【TSするまで残り5日】
私の名前は
しかし、スクールカースト五軍の陰キャなので、男友達すらいない。最後に男子と話したのがいつかすら思い出せない。
高校生になれば彼氏ができると思っていた時期もあった。けど、入学して一学期二学期が過ぎ去ったが、男子との絡みは皆無。灰色の高校生活だ。悲しい。
そして、冬休みも終わり、今日から三学期となる。教室に入ると、金髪ハーフツインテの友人が私に話しかけてくる。
「おっす、澪」
「おはよう、吉乃」
彼女は、私の親友・
大きな丸い瞳。金色に染めた髪。ハーフツインテ。癖毛なのでふわふわのウェーブになっていて、触り心地がよさそう。いつ見てもプリキュアみたいな外見だ。
一見すると一軍陽キャに見える吉乃だが、実際は私と同じく陰界隈に棲息する者だ。見た目だけならモテそうなのに。
吉乃は机に肘を乗せ、頬杖を突きながら、憂鬱そうに溜め息を吐いている。
「はぁ……私のことが大大大大大好きな彼氏が100人ほしいなあ」
「そんなこといってる奴には1人もできないだろ」
吉乃と出会ったのは高校に入ってからだが、あっという間に親友となった。ノリや空気感が近しく、共通の言語を持つ同士なのである。
「あ、澪。忘れてるかもしれないから言っとくけど、放課後はアレやるから例の場所集合ね」
「了解」
*
放課後。
「彼氏を作るための作戦会議、略して『彼氏会議』を始めよう!」
私と吉乃がいるのは、進路室という小さな部屋だ。大学の過去倍率や、受験者の助言、その他受験関係のあれこれが書かれた資料がある。誰でも自由に出入りできるが、利用者はほぼいない。
私たちは進路室の机を挟み、向かい合ってイスに座っている。
私と吉乃は、ここで毎週月曜日に『彼氏を作るための作戦会議』を行っているのである。
「今日の議題は、ズバリ、誰を狙うか明確にすることだ!」
「誰を狙うか?」
「今まで私たちは『彼氏が欲しい』と言い続けてきたけど『彼氏を作る』という曖昧な目標では、何をしていいのか分からなかった。でも『誰々に一日一回話し掛ける』『誰々とラインを交換する』という具体的な目標なら、何をすればいいのか分かりやすい」
「おお、いいこと言ってる気がする」
吉乃の瞳には情熱が宿っている。三学期が始まるこのタイミングで、いよいよ本気で動こうという意思が感じられた。
「ということで、澪は誰狙う?」
「う~ん……」
私はクラスの男子を順に思い浮かべる。しかし、特定の人に強く惹かれる気持ちがある訳ではない。というのも――。
「男子ってだけで全員可愛く見えるから、正直誰でもいい」
「処女すぎるだろ」
「お前もだろうが」
私と吉乃、ふたり合わせて経験人数は0である。延べ0である。
「逆に訊くけど、吉乃は誰狙うか決めてるの?」
「石川くん狙いで行く」
「おっマジか、決めてるんだ」
石川くんと話したことはないけど、彼が普キャ男子であることは知っている。陽キャでも陰キャでもない、普通の人だ。
「なんで石川くんなの?」
「黒タイツがエロいから」
「きもっ(笑)」
「私、教室で席隣なんだけどさ、石川くんスリッパ脱いで足ぶらぶら揺らしてるの。私もう、いっつも興奮して授業に集中できないんだよ」
「きも~~~~~!!!!!」
吉乃はずっと真面目な表情で語っている。その真剣さがキモくて、私はお腹を抱えて笑う。
「マジで授業とかなんも頭に入ってこないもん。石川くんの足がエロいせいで単位落とす気がする」
「マジでキショいなあお前」
「テスト期間は勉強教えてくれよな」
「いいけどさ(笑)」
ちなみに、私は中間も期末も学年一位である。テスト期間はいつも吉乃の面倒を見ている。
「ということで、私は石川くん狙いでいく。明日から一日一回頑張って話しかける」
「こんな奴に狙われる石川くんも可哀そうに」
「澪も早く誰狙いにするか決めろよ」
「ん、まあ来週の彼氏会議までには考えてくるわ」
「じゃあ、今回の彼氏会議は終了ってことで」
*
【澪がTSするまで残り4日】
翌日の放課後。私と吉乃はふたりで帰っている。
「う~さむっ。さむすぎて侍」
吉乃が白い息を吐きながらそういった。一月なので気温は低い。これからますます寒さが厳しくなっていくだろう。
「吉乃、石川くんに話しかけたの?」
「うん」
「えっマジ? いつ?」
「登校してすぐ。寒いね~って話しかけたら寒いね~って返してくれた」
「すごい」
「だろ?」
「いや、すごいか……? よく考えたら一言話しただけだな……」
「いやいや! 男子と話したんだぞ! 大きな一歩だろ!」
「お、おう、そうだな」
処女すぎてだいぶハードルが低くなっている気がする。世の平均的な女子なら、それくらいは日常なんだろうけど。
そして、吉乃の家へと到着した。今日はふたりで遊ぶ予定だ。
「ただいま~」
「お邪魔します」
吉乃の家へ上がる。ちなみに、吉乃の家は片親だ。平日は働いているらしく、ほとんど会ったことがない。
ただし、吉乃の姉はいる。学年がふたつ上のお姉さんだ。
ちょうどリビングから吉乃のお姉さんが出てきた。
「あ、お姉さん、お邪魔してます」
「こんにちは、澪ちゃん。いつも吉乃の勉強見てくれてありがとね」
「いえいえ」
と、挨拶をして、二階へ移動し、吉乃の部屋に入る。ラグとこたつが敷かれた部屋だ。ベッドとテレビがあり、本棚にはマンガとラノベが並んでいる。
私と吉乃は並んでこたつに入った。
本棚の天板には男キャラのフィギュアが飾ってあり、こたつから座って見上げると下着が見える。
「そういえば今期すごいエロいアニメ見つけたんだ。見る?」
「見る」
吉乃がリモコンを操作し、録画してあるアニメを再生する。
女子高生が後輩男子とセックスしたり、同級生のセフレとセックスしたり、先輩の家庭教師とセックスしたりしていた。
「すごっ、ほんとにエロいなこれ」
「いいよな~私もはやくこれになりたい」
「これくらいラフにセックスしたいよな~」
ザ・女子高生という感じの会話だ。女はみんな猿なので仕方ない。
「あ、ごめん、足当たっちゃった」
「ええよ」
狭いこたつなので、お互いの足がぶつかってしまった。彼女はすぐに避けてスペースを作ってくれる。
アニメの再生が終わり、自動で通常の番組放送へと戻る。画面に映し出されたのは、ニュース番組だ。
「続いてのニュースです。増加するTS病について。もし自分がTSしてしまったらどうすればよいのか、専門家をお呼びしました――」
吉乃はこたつに肘を乗せ、頬杖を突きながら――。
「もしTSしたらどうする?」
「とりあえずいっぱいエロい自撮りして、自分のためだけの無修正オカズを作る」
「私はプールとか温泉行って男の裸見まくるわ」
「あ~そうか。確かに更衣室入って男の着替え見放題じゃん」
と、エロ談義で盛り上がっていると――。
「やば、こんな時間だ」
盛り上がりすぎた。早く帰らないと夕食に間に合わない。
私はこたつから出て立ち上がる。
「……もう帰んの?」
「なに? 私が帰ると寂しいの?」
「ちがうし」
「じゃあまた明日」
「またな~」
*
【澪がTSするまで残り3日】
放課後、今日も私は吉乃の家に寄った。
今日はふたりでオープンワールド系のゲームをしている。ちなみに、私も吉乃も男キャラを操作している。だって男見てる方が楽しいし。
「あ、ちょっ、壁にハマったんだけど。これバグじゃん」
「え、マジじゃんすごっ!」
私のキャラが壁にハマってしまった。初めて見る現象だ。記念に何枚かスクショしておく。
「この画角エロくね?」
吉乃はそういってカメラ角度をいじり、私のキャラが埋まっているところを表示する。画面いっぱいに写し出される、男キャラの尻。肌色のむっちりした太ももと豊満な尻がエロい。
「あ、そうだ」
吉乃は突然メニューを操作して、女キャラに変更した。すると、後ろから私のキャラに近付き、腰を前後に振るエモートをして――。
「ぐへへっ! パコパコしてやるぜ~!」
「お前最低すぎだろ(笑)」
*
【澪がTSするまで残り2日】
放課後の教室。私と吉乃は、リュックに教科書を詰めて帰る準備をしながら話している。
「澪ってどんな男子がタイプ?」
「ん~、男子なら誰でも可愛く見える」
「それ前も言ってたな」
「吉乃は?」
「黒髪セミロングが好み。ちょっと無造作なウルフっぽいやつ」
「お前のソシャゲの推し、大体そんな感じだもんな」
そういえば、石川くんもそういう髪型だった気がする。確認してみようと彼の姿を探したが、もう教室を出てしまったようだった。
リュックを背負い、ふたりで教室を出る。
なんとなく、行きつけのファミレスに寄っていく流れになった。入店し、テーブル席に座る。窓際の席が私たちの定位置だ。
すると――。
「えっ」
私は、ある光景を見て驚きの声を漏らした。
「どした?」
「あれ」
私は奥のテーブル席を指差す。吉乃が振り返り、その光景を目撃する。
石川くんが女生徒と一緒にいた。楽しそうに談笑している。女生徒の方は知らない人だ。
吉乃は、世界の終わりのような顔になった。驚愕に見開かれた瞳から、みるみる光がなくなっていく。
「吉乃、あれ付き合ってるっぽくない?」
「い、いやっ、わ、私は信じないぞ……」
吉乃の声は震えていた。
私はふたりの様子を観察する。会話は聞き取れないが、楽しそうに話している。
石川くんは、黒タイツを穿いている。机の下では、靴を脱いで脚をぶらぶら揺らしている。
私は足フェチではないけど、吉乃には刺さる光景なのだろう。
う~ん、見てるだけだと付き合ってるかどうかまでは分かんないな。
その時――石川くんが私たちに気付いた。彼はこっちのテーブルへと歩いてくる。
「琴さんと茨城さんじゃん」
「ぐ、偶然だね、石川くん」
と、吉乃は答えたが、笑顔が引き攣っていた。
私はズバリ聞いてみることにする。
「あっちの人彼女?」
「うん」
「そっか、だと思ったよ」
吉乃の笑顔がどんどん生気を失い、真顔になっていく。大ダメージを負っているのが手に取るように分かった。
「じゃあね、ふたりとも」
「じゃあね」
吉乃は最後の力を振り絞って石川くんに手を振り――彼が去ってから、力尽きたようにテーブルへ突っ伏した。
「死にてえ……」
「今日奢ってあげる。好きなの頼みなよ」
「うん……」
吉乃はメニュー表に視線を落としつつ、力なく話し出す。
「失恋した……」
「ドンマイ、でも傷が浅い内に終わってよかっただろ」
「浅くねぇわ。ちゃんと好きだったわ」
「でも彼女いるの知らずに告白しちゃったらエグくなかった?」
「あっ」
吉乃の表情が凍り付いた。
「そういうの、たちまち男子の間で共有されるだろうし。しかも彼女の方他クラスだろうから、あっちのクラスでも広まるぞ」
「うっわあ……あっぶねえ……」
吉乃は長い溜め息を吐いた。落ち着いてから色々注文し、メニュー表をスタンドへ戻す。
「ごちそうさまっす」
「うん」
彼女はドリンクを飲みながら、窓の外を見ている。なんともいえない表情だった。
ファミレス。失恋した女。なぜか既視感のようなものがあった。ああ、そういえば――。
「なんか負けヒロインが多すぎるにこういうシーンなかった?」
「誰が負けヒロインだ! 泣くぞ!!!」
*
【澪がTSするまで残り1日】
放課後――吉乃の家に寄り、一緒にゲームをする。今日は大乱闘系対戦ゲームだ。
「んっ……! んんっ……!」
崖際に追いやられ、苦しい攻防が続く。なかなか逆転できず、ついに――。
「あ~負けた! 吉乃復帰阻止上手いよな~」
「お前、ゲームやってる時たまに男みたいな声出すよな」
「えっマジ? 超キモいじゃん私」
全く自覚がなかった。恥ずかしいな。他の人に見られたらキモがられるだろうから気を付けないと。
「私、やっぱお前とゲームやってるのが一番オモロいわ」
吉乃がコンボ練習をしながらそういった。彼女の瞳に、ゲーム画面の光が明滅する。画面を見詰めるその横顔は、どこか哀愁を帯びていた。
昨日の失恋を、まだ引き摺っているのだろうか。
「あ~。彼氏欲しいな~」
吉乃は、切実な声でそういった。
「だな。がんばろう」
「うん、がんばる。でもさ――」
吉乃がコントローラーを置き、遠いところを見つめながら話し出す。
「正直、自分が十年後どうなってるのか想像した時、結婚したり子供育ててたりするビジョンが全く思い浮かばないんだよ」
「私も」
「だよな。でも、こんな風にお前とゲームやりながら『彼氏欲しい』って話してるのは想像できる」
「悲しいけど、このままだとそうなる可能性が高そうだな」
あまり想像したくない事態ではあるが、彼氏ができないまま大人になった場合、そういう未来へ辿り着くことになるだろう。
吉乃は少しだけ自嘲的に、けれど楽しそうに微笑んだ。
「これからもよろしくな、親友」
「うん、よろしく」
私たちは親友であり、この友情は永遠だ。
そう、信じていた。
この日までは。
*
【澪がTSするまで残り0日】