現代知識“だけ”ある記憶なし無自覚転生者が、訳あり行き倒れを拾う話 作: トウコ
かつて山で暮らしていた時。
当時旅暮らしの桃弓木が、憔悴した様子で庵を訪れることも少なくなかった。
その時々で、何があったか話すこともあれば、話さないこともある。
聞き出そうとは思わなかった。
私はいつも通りに過ごし、いつの間にか桃弓木もそうなっている。そうして、彼は旅に戻っていった。
今回は勝手が違うらしい。
対面した時の桃弓木の顔を見て、瞬時にそう判断した。かつてないほどの暗い瞳に、想像を超える心身の衰弱を見て取った。
こちらを見ているはずなのに、視線が合わない。止まらない手や声の震え。
その手を取り、声を掛ける。
――しばらくして、ようやく彼は私を認識した。
そのまま宿での療養も提案されたが、桃弓木は私と帰ると言う。そのために迎えに来たので、構わない。
私は住家に桃弓木を連れて帰った。
桃弓木が戻ってきて、まずは以前の大家夫妻への挨拶をした。
今住んでいる地域も、二人の伝手で家を借りている。
細君は我がことのように喜び、地域の顔役への挨拶にも同行し“どうかよろしく頼む”と言葉を添えてくれた。
新参者は立場が微妙なため、その一言で暮らしやすさがだいぶ変わる。
それでも生活は目まぐるしい。
復員直後の桃弓木は極度の衰弱状態で、安静にするほかなかった。
だが一か月、二か月経つと、周囲から圧がかかる。復興作業の人員として、復員兵は主力として考えられていた。
私も地域の婦人の集いでそれなりに立ち回った。しかし、それを察し庇われたままでいる桃弓木ではない。
本調子ではなくとも復興作業に参加し始めると、彼はあっという間に地域に馴染む。人の輪の中で笑い、頼られる姿を幾度も見かけた。
その反動か、家の中では完全に無になる日もあった。上手く出来るからといって、性に合っているとは限らない。
そういう日は、とっておきの甘味か肉の缶詰を開けて労った。
そんな日々を過ごしながら、身体が癒えると桃弓木は「いつまでもヒモ暮らしは出来ん」と仕事を探し始めた。
暮らし向きは悪くないし、焦らなくても良いと言ったが、決心は固いようだった。
後に伝え聞いた話によると、妻を働かせ悠々と暮らしていると当てこすられたらしい。
人の家の台所事情に嘴を挟みたがる者は、どこにでも居るのかと呆れた。
人望を得ていた桃弓木にそれを言った側は、既に立場を失っていた。
そして桃弓木は手先の器用さを発揮し、空き缶を加工して雑貨を作ったり、闇市で金物修理の商売を始めた。
すぐに軌道に乗って固定客も複数つき、順調そうに見えた。
しかしある日、彼は浮かない顔で帰ってきて言った。
「需要は高いし儲かる。けど金があっても、肝心の食料が買えねぇ」
そう言って、材料をかき集めて代用うどんを作り始める。
本当に何をやらせても器用にこなすと感心したが、試作した品を共に食べ、無言で顔を見合わせた。
材料は主に雑穀だ。味に加えて栄養価が低く腹持ちも悪い。
それでも、せっかく作ったからと売りに出したら「飛ぶように売れた……」と複雑な顔で帰ってきた。
私たちの暮らし向きは悪くない。桃弓木はよく働き、私の勤めは給金が良く、時折猫附家からの差し入れもある。
しかしこの件で、飢えている時に味や腹持ちなどは二の次なのだという現実と、世間のひっ迫を改めて目の当たりにしたのだった。
それでも桃弓木の食糧調達の試行錯誤は続く。
贅沢なのは百も承知だが、食自体には困ってない。進駐軍の横流し品の缶詰や乾麺などは豊富にある。
しかし桃弓木は、どこか気まずそうに言った。
「食えるだけ本当にありがたい。いや、美味いよ?うまいんだけど……なんだか、心が荒むんだよな……」
気持ちはわかる。否定する気にはなれなかった。
滋養があり食べられれば問題ない。それでも好みを言えば肉より魚だし、洋麺より米だ。
漁村まで出向いて魚を仕入れて売るのは手間が大きく、すぐに手を引いた。
結局農村まで足を伸ばし、物々交換で米や野菜を得る交渉に切り替えた。彼の得意分野だ。
進駐軍から得た横流し品も農村では珍重され、交渉が容易になると桃弓木は喜んだ。
日中は地域の活動に、生活のための仕事。
夜は時間を見つけては灯を集め、時折猫附家との契約を果たしに行き、返礼を受ける。
契約とは言え、彼らは桃弓木に対し真摯で誠実だ。
それに事情を解した上で気安く話せる相手は、得難いものである。
彼らと交流する桃弓木を見て、心安く過ごせる場が増えて良かったと、そう思えた。
生活が落ち着くと、桃弓木は戦地での記憶に再び苛まれ始めた。
夜。呻き、喚き、飛び起きて、私を探す。
私は起きて返事をし、吐瀉物を片付け、口をゆすがせ、着替えさせた。
「額月……」
「ここにいるよ」
手を握らせると、しばらくして呼吸が落ち着いた。
「額月、いるか」
「うん、ここに」
夜通しうわ言に返事をする日もあった。だが、この程度で音を上げる気はない。
翌朝身を縮めて詫びる桃弓木への対応の方が、よほど大変だった。
「あのね、私はこの程度眠らずとも特段問題ないよ。知ってるでしょう」
「しかしだな……」
「あなたは今、助けが必要に見える。私は、手を貸せる。それとも私には、その度量や情けがないとでも?」
「……そんなことない」
こんなやり取りを幾度も繰り返す。納得がいかないのだろう。
彼は感情の始末を自分でつける人物だが、それが不可能なほどの傷を負っている自覚は、まだ薄い。
当初は寝室を別にしていたが、効率を優先し同じ部屋で寝起きするようになった。
桃弓木は、何とも言えない顔をしている。どう扱っていいか分からない、そんな顔だ。
慎みを持てと言いたい思いと、申し訳なさが衝突しているのだろう。
身体の傷は癒えても、心は回復と悪化を行き来する。
それでも、悪夢に魘される日は次第に減り、少しずつ調子の良い日が増えていった。
もう大丈夫だろうか。いや、気がかりではある。
しかし、今の生活を続けることが困難な局面を迎えていた。
――昭和二十七年 四月
サンフランシスコ講和条約の発効により、日本の主権が回復。進駐軍の撤退前に私は職を辞した。
気付けば今の戸籍を得てから、二十年経っていた。
――ここが潮時、だろう。
ある日のこと。
朝食の席で、額月が日用品の買い足しでもするように言った。
「そろそろ戸籍を買い替えようと思う」
気がつけば、戦争が終わり七年の月日が経とうとしていた。
身に余るほどのものを受け取っている自覚は、ずっとあった。
そんな権利を、本来俺は持っていない。
それでも――
混乱の最中、生きるのに必死で、目を逸らす理由がいくらでもあった。
かつて自身の抱く感情の存在に気付いた時、それに名をつけず直視を避けた。
どうにもならないと、わかっていたからだ。
ただ、そこに在ればいい。
時折会えればそれで足りると、己に言い聞かせ続けた。
それなのに。
ああ言えば額月は断らないと踏んで、入籍を持ち掛けた。
細君の性格も行動力も把握した上で、役所へ向かう際に大家宅の近所を通った。
祝言の段取りも、流れも、止める機会はいくらでもあった。
そもそも神格を奪われている俺は、酒を口に出来ない。儀式は不完全で、成らぬ可能性が高かった。
しかし、天にいる親に誓うという文言の誓詞――
草案を書いたのは俺で、清書は額月によるもの。
祝言の後に、捨てるのも忍びないと奉納した。
――それが届いた。
こうして儀式は成り、俺は“妻”を得た。
――得てしまった。
欲する資格などないと思っていたものが、手の中に転がり込んだ。
掴んで、懐に入れて、それからようやく気づく。
何てことをしたのかと。
こうならない道筋はいくらでもあった。――それでも、そうなった。
自身に言い訳をしながら、詭弁だと弾劾する理性が己を苛む。
胸の奥で、罪悪感と、ほの暗い喜びが絡み合う。
押し潰されそうなほど重いのに、震えるほど満たされてもいた。
額月は、変わらず笑っている。
その顔を前に、息を飲む。
手放すことも出来ず、何も言えないまま。
話し合いの末、今の生活は終えることになった。
俺はもう戸籍を作る気にはなれず、抽斗へ戻ることにした。
額月は――
「“奥さん”をするのは中々楽しい経験だったよ。ありがとう」
何も知らないまま、旅立っていく。
そんな“妻”の背中を見送りながら、俺は小さく呟いた。
「……またな」
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