ハッピーエンドの、道のあと   作:駒井亀丸

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ツクヨミ(2)

 また、来た。

 間違いない。十年前と、まったく違わない。

 どういうこと? 何が起こっている? 何を間違えた。

 何も分からない。分からないから糸口も見えない。

 

 月人たちの、大将らしき存在が、浮遊しながら私たちに近づいてくる。

 能面のようなマスクは、距離を詰めるたびにその威圧感が強まっていく。

 

 私は、かぐやたちを庇うべく前へと迫り出した。

 目を尖らせて武器を構えて、牽制を加える。それぐらいしか、今は術が見当たらない。

 

 だけどその私をすり抜けて、ヤチヨが進み出た。かつての同胞の前に、ツクヨミの管理者として威厳をもって立ちふさがった彼女は、一度だけこちらを顧みた。余裕を持った、まぶしい微笑。私の動揺を見抜き、かつ宥めすかすような、優美な所作。

 

 そしてあらためて向き直ると、ふっつりと、風や波の音も絶えた。

 意図的に作られた沈黙の中、ヤチヨの唇が動く。相手の長大な身体が折りたたまれて、そのヤチヨの身の丈に合わせて目線を持って行っている。

 そのやりとりの間。かすかに、異音が混じっている。『月』の本来の言語か、あるいは暗号化されているか。

 

 それに耳を傾けていたヤチヨは、しきりに何度か頷いていたようだったが。着物を翻して片手を挙げて、そして鈴の鳴るような声音で、高らかに宣言した。

 

「これより、るかぐや・ヤチヨ大KASSENを、開催します!」

 と。

 

「…………はい?」

 問い返したのは、誰だったか。というか、ほぼ全員そう思っていた。

 

 ~~~

 

「で、結局コレってどういうことよ」

 お兄ちゃん――帝アキラが、ヤチヨを注視する皆を代表してあらためて問う。

 頭上には、あの後使者たちを収容したミラーボールの月が、今なお留まっている。

 

「ゴミンねぇ、そこまでは聞き出せなかったけど……なんか、『前にできなかった用事』を済ませるまでは居座り続けるつもりみたい。こっちのお願いも聞いてくれない〜」

 眉尻を下げたヤチヨが答えた。

「ていうか、なーんか、またヤチヨが隠し事とかしてたりして」

 乃依くんがツインテールの後ろで手を組みながら、やや棘を感じさせる問い方をした。

 止むに止まれぬ事情があったとは言え、前科のあるヤチヨは、ハウッとショックを受けた顔をした。

「乃依」

 雷さんが、それを咎める。乃依くんは赤い舌を小さく出した。

 

 用事――用事って、何?

 十年前、過去未来の二重に存在していたかぐや。それを今になって回収しようとしている?

 月の技術を盗用したと思われた? 新たな労働力としてこちらのかぐやも奪おうとしている?

 矛盾(タイムパラドックス)を力づくで解消?

 

 なんにせよ、ロクでもないことしか、最悪の予想しか思いつかない。

 

 ぐるぐると疑問が沸いては、気持ちが沈む。

 その頭を、お兄ちゃんが無言ではたいた。

 

「でも、条件は引き出せたよ」

「それが、えーと……『かぐや・ヤチヨ大KASSEN』?」

 即興であることを差し引いてもやや語感の悪い、その名前をたどたどしく発しながら、真実が問う。

 

 今から、特別ルールによるKASSENを行う。それに敗北すれば、撤退するという約定を取り付けたという。

 基本はSENGOKUの形式に準拠。しかし頭数は大幅に増加し、一チーム八人……つまり、かぐやとヤチヨ自身を含めたこちらの全員と、同数の敵。

 

 中立のミニオンたちと、櫓を守る牛鬼には変わらず。

 ただし櫓はトップとボトムだけでなく、ミドルレーンと、そして空中の、計四か所に存在。うち、二か所を占拠したら、大将落としが天守前に出現。

 

 大将落としの出現回数が増えたことへの対抗措置として、チームのうちの一人が『守将』となって、天守閣前に陣取る。

 だが、一度倒されればそのラウンド内は復活できない。

 

「――で、残りの七人はそれぞれ攻め手と櫓とかの守りと、その両方に回ると……なんか、サッカーみたい」

 芦花の呟きを、お兄ちゃんが拾った。

 

「……サッカー、ね……良いね、こういうリターンマッチは大歓迎だ」

 不敵に笑む兄は、

「でも今度は、あいつら数は守ってくれるのかね?」

 たしかに、そこは不安だ。

 十年前の九月、あいつらはゲーム内容を事前に学習していて、こちらの流儀に合わせたようだったが、いざ戦闘になると、容赦のない物量と性能で押し込んできた苦い記憶がある。

 

「まぁあの時は……あっちもルールを完全には分かってなかったみたいだし、何より必死だったからねー」

 ヤチヨは少し言い淀みつつ、答えた。

 

「かぐや」

 私は、あらためてその名を呼んだ。

「かぐやは、どうしたい?」

 聞けていなかったことを、聞くまでもないことを、あらためて問う。

 

 ここに至るまでに、ずっと黙っていたかぐや。

 月の人らが現れた時から、ずっと俯いたままだった。

 そして小刻みに肩を震わせ、その震えは今この瞬間、ピークに達した。

 ゆっくりと、顔を持ち上げた。

 

 

 

「断ッッッッ……固! 帰還拒否!!」

 

 

 ……おお、溜めに溜めたな……

 

「だいたい、かぐやもうバリバリ働いたじゃん! 円満退社でしたやん! それを今更『あっ手が空いてんならちょっと戻ってきて手伝ってくれない?』とか、スジが通んないってばさ! かぐやはリタイア後の人生を、ハッピーエンドに向かって、彩葉たちと目一杯楽しむの!!」

 四肢を縦横無尽に振り回し、さながら扇風機のように旋回する。

「いや、まだ向こうの狙いがそうと決まった訳じゃ……」

 今では毎度おなじみとなった、かぐやのエクストリーム駄々っ子ぶりに、私は苦笑した。

 

 跳ね起きたかぐやは、その私の両手を握り込めた。それから、ひとりひとりの顔を見回した。

「みんな! ……今度はかぐやも……私も、私たちのハッピーエンドを諦めたくないから……一緒に戦って!」

 

 それぞれの温かい表情を見れば、答えなんて、あえて言葉にするまでも無い。

 そして私に、かぐやは屈託のない会心の笑顔を向けてくる。

 

「私を助けてくれる? 彩葉」

 それは――十年前、聞けなかった言葉。聞いてあげられなかった想い。

 かぐやが、本当はどれほど切望していたとしても、涙と共に呑み込んだ願い。

 

「当然!」

 そのおねだりのためなら、なんの迷いもなく、どんな超人にも天才にもなれる。宇宙人にも、勝ってやる――!

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