ハッピーエンドの、道のあと   作:駒井亀丸

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この話のみ、前エピソードからの地続きです。
まずはそちらをご覧いただければ幸いです。


かぐや

『けけけ……決着ゥーッ!』

『セオリーを無視したスタンドプレーに一時騒然となりましたが、一騎当千のつわものたちの手腕にかかれば、それも好手に転じるということか。見事十年前の雪辱を果たすことに、成功し、運命を乗り越えたーっ!』

 

「……勝った……」

 そんな実況解説と、割れるような大歓声の中、私はようやくその実感を得ることができた。

 いったい何時から息を止めていたのか。思い出した瞬間、リアルでも滝のように汗が流れ始めた。

 夜天に浮かぶ電子の窓には、老若男女のアバターたち。帝の凱旋を待機室で出迎える黒鬼。抱き合う芦花と真実。

 

 そこに、かぐやがほっぺを潰しながら、無理矢理に氷の壁からすり抜けて来た。

 

「うぅー、彩葉彩葉彩葉ーッ!!」

 そのまま飛び出してくると、私の首ったけにかじりついてくる。思わず倒れそうになる私を、しかししっかりと抱きとめる。

「やったよ! 勝ったぁ! かぐや達、最強―ッ、みんな最強ーッ!」

 そう跳ね回っていたかぐやだったけれども、次第に大人しくなった。私の首筋に埋めた顔から、手を回した肩から、かすかに震えが、伝わってくる。

 

「あの時言ってくれたこと、きちんと果たしたんだね……やっぱ、彩葉はすごいや」

「ずいぶん遅れちゃったけどね……ドンキに買い出し、行く?」

「うん……あとで、一緒に」

 

 うん、うんと打つ相槌も、自然と涙で湿ったものになる。

 やっと言えさせてあげられた。やっと叶えられた。やっと、乗り越えられた。

 

 そこに、巨大な影が差し込んだ。

 巨大な月が、動いていた。やがてそれは軟体生物のような具合に形を変え、私が斬った冠付きの月人を、さらに巨大化させたかのような姿をとった。

 

 おそらくは、あれが月人たちの母体。その周囲には、行灯の頭部を持つ異形の従者が随行していた。

 その姿に怖じることなく睨み返す私と、それらとの間に、いつもの装束に衣替えをしたヤチヨが降り立った。

 

 しばらく、言葉も無く月人たちと対峙していたヤチヨは、物静かに

「お世話になりました」

 そう、頭を下げた。

 

 母体は、緩慢な動作でかすかに頷き返すと、やがて同胞たちを伴って、鐘を鳴らすような音と共に、霞の中に溶けて消えていった。

 当初の約定を、違えるようなことはせず、呆気ないほどに引き際と物分かりの良さを見せて。

 

「――さぁッ」

 ヤチヨは袂を大きく振り切ると、天高らかに浮かび上がる。

「かくして、つよつよスーパーアイドルかぐやちゃんとその御一行は、見事危機を乗り越えて新たなる物語を紡ぎ出すのでした! ひとまずはこれにて――あ、めでたしやぁ~! この勝利記念の合同ライブについては、また後ほどお知らせするね~」

 

 時代がかった口調で、そう閉幕を告げる。

 事態を収拾するための辻褄合わせも兼ねての発表なんだろうけど、また急な……まぁ、新エリア公表のタイミング的にも、丁度いいか。

 

 一度顔を私の袖で拭うようなしぐさをした後、

「彩葉」

 無邪気な笑顔を持ち上げて、甘い声で、かぐやは私を誘う。突き出された指を見れば、何を求めているかは十分通じる。

「うん」

 キツネのつがいがじゃれ合うように、指先を絡め、突き合わせる。

 

 所謂、仲良しのやつ。

 あれからどれほど年月が経とうとも、お互いの想いを確かめ合う、秘密のサインだった。

 

 ~~~

 

 そしてその後、私たちは今更ながらにあらためて同窓会を催すことになった。

 ……さすがにもう精魂尽き果てたから、かぐやの熱望していたBlack onyXとの再戦はお流れとなったけれども。

 新エリアを夜宴用に設え直して、アリーナの一画を借り切って、打ち上げられる花火を肴に、互いの健闘をたたえ合う。

 

 皆からは少し離れたところで潮風に当たり、手にしたかき氷を口に運べば、火照った身体が心なしかクールダウンされていく心地がする。

 ツクヨミにおけるの感覚の再現も、少しずつ整えていくことも、今私のやりたいことの一つだ。

 

「お疲れ~」

 そこにヤチヨが舞い降りて来た。私が空けたスペースの隣に座る。

「ヤチヨも、お疲れ様」

「あらためて、すごい戦いだったね。ヤッチョ、めちゃ感動した!」

 そう、華やぐ面持ちで言いつつ、青緑のシロップのかかったかき氷を手元に召喚して、みんなとお祭り気分を共有する。

 

 そんなヤチヨの横顔に、

「でもヤチヨ、なーんか、言っておかなきゃいけないこと、あるんじゃない?」

 なんて、意地の悪い問いかけをする。

 

 うぐ、とかき氷を詰まらせたような所作と共に、目線をそらした後、神妙な手つきで、ヤチヨはかき氷を置き、私もそれに合わせて並べた。

 それから、ヤチヨは気まずそうにこちらをちらちらと盗み見た。

 

「――気づいた?」

 えぇそりゃあもう、長い付き合いですから。

 

 正直、妙に落ち着き払ったヤチヨを見て、漠然とした違和感があった。

 けどそれが確信に変わったのは、最後の交錯の一瞬。トドメを刺した月人から、私がかぐやから譲り受けた、あのブレスレットにメッセージが送られてきた時。

 

「あいつら、別にホンキで連れ戻しに来たわけじゃないんでしょ」

「……だね~」

「それならそうと、最初っから言ってくれたらよかったのに」

「そこはまぁ、確かめたいことがあるまで居座るつもりってのはそうだったし、ヤチヨも、たまには優しい彩葉だけじゃなくて、勇ましくて情熱的な彩葉も見たいなー、なんて。ほら、家内円満の秘訣は、時として初心に帰ることだって、芳春院ちゃんも言ってたし」

 

 クラゲのようにゆらゆらと頭を揺らしながら、言い訳じみた説明をまくし立てていたヤチヨだったけれども、やがて上目遣いで、

「……ダメだった?」

 と訊いてくる。

 

 苦笑して、私はキツネに見立てた指先で、その額をつついた。ハイお仕置き、これでおしまい。

 

「まぁ良いんじゃない。なんだかんだ、みんな楽しかったみたいだし」

 かぐやを中心にどっと盛り上がっている仲間たちを望みつつ、そう続けた。

「私の中で心に引っかかってたこと、あの日に果たせなかったことのカタがついたことは、事実だし――ぶっちゃけ、あいつらに一発かましてやりたかった」

「彩葉、武闘派だねぇ」

 ヤチヨは声をあげてひとしきり笑った後、細めたままの目を、天に昇る鏡月に向けた。

 

「悪いひとたちじゃ、ないんだ」

 そう、自分自身にも言い聞かせるように呟いて。

「うん……それは分かってる」

 

 最後に向けられたあの言葉。

『そちらの――を、どうか、お頼み申し上げます』

 それは、心の底よりその安泰と幸せを願う言葉。シンプルだけど、真っ直ぐに相手を想う気持ち。

 

 その時、理解した。

 彼らは、ただ心配だからやってきた。

 ヤチヨの正体を知ったうえで、その後幸福に暮らせたのかを。

 かぐやが去った後、残された側が苦しんでいないかを。

 ただひたすらに、彼女を想って。

 

 もし信頼に足らない相手だと見なされたら、やっぱり強引な手段に出ていたかもしれないけれど、どうやらこっちの真剣さと覚悟を示したことで、お眼鏡にはかなったようだ。

 

 ――まったく。

 反論のつけようもないほどに正しくて。

 器用なんだか不器用なんだか分からなくて。

 どうしようもないほどに頑固者で。

 どうしようもないほど家族を愛していて。

 

 どっかの誰かさんみたい。

 

 だから、分かるんだ。

 あいつらが、本当に血も涙もない連中だったのなら。

 それで嫌いになれたのなら、憎めたらのなら、拒めたのなら、どれほどに楽だったか。

 

 でも、そうじゃなかったんだよね、かぐや。

 だから、きちんと向き合う必要があったんだよね。

 

 それでも、やっぱり私自身は好きになれない。

 あいつらがかぐやを呼び戻してこっちがヨボヨボになるまで長い間働かせたせいで、かぐやはタイムスリップを使って事故に遭い、長い苦難が始まるのだから。

 今だって、この時代のかぐやはまだ、『月』にいる。

 

 何もかも、過去に戻ってやり直せたのなら――

 かぐやを迎えに行けたのなら――

 そんな考えが、過ぎらなかったかと言えば、ウソになる。

 

 でも、ダメだ。

 技術の問題じゃない。ましてやタイムパラドックスなんて小難しいハナシじゃない。

 

 それは、八千代(ヤチヨ)の旅路を、出会いと別れを、想いの全てを否定することだ。たとえそうすることが正しくとも、私には出来ない。全て受け入れて、前へと進むと決めたから。

 

 それでも、『月』を見上げて想う時、狂おしいほど、辛い。

 打ちあがる花火を仰ぎ見て、胸の奥が締め付けられるように痛む。

 

「大丈夫」

 

 ふと、両方の肩に頬が寄せられた。

 かぐや、ヤチヨ。

 手に手を重ねられ、腕が絡み合う。

 

「彩葉の歌、絶対にかぐやに届くから。だから私は、ここにいるから」

 現実でも、確かに感じる熱と重み。そこにかぐやがいる。あの時すり抜けていった、ぬくもりが帰ってきてくれた。

 それを噛み締めながら、静かに頬に涙が伝う。

 

「やだ、なんも言っとらんのに……そんなに情けなく見えた?」

「ううん、彩葉はいつでも、カッコ良いよ」

「けっこう泣き虫なのは、変わんないけどね……だから、こういう時はムリしないで」

 震える唇をどうにか笑顔に変えて、精一杯に、あらゆる感情を詰め込んで、言葉を返す。

 

「ありがとう。かぐや、ヤチヨ――大好き」

 どちらが欠けても、生きてはいられなかった。

 どちらがいなくても、幸せにはなれなかった。

 だから私は、そのすべてを、全身全霊で幸せにしてあげたい。

 

「さっ、みんなのところに戻ろっ、あとで、化粧直してドンキ行くついでに、制服着たりして~」

「まだ覚えてたか……それ」

「ダメぇ? ツクヨミだけじゃなくて、やっぱリアルでも見たいなぁ~」

「…………ギリ、家の中だけなら。絶対他には漏らさないでよねっ」

「えぇ~、何それヤッチョも見たい。あーでももう寝る時間……残念」

「んじゃ、撮ったら送るわ」

「言ったそばから流出させようとすんなっ!」

 

 ――ねぇ、かぐや。

 あれから十年経ったけど、もう歌は届いた? まだバリバリ社畜してる?

 そこから、気の遠くなるような長い道のりが始まると思う。

 泣きたくなるほどしんどいけど、それだけじゃないから。きっとその先は、ハッピーエンドにつながってるから。

 そこは私たちが保証する。

 

 だから、かぐや。追いかけてきて。

 今度は私たちが、ハッピーエンドのその先で、待ってるから。

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