現代知識“だけ”ある記憶なし無自覚転生者が、訳あり行き倒れを拾う話   作:萩原トウコ

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視点切り替え多め。
百暗→主人公→百暗


現代知識“だけ”ある記憶なし無自覚転生者が、訳あり行き倒れを拾う話③

己の看守を見送り、ハッと現状に気が付いた。

 

灯を飲んで御霊が体に定着し、ようやく体の芯が通ったような心地になる。

そこまでは良かった。

あらゆる意味で気を抜くと卒倒しそうだった状態から、意識の維持が容易になっただけ上々と言える。

 

だが完全な復調とまではいかない。これですぐに旅に戻れるかと問われれば、答えは否。

そして現実問題、荷も金も着る物も何も無い。

 

問:ではどうする?

解:目の前の少女に縋るしかない……!

 

我ながら最低すぎるが、背に腹は変えられない。

というか既に出会ってから世話になりっぱなしだ。

下働きでも何でもして、一旦ここに置いてもらう。下山が可能になり次第働き口を見つけるか、小間物でも作って市に出すかして金策をする。

そう算段をつけ、できるだけ神妙な顔で話を切り出す。

 

「すまない、頼みがあるんだが……」

「いいよ」

「内容聞いて!?」

 

頼みの内容を聞かずに承諾するんじゃありません!と思わず目を剥くと、額月は首を傾げてこちらを見つめる。

 

「ここに来る前、あなたは荷物を持った者と合流するまで世話になると言っていた。でも、今のあなたはすぐここを発てるような様子ではないでしょう。その件だと思ったのだけど」

 

違った?と続けられる言葉に脱力する。

 

「合ってる。察しが良すぎて話が早すぎる……復調するまでここに置いてくれないか」

「うん」

 

改めて頼み、そして了承を得た。

 

「その灯は不調も治すのでしょう?……あなたが本調子ではないのは、先ほどの怪我も一因のはず」

 

少し目を伏せて気落ちした様子に焦る。

 

「っいや、それは」

 

君は悪くない、身体能力差を考えずに手を伸ばした俺が迂闊だった。そう続けようとした。

しかし額月はこちらの反論を手で制して、顔を上げる。そして

 

「それに、知り合ったよしみだからね」

 

ご馳走の約束もあるし。そう穏やかな声で告げ、柔らかく笑った。

 

それを見て、灯を飲む前の語らいを思い出す。

 

 

『それは大変だったね』

 

その言葉が同情でも慰めでもない、事実として言われているとわかった時、意外に思わなかった。

知識と教養の深さに裏付けされた理解力だけではない。

この子もまた人の理の外に身を置くものだと、知ったからだろう。

こういう者と出会い、ましてや落ち着いて話す機会は永い生の中でも稀だ。

常に理解されなくて当然という前提で話し、そして気狂いの妄言とされる。

 

『そう言われたのは、随分久しぶりだな……』

 

苦笑交じりに出た己の言葉を聞く目を見て、相手もまた自分を知ったのだとわかった。

 

 

「……そうか、知り合いのよしみか。なら、お言葉に甘えるか」

 

晴れやかな気持ちがそのままが声に出て、心から笑った。

 

 

 

夜も更けてそろそろ寝るかという時。

温かい屋根のある場所で眠れるのは久しぶりだと横になろうとしたら、待ったをかけられる。

そして額月は外に出たかと思うと、深さは然程ない大きな簀の子の箱を持ち込んできた。

 

「ちょうどいい大きさのものがあって良かったわ。普段は薬草を干すものなのだけど」

 

そう言って手際よく箱の中に藁と杉葉などを敷き詰め、囲炉裏で蓬を燻す。

その上に獣皮と古布を敷くと、こちらを振り返った。

 

「あとは布を重ねて、この毛皮も掛けたら寒さも和らぐはず」

「お、おう。ありがとう」

 

ぎこちなく、渡された布と毛皮を受け取る。

そして、自身のために設えられた立派な寝床を見た。

 

「ごめんね、綿入りの衾は予備が無くて。私のを貸しても良いけど、あなたには小さいから寒い思いをさせてしまうかと」

 

そう眉を下げて言う額月に慌てる。

 

「いや十分すぎる!こんなにいい寝床いつ振りかわからないくらいだ」

「そう、なら良かった」

 

額月は安心したように息をついた。

そして囲炉裏の向こう側で几帳を組み立て、自分の寝支度を始めるようだ。

と言うか

さらっと綿入りの衾で寝てるって言ったなこの子。

 

庵の中は清潔で心地良く過ごせるように作られているが、豪奢な暮らしではない。

だが額月は自身が快く暮らすのに必要なものを知っている。

それを調達する手立てを考え、実行できる。

 

生きる力が強い。

 

しかしその精神は未分化で幼さを残し、聡明さと理性で抑えているが脆い面もある。

きっとその気質は鬼になる前から。

 

出所不明の知恵に、飽くなき好奇心。それを満たす行動力と実行力。それを振るう自立心と合理的なものの考え。

貴族の姫として以前に人物として異質すぎる。

 

それでいて心根が素直で善良。

鷹揚な振る舞いと親切が、努力ではなく習慣になっている。

故に育てた両親の人柄、そして深く愛され護られていたことが見て取れた。

この子を一人遺すことがどれほど心配だったことだろう。

 

そうしみじみと思いながら寝床に横になると、カッと目が開いた。

 

いや凄いなこれ!

 

身が沈み過ぎない程度にしっかり敷き詰められた乾いた藁からは甘い香りがした。

次に鼻をくすぐるのは虫よけのためであろう燻した蓬と杉葉の清涼感。

藁の弾力が体をしっかり支え、獣皮と布の温かさが全身を包み込む。

次第に瞼が重くなり、体は沈み込むように脱力する。

耳に届くのは遠くで揺れる囲炉裏の薪のはぜる音と、彼女の衣擦れ、自分の呼吸だけ。

意識が夜の静寂に溶け込む中、額月の声が聞こえる。

 

「おやすみなさい」

 

そのままゆっくりと眠りの中へ落ちていった。

 

 

 

 

「おはよう」

 

そう声を掛けられて初めて、自分が深く眠っていたことを自覚した。

目を見開いて、がばりと身を起こし周囲を見渡す。

山中。庵。暖かな寝床。米の炊ける匂い。ここは、誰の、そうだ。

 

「額月……」

「うん。目は覚めたかな」

「ああ……おはよう」

 

完全に意識が飛んでいた……こんなにも熟睡したのはいつ振りかわからない。

半ば呆然としながら返事をすると、額月は仕方がないとばかりに苦笑する。

 

「朝餉の支度はできてるけれど、先に顔を洗った方が良いね」

 

そう言って渡された手桶には緑がかった湯が張られている。この匂いは蓬か。

促されるまま湯を手で掬い、顔と手を清める。とろりとした肌触りと清涼な香り。

渡された麻布はよく布打ちされていて柔らかい。

そして顔を拭き上げて、ハッと正気に戻った。

 

また流れるように世話を焼かれている。

 

卵がゆに山菜の汁物という滋味深くも味わい深い食事を供され、舌鼓を打ちながら俺は焦っていた。

この流れは、非常によろしくない。

確かにお言葉に甘えるとは言ったが。

 

性格的に、額月はこちらに施しているつもりもなければ、憐れみを掛けているわけでもない。

 

『知り合ったよしみだからね』

 

あの言葉通り、知り合いが困っているから、問題解消に必要なことをしているだけ。

この過剰な世話はその一環だ。

ままごとの子役を引き受けたかの如く甲斐甲斐しく接されているが。

彼女は俺が復調するのに一番効率が良いと思ってやっている。

それは正しい。

そして打算や下心などが皆無なのがわかるので、警戒心が働かず気持ちよく受け取れてしまう。

 

だが!

 

 

このままでは、情緒がおかしくなってしまう……!

 

 

*  *  *  *  *

 

 

朝餉の片づけが終わり針仕事を始めると、桃弓木に沈んだ声で話しかけられた。

 

「頼む、仕事をくれないか……」

 

手を止めて顔を上げてみると、彼は悲愴な顔をしている。

その顔を見て、しまった。と思った。

幼い頃、接した相手によくこういう顔をさせてしまったことを思い出したのだ。

 

「……もしかして、私は何か間違えたかな」

 

昔からそうだ。良かれと思ってやったことが、相手から厭われる。

気落ちした声を出す私に、桃弓木は狼狽した。

 

「いや、そうじゃない!そうじゃないんだ。額月には本当に良くしてもらっている。ただ回復に努めて何もせずにいるのが、性に合わない。だから、仕事が欲しい」

 

その言に、嫌な思いをさせたわけではないとわかり落ち着きを取り戻す。

手に持っていた針を一旦裁縫箱に戻し、思案した。

 

「なるほど……」

 

休んだ方が回復は早いに違いないが、性に合わないことを強いるのは良くない。

しかし力仕事や外仕事は今の彼に向かないだろう。

 

「桃弓木はどういう仕事がしたいの?」

 

そう水を向けると、彼はパッと表情を明るくした。

 

「小間物とか作るのは得意だぜ!竹細工とかな。木工品もいける。あとはーーー」

 

そう言って指折り数えて挙げられる彼の特技の多さに圧倒される。

 

「すごい、多才なのね」

「はっはっはっ!……知識と技術は失くさねぇからな」

 

感心して褒めると、桃弓木は得意そうに胸をそらして笑った後、淀んだ遠い目で呟く。

情緒が不安定な様子だし、今日は簡単な作業からにした方が良いかもしれないと思った。

 

得意な物として最初に挙げた竹細工はどうだろうか。

あとで加工しようと思っていた、枝を打っただけの竹の束があったはず。

そう思い当たり、物置きにしている拠点に竹を取りに行った。

 

 

 

桃弓木は炉端に寄せた竹に触れ、迷いなく節を確かめる。

爪先で転がし、指で弾き、乾き具合を音で測る。

刃を当てる位置が決まると、躊躇はない。

こつ、と軽く当て、次の瞬間にはパキリと澄んだ音が庵に響いた。

割れ目は素直で、無駄な裂けはない。

彼の手は力まず、刃を押し込むでも叩くでもなく、ただ竹の癖に沿って動いている。

削りに移ると、今度は音が変わる。

しゃ、しゃ、と一定の間隔で鳴る刃擦れ。

薄く削ぎ落とされた竹皮が、くるりと巻いて足元に落ちた。

その指先は驚くほど迷いがない。

急がず、溜めず、必要な分だけ削る。

一度も刃を持ち替えず、形を整えていく。

 

「……慣れているなんてものではないわ」

 

私の思わず漏れた感嘆の声に、桃弓木は顔を上げないまま笑った。

 

「そうだな、手が覚えてる。考えるより先に動く」

 

そう言って最後に刃を払い、こちらに竹片を差し出す。

整えられた竹片は、触れれば滑らかで、指にささくれ一つ残さなかった。

 

「素晴らしい仕事……見ていて気持ちがいいわ」

 

これほどの技術を身につけるのに、どれだけの研鑽があったことだろう。

そういう手仕事を見るのが昔から好きだ。

 

「まぁ竹片作っただけだけどな」

「これの出来栄えで、作られる品の質が決まるのよ。知っているでしょうけど」

 

屋敷にいた職人の翁だってこれほどのものは……と思い差し、改めた。

翁は私が横に座り仕事を見ていると、段々顔色が悪くなった。そして手元がおぼつかなくなる。

そんな様子に、仕事の邪魔をするのは良くないと思ったのだ。

次は物陰から見ることにして――目が合った時に翁は腰を抜かした。

申し訳ないことをした。まさかそんなに驚くとは思わなかった。

その後まもなく、翁は老齢を理由に屋敷を下がり妻と故郷へと帰った。

……私が原因だった気がしてならない。

故郷で美しい娘を養女にしてお大尽になったなんて風の噂を聞いたが、真偽は確かめていない。

 

「この調子で加工を頼めるかしら。火入れは後でまとめてしましょう」

 

そして庵の中には、規則的な竹を割る音と衣を扱う衣擦れ、時折囲炉裏の薪の爆ぜる音のみが響いた。

 

 

*  *  *  *  *

 

 

詰まれた竹を粗方加工し終えた昼頃、庵の中は静かだった。

額月が縫い終えた衣を広げる。

 

「出来た」

 

思わずそちらを見ると、先程まで額月が扱っていた布類が衣となりきちんと畳まれている。

 

「随分集中して針仕事をしていたが、それは?」

「桃弓木の着替え」

「俺の?」

「うん。今のままでは洗濯も出来ないもの……よし、大きさは大丈夫そうね」

 

縫いたての衣を体に当てながら言われて、ようやく自分の身なりを思い出す。

元の体の持ち主の物であった、今着ている衣は清潔とはとても言えない。

そして体中に汗と臭気が染みついたままだ。

 

「いや本当に何から何まで悪いな」

「私のためでもあるから、気にしないで」

 

さらりと言われて、返す言葉を失う。

額月は布を抱え直し、少しだけ間を置いてからこちらを見た。

 

「湯浴みしようね、桃弓木」

 

……言外に「あなた、臭います」と言われている。

本当に返す言葉もない。

そう言えば庵に入る時念入りに足を洗われたなと思い返した。

 

「あ、ああ、うん。そうだよな……」

 

そう答えると、額月は一瞬だけ目を瞬かせ、それから何でもないことのように歩き出す。

 

「準備してくる。待ってて」

 

 

 

案内を受けて庵の裏手を抜け、川沿いに下りる。

少し離れた場所で、低く火の燃える音。

木立の向こうから、湯気が立っているのが見えた。

薬草の香りが、風に乗って鼻を打つ。

石を組んだ簡素な囲い。その中に、豊かな量の湯が溜められている。

 

 

「足元、滑るから気をつけて」

「……一人分の湯浴み、だよな?多すぎないか」

 

問いかけると、額月は首を傾げた。

 

「そうかな?体を洗って、湯に浸かるにはこれくらい必要でしょう」

 

事も無げにそう言うと、淡々と体の洗い方や湯の使い方を説明して庵に戻って行った。

 

 

 

指示された通りに湯をかぶり、石鹸――灰汁と油を混ぜて作ったという塊を使って体を清める。

不浄が全て濯がれるんじゃないかと思うほど汚れが落ちた。

何だこれは……と、未知の感覚に慄きつつ、なるほどと腑に落ちた。

額月からは生き物らしい臭気が一切しない。

香を焚きしめているわけではない、しかし柚子や橙のような香りの元はこれか。

取り留めのない思考を遮るように再び湯を被った。

 

湯に足を入れた瞬間、思わず息が漏れた。

熱すぎない。だが芯まで届く。

肩まで浸かると、力が抜けるのがはっきりとわかる。

冷えていたものが、音を立てずに戻ってくる。

目を閉じると、川音と、遠くで火のはぜる気配だけが残る。

手を入れて整えられた湯だが、自然から無理に奪った感じがしない。

 

――次は

 

礼に薪を割るくらいはできる。

この石の組み方、少し直せるかもしれない。

 

ふと、そんな考えが浮かんだ。

 

 

それから、体を休めながら竹や木を削り、組み、小間物を作る日々が続いた。

ある程度の量になったら市に出し、得た対価で布を買い額月が旅装を仕立てる。

そうやって囲炉裏端で過ごす時間は、いつの間にか二人の静かな習慣になっていた。

 

旅装が整い、旅が続けられるほどの路銀が貯まったのは、新緑の萌える頃だった。

 

「……あー、そういや風呂の石の組み方で、気になってるところがあるんだが」

「……今?」

「次に来た時でいいか」

「わかった。なら、そのままにしておく」

 

そんなやり取りをして、また旅に戻った。

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