澪「お前が学年一位になったらおっぱい触らせてやるよ(笑)」
澪「ま、負けた……? この私が……?」
吉乃「うひょ~~! 男のおっぱいだああああッ!」
月曜日の放課後。本来なら進路室で『彼氏会議』が行われる日時だ。
しかし、私たちは吉乃の家へ来た。今日の彼氏会議は彼女の家でやるらしい。
吉乃の部屋のこたつに並んで入ると、彼女はこんなことを言い出した。
「世の中の女子は毎朝、ヘアアイロンやワックスで髪をセットしているらしい」
「まあ、そういう人もいるな」
吉乃は何かの箱を取り出し、こたつの天面へ置いた。
「ということで買ったわ、一万円のヘアアイロン」
「マジで!?」
吉乃が箱からヘアアイロンを取り出す。トングのような見た目だ。
私は一万円もするらしいヘアアイロンをまじまじと眺める。だいたいこれ一個で鬼滅の刃が全巻買える計算だ。
「すごいな」
「だろ?」
「でもさ、これでウェーブを掛けようにも、お前元々ふわふわウェーブじゃん」
「逆にストレートにしてみようかなと思って。やってくれる?」
「え、うん」
私は説明書を読んで、ヘアアイロンを受け取る。
こたつの天面へ鏡を置く。吉乃の後ろに私が座り、準備完了だ。
トングのようにアイロンを開き、吉乃の髪を挟んでスライドさせる。それを全体に繰り返すこと数分――吉乃は綺麗なストレートになった。
「おお、誠実な女性に見える」
「う~ん……なんかこれは、面接とかの髪型な気がする。オシャレや垢抜けとは真逆なような……」
「お前元々カッコいいから、いつものままでいいよ」
「え、マジ?」
吉乃と鏡越しに目が合う。嬉しそうな顔だった。
実際、吉乃は顔も整っているし、金髪だし、派手なウェーブだ。見た目だけなら元々一軍陽キャなのだ。
「澪もやってあげようか?」
「じゃあお願い」
「おっけ。好きにやっていい?」
「よく分かんないから任せるよ」
吉乃と位置を交代し、私もやってもらうことになった。
吉乃がヘアアイロンで私の髪を挟んで、外側へ跳ねさせる。この操作を、髪のあちこちに施していく。
すると、吉乃は――。
「なんか彼女になった気分だわ、これ」
「彼氏できたらやってあげれば?」
「……そうだな」
吉乃の返事には含みがあった。
「それとも、私に彼氏になってほしい?」
「……!」
一瞬、吉乃の手が止まった。鏡越しに見る彼女は、驚いて目を丸く見開いている。
「うわ、すごい顔してる」
「い、いきなりそういうこと言われたらビックリするだろ」
嬉しそうにニヤニヤしつつも、ほんのり頬が赤くなっている吉乃。
……なんか可愛いな、コイツ。
そして、髪全体にアイロンを施し、最後に前髪部分だけ毛束を細かく取ってクロスさせ、終了した。なんと、吉乃の三倍以上の時間がかかった。かわいいは作れるが、とても大変だ。
鏡に映る私は、無造作ウルフのような髪型だ。最後にワックスで髪をセットすると――めちゃくちゃ可愛い美少年の姿になった。
「やっぱ可愛いなあ、お前」
「ありがと」
「付き合ってくれ」
「だめ」
「じゃあ一回ぎゅってさせて」
「それもだめ」
吉乃は残念そうな顔をした。彼女はしょんぼりしながら、ヘアアイロンを開いたまま置いた。ヘアアイロンの鉄板部分は熱くなっているため、少し冷ましてから箱に戻す必要があるらしい。
「澪、ところでさ――」
「おいしれっと抱きしめんな! なにしてんだ!」
吉乃は何気ない仕草で、背中から腕を回してきて、普通に抱きしめてきた。
肩と胸の辺りに彼女の腕が巻き付き、ぎゅっと密着させられる。吉乃の体温と匂いを直に感じてしまい、体が熱くなる。
「あ~男子のカラダ最高~!」
「は、離せっ!」
「でも抵抗してないじゃん」
「だ、だって、ヘアアイロンが危ないだろっ」
こたつの天面には、熱を冷ますため置きっぱなしのヘアアイロンがある。もし私がこたつの中で暴れてアイロンが落下したら、こたつ布団やラグが焦げてしまうのではないか。――という懸念から、抵抗できなかった。
「あ~なるほど。じゃあしばらくこのままで」
「ふざけやがって……! ちなみにどれくらいで冷めるんだよこれ」
「十時間くらい」
「ウソつくな!!!!!!!」
吉乃にぎゅっと抱きしめられる。彼女は時々抱きしめる力を強めたり、腕の位置を変えたりして、男のカラダの感触を楽しんでいる。屈辱だ。
「お前ちっちゃくて可愛いな……」
「うるさい」
すると唐突に、吉乃が私の髪に顔を埋めてきた。
「ひゃっ!?」
「すぅ~~~~~!」
「やめろっ! キモすぎだろお前!」
「めっちゃいい匂いする……」
「それはワックスの匂いだろ!」
中間テストの時おっぱいを触らせてあげてから、吉乃が私の体へ触ってくる回数が増えた。距離感の壁が壊れてきている。
ま、まずい。これ、いつかまずいことになる気がする。
「あ~最高すぎ~」
「顎乗せんな、殺すぞ」
吉乃は離してくれる様子がまるでない。することもないので、私は仕方なくこのまま会話をする。
「でもさ吉乃、このセットを毎朝やるのはムリじゃない? 慣れてないとはいえ一時間くらいかかったし」
「だな~陽キャってすげえわ」
「しかも男子の場合は更にメイクの時間もかかるし」
「うわエグ~」
一緒にこたつへ入って、後ろから抱きしめられた状態で普通に話しちゃってる……これもう完全にカップルじゃん……。
*
翌日、登校し、教室へ入ると――。
女子たちが集まり、ザワついていた。輪の中心には、一軍陽キャイケメンサッカー部女子の久野さんがいる。
吉乃が「何かあったの?」と近くの女生徒に尋ねると――。
「久野が処女捨てたって」
「「えっ」」
私と吉乃は、同時に声を上げた。
吉乃は久野さんに近付き、彼女に直接尋ねる。
「ま、マジで?」
「うん、彼氏とした」
と、はにかみながら答える久野さん。
私は愕然として、その場に佇む。吉乃も同様だった。
そして、ホームルームの時間が来て、その後授業が始まったのだが――あちこちから溜め息が聞こえてくる。女子たちは、元気がなかった。
みんな、様子がおかしい。クラスメイトが処女を卒業したという一報が、それぞれに複雑な思いを抱かせているのだ。
私も、言いようのない焦燥感が募る。
私と吉乃は、あえてこの話題に触れなかった。休み時間も昼休みも、いつも通りを装って過ごした。
しかし、放課後の帰り道――。
「どう思った? 久野さんの話聞いて」
吉乃は突然、そう聞いてきた。
「焦ってる。早く私も処女卒業したい」
「だよな、私も同じ気持ちだ」
私は空を見上げた。二月なので寒さが厳しい。吐く息が白くなり、空気中に溶けていく。
「澪、ちょっとコンビニ寄っていい?」
「うん」
吉乃と一緒にコンビニへ入る。すると、彼女は迷わず日用品コーナーに直行し――コンドームを手に取った。
「!?!?!?」
私は呆気にとられる。吉乃がぐんぐんとレジへ向かっていくので、私も後を付いていく。
彼女はコンドームだけをレジへ出した。
「袋はお付けしますか?」
「すぐ使うのでいりません」
吉乃がそう答えた瞬間、店員がチラっと私を見た。瞬間的な恥ずかしさが込み上げ、顔から火が出そうなほど熱くなる。
会計を済ませ、私たちはコンビニを出た。私はすぐに、半目で吉乃を睨みつける。
「すぐ使う予定があるのか?」
「頼む、澪」
「だめ」
「そこをなんとか!!!!!」
「だめ」
私たちは吉乃の家へ到着した。彼女の部屋へ上がり、こたつへ入る。のだが――。
「吉乃?」
なぜか、吉乃は向かい側に座った。いつもは隣り合ってこたつへ入っているのに。
吉乃の顔は真剣味を帯びていた。
「今日、クラスメイトが処女卒業したのを知って、怖くなったんだ。みんな彼氏作って、処女を卒業していく。高二、高三となるにつれて、その割合も増えていく。なのに、自分だけが処女のままなんじゃないかって」
吉乃は頭を下げた。こたつの天面に彼女の髪先が触れる。
「澪、頼む。処女を捨てさせてほしい」
本気の懇願だった。
私は嘆息する。
「ゴムもらうよ」
「えっ」
私はコンドームの箱を開け、個包装を取り出し、ベッドへ上がった。
「暗いと怖いから、電気は付けたままでお願い」
私はベッドに男の子座りしたまま、吉乃を見下ろす。彼女はまだ呆然としてこたつに入ったまま、私を見ている。
「ま、マジでいいの?」
「いいよ、おいで」
吉乃は立ち上がり、ベッドへと上がってきた。膝を突き合わせて、見つめ合う。
「吉乃、目つむって」
吉乃はまぶたを閉じた。彼女の肩は、緊張で微かに震えている。
私は静かにスマホを取り出し――吉乃の顔をパシャリと撮影した。
「えっ?」
吉乃が撮影音に気付いて目を開ける。
「なに本気にしてんだば~~~~か(笑)♡」
「は?」
「本気のキス待ちオモロすぎるだろ(笑)」
吉乃は数秒硬直し――怒りの形相で叫ぶ。
「お前騙したな!!!!!!!」
「吉乃面白すぎるわ、最高(笑)」
「処女の純粋な気持ちを弄ぶな!」
「純粋な気持ち(笑) それ性欲っていうんだよ(笑)」
私は吉乃の本気キス待ち写真を見せながら――。
「これインスタあげていい?(笑)」
「いいわけあるか!!!!!!!」
吉乃は顔を真っ赤にしてブチギレている。騙された怒りと、嘲笑われていることへの屈辱。その両方で、耳まで赤くなっていた。
「処女って素直で可愛いね(笑)♡」
「ば、バカにするなっ……!」
私は吉乃へと近づき、耳元に唇を寄せる。
「ざぁ~こ(笑)♡」
「ッ……!?!?!?!?!?」
吉乃の体がビクッと震えた。
地声がASMRのような湿度を帯びた声なので、そういうのが吉乃には刺さるのだろう。
私は吐息を吹き込むように、耳奥へ罵倒の言葉を浴びせる。
「処女(笑)♡ 処女(笑)♡ しょ~じょっ(笑)♡」
「てっめえッ……!!!!!!」
「一生チ○ポと繋がる機会の来ないザコマ○コ(笑)♡」
「お前マジで襲うぞ!!!!!!」
吉乃は押し倒そうとしてきたが、私は素早く躱してベッドから下りる。
彼女は私を捕まえ損ねて、宙を抱くような体勢のまま私を睨む。
「こうなったら、アレを出すしかないようだな」
吉乃の目に、妖しい色が灯る。何かしらの覚悟を決めたような、決然とした面持ちだった。
彼女は立ち上がり、ベッドから下りた。私は身構える。一体何をするつもりなのか。
そして――吉乃はラグに膝を突き、勢いよく土下座した。
「一生に一度のお願いです! ヤらせてください!」
「ぶふっ!!!!!(笑)」
私は噴き出した。
ああ、ヤバい。コイツ面白すぎる。私とセックスしようと必死じゃん。
**1
結局、澪はヤらせてくれずに帰っていった。
酷い。本気の土下座だったのに。
しかもキス待ち写真消してくれなかったし。マジでインスタに上げられたらデジタルタトゥー間違いなしだ。
ただ、私はあることに気付いた。
澪は以前「男として見るな」と言っていたのに、今は普通に男として煽ってくるようになった。
アイツに自覚があるかは分からないけど、男であることを前提として振る舞っている。
これ……もしかして、ワンチャンある?