現代知識“だけ”ある記憶なし無自覚転生者が、訳あり行き倒れを拾う話   作: トウコ

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お祭り回。あるいは大御所と面識を得る話。


閑話・鬼灯

 

宵の門前は、熱を孕んでいた。

石畳は昼の名残を抱え、踏むたびにじんわりと温い。

境内には青竹の台が組まれ、鬼灯の鉢が幾重にも吊るされている。

薄い殻越しに透ける朱は、曇った夕空の下でいっそう鮮やかだ。

四万六千日。

この日に参れば、それだけの功徳が積まれるという。

人の祈りは、目に見えずとも重さを持つ。

そして今夜は、それが溢れている。

 

 

「本当に出店しなくて良いの? 稼ぎ時でしょう」

 

人波を避けながらあらためて尋ねると、隣を歩く桃弓木が吊るされた鬼灯を指先で弾く。

 

「たまには参拝する側に回るのも良いもんだ。それに、鬼灯市はここが一番規模がでかいが、他でもやる。その時稼げばいい」

 

殻がかすかに鳴った。

 

「あとこの雑踏の中そこかしこに幽霊いるからな。歩いてるだけで灯が貯まる。見ろ、今の時点でいつもの夜歩き五日分は行ったぞ!」

「そう。それは何よりだね」

 

声を潜めながらカンテラを掲げてはしゃぐ桃弓木に、淡く笑った。

浴衣の袖が触れ合い、団扇の風が頬を撫でる。

線香と甘酒の匂いが湿気に溶けていた。

 

 

子どもが実を鳴らす。ぷう、と湿った音。

その瞬間、すぐ横にある鉢植えの一つの実が、かすかに灯った。

 

──気のせいではない。

 

桃弓木の言う通り、人と人の隙間に足音のしない影が混じっている。

鬼灯の朱は、そうしたものを炙り出すのだろう。

 

桃弓木が屋台を覗き込んでいる間、人波から少し外れて立ち止まった。

その時だった。

 

「あ、応援の人か?! あんたは向うを頼む!」

「え?」

 

黒い袖が視界を掠め、ずしりとした重みが腕に乗る。

鬼灯の鉢植えだ。

見知らぬ男は振り返りもせず、雑踏へ消える。

 

これは一体……?

 

抱えた鉢の実のうち、一つだけが提灯のように光っていた。

 

「おい、それどうした」

 

背後から声が落ちる。桃弓木だ。

 

「知らない人から渡されたわ。何かな、これ」

 

鉢植えを見た桃弓木の顔から笑みが消えた。

 

「……ここじゃまずい。ひとまず人気の無い所に行くぞ」

 

 

 

 

 

参道を外れ林へ入ると、祭囃子が一段遠くなった。

暗がりで光を灯す鬼灯の実を、桃弓木は目を眇めて確かめる。

 

「この鬼灯、この世のものじゃないな。何て言って渡された?」

「応援の人か、頼む、と。答える間もなく何処かへ行ってしまったわ」

 

桃弓木が眉間にしわを寄せ、頭を掻く。

 

「そいつもこの世の者じゃないな。額月、煙管はあるか」

「うん、術を掛けなおす。この雑踏で薄れたかもしれない」

 

煙管を燻らせた後、息を大きく吐いた。

そして私たちが道から外れ林に入った辺りからずっと感じる、複数の視線の元へ目をやる。

 

「ところで……」

「ああ……さっきから何じろじろ見てんだ!!散れ!!!」

 

桃弓木が周囲の幽霊にカンテラを振りかぶる。

逢引きかと思ったのに!と殴られながら逃げようとした幽霊達が、鬼灯の実の中に吸い込まれた。

光る実が二つに増え、思わず目を見張る。

 

「これは……」

「おそらく、亡者を捕らえるためのものだ。この世とあの世の境が曖昧になってるな……これをお前に渡したのは獄卒か官吏の使い走りだろう」

「ふぅん、魂を宿した実が光るのね。洒落てるわ」

「のんきだな!早く返さないと面倒なことになるぞ」

「そうだね、これを渡してきた人を探してみよう」

 

 

人波に沿って境内を歩くだけで、光る実は増えた。

肩がぶつかる。振り返る。影だけが残る。

鬼灯は、いくつも、いくつも、朱く煌めいて揺れる。

煌々と光る鬼灯など衆目を集めそうなものだが、周囲からは何の関心も向けられない。

 

「誰も見てない」

「その光、霊魂を目視出来る奴じゃないと見えないんだろ。稀に目で追ってる奴もいた」

「なるほど」

 

辺りを見回しながら歩くが、探し人は見当たらない。

光る実が増えるにつれ、鉢の重みが腕に沈む。

 

「ねえ……これ、あとどれほど持ってられるか、わからないほど、重いわ」

「えっお前がか?」

「光が増えるほど重くなるみたい」

「まずいな、境内から出るぞ」

 

そう言って桃弓木が私の肩に手を回し、人波の切れ目に誘導する。

その中で誰かを見つけたらしい。

一気に顔色が悪くなった彼を見て、事態を察した。

探し人ではない。

恐らく桃弓木にご執心のどこぞの誰某だろう。

 

「っ……まずい、目が合った……先に行ってくれ。いつもの茶屋で」

「わかった。気をつけて」

 

こういう時桃弓木は他者を巻き込むことを良しとしないので、迅速に離脱する。

それに私がいると余計に拗れる。

今回も怪我などしないと良いが……

人を避けながら、光と重さを増していく鉢植えを抱えて境内を走り抜けた。

 

 

 

待ち合わせの茶屋に着くと、ようやく息が着けた。

注文を済ませ、煙管を燻らせる。

置いてから気付いたが、私が抱えるのがやっとの植木鉢を置いても、卓はびくともしていない。

どうやら物理的な重さは無いようだ。

そんなことを考えながら、朱が卓上を照らすのをぼんやりと眺める。

 

「失礼、その鉢植えはどこで?」

 

背後からの声に、店の喧騒が一瞬遠のいた。

声は低いが、強くはない。

それでも、卓上の朱がわずかに揺らぎを止めた。

振り向くと、祭り客の流れの中に、黒が一つ混じっている。

黒い着流し。

隙の無い立ち姿。

喧騒の中に立っているのに、その周囲だけ音が散らない。

 

「見知らぬ人に突然渡されて」

 

こちらの言に、男はわずかに間を置く。

眉間に皺が寄っているが、怒気はない。

ただ、状況を正しい場所へ戻すための思考。

 

「……部下が失礼しました。それはこちらの備品です」

 

小さな溜息が落ちる。

叱責の矛先はここにはない。

それでも、どこかで誰かの背筋が伸びた気がした。

 

「現場の人員が不足しておりまして。誤って貴女に預けたようです……現世に獄卒以外の鬼がいるのは、昨今珍しい」

「やはりわかるのね。人や妖怪にも見破られたことはないのだけど」

 

煙管を燻らせ、煙を吐く。

男は僅かに目を細めた。

 

「狐の幻術の応用ですか。精度が高い。今日、この場で、鬼でなければ見抜けないでしょう」

「ありがとう」

 

男は灯っていない実を一つ取ると、指先で何かを書き込む。

そして、ふ、と息を吹き込んだ。

一瞬、実の奥に赤い景色が映る。

血のような河。鉄の門。裁きの列。

見えた、というより、覗き込んでしまった感覚。

 

「本来なら折紙にて差し上げるところですが、持ち合わせが無いので、こちらを」

 

差し出された実は、熱を持たないのに重い。

手の中で朱が静かに灯り、記された文字が目に入った。

――閻魔庁 閻魔大王第一補佐官 鬼灯

 

「ご丁寧に……鬼灯様とおっしゃるのね。私は額月。これは持っていていいのかしら」

「種は燃やしましたので、個人所有に問題はありません」

 

鬼灯は向かいの席に腰掛け、卓上の鉢植えを手に取った。

 

そして片手で持ち上げる。

灯りが、揃って揺れた。

視線が実をなぞる。

数を確かめるように。

一つずつ、確実に。

 

「十八個……これほど実を灯した鉢を持ち運ぶとは、大したものです」

 

最後の一つを見終えてから、ようやく視線がこちらへ戻る。

 

「並の獄卒なら五~六個で音を上げる。力自慢でも八~九個が精々でしょう」

「そうかしら」

 

そう言う鬼灯は、片手で鉢を持ち上げたまま揺れもしない。

渡された実には凄まじい肩書が記してあった。立場に見合う実力を持っているのだろう。

 

鬼灯は鉢植えを抱えると立ち上がり、卓の片隅に小さな包みを置いた。

 

「本日は助力感謝します。こちらは礼というほどではありませんが……余剰供物です。味は保証します」

 

鬼灯は僅かに視線を合わせ、言葉を添える。

 

「正式な謝礼は後日届けさせます。それでは目的のものは回収したので、これにて失礼」

 

そう言うと、視線を外した瞬間にはもういない。

茶屋のざわめきだけが残り、朱の光は静かに揺れていた。

 

 

 

包みを手に取り、指先でそっと触れる。重くない。

包みを開くと、中身は漆黒に近い深紅の羊羹だった。

表面は少し光を帯び、断面が奥でゆっくり揺れているように見える。

見た目はどこか不穏だが、香りは意外にも甘く穏やかだ。

一口齧ると、上品な甘みが口に広がった。

 

「……美味しい」

 

その瞬間、茶屋の入口から息を切らす声が飛び込んできた。

 

「悪ぃ、やっと撒いた……ってお前何食ってんだ!?なんだその色!」

 

駆け込んできた桃弓木は、こちらの手元を見て顔色を変える。

 

「もらった」

「もらった!?誰に?!」

「眼光の鋭い、黒い着流しの、圧の強い人」

「一番関わっちゃいけねぇ類の輩じゃねぇか!!」

 

ゆっくり味わいながら、桃弓木の分も切って渡した。

 

「でも美味しいよ」

 

桃弓木は眉間に皺を寄せ、恐る恐る包みを手に取る。

齧ると、しばし沈黙。やがて釈然としないまま表情が緩む。

 

「……うまい」

「でしょう?」

 

祭囃子が遠くで鳴り、茶屋の朱が静かに揺れる。

手元の羊羹は、ただの甘味。

 

――今夜は四万六千日。

 

珍しく、少しだけ濃い夜だった。

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