吉乃「澪、頼む。処女を捨てさせてほしい」
澪「なに本気にしてんだば~~~~か(笑)♡」
吉乃「アイツ、最近振る舞いが男になってるような……」
二月十四日。バレンタインデー。
勝ち組陽キャ女子にとっては、彼氏や仲のよい男子からチョコを貰えるハピハピハッピーな一日。
一方、非モテ女子にとっては、ひとつもチョコを貰えず泣くか、父親から渡されて惨めな気分になる日だ。
ちなみに、私――琴澪は、過去に男子からチョコを貰ったことがある。小学生の頃、クラスの女子全員にチョコを配るタイプの男子がいたからである。彼のおかげで、私の『生涯チョコ授受回数』は0ではないのだ。ありがたいことです。
そして、私は今日のために、ここ数日ずっと準備してきた。
貰うためではなく、贈るために。
私は登校し、教室へ入った。金髪ハーフツインテの女生徒と目が合う。私の親友・吉乃である。
「おはよう、澪」
「おはよう」
「バレンタインデーだな」
「そうだな。チョコ用意してあるぞ」
「マジ!?」
吉乃が、ぱあっと晴れやかな笑顔を浮かべる。
「つ、ついに私は人生で初めてチョコを貰えるのか……!」
吉乃は感動し、瞳をキラキラ輝かせている。
私は内心、黒い笑みを湛えながら、リュックからチョコを取り出す。ラッピングされた市販のチョコである。
「はい、どうぞ」
「……えっ」
吉乃の表情が凍った。期待を打ち砕かれたように、真顔になる。
「な、な、なんで午前に渡すんだよ!!!」
吉乃は絶叫した。クラスメイトたちの会話が止まり、皆こっちを見る。
「午後に渡してくれよ! 楽しみにしてたんだぞ!」
そう。私は午後だけ男へTSする病にかかっている。つまり、登校して間もない今は当然午前中であり、私は女である。
「頼むよ澪! 午後にもう一回渡してくれよ! 男子からチョコ欲しいんだよ!」
「今受け取らないならあげないぞ」
「それなら貰うけども!」
吉乃はチョコを受け取った。そして、ガッカリして肩を落としている。
「人生で初めて男子からチョコ貰えるかもって期待してたのに……」
「可哀想に」
「同情するなら男の時に渡せ!!!」
クラスメイトたちは苦笑していた。こんなに注目されるのは、私がTSして初登校した日以来かもしれない。
*
そして、午後になった。私は美少年へと変身し、昼休みを迎えた。
私は、普段あまり話さないクラスメイトの女子へ話しかける。
「はい、内田さんこれあげる」
「!?」
私がアルフォートを渡すと、クラスメイトの内田さんはびっくりして固まった。
「え、私に?」
「うん。どうぞ」
「あ、ありがとう」
彼女はしみじみと手元のアルフォートを眺めてから、顔を上げて私を見た。
「え、すごい嬉しいんだけど。男子からチョコ貰ったって自慢していい?」
「あははっ、いいよ」
私が笑顔でそう答えると、内田さんは嬉しそうにしていた。
次に、私は別のグループへと話しかけに行く。
「みんな、これあげる」
「!?!?!?」
松田さん、南さん、神崎さんにアルフォートをあげた。みんな驚きつつも嬉しそうにしている。
「え、私にはくれないの?」
そのまま去ろうとすると、一軍陽キャ女子の久野さんがそう尋ねてきた。
「久野さんは彼氏から貰えるじゃん」
「そ、そうだけど。私も琴さんからチョコ欲しい」
「しょうがないなあ、はい、どうぞ」
久野さんにもアルフォートをあげた。
みんな受け止め方は色々だったけど、嬉しそうにしていた。
一方――さっきからずっと、信じられないものを見る目で立ち尽くす女がひとり。私の親友・吉乃である。
「お前~~~~~~~!!!!!」
「なんだよ吉乃」
「お前お前お前お前お前~!!!」
「うるさっ」
「おかしいだろ!!!!!!!!」
「どうしたんだよ」
「なんで私以外には午後渡してるんだよ!」
「お前が悔しがるかなって思って」
「サディストすぎるだろお前!!!」
吉乃は怒りに満ちた形相で私に詰め寄ってくる。
「私にも男子の姿でくれよ!!!」
「必死(笑)」
「笑うな!!!!!!!!!!!」
その後、放課後に至るまでの時間で、私はクラスの女子全員へチョコを配った。ひとりずつ渡す度に、吉乃は「ぐぬぬ」とか「ぐぎぎ」とか言っていた。
*
放課後。私は吉乃とともに帰っている。
「許せねえ……お前とクラスの女子全員が憎い……」
吉乃は闇堕ちしていた。目の前で私にチョコを貰う女の姿を見続けて、すっかり荒んでいた。
「まあ、実はこれだけじゃないから安心しろよ」
「え?」
「今日うち来てよ」
「えっ、えっ」
吉乃は、期待が半分、不安が半分といった表情で私を見る。
「また裏切られそうで怖いんだけど」
「だいじょうぶだよ、今度は期待してて」
そして、私の家へ到着した。
「久々だわ、お前の家」
「だな。お前がうち来るの、私がTS病になってから初めてじゃない?」
「あ~そうかも」
吉乃が私の家へ来ることは稀だ。吉乃の家の方が学校から近く、基本的に親も不在なので、遊ぶのに都合がよいのである。
吉乃をリビングへ通し、向かい合ってテーブルに着く。私はテーブルの天面に肘を乗せ、ゲンドウポーズで話し始める。
「手作りチョコの『手作り』の定義について、私は問題提起をしたい」
「なんだいきなり」
「世の男子は、市販の板チョコを溶かしてハート形に成型したものを、手作りと呼んでいる場合がある」
「ま、まああるな」
「それは果たして手作りと呼べるのか?」
「呼べるだろ」
「いや、それは手作りではなく、既製品の固形物を一旦未完成状態に戻して、それを再度固めた物。つまり、余計な工程を二個挟んだだけの市販品だ」
「世の男子に怒られるぞお前」
「単に既製品の形状を変えただけでは、手作りとは呼べないことに注意が必要です。役に立ちましたか?」
「ツイッターのコミュニティノートみたいに言うな」
「ということで――」
私は立ち上がり、冷蔵庫からチョコタルトを取り出して皿に移し、テーブルへと運ぶ。
「チョコタルト作った」
「!?!?!?!?!?」
吉乃は信じられないものを見る目でチョコタルトを見ている。
チョコクッキーと生クリームを固めた円形の土台。その内側を埋める、光沢のある生チョコの塊。その上からコルネでデコレーションし、ココアパウダーをまぶして綺麗な見た目にしたものだ。
ケーキ屋に売っているような、立派なチョコタルトである。
「えっ!? これ手作り!?!?!?」
「うん」
「複数の材料を使って、混ぜたり加熱したりして作ったもの。これは間違いなく手作りと言っていいと思う」
「ええ~~~~~!? マジ!?!?!? クオリティーえぐっ!?」
私は吉乃へ、フォークと牛乳の入ったカップを渡す。彼女はまだチョコタルトを凝視している。
「え、私のために作ってくれたの?」
「うん」
吉乃は無言になり、じっと私を見つめる。その眼差しの奥には、深い感動を宿しているように見えた。
「ありがとう、澪……!」
「どういたしまして」
「これ写真撮っていい?」
「いいよ」
そして、吉乃は写真を撮ってから食べ始めた。
「うま~~~~~!!!!!」
ホッとする。同時に、胸の内に嬉しさが込み上げる。吉乃に「美味しい」と言ってもらえてよかった。
「ありがとう! ありがとう! ありがとう!」
吉乃は満面の笑みだ。瞳は少しだけ潤み、輝いている。
「まさか私が……男子から手作りチョコ貰えるなんて……!」
感激しながらチョコタルトを食べる吉乃。その姿を見ていると、私も胸が満たされて、幸せな気持ちになった。
私も一緒に食べる。ちゃんと美味しい。吉乃は牛乳を飲んで一息つき――。
「決めたぜ! これを私のフルコースに入れる!」
「あといくつ埋まれば完成すんの?」
「3つかな。お前はトリコ?」
「違いますけど」
私は吉乃がチョコタルトを食べている姿をじっと見つめる。
ああ、やばい。嬉しい。本当に嬉しい。喜んでくれてよかった。
…………。
……なんか、彼氏みたいだな、これ。
「なあ、澪」
「なに?」
「このチョコ、本命?」
唐突に核心を突かれ、私は固まる。
これは義理チョコなのか、友チョコなのか、本命チョコなのか。私自身、このチョコを作っている時ずっと悩んでいたが、答えを出せないまま今日を迎えてしまった。
本命。私が吉乃のことを想って贈ったチョコ。
そんな風に認めるのは、ちょっと恥ずかしくて耐えられそうにない。
吉乃の大きな瞳から見つめられるのに耐えられず、私は目を逸らす。
「その……これは……」
「絶対本命じゃん」
「か、勝手に本命にするなっ」
「じゃあ本命じゃないの?」
「う、それは……」
私は呻き、迷い、悩んだ末に、言葉を紡ぐ。
「ひ、秘密……」
「それ本命ってことじゃん」
「う、うるさいっ」
「澪って私のこと好きなの?」
「っ…………!」
言葉にできない。
好き、なんて恥ずかしくて言える訳ない。
自分の中にそういう気持ちがあるのは否定できない。ただ、私は本来女であり、異性愛者であるはずだ。
だから、今の自分が男女どちらなのか、本当に吉乃を異性として見ているのか、よく分からないのだ。
「自分でも、分かんないんだよ。私、心が男になってきてるのかな……」
「私はずっと、澪のこと男として見てるよ」
吉乃はまっすぐに言い切った。
……。
じゃあ、いいのかな。私が吉乃のことを好きでも、いいのかな。
その時――ガチャリと、玄関の扉が開く音がした。買い物から帰ってきた父が、リビングへと入ってくる。
「ああ、やっぱり吉乃ちゃんか。見たことある靴だと思ったんだ」
「お邪魔してます」
「ん……? そのチョコタルト、最近澪がずっと作ってたやつじゃないか?」
私は顔を歪める。嫌なところを親に見られた。恥ずかしい。
「好きな人でもできたんだろうと思ってたけど、吉乃ちゃんだったんだね」
「よ、余計なこと言わないで……!」
「納得いくものを渡したいって言い出して、もう冷蔵庫の中が失敗作だらけで……」
「お父さん!!! もう黙って!!!」
私は大声で遮って、父を黙らせる。
一方の吉乃は私を見ながら、にたあ、と嬉しそうな笑みを浮かべている。
「へえぇ~~~~~」
「なんだよその気持ち悪い笑顔は」
「やっぱり私のこと大好きじゃん」
「うっさい……!!!!!」
恥ずかしさが噴出する。体温が上がり、顔が熱い。
すると、私たちの様子を見ていた父は――。
「うちの息子をよろしくね、吉乃ちゃん」
「必ず幸せにします」
「おい勝手なこと言うな!!!!!」