現代知識“だけ”ある記憶なし無自覚転生者が訳あり行き倒れを拾う話 作:萩原トウコ
昔から誰からも教えられていないことを識っている子供だった。
その知識は多岐にわたるも、何故それらを知り得たのかはわからない。
全知でも全能でもなく、初めて見聞きするもの、知らぬこともある。それらに触れることは、えも言われぬ感動があった。
だからだろう。好奇心や探求心が人一倍旺盛だった。
喋るようになれば、周囲の者を質問攻めにして閉口させた。歩くようになれば、屋敷のあちこちで人のすることを飽きもせず眺めていた。
両親は鷹揚で、奇行を繰り返す娘を咎めることはなかった。何をしても、大切な天からの授かりものだと喜び、感心した。
周囲の者も、それに倣った。
私は幼いながらも聡い姫として扱われ、どんな振る舞いも大目に見られていた。
——そんな暮らしが続いたのは、数えで十になるまでのこと。
流行り病が全てを奪った。
両親は相次いで倒れ、そのまま儚くなった。そして私自身もまた、同じ病に臥せた。
屋敷に残されたのは、動けぬ私ひとり。
賢しいと言っても、一人で庭に出たことすらない子供だ。
誰の手も借りずに、生きていけるはずがなかった。
「我ながら驚くほど人望が無いわ」
いとけない声音で、しかし平坦な口調。
こういうところも庇護欲をそそられず、不気味に思われる一因だったのだろう。寝台の上で宙を見つめ思い返す。
最後に出て行った乳母と乳姉妹にも、気狂いの物の怪憑きと罵られた。両親が病に罹ったのも、私が邪鬼を呼び込んだからだと。
荒唐無稽の物言いである。
都で病が流行ってからも、父は参内を止めなかった。人手の足りない部署の仕事をしていたのだという。
母は耐えるようにその背中を押した。
政の中枢の麻痺は深刻な問題だった。でも、それだけではない。
二人とも、目の前で苦しむ者を見捨てられない方々だった。
「ととさま、かかさま……」
衾の中で、己を抱きしめるように身を丸める。その声は震え、怯えた迷い子のようだった。
家から灯りが消え幾日経ったのか。朦朧とした意識では、数えることもできなくなった頃。
暗い家の中で二つの灯火を見た。
ゆらゆらと、寝台の上を行き交う温かな光。
ふと、香りがした。
強くはない。けれど、あとに残る。
花とも言いがたく、ただ静かに、心をほどくような柔らかさ。
――それが、両親であると、遅れて解った。
独りきりになった娘を哀れみ、迎えに来たのだろうか。
そんな両親を見て、胸いっぱいに湧き上がったのは――
病に侵され、垢にまみれ、飢餓と苦痛に苛まれた果てに抱いたのは
――怒りであった。
こんなに苦しいのに。寂しくて、悲しくてたまらないのに。
どうして、背を撫でて手を握り、慰めてくれないの。何故、生きて私の傍にいてくれないの。
来年こそ新嘗祭に連れて行ってくれるって言ったのに。五節の舞を一緒に見るのではなかったの。
私が裳着の儀を迎える前には、家族で伊勢詣ですると約束したじゃない。きっと晴れがましい旅路になると笑いあったのに。
まだ、やりたいことが沢山あった。世の中には見も知りもしないことばかりで、それらに触れたかった。
私は死にたくない。死んでたまるか。
ととさまとかかさまなんて知らない。一緒になんて逝かない。
乾いた舌と喉がその言葉を紡ぐことは無かったが、届いてしまったのだろう。
霞む視界で最期に見えたのは、泣きそうな顔をしてこちらを覗き込む父と母の顔だった。
子供だったのだ。
どれほど学び、賢しげに振舞おうとも。そして、それを育み愛し続けた両親がいた。
それが、この後の生を大きく左右することになろうとは、まだ知る由もなかった。
東の空の端がわずかに明るむ。
ふと目が覚めると、あれほど重く感じていた身をすんなりと起こすことができた。
空腹も悪心も倦怠感も、すべての不調が嘘のように消え去っている。
ふと、あの香りがした気がした。
「ととさま、かかさま……?」
呼びかけに応えるものはいない。
辺りを見回して、そろりと立ち上がる。寝所から抜け出ると、薄暗く人気の失せた屋敷の中を歩き回った。
探索はすぐに終わった。何せ当家の屋敷は慎ましい。
父は立派な方だが、要職に就いていたわけではない。故に身分や位に比して、さほど裕福とは言えぬ家だ。
衣装や調度品など、値がつきそうな物は粗方運び出されている。薪や炭や油などの物資もない。
想定内である。
厨の土間にはしたなくも素足で下り、水瓶の中も検めた。水は残っているが随分と濁っている。
喉が渇いても口にはすまい。そう思い蓋を閉めようとした手をぴたりと止めて、再び水瓶をのぞき込む。
水面に映っている己の顔を見ながら、蓋を持つ手の反対の手で恐る恐る額の上部、髪の生え際に手を当てる。指先に触れたのは、硬い突起。これは……
「邪鬼を呼ぶ物の怪憑きだとか、散々な言われようをされたけれど……まさか角が生えるとは」
想定外にもほどがある。
突然の快癒に、唐突にあらわれた角。異常に戸惑いながらも、私は今後について思案した。
表向き、私は病の回復を待ち“出家して両親の菩提を弔う”ため、尼寺に送られる予定であった。
実態は、喜捨を惜しんだ親族に見捨てられ“懸命な看病の甲斐なく悲劇的な死”を迎えることになった。
現在は私の“看取り”をすべく、日が昇りきった頃に小者が顔を出し、生死を確かめては帰る。それだけが、この屋敷の人の出入りである。
もしこの角を見咎められたら、晴れて私は物の怪憑きの姫から物の怪に転身。世間に露呈する前に、親族に討たれるだろう。
仮にこの角が隠しおおせたとして、事態は好転しない。尼寺に送られる最中に“不慮の事故に遭う”という道筋が立てられるだけだ。
そんなことは真っ平御免。
――ならば、逃げるが勝ちである。
父と母を失ってから、周囲の者たちに違和感を覚えた。
はじめは、ほんの小さなひっかかり。
私を慰める時の声音や表情。裏で聞こえる囁き声。
気のせいだ。
きっと悲しみで在りもしないものを感じているだけ。
日に日に大きくなる胸のざわめき。
それをおさめるために、密かに自身の宝物を寝所に引っ張り込んだ。
両親の遺品や、愛用の品。かつて我が儘を言って揃えてもらった貴重品たち。
――それが大正解だった。
もっとも見逃されたのは、どれもわかりやすい高級品ではないというのも大きいだろう。
時間がないためざっと身を清め、外遊び用の水干に身を包む。
貴族の姫は、基本人前に出ない。貴人の前に出る女房のように日々着飾る必要もなく、行事でもなければ簡素な姿で過ごすのが常である。
まぁ水干と絞り袴で歩き回る姫など、少なくとも私は他に知らないが。周囲の者も知らないと言っていた。
しかし乳母の用意する衵と切り袴は機動力に欠けるのだ。
こうして身支度を自分でするのも、奇異の目で見られていた。最初の頃は周囲の者にとって余計に手間と面倒がかかっていたし、手が離れたら貴人らしくないと乳母から苦言を呈された。
それでも続けた。自分の衣を自分で身につけられないというのが、何故かどうにも座りが悪い。
別に側仕えの全ての仕事を取り上げたわけではない。自分ではできないこと、一人で手が回らないことを頼むので十分だと思っていたのだ。
振り分け髪を垂髪に結い、角を覆うように頭巾を被った。屋敷の使いの童子くらいには見えるだろう。
そして宝物を詰め込んだ背負子の支度も済んだ。
済んだのだが――
かつては遠出の際これを背負う供の者がいた。もちろん今はいない。
――当然のことに今更気がつく己に、愕然とする。
私は自身の背丈より大きな抽斗つきの背負子を前に、呆然と立ち尽くした。
身の回りのことを自分でしてきたのは、自身の価値観に則ってのもの。だが同時に、周囲への心の距離の表れでもあったのだろう。
側仕えにも使用人にも見捨てられたが、私だって彼らに無心の忠誠など期待していなかった。
それでも周囲の者は私を盛り立てた。
私が何か成し遂げたわけではない。私の何に感じ入ったわけでもない。
ただこの家の姫だから。
ならば私は、その奉公に報いるべく将来家を背負って行けば良い。
――などと、かつての私は嘯いていた。
働きに対し労いの言葉は父母に倣って都度かけていたが、こんな心持ちのそれは少しも響かなかったに違いない。
そのくせ労働力として使うのを当然としていた。そして今、裏切られて困っている。
これは情けない。
深くため息をついて、背負子の肩紐を調節する。パンッと音を立てて両頬を張った。
これは私の財で、自分で背負い運ぶもの。もう家はない。
自力で運べないなら、これらは私に持つ資格はないということだ。
肩紐に両腕を通し立ち上がるべく気息を整えると、ぐっと力を入れた。
「は……?」
予想していた重みが肩に食い込まない。直前の悲壮な覚悟に反して、私は何一つ取り落とさず、すんなりと立ち上がった。
重さが、まるでない。このまま駆け比べどころか、木登りすらできそうだ。まさか後ろに支える者がいるのかと身を翻したが、無人。
四尺もない身の丈に見合わぬ膂力に、私はいよいよ自分が化け物になったような心持ちになった。
空が明るみだす前から、人の営みは既に始まっている。
周辺の屋敷の厨から煙が立ち上りだし、そのにおいで刻限が迫っていることを知らされた。
塀の影から外をそっと覗き、門前に人目が無いことを確認する。そして、決して振り返らぬよう、硬く目を瞑って駆け出した。
朝日に追い立てられるように生家を後にした日のことを、私はいつまでも覚えている。
こうして日が昇り切る前に家から飛び出し、さらに京の都から飛び出した先は北方の山深い地。
深い考えがあったわけでは無い。都の外れに出てからも、兎に角人目を避けねばと必死に太陽を背に移動し続け、たどり着いた先が、そうだった。
道中己に声を掛けようとしてくる人間に幾度も出会った。
その全てを振り切って、街道から外れて山中に分け入る。他者の気配が全くしない林の中で、やっと足を止めた。
長く道なき道を走り続けたため、草鞋どころか身に着けていた衣はあちこち擦り切れていた。
手足には土汚れはあるものの、傷はひとつもない。これほど走ったというのに、息は全く乱れていない。
自分に何が起きたのかわからない。教えてくれる者も、聞ける者もいない。この胸の内を打ち明けられる相手は、もうどこにもいない。
うつむくと滲みそうになる涙を慌てて拭い、歯を食いしばる。泣いたら、動けなくなってしまう。
可能な限り人目を避けてここまで来た。しかし完璧ではない。
大荷物を担いで高速移動する童子だ。とても目立つ。はたから見れば怪異であるが、親族が姿を消した私とそれを結び付けて追手が来ないとも限らない。
――やめだ。
意図的に思考を打ち切った。
パンッと音を立てて両頬を張ると、再び歩き出す。
あれこれ考えるのは、命の危機が去ったと確信してからだ。
それから移動を繰り返しながら、幾度となく山中で夜を明かした。私を追う者の姿は、ついぞ見かけなかった。
出会うのは獣ばかり。稀に見る人の姿は、旅の途中で道を失ったのであろう行き倒れの死体だった。
最初はどちらも恐ろしくて仕方が無かったが、獣は向かってくるものを引っ叩けばそれでおしまい。その後飯になる。
行き倒れはできるだけ丁重に埋葬している。飢えと孤独のまま死ぬということが、どうしても他人事には思えなかった。
誤って道に近寄ってしまった時は、生きた人にも出くわしそうになる。こちらの方が早く相手に気がつくので、見つかったことはない。
慎重に行動範囲を見定めながら、私が住処を定めようと考えるようになったのは――家を出て季節が幾度も巡った春のこと。
以前から、山中に打ち捨てられた庵に目をつけていた。小さいが畑もあり、少し下れば沢にも出られる。
いくつかある仮宿の一つだ。ここを本格的に補修して行こうと、材料をこつこつと集めた。
補修が進み家の居心地が良くなっても、耕した田畑から実りを得られても――波立った心が凪いでいくことがない。
棚上げした自身の現状については未だ向き合えていない。
本当に追手は来ないのだろうか。いつまでこの暮らしをするのだろう。一人は寂しい。しかし人にこの異形の姿が露見すれば、ただでは済むまい。死ぬまで人目を憚って隠れ住むのか。それはいつまでだ。私はこの姿になってから、殆ど背丈が変わっていない。いつまで生きるのか。一人で。寂しい。寂しい。誰か。誰か。誰か。
後に出会う彼が言うには、この時の私は……要は、こじらせていた。
山で暮らすようになったからか、異形となったからなのか。私はとても目が良くなった。
今日も日課の田畑の世話や水汲みなどの仕事を終えると、高い木の上に登った。そして周囲の山々の隅から隅まで見渡す。
最初は追手を警戒しての行動だったが、今は違う。
「見ィつけたァ」
にたりと笑い、嬉しさを抑えきれず呟く。
そして、木から飛び降りた。
走る
走る
走る
音もなく枝から枝を飛び移り、木々の間を縫うように駆け抜ける。間に合え、間に合え。
走った時間は一分にも満たない。だが、ずっと長く感じた。だって今回は半年ぶりだ。
興奮から弾んだ息を整えながら、場違いなほど明るく声をかける。
「こんにちは!」
声を掛けた先は――今にも灯火が消えそうな命。
私は衰弱した行き倒れに声をかけて、お喋りをすることにはまっていた。
『何そのヤバ過ぎる趣味……』
とは、遠い未来で彼の友人になった男の子の言である。青ざめて身を引いていたし、彼の憑き物の小さき獣はこちらを愛らしく威嚇していた。
重ねて言うが、この時の私はだいぶこじらせていた。
「――うんうん、わかる。喉が渇いてる時ってすごく水が恋しいわよね。そう、口の中が渇きすぎるとひりついて痛いの。あれ嫌よね。ほら口開けて、もう一滴あげる。ん、もっと?一気に飲んだら体に毒だわ。口の周りを濡らしてあげるからね。あ、さっきの続きだけれど、冷えた水菓子もいいわね。私桃が好き!親族の荘園で良い桃が取れて、毎年の楽しみだったの。……父母が生きてた時は優しかったのよあの人も。――もうちょっとだけお話聞いて?そしたらこのお水あげるからね」
これだけ近くにいる私の姿も、霞んでろくに見えていないであろう虚ろな目。穏やかな気持ちでそれを覗き込み、微笑んだ。
少しずつしか水を与えないのは、苦痛を与えるためではない。この手の人に水を一気に飲ませると、気が緩むのかすぐに死んでしまうからだ。
しかしそれももう限界か……。思っていたより長く付き合ってくれたその人に対し、心から感謝を伝える。そして望むまま水を飲ませてあげた。
「おやすみなさい」
出会いがあれば別れもある。ほぼ一方的に友誼を結んだ相手を弔うのは、これで幾度目か。
サックサックと土を深く掘る。三尺ほど掘れば、獣にも臭気が届かず荒されずに済む。念のため、より深く掘る。今回は六尺だ。
心地よく眠れるよう石を取り除き、花を敷き詰めた穴の底。そこに、先ほど見送った相手をそっと寝かせる。
名を聴き取れたら墓標も作るが、それは稀だ。今回見送った彼の名も私は知らない。
眠りにつき身体から抜け出すと、安らかな表情で天に昇って行ってしまった。
「あーあ、楽しい時間ってあっという間。もしまたどこかで会ったら、その時はあなたのお話も聞かせてね」
空を仰いでそう言ってから、おもむろに土を被せようとしたその時――
ドンッ――
突如、光の柱が墓穴に突き刺さった。
光が中心に吸い込まれると、先ほど眠りについた彼の目がカッと開く。そして勢いよく飛び起き、叫んだ。
「っだあああ!!!くそ!!!また集め直し、だ……え、花……」
円匙で土を盛ろうとした体勢のまま固まる私と、ザッと血の気が引いた彼の目が合うまであと数秒――。
しくじった。関所を避けて山越えをしようとした先で、腹を空かせた熊に出くわすとは……。
多少の怪我なら治せるが、出会い頭に頭を一撃で即死だ。こうなるとどうしようもない。
肉体の枷を外れて御霊となり、かつて自分だった身体が熊の腹に収まって行くのを、眺めることしかできない。
俺のしくじりで身体を損なうばかりか、供養もされないのではあまりにも報われない。
全て平らげられる前に、姐ちゃんが回収してくれると良いが……。
常日頃淡々と業務をこなす、己の看守に思いを馳せる。
そうしていると、御霊がまた違う誰かの死体に引き寄せられるのを感じた。
ああ、ちくしょう。ちくしょう。
この地獄はいつ終わる。
「っだあああ!!!くそ!!!また集め直し、だ……え、花……」
カッと目を見開き勢いよく起き上がると、むせかえるような花の香り。視界に、敷き詰められた大量の花が飛び込んでくる。
周囲には圧迫感のある土の壁……?いや、ここは、墓穴の底だ。まずい!!!
バッと上を見上げると、円匙で土をまさに盛ろうとしていた子供と目が合う。この身体の持ち主の遺族か。子供は目を見開いて固まっている。
まずいまずいまずい、騒がれる前に逃げなくては。そう思うのに、しかし春とはいえまだ寒いこの時期に、これだけの花を用意するのにどれだけの手間がかかる。こんなに手厚く弔われ、葬られようとしている身体を奪うのかと己が問う。それでも……!!
「……っすまない!!!」
子供の視線も自らの思考も振り切って身を翻した。
が、四方が高い土壁に塞がれている。
「って、墓穴深すぎるだろ!?!!」
己の頭の高さと変わりない地面に手を掛け、美しく整えられた土壁に足を……掛けられない!
この身体の体力が限界らしく、全く力が入らない。
四苦八苦している俺の前に、子供はゆったりとした足取りで回り込んできた。しゃがんで手を差し出してくる。
「大丈夫?手を貸そうか?ごめんね、この辺りは獣が多いから、よく眠れるようにちょっと深めに掘ったの」
「え?あ、ああ、悪いが梯子を……チョットフカメ?!六尺はあるぞこれ!!」
あまりに普通に声を掛けられ、普通に返事をしかける。しかし、聞き捨てならない言葉の方に反応してしまった。
「本当に大丈夫?引っ張るよ」
子供は手を差し出したまま、困惑したように再び声を掛けてきた。まるで、様子のおかしい奴の頭を心配する顔だ。
齢の頃は十かそこいらに見えるのに、随分と落ち着いている。身に着けているのは頭巾に粗末な肩衣と短袴。だが、そこからすらりと伸びている白い手足は、泥が多少ついてはいるが傷ひとつない。話し方や所作に品がある。少年のような恰好をしているが、恐らく骨格的に少女。どうやらあちらも訳ありのようだ。最悪の状況は回避できるかもしれないと、落ち着きを取り戻した。
「……すまん、取り乱した。気持ちは有難いんだが、君には無理だ。誰か大人を……いや、梯子を取ってきてくれないか?できたら人目につかないように。頼む……っ」
切実に困っていて頼れるのは相手だけ、という声音と態度で頭を下げた。
こういう時はただ直に、理由や言い訳など余計なことは言わずに頼む方が上手く行く。そして頼む相手が女子供などの弱者であるほど有効だと、知っていた。
祈るように返事を待つ。
子供は何やら思案しているようだ。
頼む、聞き届けてくれ……!
「――人目につかないようにしたいのは、さっきの光の柱と関係が?」
頭上に投げかけられた言葉に絶句した。
御霊が身体に入ったことを認識している。見鬼の才か……!
こうなると誤魔化しは効かないと見たほうがいい。かと言ってここでつまびらかに事情を話すことはできない。この子供が何者かもわからない。どう答える。というかここはどこだ。これだけ立派な埋葬をすると言うことは他にも人が来るんじゃないか。
「そんなに怖がらなくても大丈夫。ここに人はいない」
せわしなく思考を巡らせるすぐ横から、のんびりとしたあどけない声。
子供がこちらを覗き込んでいた。いつの間に!
思わず目をむいて仰け反ると、子供はおかしそうに口元を隠す。
「……っ!!おい、君」
開きかけた口を、白魚のような指がそっと塞いだ。
「言いたくないことは言わなくていい。誰にだって秘密はあるから」
子供はそう言うと背後に一歩下がり、もう一歩下がるような気軽さで後方に音もなく跳躍した。
そして重さなどまるで無いように墓穴の淵に着地し、上から射す陽光を背に悠然と微笑む。
「手を貸そうか?」
気づけば、差し出されたその白い手を取っていた。