現代知識“だけ”ある記憶なし無自覚転生者が、訳あり行き倒れを拾う話   作: トウコ

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百暗がほぼ名前しか出てきません。
クロスオーバー要素がようやく出てきました。
視点が主人公→檎の順に交互に変わります。


閑話・狐

江戸を発ち、憧れの東国を思うまま見て周り――私は充実した日々を送っていた。

特に歌によく詠まれる地を訪れた時などは感動もひとしおである。

都から遠く離れた地の歌を、実際に訪れて詠む歌人は案外少ない。

歌枕というのはいわば共通概念。

みな憧れの地に思いを馳せて、そこに自分の思いを乗せ、感性によって歌を詠む。

その歌が何百年と後世に残り、触れた者の心を震わせるのだ。

何という浪漫だろう。

 

そんな好奇心の赴くままの旅だが、角を隠しながら人里に長く滞在するのは少々疲れてきた。

季節はもうすぐ冬。

食料を買い込むと、滅多に人の立ち入らない山に籠もる。そこでのんびり越冬することにした。

久しぶりの、誰の目を気にするでもない気ままな日々は楽しい。

そうして雪が山に降りる前に、どうにか暖かな住まいを整えることができた。

 

 

ある日、いつものように山中を散歩がてら、木の実を拾いつつ仕掛けた罠を確認してまわる。

そして前日に仕掛けた罠を見て、わずかに落胆した。

小さな狐が掛かっていた。

狐は肉が美味くないし、こうも小さくては毛皮もろくに取れない。

それでも掛かってしまったものは仕方がない。

暴れる狐を絞めようとした瞬間――

 

「後生じゃあ!!どうか命だけは!!」

 

狐が人の言葉を喋ったのを聞き、目を丸くする。

よく見ると、小さいながらも野生の狐よりも鋭い牙と爪に気がついた。

野干か。

思わず眉をひそめ、ため息をつく。

 

人外との付き合いは少々面倒だ。

私は人ならざる者たちとの暗黙の了解に疎く、そのために苦労した記憶は苦い。

桃弓木から教わり、今は最低限の知識は身についているが……

 

こういう時、無条件で解放すれば侮られる。

そして下に見られれば面倒ごとが起きる。

かと言って命乞いを無視して殺めるのは、もっと面倒だ。

どこでどんな恨みを買うのかわからない。

 

掴まれた子狐は、うんざりした空気を感じ取ったらしい。

最初は必死に暴れていたが、こちらの殺意がさほど高くないことも察したようだ。

そして、ビシッと音が鳴りそうな勢いでこちらに前足を向ける。

 

「ワシが喋っても動じない胆力に、暴れても身じろぎもしない膂力。アンタ、人じゃないな?!」

「うん、そうだけど」

「誤魔化しても……いや誤魔化さんのかい!あっ!その頭巾の下には異形を隠しとると見える!そうじゃろ!!」

「うん、そうだね」

「いや隠しても……隠さんのかい!?調子狂うわ!!」

 

子狐は命乞いの時とは違う暴れ方で騒がしい。

 

「ここに人はいない。隠す意味がある?」

「だとしても開けっ広げは気まずいわい!!アンタ銭湯で前隠さない類の奴か!?」

 

その言葉に、思わず顔から表情が消える。

どういう価値観だ。

やはり、人外との対話はよくわからない。

 

「ふぅん。それで?」

 

掴む手に少しばかり力を加えると、子狐は恐怖に顔を歪めて慌てた。

 

「いや待て待て待てっ・・・・・・待ってください!!タダでなんてセコいことは言わん!命の恩にアンタの得になることをする!だから見逃しとくれ!!」

「そう、わかった」

「頼むそう言わずに……って、見逃すんかい!!!」

「ええ……」

 

締めようとしたら殺すなと言うし、助けると言ったら納得が行かなそうな子狐に困惑する。

どうされたいんだろう。

 

「ワシの頭がおかしいみたいな反応しとるが、アンタの方がおかしいからな?!」

「……つまり生きていたくないってことかな」

「違います!助けてくださってありがとうございます!!」

 

こちらを罵倒したかと思えば、鮮やかな手のひら返しで折り目正しく礼を言う子狐。

本当に騒がしい。

目の前の者と彼の性質は違うものだが、どうしてか桃弓木のことを思い出した。

 

「お前、名は?」

「……」

 

訊ねると、子狐はギクリと身を震わせる。

その様子に、誤解があると察して言葉を付け加えた。

 

「ああ、真名はいらない。約束を果たすための名と、姿を示せばいい」

 

そう言って掴んでいた子狐を放ると、宙でくるりと身を翻し――

林檎の葉模様の着物に身を包んだ赤毛の童子の姿となって、地面に降り立つ。

そして、その場にへたり込むように座り、大きくため息をついた。

 

「そうじゃな……檎と呼び。よろしくな、姫さん」

 

全くよろしくしたくなさそうな、気が進まない様子でこちらを仰ぎそう名乗った。

 

 

*  *  *  *  *

 

 

女の影は、冬の気配の中で妙に濃く落ちていた。

 

「そう。では着いておいで」

 

女はこちらの名乗りに軽くうなずくと、踵を返し歩き出した。

何ともまぁ隙だらけな。

しかし、とてもではないが逃げようとは思えん。

楚々と歩く姿はどこぞの姫かと思うような手弱女ぶりじゃ。

が、実態がそうでないことは短い時間しか接してなくともわかる。

とぼけた言動をしていても、こちらを締め上げている最中、女の目には何の感情も無かった。

加虐心や嗜虐心なんぞ何もない、ただの作業。

それが逆に恐ろしい。

こういう類のモンとの約束を違えたりなんぞしたらえらいことじゃ。

 

――もし逃げて捕まったら、確実に命を刈り取られる……!

 

冷えた山風が吹きすさび、身を震わせながら女の後を追った。

 

 

連れて来られたのは、沢からほど近い山の中腹にひっそりと建てられた、何とも古風な家。

掘られた竪穴に立てられた支柱が茅葺屋根を支え、山中の寝床としては上等と言える。

しっかし、屋敷でも構えていそうな風格を出しとる女の住処としては簡素過ぎやせんか?

そんなこちらの疑念をよそに、女は木戸を開いた。

そして温度の無い目で先に中に入るように促してくる。

――まさか、食いかけのエサを放り込む貯蔵庫か……!?

ガタガタと震えながら、履物を脱がされ、虎の巣穴に入る心地で足を踏み入れた。

 

そんな悲愴な覚悟とは裏腹に、室内は閑かな空気に満ちていた。

淡い光が明り取りの窓から差し込み、干物や薬草の香ばしい匂いがふんわり漂う。

床に敷かれた藁はよく乾き、囲炉裏の炭火がわずかに温かさを運んでくる。

細々とした道具や荷物はよく整理され、部屋の端々に生活の痕跡が整然と残っていた。

 

「……こりゃたまげたわい」

「そこで立ち止まられると入りにくい。奥へ行って座って」

「アッハイ!」

 

奥へと追いやられ、唯一の出入り口は女の背後。

こいつはいよいよ追い詰められたかと言うところ……でもないかもしれん。

目の前の女がこの家の主なら、こっちの手札が通じる目は、ある。

背と腹に力を入れて、囲炉裏端に腰を据えた。

 

 

女は囲炉裏端に座ると、するりと頭巾を外した。

中から現れたのは、癖のない艶やかな黒髪と……額の上部、髪の生え際に生えた角。

女はこちらの視線などまるで気にせず、髪を軽く整えて結う。

 

鬼じゃったか……!

やはり、逃げるのは悪手。

生まれつき足が悪くともワシとて野干の端くれ。人よりは疾く走れるが、鬼には敵わん。

 

女は髪を整え終えると囲炉裏に掛けていた薬缶を外し、湯のみに白湯をそそぐ。

 

「はい」

「はい?」

 

当たり前のように目の前に置かれた湯飲みに目を見開いた。

女は自分の分の白湯を湯飲みにそそぐと、ゆっくり飲み始める。

 

「それで、得になることって?」

 

こっちの戸惑いなんぞまるで知らんとばかりに話を切り出してきおった。

その態度は、誰にもおもねらない強者のそれ。

しかし、目の前に置かれた湯気のたつ湯飲みが、この住処が、それだけではないと伝えてくる。

 

「えーと、その前にお聞ききしたいことがあるんじゃが……」

「何?」

 

これまでも、もしやと思っとったが、その反応で確信した。

この鬼、対話ができる。

現世で生きる鬼なんぞ殆どがお山の大将で暴君ばかりじゃ。

そういう輩が格下の言うことに耳を貸すことなんぞあり得ん。質問なんぞもっての外。

 

いける!これなら、生きる目がある……!!

起死回生の活路を見出し、手の中の汗をぐっと握りしめた。

 

 

*  *  *  *  *

 

 

かつて山に隠れ住み、まだ背丈が伸び切っていない頃。

怪我をした化け狸を拾ったことがある。

狸は怪我の手当てや食事に大層感謝して、怪我が治った時には礼をすると言っていた。

私は特段その礼が欲しくなかったので、軽く流した。

 

それがいけなかった。

 

『――俺が言うのもなんだけどな、人外と利害なく関わるのは危険だ。何かをしたら対価を必ず受け取れ。逆に借りは必ず返せ。上下関係が出来たと見做される』

 

後に桃弓木に言われたことだ。

その頃の私は、何も知らなかった。

私の前では機嫌よく振る舞う狸が、外では私を便利な手下と吹聴していたこと。

鬼を従えたと威を張り、利を貪っていたことを。

 

私が騒ぎの渦中に引き込まれたのは、狸の逃げ場がなくなった時だった。

敵に追われ自分のために戦えと詰め寄る狸を見て、随分下に見られていたと気付いた。

いつも実の無い調子の良いことばかり言う、どこか憎めない話し相手。

嫌いではなかった。

だから最後に、敵に引き渡され、友だと思っていたのにと喚く狸の思い違いを正した。

 

『私とお前では友に対する認識が異なる。

 私は友を手下などと吹聴しないし、自身の問題に進んで巻き込んだりしない。

 お前はかつて私の友だったが、私がお前の友だったことはないよ』

 

以来その狸を見ていない。

 

 

目の前の子狐を見ながら、そんなことを思い出した。

 

「ワシが見るに、姫さんは人里で物のやり取りをするんじゃろ?」

「それが何」

「ワシは幻術が得意じゃ!……その角や耳を隠せたら便利では?」

「なるほど」

 

連れて来た時の緊張はどこへやら、調子の良い態度でへらへらと笑う姿は、あの狸を想起させた。

 

「なので、ワシがおれば人里での面倒が――」

 

――タンッ

その発言を遮るように、湯のみを囲炉裏端に置いた。

 

「檎」

「ハッハイ!」

「私は調子の良い言葉で距離を詰められるのは嫌いだ。利害を曖昧にし、勝手に上下を決めてくる者にはうんざりする」

「……!」

「手下は要らない。侮られるのは嫌いだが、へつらわれるのも好きではない」

 

檎は顔色悪く手元を見つめながら、身を縮めて震えている。

それを見て、思っていたより大きなため息が出た。

 

「話を詰める前に言うことがある。私のことは額月と呼ぶように。名を交わさずに約を交わせないでしょう」

 

その言葉に、檎はバッと顔を上げる。

 

「そ、それじゃあ……」

「私はお前を手下にしない。お前も私を侮るな。私はお前の命を助け、お前はその恩を返す。それだけ」

「……アイわかった。額月様」

「うん」

 

声の硬さは抜けていないが、神妙に頭を下げる檎を見て嘆息する。

しみじみ思う。

本当に面倒だ。

この関係がどう転ぶかは分からない。

ただ一つ確かなのは、もう関わってしまったということだけだ。

 

 

*  *  *  *  *

 

 

与し易い鬼。

そう当て込んで、話をこちらの土俵に上げようとした。

しかしその目論見は、湯のみを置く音でかき消される。

 

「――檎」

 

その静かで冷ややかな声の圧に、顔を下げさせられる。

血が凍りつく心地だというのに、冷えた汗がどっと噴き出た。

手の、体の震えが止まらん。

ああ、畜生。鬼を良いように転がす算段は露と消えた。

他に手は、ここからの逆転の目はないのか。

 

目の前の鬼は、ただ静かに線を引く。

声を荒げる相手なら、まだ揺さぶりようもある。

情に訴える隙もある。

しかし、この鬼は違う。

 

「私は調子の良い言葉で距離を詰められるのは嫌いだ」

 

肺が縮む。

へりくだり過ぎれば、不興を買う。

媚びれば軽蔑される。

どうする。

 

「手下は要らない」

 

その一言に、わずかに視界が開けた。

……そうか。

ならば。

ならば、いっそ対等を望んでやろう。

震える膝を叱りつける。

ここで引いたら終いじゃ。

 

「そ、それじゃあ……」

 

声よ裏返るな、落ち着け。

 

「……アイわかった。額月様」

 

様は余計だったか。

だが外せん。力関係は歴然だ。

それでも、切られなかった。

生き延びた。

生き延びたぞ。

 

鬼は面倒そうに嘆息した。

これで話は終いかと思った、その時。

 

「話は戻るけど」

 

戻るんかい。

 

「幻術は一時的では利が薄い。習得したい」

 

……は?

 

「一朝一夕で覚えられるもんじゃねぇわ!!」

 

思わず声が跳ねた。

しまった!反射的に口を覆うが、鬼はまばたき一つせん。

 

「可能性は低くても、試行の価値はある」

「幻術は血と勘と経験の積み重ねじゃ!理屈で理解できる類のもんと違う!」

「理解できないという前提が誤りだと思う」

 

何を言っとるんじゃこやつ。

じゃが目は真剣だ。冗談でも、思いつきでもない。

……本気でやる気か?

 

「冬の間、山に籠もる予定だ」

「だからって――」

「期間を区切ろう」

 

ぴたりと、言葉を遮られる。

 

「雪解けまで。お前は技術を提供し、伝授に努めなさい。結果が出なくてもお前の落ち度にはしない」

 

は?

 

「今回の命の恩は、その試行の機会で相殺する」

 

淡々と、当然のように言う。

 

「化け学には前から興味があったから、いい機会だ」

 

軽く言いよる。

しかし命を助けた側が、責任を問わんと言う。

できなくても責めないと先に線を引く。

遺恨も、借りも残らん。

 

「……本当に、覚えられなくともワシの落ち度にせんのじゃな?」

 

気付けば口が動いていた。

 

「言っとくが、簡単にはいかんぞ」

「承知している」

 

即答かい。

 

「よろしく、檎」

 

真顔で言うな。

その顔で言うな。

……ほんにやりづらい鬼じゃ。

 

本気でできると思っとるのか、できぬと分かっていて試すのか。

どちらにせよ。

――アホじゃ。

が、こういうアホは嫌いではない。

面白れぇじゃねぇの……!

 

「おう、それじゃあ世話になるわい。よろしゅう頼む!額月様」

 

 

*  *  *  *  *

 

 

最初に言っとくが……と切り出した檎は、胸を張って堂々と宣言する。

 

「ワシは座学はからっきしじゃ。寺子屋を追い出されとる!」

「それでも交渉の場に真っ先に幻術を出した。自信があるのでしょう?」

「まぁの!幻術を使ったワシの逃げ足はそれはもう……それはもうよ!!」

「……何でそれで逃げなかったの?」

 

それは私に自慢することなのだろうかと呆れながら問うと、檎の顔が引きつる。

そして、懐から煙管を取り出して見せた。

 

「幻術は煙を媒介にするんじゃ。煙に巻く、とも言うじゃろ。あの時は変化が完全に解けて、これが取り出せんかったんじゃ……」

 

檎が煙管をひと吸いして吐いた煙は、狐の形になって辺りを跳ね回って消えた。

 

「なるほど。煙を媒介とは面白い。その煙管は普通のものと違うの?それとも葉?着火は?」

「質問が怒涛過ぎる!」

 

檎は身を引きながら、宙を仰いで頬を掻く。

そして、考え言葉を選んでいる様子で説明をした。

 

「煙管は人の店に売ってるもんじゃ。葉は煙が出やすい松を使っとるが、制限は無い。匂いで葉を選ぶ洒落者もおるし。着火は狐火じゃ。いちいち火打石出すのは面倒じゃからの」

 

そう言った檎の指先で、小さい火がひとつ瞬いた。

思いのほか詳しく丁寧に話す。それでいて言葉が簡潔だ。

こちらの質問の意図を汲んで補足もする。

これで寺子屋を追い出されると言うことは、原因は学力の不足ではないだろう。

 

「なるほど、頭が回るが、勉学にその力を割けない類の者か……」

「ワシの話は今してなかったよな!?」

 

後に教室で賭博をしていたと聞き、単に素行の問題だったと知ることになる。

 

 

 

正直、あまり期待していなかった。

命の保証を得た時点で、適当に濁されても仕方ないと思っていた。

雪に閉ざされた家の中、退屈を紛らわせる程度に異文化に触れるつもりでいたのだ。

 

しかし、檎は思いの外、良い意味で予想を裏切った。

最初こそ感覚に拠る教えだったが、質問を重ねるうちに、言葉は徐々に体系だった説明へと変わっていく。

 

「角を隠すなら、煙に己を溶かす感じじゃ」

「己を溶かすとは、具体的に何を指す?」

「えーと……気配をこう……ふわっと……あー、見せとるのは姿じゃなくて“認識”じゃから……」

「認識?」

「相手の目と頭に、角という情報を渡さんのじゃ」

「気配とは視覚か、嗅覚か、霊的認識か。私の側で遮断するのか、相手の側を書き換えるのか」

「細かいこと言うな!!……いや待て、そうか、どっちじゃ……」

 

雪に閉ざされた家の中、二人は何度も問答を繰り返した。

その過程で、私は多くを理解していく。

 

人から鬼へ転じ、境界を越えた者として、私は化け学との相性が良いこと。

檎の煙を媒介にした幻術は、無意識のうちに狐火で煙を操作していたこと。

私は鬼火の操作で同じ効果を代用できること。

両親の愛用していた香木の配合が、私の術には最も相性が良いこと。

煙管は瞬間的な効力があるが、持続性は香木の方が勝っている。

私は両方を併用することにした。

 

春が来て、山の雪が緩み、溶け始める頃。

香木を焚きしめておけば、角や耳の異形が他者に認識されないという確信を得た。

そして、その人里で私と檎は別れた。

 

「お前は誠実だね。正直、意外だった」

 

檎は煙管を指でくるくると弄びながら、少しだけ顔を緩める。

 

「無粋は好かん! 約束は守る。あと意外とは余計じゃ」

 

その声には、冬の間に築かれた肩の力の抜けた、気安さが含まれていた。

 

「そんじゃ、義理は果たしたからな。これで貸し借りは無しじゃ。アバヨ!」

「うん」

 

軽い調子で踵を返し、背中に残る煙の匂いとともに、檎の存在は春の光の中へと溶けていった。

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