突っ込むってコト?」
「不満か?」
「いやいや、せいぜい勝手にやらせてもらいますよ」
みんなも、つられて目を細めた。
「行こう、かぐや、彩葉――輪廻を抜けた先の未来は、まだ決まってない!」
ヤチヨは神秘性と少女性のある表情で、だけど凛々しくそう言い切った。
皆に頷き返し、私は余計な気負いなく、けれど曇りも澱みもなく、言い切った。
「――オッケー。んじゃ、最後はそれで、全力で、走り抜けようか――!」
〜〜〜
『これはどうしたことダァーッ!? 先程のタクティカルな戦いぶりからは一転、今度は超攻撃的に打って出たチームかぐや!』
『フォーメーションもへったくれもない暴走に見えるが、果たしてそこにどんな勝機を見出したー!?』
……かぐやは、全てがメチャクチャなようでいて、意外と物事の本質を掴んでいたりする。
だから対応は早いし、的確だ。
相手は、さっきの敗戦を受けて、こちらがより洗練された動きをすると読んで、その戦術パターンを更新してくるはず。それが、無秩序に攻めくればどうなるか。
自然、再更新のために、後手に回る。
とは言え、当然諸刃の剣だ。
被弾も多くなり、各個撃破のリスクは高まる。
すでに中盤には、空中の櫓の奪取と引き換えに、雷さん以外の全員が残機の一つを失っていた。
だけど、もう退かない。
それぞれの裁量で、ベストを尽くす。
そうして誰かが開いた突破口から、勝利をもぎ取る。
これが最適解。
二人仲良く『一乙』した私たちは、低空飛行の黒タカと竹ロケットで戦場復帰しつつ、ミドルレーンを再び攻めた。
そこに、お兄ちゃんが虎型バイクを駆って現れた。目が合うと、曰くありげにウインクする――星を飛ばすな、星を。
すでにミドルの牛鬼が撃破されている。今まさに、鐘を打たれんとしているところだったが、障害の排除を優先したようだ。馬のような下半身を持つ月人は、赤槍を両手に携えて馬首ならぬ龍顔を返し、こちらに突撃してきた。その勢いのまま突き刺した槍穂が大地をまくり上げて、丘陵のように作り変えてしまう。
まぁ、合図は伝わった。
私は上空から。お兄ちゃんは速度を落とさずバイクで駆け上がって、飛ぶ。
それを迎え撃たんと、足を止めて首を反る――目論見どおり。
「どぉぉっせい!」
かぐやは、その丘陵を多段的に射出したミサイルで繰り抜いた。開けた大穴に我が身を飛び込ませると、ガラ空きの胴を、ハンマーで振り抜く。直撃を喰らった月人はあわれ星になり、花と散る。
地響きを立てて地面に着地したお兄ちゃんは、単発で鐘を狙撃した。鐘は鳴り渡り、大将落としが出現する。
『ごめんよぉ、しくじった~』
と同時に、トップで対峙していた真実の声も聞こえた。これで初戦の分を含めて残機を失った真実が退場だ。
『こっちもいったん下がりまーす』
と、乃依くんからも……。マップを見れば、トップとボトムの二か所、櫓が敵の旗幟に染まっている。
……同時か。敵もタイミングを測って、一気に攻勢をかける準備を整えた、というわけだ。
「彩葉」
お兄ちゃんがそう声をかけ、私に金棒を投げ渡してくる。
緩やかな挙動で飛んできたそれを、捧げるように持つ私に、
「あとで返せよ」
と短く言い切り、拒む間もなく走り去っていく。
マップを見れば兄のアイコンが無軌道的にうろつき回っているので、おそらくこれ以降は陽動に回るのだろう。
……勝ちは譲ってやるということか。たしかに、私の武器ではよほどでないと大将落としを天守閣まで飛ばせない。選択肢は多いに越したことはない。
「いろんな意味で、重い……」
毒づきつつ、私はそれを携え、かぐやと共にさらに前進。駆け出す。妨げとなるミニオンだけを、的確に処理しつつ。
復帰した乃依くんが、ジャンプ機能を使って浮島へ。その高みを活かして鈍足連射を繰り返す。たかが一フレーム。されど一フレーム。相手の動きを封じてくれるのは非常にありがたい。
金魚のような月人が浮島そのものに攻撃を加えて揺さぶる。
そこから飛び降りた彼は、頭を逆さまにした状態でなお、弓の連射を続ける。ミニオンからの斉射、月人からの追撃にさらされながらも、ずっと。
「やば」
そのまま落とされる寸前まで、乃依くんは平静で、かつ艶美だった。
天守に近づくにつれ、復活してきた敵からの反撃も激しくなっていく。
自然、かぐやとの間に、距離が生じてしまっていた。
見れば前方、三体もの敵に囲まれている。
そして――気づけば、私の背後にも。
「彩葉!」
その私を突き飛ばして、芦花が割って入る。
その翁面から生えた爪と、芦花のネイル。双方が双方を貫き、相討ちとなった。
「行って……っ、今度こそ、守るんでしょ……っ?」
「芦花……ごめんっ!」
「まったく……そこは、『ありがとう』だよ……」
苦笑と共に目尻に光を湛えながら、芦花のボディが桜花となって消えていく。
せっかく作ってくれたチャンスは、逃さない。
ウルトを発動。そのまま包囲に飛び込み、殴り込む。
金棒と自前のブーメランを旋回させて、左右を切り崩すと、瞬間的に、あのキツネの着ぐるみのスキンをまとった。ヒットボックスをあえて拡張したその拳でもって、男型の白面を殴りつける。
「おいたは――無しでしょッ!!」
横っ面を陥没させた月人が、地面にめり込んだまま消滅。
チェーンソーのような音をあげながら、旋回する傘が復帰しかけた残りの二体の首を刈り取る。
「ヤチヨ!」
山肌を打ち砕き、超高速で空中移動するサカバン神輿から、両腕を伸ばしたヤチヨが、元に戻った私とかぐやを拾い上げる。
一気に加速して舞台へと駆け上がっていくそれは、その圧に耐え切れずに自壊した。
「彩葉、かぐや! あとはドーンと、お任せします!」
余裕の表情で空中に放り出されたヤチヨがそのまま花びらと共に消えていく。
意図的なデス――たぶん、守りに戻った。
途上、放り出された私たちは、しかし勢いそのままに飛んでいく。
「かぐや、決めて! あいつは私が!」
「りょー!」
そこからさらに飛距離を得るため、かぐやは私の手を掴み、円運動と共に投げ飛ばし、自身は大将落としの前に滑り込みながらも勢いを落とさず、ハンマーを低く構えて力を溜める。
復活した残りの月人たちが、ジャンプ機能を使って私たちを素通りし、こちらの天守閣を狙っていた。
すでに、大将落としは飛ばされている。
一発目は、雷さんが誘爆させた地雷が速威を相殺する。
二発目を鬼瓦のごとき防壁で受け止める。
爆火と煙に紛れて、寄せ手の一体が、雷さんの背後に回る。振り返りざま、武器から分離した錫杖でそれを一閃。なお迫る敵は、横合いから戻ってきた帝アキラの虎型バイクの、ウィリーする前輪が叩きつけられたものの、その倒れる間際に放った光線が、雷さんを貫いた。
残る天守への攻めは、戻ったヤチヨの傘が盾となって防ぐ。
「あれ、ヤチヨちゃんこっちなんだ」
「前は彩葉についたからねー」
「へッ、いつの話よそれ?」
復帰できない雷さんの代わりに、あらためて二人が守りにつく。
……正式な守将の雷さんは敗退したけど、あの二人が着いたのなら、もう大丈夫。
モニター越しにそれを確認した私の両隣に、分厚い氷塊が生じて壁となる。
その壁はどんどん道を狭めていき、挟み撃ちに私たちをもろともに押しつぶそうとする。めきめきと、階が音を立ててひしゃげていく。
その前に、かぐやは裂帛の気合と渾身の力で大将落としにハンマーを叩きつけ、私は金棒そのものを投擲することで、天守前に陣取る月人の動きを牽制する。
視覚的に、ひやりとする圧迫感が左右から押し迫る中、一直線に。
守将は、あえて狙いを絞る必要はない。天守閣に至るまでの進路の大半が防がれた今、正面でそのことごとくを迎撃すれば良いのだから。
金棒は手で払われて、その横に墜落して突き立つ。
私は、構わずそのまま進むしかない。
その、交錯の間際。
私は、金棒を巻き取らせていたワイヤーを起動させ、自身を引き寄せさせた。敵の懐に、潜り込んだ。
輝度を高めた武器を、水月を掬い上げるような軌道でもって、一気に振り抜いた――バーチャルであったとしても、そこにたしかな手ごたえを感じた。
と同時に、私たちのすぐ横を、大将落としが通り過ぎていく。
「――……――……――」
頭の中に、一瞬声が聴こえた。
ノイズのような不明瞭な、それでいてふしぎと頭の中に入ってくる、未知の言語コードによる、メッセージ。
その身を両断された瞬間、天守閣が爆破された刹那、のっぺりとしたその面が――微笑んでいるように見えた。