ハッピーエンドの、道のあと   作:駒井亀丸

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ちょっと想定より長くなったので、サブタイの構成を少し弄ります。
ご了承いただければ幸いです。


ツクヨミ(1)

「準備はいーい?」

 自室、隣に座るかぐやに合わせて、角膜に嵌めたスマコンを起動する。意識を電子の海へと潜らせる。

 

 再び目を開けた時には、私たちの世界は、かすかな水音と共に一変していた。

 

 ――電脳空間ツクヨミ。

 もう一つの、私たちの居場所。

 

 和の海底都市を基調とした、幻想世界。

 サイト上にその全容が公開された時、その円盤状を重ねたがごとき地形について、考察勢があらゆる動画を出していたのを思い出す。

 

 曰く、陰陽思想に基づく太極図が盛り込まれている。竜宮城がベース。蛭子信仰が重要なファクター。煉獄のメタファー。大掛かりなイベントの伏線。

 ……まさか、開発者の八千年分の食い意地が根底にあるとは、誰にも予想がつかなかっただろう。

 

 勝手知ったる調子でログイン画面たる鳥居をくぐると――私の顔は、十代のころに若返っていた。

 ストリートファッションを意識した、パーカーとベルト。狐のモチーフの耳としっぽ。

 まさしく青春時代に使っていたバージョンのアバターだ。その後、年齢に合わせて髪型や目元、人間モデルにするなど、少しずつ調整を加えていったのだが、まさかそれを一気に逆行させることになるとは……

 

「おぉ~、いろPだ」

「いろPだねぇ」

 愛称で、ポータルで待ち構えていた『ROKA』と『まみまみ』が囃す。こちらも、旧バージョンのアバターだ。

「今だっていろPですよー」

 いつの間にか広まった呼び名も、今ではすっかり耳慣れてしまった。イベントのたびに忠犬オタ公が連呼するからかもしれない。

 

「うぅっー! 今の美人さんもイイけど、こっちの彩葉も、やっっぱ可愛い!!」

 視覚的に特大のハートマークを飛ばし、『ギャルいかぐや姫』が、身悶えする。

 

 ……そもそもの発端は、毎度に漏れずコヤツーーかぐやである。

 タブレットでデータの整理をしていた際に、ふと十年前のフォルダが見つかった。

 それを開くと、出るわ出るわ。学生時代の甘酸っぱい記憶と黒歴史の混合物。そしてあらためて当時の自分を見れば、目のクマの酷いこと。そら周りに心配かけますわ、とあらためて痛感する。

 

「懐かしー! 彩葉だ」

 そこに、かぐやが飛びついてくる。

 私の肩に自らの頭を載せて、目を輝かせて、画面を覗き込む。

 

「いや現物、隣にいるんすわ」

「分かってるよ~。どっちも可愛い!」

「意味分からん」

 その『意味分からん』ことに、訳も無く笑みがこみ上げる。

 

 ……だけど数瞬後に、その笑みは一気に凍り付くことになる。

「ねぇ、コレと同じカッコしてみんなでデートしよ!」

 卒業式、最後に学生服に袖を通した私を指し示したことにより、

 

「……いや、マジで勘弁して」

「なんでぇ~? 制服ならちゃんと残ってたよ?」

「さすがに十年経ってリアルで着れるわけないでしょうが!」

「大丈夫っ! 体型維持できてるし、この間のライブでもアイドル衣装着てたじゃん!」

「それとこれとは話が別っ! んなもんコスプレじゃん! そんなん天下の往来で無許可で着てたら即職質だわ! 芦花と真実をそんなことに巻き込めないってば!」

 ……いや、案外ノリよく引き受けてくれそうだし……割と私も見た……いやいやいやいや。

 

「じゃあ、彩葉用のアバターボディを用意して……」

「今から間に合うか! というか色々誤解を招く!」

「でもでも、時には初心に帰るのもフーフ円満の秘訣だって、昔に前田のとっしーも言ってたよ! ねぇ~初心に返ろうよ~。失われた青春を取り戻そうよぉ~」

 

 そう言ってぐりぐりと身体を押し付けてくるかぐやに参っていると、

 

『あーあー、お忘れかな?』

 と、同じタブレットから麗しい清楚な声が聴こえてくる。

 ヤチヨが画面に自らの2Dを映し出し、袂からピンと指を立てて

『現実では難しいことでも、叶えられる。共にそうやって補え合える、もう一つ世界があることを』

 

 ~~~

 

 ……まぁ、たしかにツクヨミなら、初心に帰りたいのなら前のモデルを使えば良いだけだし、ネット上なので羞恥心は軽減される……制服も……まぁ、あとでそれに近いスキンでも着てやるか。

 それでも気持ちが若返った気がして気恥ずかしいものの――さすがはヤチヨだ。タイミング含めて、なんて的確な助言なんだ。

 

「同じヒトなんですけど!?」

 というかぐやの憤慨は黙殺し、画面に特別なチケットを用意する。

 

 それは、ヤチヨからの招待状。

 この『同窓会』を、落ち着いて楽しめる、特別に場所を設けてあると。

 

 ……さすがはヤチヨ。なんて気の遣える女神様だ。

 

「だから同じヒトなんですけど!?!?」

 

 そんなこんなで私がチケットの使用を実行すると、夜の帳の中、光の軌道を線路として描いて、パレードのワゴンを想わせる電飾をまとった、豪奢な意匠の汽車が舞い降りた。

 フィールド間を移動できる手段の一つだ。

 

 四人でそれに飛び乗ると、ゆるやかな旋回運動と共に、夜汽車は浮上していく。

 闇が次第に深海の様相を呈し、その中を蠢く古代生物たちの間をすり抜けていくと、次第に太陽の輝きと海面の反射が目を刺した。

 

 咄嗟に瞼を閉じる。そのリアルでの反応を読み込んだスマコンが、視界をブラックアウトさせる。

 そのあとで、ゆるやかに目を開ける。

 

 広がる光景は、夜の世界とは打って変わって、青い夏空と白い雲。透明度の高い海上に設けられた、近未来感の施設の数々。それと対照的な赤い大鳥居が遠望できる。

 

 ……うん、今でもツクヨミは、私に胸を打つ感動をくれる。

 

 そこは、近々実装予定のフィールドだった。ツクヨミの建築デザイナーを自負する、両舷(りょうげん)航希(こうき)も、その手腕を買われて開発に携わっているという。

 

 ……もちろん、近々公式のライブに出るための視察と打ち合わせ、という名目はあるものの、特別にヤチヨに便宜を図ってもらったのだ。

 

「いらっしゃい」

 と手を挙げてヤチヨが私たちを出迎えた。

 ツクヨミは無数のヤチヨのAIが管理運営、ユーザーのサポートやアナウンスをしているが、彼女は本物だ。

 

 白波をと海鳥を背景に、その絹糸のごとき髪が舞う。夜の都で見るときはがらりと印象が異なる。

 

「……」

「……彩葉、かぐや隣にいるのに無言でスクショボタン連打するの、やめよ?」

 

 しまった、ほぼ無意識でやっていた。かぐやに思い切り引かれてしまった。

 

「おう、お前らよく来たな」

 と、ヤチヨの肩のあたりから声が聴こえた。

 白くモコモコとした、陸上の生物なのか海洋生物なのか、見た限りでは判別不能であろう謎の毛玉。

 FUSHI(ふし)と呼ばれる、ヤチヨのトレードマークでもあり、ツクヨミのマスコットだ。

 

 黒く円い瞳で、私たちを見上げながら歓待してくれる。

 

「FUSHIってば、まるくなったよね~」

「私としては、吊り目気味だった時も結構好きだったな」

 でも、真実と芦花にからかわれて、

「なっ……! ナマ言ってんじゃねぇっ! お前らなんて、まだまだ小娘なんだからなっ」

 などと憤慨して跳ね回るが、まるで迫力というものがない。

 

 ……かつてつっけんどんな態度をとっていた理由も、そしてそれを止めた理由も、私は知っている。

 涙をこらえていたから。もうヤチヨのために泣く必要が、無くなったから。

 

 ありがとう、犬DOGE(いぬどうじ)

 かぐやがヤチヨになるまで、ずっと傍で支えてくれて。

 私に、そのすべてを見せてくれて。

 

「彩葉彩葉ーッ、探検しよッ!」

 ちょっとセンチになった気持ちを、かぐやの奔放な誘いが意識を引き上げる。

「足踏み外して落ちないでよ」

 そう注意しつつ、

 

「ほら、ヤチヨも行こう?」

 とその手を引いた。

 一瞬目を見開いたヤチヨは、それでもされるがままになっている。

 私の熱を確かめるように、きゅっと握り返してくれるのが、なんともいじらしい。

 

「彩葉……どう? このエリア」

「良いね、どこもかしこもキラキラで、ライブとかだけじゃなくてMVも映えそう。あと元のツクヨミの時もそうだけど、しぶきとかがドット調になるのが趣深い」

「おっ、そこに目をつけるとは通だねぇ」

 江戸っ子っぽい返しに、私は苦笑した。

 

 この十年、ヤチヨの、運命の輪廻から解き放たれた心を反映させるかのように、ツクヨミには、KASSEN以外にもこういう日中のスポットも拡張されてきた。

 今までの世界観とはそぐわない、なんて人も中にはいるのかもしれないけれど、

 

「それに……あまりリアルに近づけすぎると、混同しちゃう人が出ちゃうからね。線引きは、どっかで意図的に作っておかないと」

「私は、どんなツクヨミでも好きだよ。だってここは、私を待ってくれるために、ヤチヨが作ってくれた場所だから」

「……うん」

 はにかみながら頷き返すヤチヨ。語彙力と理性をすべて溶かされかねない愛くるしさだ。

 

 ――しかし、そこにはげしい水音を立てながら、近づいてくる二台分の影があった。

 虎柄の水上バイクに相乗りし、片や無機質な意匠のものをソロで操縦するのは、三人の鬼人型のアバター。

 そうやって颯爽と駆けつけてきた彼らは、その前方部を大きく傾けさせてくるや、私たちの行く先まで飛び移った。

 

「よう、先に遊ばせてもらってるぜ」

 と、ぶしつけに言ってから、前髪に張り付いた水のエフェクトを払うようなそぶりをする。そうして降りて来たのは、赤髪の鬼。ワイルドだが野卑ではなく、どこか気品ただよう美男子。

 人気ライバー帝アキラ……要するに、私のお兄ちゃん。そして、その帝に率いられた残りのBlack onyXの二人だった。

 

「どゆこと……?」

「かぐやが呼んだ。どうせ黒鬼もライブ出るし、真実喜ぶかなって、サプライズ」

「ってオイ」

 

 あまりにあけすけな物言いで答えたかぐやに、私は思わず突っ込んだ。

 大ベテランにして今なおトップを走るグループを思い付きで呼びつけるなんて……と思ったけど、まぁ人のことは言えないか。

 

 その真実の反応はと言えば――ああ、ああ。毎度のことながら、固まって声さえまともに出せずにいる。

 

「大丈夫?」

「だだだ、大丈夫……! もう十年推し活やってるし、この間リアルで見た時も意識は保ててたし息さえ整えれば……ひっひっふー、ひっひっふー」

 

 それはお母さんになるときの呼吸(ヤツ)だ。

 

「おいおい、まみ……そんな普段通り見てるだけで満足か? ここでなら、もっと自分に正直になってみても、良いんだぜ?」

 そしてあんたは妹の前で人妻の友達に色目を使うな。

 ……まぁ、十年以上ブレずにこのキャラロールを続けられるプロ意識は、ある意味尊敬と驚嘆に値する。

 

 ファンサの一環で指差しとウインクを喰らった真実は、多分テンパったあまりコントローラーでも落としたのだろう。魂が抜け落ちたあげくがくりと力無く倒れたその身体を支え、芦花がするすると後退していく。

 

 雷さんは、このエリア用の台本がまだ無いのか。腕組、瞑目したままむっつりと押し黙っている。

 乃依くんは、あらぬ方向の虚空を向いたまま、気だるげに茶番が終わるのを待っていた。

 

「もちろんそれだけじゃないかんねー。せっかくだから、借り返しておこうと思って」

「へぇ……どんな?」

「ヤチヨカップ、かぐや達が勝ったけど、試合には負けたじゃん? あれからかぐやも彩葉もさらにプレイスキルも上がったし、もう一度勝負だ帝!」

「ずいぶん前のこと持ち出してくるねぇ。かぐやちゃんって、意外と根に持つタイプなんだ?」

「ふふん、超記憶力って言ってもらいたいね。かぐやたちが勝ったら、ライブ、バックダンサーやってね」

「んじゃ、俺らが勝ったらその逆で」

 

 お互いに好戦的な笑みを浮かべ合う二人に、私は溜息をついた。

 Black onyXとは、大型ライブとかでよく顔を合わせるけど、そういえばこうして個別に会うのは久々な気がした。

 いよいよもって、同窓会じみてきたこの会合をどうまとめるべきか、思案する。

 

 

 その、矢先だった。

 

 

 にわかに、頭上の太陽が消えた。

 一帯が暗闇に変わり、非常灯のように、灯籠に灯りが点く。

 波が荒ぶり、何者かの接近を伝える。

 お兄ちゃんは諍いを止めて険しい表情で見上げ、他の二人も、怪訝そうにその目線を追った。

 真実と、復帰したらしい芦花も、不安げに私の方を見遣る。

 

 私も、知らない。分からない。

 何故あれが、あいつらが、今になって。

 

 ヤチヨとかぐやを見る。

 息を呑み、目を見開いて、言葉も無く、唇をかすかに震わせる。

 

 太陽が消えた代わりに現れたのは、全体を鏡面で繋ぎ合わせたかのような、冴え冴えとした月。ツクヨミのそれとは、似て非なる何か。その表層のヒダが、まるでタケノコの皮のように剥がれ落ち蓮華のように開き、その中から、赤黒い霞と共に、群れを成して現れる。

 

 浮遊する宗教的偶像に率いられた、異形たち。

 ツクヨミと同じく和の世界観(テイスト)を帯びながらも、明らかに隔絶した、神秘と悍ましさが同居した造詣。

 

 あの、月の住人たちが、この電脳空間に再び現れたのだった。

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