ハッピーエンドの、道のあと 作:駒井亀丸
『みんなのためにわんわんお! 忠犬オタ公、ただいま緊急で動画を回しております!』
頭上から、忠犬オタ公の甲高い声が響き渡る。浮かび上がった画面狭しと、黒ギャルチックな顔やら、胸元を押し広げた、野趣と開放感あふれる衣装やらを押し付けてくる。
『先日、奇跡の復活を遂げた伝説のライバー、かぐや! かつてその引退ライブに突如として現れた、謎の集団が、なんの告知も無しに今再び来襲! かぐやいろPの黄金コンビに黒鬼! インフルエンサーROKAとまみまみ! 当時の参加者たちが、今KASSEN
「……好き放題言ってくれるわー」
私は今もって謎多き古参ファンに、呆れながらぼやいた。
まったく告知なんて無かったにも関わらず、刻限が近づいてくると、すっかり配信体制が整っていた。
幕営より外に出た私たちは、陣形を定める。
守将は、お助けモードの戦闘装束に着替えたヤチヨ。
その左右を、芦花と真実が固める。雷さんと乃依くんは遊撃に回り、かぐやと私とお兄ちゃんは、攻めに回る。
対する月の陣営は、たしかに数は揃えてきているものの、やはりその異様さに対する威圧感はぬぐい切れない。
屈強な肉体に比礼を帯びた男女の対が二組ずつ。翁の面に両腕を生やしたような個体。竜や金魚の胴体を持つ個体。そしてやはりそれを率いて天守の守護者となっているのは、
「もうチートは使わんといてよ」
並び立つお兄ちゃんに、念の為に釘を刺す。
「ばーか。
不敵な笑みを浮かべて、帝アキラは、腰をためて金棒型複合武器を肩に構える。
……うん、やっぱりいつまでも慣れない。というか普段、軽口でも『ばーか』とか言えるヒトじゃないでしょアナタ。
「Black onyXはな、みんなに夢見させてナンボなんだよ」
「だったらもう、その夢を自分たちから捨てるようなマネはしないで」
「……だよな」
苦笑じみた気配が、隣から伝わってくる。
そして頭上のタイマーがカウントダウンを始めた。
私はあらためてかぐやを見つめ、ヤチヨを顧みた。皆それぞれに互いにアイコンタクトをとって頷き合い、
「帝だと負けフラグになるから、誰か代わり号令よろしく~」
乃依くんがフラットにヤジを飛ばす。
誰が言うべきか、そんなものは決まっている。
今回の主役は、その運命にリベンジするヤツなんて。
かぐやは、にんまりと口角を押し上げて、目と眉を茶目っけたっぷりかつ勇ましげに尖らせて、
「まだまだみんなと一緒にやりたいこと、楽しみたいこと、いっぱいあるんだ! この一瞬だって――最高にしていこう!」
そう高らかに、宣言したのだった。
〜〜〜
黒いオオタカと竹型ハンマーのジェット機能で、空中を飛ぶ。
空路で目指すは、浮島。その上に特別に設けられた、櫓。
地上からのミニオンの攻勢が本格的になり始めた時、私とかぐやは移動を中速状態に切り替えて着地体制に入った。
……が、次の瞬間。
巨大な口が、私たちを一息に丸呑みにせんと、大きく開いて飛びかかってきた。
「くっ……!」
「うぎゃ!?」
獅子と金魚のアイノコのような怪物が、私たちを阻む……これでも、プレイヤーらしい。
私はワイヤーを射出して落下を食い止め、かぐやの腰を浚って助けて留める。
だが頭上ではすでに、月側は鎧袖一触で牛鬼を屠り、鐘を鳴らした。
と同時に、地上でも同じ音が響き渡る。ボトムレーンで争っていた乃依くんが、女型の月人に押し負けて櫓を占拠された。
こちら側の天主前の高台に、大将落としが立ち上がる。
芦花と真実も、それを止めようとした。友人たちも、この十年で熟達したプレイスキルを培ってきたものの、如何せん地力が違い過ぎる。
トップレーンで足止めを食ったり、迎撃の最中だったお兄ちゃんと雷さんが、フォローに回ろうとするも、激しい氷矢の追撃にさらされ、思うようには退がることが出来ずにいる。
ヤチヨが攻め手の一体の処理に手間取っている隙を突いて、二人がリスポーンする間もなく、さらに侵入してきた別個体が長物を振るい、天守閣に大将落としが打ち込まれる。
門扉が破られ、私たちが地上に着地した時には、火柱があがっていた。
……初戦は、ものの見事にワンサイドゲームに終わった。
〜〜〜
「かぁーッ、やっぱ強ぇな。アイツら」
次のラウンドまでのインターバル中、手のひらを自らの角の辺りに押し当てて、お兄ちゃんが嘆く。
「ごめーん……」
手を合わせて申し訳なさげにするヤチヨに、
「しょうがないよ。今のヤチヨは最強じゃないんだし」
と慰めを入れる。
……ヤチヨは、膝を抱えて落ち込んだ。
い〜ろ〜は〜? と。
親友コンビが異口同音に私を咎める。
「いや違ッ!? 悪いとかそういう意味じゃなくて! というかヤチヨはもう在り方そのものが最強というかですかね!? むしろ生きてさえくれればオールオッケーというかですね!?」
ワタワタとみっともなく言い訳する私に、意地の悪い笑顔を二人は浮かべている。ヤチヨは顔を覆ったまま肩を震わせているものの……コレ、絶対笑ってるやつだ。
「てか、わざとでしょ」
「バレた」
「バレましたね」
顔を見合わせる芦花と真実に、そしてなおツボってるヤチヨに、私は溜息をつく。
「最強じゃないって、どゆこと?」
かぐやが私の狐耳の間に頭を置いて、のしかかってくる。
「うん、私も今気づいたばっかなんだけど。これ、敵の戦歴」
私は自身のウィンドウを虚空に拡大させた。
「参加数と勝ち数が……てか、両方とも一回じゃん!」
「そう、つまりさっきのが、カウントされてるだけ」
あぁ、とお兄ちゃんは手を打った。さすがベテランゲーマー。そこは察しが良い。
「えーと、やっぱりどゆこと?」
お助けモードのヤチヨは主にチームの欠員を補うことが主な役割だ。
したがって、その力は敵味方の戦力比に依存する。
たとえば武器装備の性能、たとえばこれまでの戦績。そして奴らはSENGOKUルールを、おそらく学習しただけで実戦自体はこれが初。
「――ということで、実際のパワーバランスはともあれ、システム的には『トップゲーマー集団が最低レベルのペーペーにケンカ売ってる』って構図になってるってこと。つまりそれで、ヤチヨの戦闘レベルも大幅に下方修正されてる」
「はぁ!? それって初心者詐欺じゃんッ!」
「うう……まるでウミウシに逆戻りの気分」
……色々知ってると、笑えないんだよな……ヤチヨジョーク。
「卑怯だぞ宇宙人どもー、正々堂々勝負しろーッ! やって良いことと悪いことの区別もつかないのかぁー!」
私を揺らしながら、元宇宙人が何か言っている。
ん――?
「……区別が、ついていない?」
その言葉自体か、それとも思いっきり視界を揺さぶられたことによる衝撃か。ふと脳裏に引っかかるものがあった。
「あー、まぁたしかにそれはそうかも?」
笑いを収めたヤチヨが、それに応じた。
「多分あのヒトたちには、勝負事をしているという意識はないよ。ただ、郷に入っては郷に従え、みたいな?」
その言葉に、いや助言に、はたと思い至る。そのうえで、第一回戦の、各方面の試合模様を、アーカイブで確認する。
まるで、未調整のエネミーを相手どっているかのような、一見して無茶苦茶な軌道。
だが、機械的なその動きには、どこかまとまりがあるような気がした。
……ということは。
「かぐや」
「んー?」
「お手柄」
私は、頭上の少女に小さな拍手を送った。
「うぇへへぇ、もっと褒めてもいーよ?」
「ぅぐっ……リアルの方でものしかかってくるの止めな」
「……なんか、思いついたらしいな」
「まぁね、と言ってもだいぶギリギリだと思うけど」
「じゃ、俺らはそれに乗る」
と、帝アキラはまだ詳細も聞かないうちに、快諾した。
「このままじゃ、どのみちジリ貧だしね」
と芦花も同調して賛意を示す。
リーダーの決定に、軽く首肯を返した雷さんは、
「なら、俺がヤチヨとポジションを代わろう」
と言った。
それ以上言葉は続かなかったものの、提案の意図は十分に汲める。
本調子ではないヤチヨを前線に送ることには、不安はある。
しかし守将としてその残機と行動を制限するよりかは、むしろ彼女自身の判断力を頼りに、臨機応変に行動してもらった方が良いかもしれない。
「お願いします」
と返すと、雷さんは無表情で親指を立てた。
「ヤチヨ」
私は、あらためて私の女神様にあらためて向き直って伝える。
「今から伝える作戦を聞いたうえで、どう動けば良いかの判断とタイミングは任せる。でも無理はせず、困ったらみんなを頼ること。良い?」
「ううぅ……まさかあの彩葉がそんなことを言えるようになるなんて、言ってもらえるなんてぇ……」
と涙する。
いや忙しいなぁ……かぐやもいるから二重に。
「じゃ、乃依はそのヤチヨちゃんの援護で」
お兄ちゃんは、乃依くんに指示する。
「え~、面倒」
と艶やかに目を細める。
こういう場面で乃依くんの言うところの『面倒』は、お兄ちゃん曰く、
「面倒だし、やりたくない」
ではなく、
「やるつもりだから面倒」
という意味なんだとか。
「で、この作戦の要なんだけど」
と、視線を移した。
「ちょーっと、みんなよりがんばってもらっちゃおうかなー」
もちろん……さっきの意趣返しなんてつもりは、これっぽちも無いけれど。
にやりと笑いかけたその先には、
「へ?」
ぽかんと口を開いて自らを指差す真実の姿が、そして携帯しているメロンパンがあった。
――さぁ、ここから仕切り直し。反撃開始だ。
もうこれ以上は何も、奪わせたりなんか、しない。