ハッピーエンドの、道のあと 作:駒井亀丸
「……よし、じゃあ最初から説明してみようか」
私は、かのお姫様にそう促した。
今や自宅としてすっかりなじんだ、タワーマンションの屋上部屋。
無邪気にコクコクと頷いたかぐやは、
「ライブの打ち上げ何にしようってハナシ、今してんじゃん?」
「うん」
「かぐや、ホームパーティーしたい! なんかこう、オトナーって感じで、ラグジュアリーみたいなヤツ! んで、日ごろのお礼と、かぐやがいなかった間に彩葉がお世話になったお礼にみんなにご飯作ったげる」
「良いねぇ、それも」
代わりに答えたのは、私の友人
「でもでも、海とか温泉行くのも捨てがたい……!」
「約束したもんねえ」
「お泊まり会もしたい!」
「……で?」
「じゃ、全部まとめてやっちゃおうーっ! またみんなで海行ってー、ホムパしてー、でその後に温泉でお泊まりするの!」
「待て待て、飛んだよー。なんか諸々の過程とか実現性とか全部スッ飛んだよー?」
私は、顔の筋肉が突っ張るのを自覚した。その視線の先に、かぐや自作の『最強打ち上げプラン』などと強気の文調で銘打たれた、薄い冊子がある。
「どれか一つに絞りなよ。真実だって、そう遠くへは行けないんだから」
一応は本人の意思を目で確かめる。
眉尻を下げて無言で笑み返す。つまりは無理。お母さんとしてお嫁さんとして、忙しい中、可能な限り許された自分の時間を私たちとの旧交を温めるために使ってくれている。それだけでも感謝しなくちゃ。
かぐやも、その辺りは承知はしているのだろう。苦渋の表情で我が身を震わせている。
――だから、方針を変える。訴えかける。
うるんだ瞳で。絡めた指で。押し付けんばかりに近づけた顔で。
「いろはぁ、段取りしてぇ? 真実にもちゃんと楽しんでもらえるよう、パパッとまとめてガッチャンコしよぉ?」
と舌っ足らずな声で、私を誘う。
「無理。シーズン真っ只中なんだからそんな都合良く条件が揃えられる訳ないでしょ」
「大丈夫! 彩葉ならできるって、だってスゴイもん! 超絶スーパーサイエンティストだもん!」
と、根拠のない持ち上げ方をしてくる。サイエンティストと旅行計画が関係あるか。
出資を持ち掛け際の、お兄ちゃんの苦笑が脳裏に浮かんで、あーあーあーと声が出そうになる。
「今度分けて行けば良いでしょ……別にこれが最後ってわけでもないし」
ますます顔が強張る。
「んもー、そんなユーチョーなこと言ってたら、あっという間におばーちゃんだよ! 人の一生はあっという間なんだからっ!」
うぐ、と言葉を詰まらせる。かぐやが言うと、実感ありまくりだ。
そりゃあ私だって、心苦しい。かぐやには我慢させた分だけ、これからはそうしなくて済むような世界を、生きさせてあげたいのだから。
ちょっと泣きそうになるのを、気取られないようこらえる。そして、試す前から、折れて妥協する道理などないことに気づく。私は溜息まじりに、
「――分かった……当たるだけ当たってみる」
と答えた。
やったー、と両手を挙げて床やソファを跳ね回るのを、ほほえまし気にふたりの友人は見守りつつ、
「大人になっても、相変わらずの」
「ちょろはだねぇ」
などと、慣れ切った呼吸でからかってくる。
……逆に訊きたい。もしこんな風に美少女に迫られて甘えられて、拒める人間が、どれほどいるのかと。
~~~
……と言うわけで、旅行当日。
県外の海沿いのグランピング施設に、芦花の運転する車で赴いた。
お兄ちゃんに相談した時、ピックアップしてくれた内の一つだ。
かつては完全にインドア派だった兄も、三十手前のあたりからすっかり垢抜けて、世慣れてリアルでの遊びにも通じた感じになった。今回の頼み事も、多分旅好きの雷さんの助言があるのかもしれない。
ある日を境に突然オシャレに気を遣い始めて色気づいたのは……誰の影響だろうねー、ちょっとわかんないなー。
ともあれ、そんな兄の助けもあって、シーズンだったにもかかわらず、最高のロケーションを確保することが出来た。
小高いに建てられた、ドーム型室内温泉付き貸し切りコテージ。オーシャンビュー。
新しく出来たところで、まだ本格的に宣伝も打ち出してはいない。とりあえず質で勝負して、今後の戦略については初動の反響を様子見、といった塩梅なのだろう。まさに穴場だった……それでも、予約とるのに死ぬほど苦労はしたけど。
「ひゃっほー!」
車から躍り出るなり、海へと一直線のかぐやに、
「ちょっと、深いところ入らないでよ!」
と釘を刺す。
波打ち際で遊ぶ分には問題ないだろうが、海水浴までは……さすがに難しい。
「くおら蟹! ここで会ったが百年目とちょっと! 先の負けを挽回してやる! いざ、勝負勝負ー!」
そんな制止もまるで耳に入らず、二、三匹の小蟹を追い回しているかぐや。追いかけようとして、無数の気配とデジャヴを感じた私は、咄嗟に片足を持ち上げた。
その間を縦横に、蟹の群れが通り過ぎていく。かぐやに追いかけ回されている、同胞たちの加勢へ向かっていった。
……私も、成長した。そしてこんなところで成長を感じたくなかった。
「じゃ、先にコテージに荷物運んじゃうね」
と、用意してきたクーラーボックスやら手荷物やらを、担いだ芦花が、笑みを崩さず声をかけた。
「あ、ごめん……て言うか芦花の方こそ、ここまで運転してきたんだから、休んでなよ。真実も、こういう時ぐらいじゃないと、骨休めできないんだから、荷物代わり持ってくよ」
「いやいや、むしろあの元気っこは、彩葉ママじゃないと抑えきかないっしょ」
誰がママか……まぁ、完全に否定はできない。
真実が示唆する通り、ビーチサンダルそのままに浜と波打ち際を駆けずり回るかぐや。
「彩葉ーっ! あっちの岩まで競争ね! 負けた方が勝った方おんぶしてコテージ行くの!」
――うん、あれはデカいガキんちょだ。子育てを休めたのに、その代わりの相手をさせるのはむしろ酷というものだろう。
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「また、蟹……」
日の沈むまで砂浜を駆け回り、丘をのぼってコテージへ。
そして満を持して、意気揚々とキッチンに立ったかぐや。その手製の料理の一品目は、蟹のトマトクリームパスタ。しかも甲羅つき。
「バンバン出してくから、遠慮なく召し上がれ!」
という宣言通りに、思う様に食卓を彩っていく。
低温調理のローストビーフに、柑橘系のドレッシングを添えたサラダに、エビの生春巻き、イカのフリット……コースの組み立ても国籍も関係なしに、かぐやの衝動のままに作られた逸品たちが並べられていく。
「あ、これ美味しー。うちのチビどもにも食べさせてあげたいから、あとでレシピ教えて~」
「これで彩葉の胃袋を掴んだかー」
「ふふん。どやぁ」
二人の賛辞を背に、なんとも嫌らしい得意げな表情と目線を向けてくるかぐやを、
「はいはい、毎度ありがたく頂いております。大変おいしゅうございます」
と受け流す。
「いやマジで美味い……」
流し切れない部分が、ちょっと漏れたけど」
何はともあれ、とりあえずコレにて念願のホームパーティーと海遊びは完遂したわけで、となれば次は温泉だ。
室内に設けられたそこは、個人で浸かる分には十分に過ぎる広さだったが、四人で湯船に入るには、ちょっと手狭だ。最初分かれて入ろうかとなったが、予想通りにかぐやが一緒が良いとワガママを言い始めた。ワガママはダダに変わり、ダダはおねだりに転じた。そして私は折れた。
「こらこら、まず身体洗う」
一息に飛び込もうとするかぐやの首根っこを掴み、座らせる。
ぶーたれていたかぐやだったが、
「髪、洗ったげようか? ヘアケアのやり方、教えたげる」
と芦花に言われれば、
「良いの!?」
と、目を輝かせて大人しくなる。
「シャンプーとか、何使っても大丈夫そ?」
と芦花に尋ねられ、
「まあ、だいたいのは大丈夫」
と短く答える。
芦花の背越しに、私は洗髪の様子を見守った。
芦花は、ますますその美しさを増していく。
化粧だけではない。全然体型も崩れてないし、手足の所作、在り方そのものが綺麗だ。
いや、本当に大したもんだと感心する。
「すごいね。全然違和感がない」
その芦花は、上機嫌で足を前後させるかぐやの髪に指を通し、潮気を丹念に落としていく。
そりゃあ、髪は女の命。義体の素材には、十二分に気を遣っていますとも。
「……うん、彩葉の想いが伝わってくる」
「愛だねー」
「でしょー!」
芦花の言葉に先に湯舟に浮かんでいる真実が、とろけた顔と声とで同意し、何故かかぐやが得意げになる。
もちろん、その自負と自慢はあるけれど、面と向かって賞賛されるとさすがに照れる。
~~~
「うん、うん……じゃあ、明日のお昼には帰るから……え? 分かった、じゃあ代わって? ……こーらぁ! こんな時間まで起きてる悪い子たちは誰だ~? はやく寝ないと、おみやげ無しだぞ~?」
風呂上り、飲んでいる途中で建物の外に出た真実の声が、かすかに開かれた扉越しに漏れ聞こえる。その横顔は、幸せそうな笑みであふれていた。
様子をうかがっていた芦花がそっと閉じる。
「どうだった?」
「お母さんやってた」
「そっかぁ。あの真実がお母さんかぁ……」
ちょっと前までは想像できなかったことを、ソファの上でしみじみと噛みしめる。けど、もともと温和で包容力があるから、なってしまえばまったく違和感なく受け入れることができた。
大の黒鬼推しってところは、あまり変わらないけれども。
「まぁ、ウチにも八千歳児がいますけどね」
苦笑と共に私は、自身の膝の上であおむけになっているかぐやを指した。
短時間で大量に得た情報を処理するための、クールダウン中……要するに、遊び疲れて寝こけているのだ。
弛緩しきった寝顔に、思わずこちらも笑みがこぼれる。
「……すぐ起きそう?」
「いや、ヤチヨとの同期もしなきゃだから、たぶん朝までこのまま」
さすがに本人でなければ分からないけど、FUSHIを交えて夢の中でお互いの意見交換会とかするとか、そんなイメージなのだろうか。
想像しては、笑みがこぼれる。
「じゃ、二人で片付けちゃおうか」
そう残り少ないワインを二杯のグラスに分けた芦花が、その片割れを私に手渡して、向かいに座った。
それを受け取り、傾ける。
『もと光る竹』からメインデータを抽出、ボディに移し替えたとして、未だ制約は多い。
さすがに海水に入るにはリスクが大きすぎるし、アルコール類を飲んでも分解されてしまう。つまりは酔えない……いや、酔っぱらったかぐやの暴走
五十二時間の活動制限は解消できていない……いや、というかそもそも人間でもそんなに働くのは無理なんだけど。
いつか本当に、お互いの味わえるすべてを、分かち合えればと、そう思う。
あどけなく寝返りを打つかぐやの髪を、撫でつける。
柔らかい温泉と、芦花が使ってくれた、シャンプーやトリートメントの、優しい香りが鼻をくすぐる。
そんな私たちを、芦花はワインを飲みながら目を細めて見守っていた。
「彩葉」
「ん?」
「いま、幸せ?」
微笑とと共に、まっすぐに問いかけてくる。
杯を片手に髪をかき上げる所作が、昔海で見た彼女の所作と、重なった気がした。
幸せ……それについて答えるには、あまりに色々あり過ぎた。何について幸せと思うのか。理解されるのは難しいだろうから。
でも、芦花に、芦花にだけは、はぐらかしてはいけない気がした。
「うん。幸せ」
彼女の目をまっすぐに見返して、応える。
「かぐやが、私を幸せにしてくれた」
私を見つけてくれた。私を求めてくれた。何をやっても半端だった私に道を示してくれた。
八千代の間、私を想い、支えてくれた。
「……だったら、一緒に幸せにならなきゃウソでしょ! これからずっと! せめて八千年分!」
歯を見せて笑う私を、芦花は眩しげに目を細めた。
「八千年、かぁ」
その長さを噛み締めるように、芦花はソファに背を沈めた。
かぐやが月の姫であることを告げてからこっち、このトンデモ存在とその復活を真実と共に、ごく当たり前に受け入れてくれている。本当に、もったいないほどに、良い友達だった。
「そういう芦花はどうなの? なんかいいヒトとかいないの?」
美人なだけでなく、しっかりしていて懐深い彼女から、今まで一度も浮いた話を聞いたためしがない。
完璧すぎて敷居が高い、とかなのだろうか。
「まぁ、さすがにそういうハナシがない訳でもないけど」
苦笑混じりに、綺麗な指つきでグラスを揺らし、干す。
「今は、見てるだけで良いかなって」
「……強がってない?」
「うーん、ちょっと……負け惜しみ?」
「同じじゃない、それ?」
「でも」
折り曲げて揃えた自身の膝に、ぴったりと頬を寄せた芦花は、じっと私たちに視線を注ぎ続ける。
何かを噛みしめるように間を置いた後、
「幸せなら、今もらっちゃったから」
と、かすかな
「芦花、酔ってる?」
「かもね」
わずかに赤らんだ目の向こう側で、光がたゆたう。
澄み切ったその輝きは、胸が締め付けられるほどに美しかった。