澪「なんかクラスで目立っちゃってる……」
吉乃「黒タイツエッッッッロ」
吉乃「土下座したらワンチャン処女捨てさせてくれないかな」
「彼氏を作るための作戦会議、略して『彼氏会議』を始めよう!」
吉乃が高らかに宣言し、ふわふわのハーフツインテが揺れた。
放課後の進路室。私たちは机を挟み、向かい合って座っている。当然、午後なので私は男の体になっている。
「今日の議題は『男慣れして自信を付けること』だ!」
吉乃は勢いよく言い切った。
「男慣れ?」
「そう! 男に慣れれば自信がつく! 男子と話す時キョドらなくて済むし、いろんな場面でスマートに淑女的な振る舞いをすることができる!」
「まあそうだな。で、どうやって男慣れするんだよ?」
私がそう訊くと、吉乃は突然イスから立ち上がり、私の傍へ来て、床に正座した。
「えっ、なに?」
吉乃は手を床に突き、勢いよく頭を下げた。
「頼む! 男慣れするために、処女捨てさせてくれ!」
「はあっ!?!?!?!?!?!?!?」
私は驚愕し、困惑する。
「おいやめろ! 親友の土下座とか見たくないから!」
「一生のお願いだ! 処女捨てさせてくれ!」
「ムリムリムリムリ! 絶対ムリだからっ!」
私は吉乃の肩を無理やり起こす。彼女の顔は切実で、真剣そのものだった。
「頼む、澪」
「土下座されてもムリなもんはムリだから! なんでお前とセックスしなきゃいけないんだよ!」
「ど、どうしてもか……?」
「絶対ムリ。というか私を男として見るな」
吉乃は失意の表情で、ガクッと肩を落とした。
「そんなあ……」
「お前、本気で行けると思ってたのかよ……」
「真剣に頼んだら行けると思ってた……」
「何が悲しくて処女より先に童貞捨てるんだよバーカ。私だって処女卒業したいんだぞ」
「ま、まあそうだよな……」
吉乃は立ち上がり、向かいの席に戻った。まだしょんぼりしている。
私は腕を組み、吉乃を見つめる。ノリの合う最高の親友は、今や私の体を狙ってくるエロ猿になってしまった。
「というかお前、男慣れとか関係なく、ただヤりたいだけだろ」
「うっ、ば、バレた……?」
「バレるに決まってるだろ。お前のことは私が一番よく分かってるんだから」
吉乃は目を見開いた。少しだけ顔を赤くしつつも、嬉しそうに頬を弛ませている。
私は正しく意図が伝わっていない予感がして、一言付け加える。
「……親友としてだからな」
「わ、分かってるよ」
「変な期待するなよ」
「分かってるってば」
……本当に分かってるんだろうか。
私は半年後に手術を受けて、ただの女に戻るのだ。百歩譲って、それまでに吉乃の処女を捨てさせてあげたとして、そこからは元通り親友に戻らなくてはいけない。
絶対気まずくなる。
でも、性欲に脳が支配されている吉乃には、それが分かっていないのだろう。
私は立ち上がる。
「今のは聞かなかったことにしてやるから、もう帰ろうぜ。お前ん家でゲームしよう」
「お、おう。そうだな」
*
そして、吉乃の家に移動した。彼女の部屋で、並んでこたつに入ってゲームをプレイしている。
「あっ」
吉乃と脚が当たった。よくあることだ。普段なら、彼女はすぐ脚をどけるのだが――。
「なんでどかないんだよ」
「男子と接触してるの嬉しい……」
「ほんとキモいなお前!!!!!」
「ちょっと脚絡めていい?」
「きっしょ!!!!!!!!!!」
私は脚を放す。こたつに入った状態ではあるが、できるだけ身を引いて吉乃から距離を取る。
吉乃はこたつ布団を持ち上げ、中を覗き込む。彼女の目は、私の足部分――黒タイツに包まれたところを見ている。
「ほんとごめんだけど、黒タイツエロすぎる。エロい目で見ないのは無理だ」
「じゃあもうタイツ穿くのやめようかな」
「無駄だぞ。靴下でも同じくらい興奮するから」
「カスの両対応やめろ。詰みじゃん」
「裸足もエロくて好き」
「全狩りすんな! 何も打つ手ないだろそれ!」
私は吉乃が持ち上げている布団をバッと引き下ろし、足を隠す。
「もしこの世に『キモい人すぎるよ展』があったらお前が目玉展示だろうな」
「『いい人すぎるよ展』みたいに言うな!」
「実際キモいだろうが!!!!!」
吉乃はコントローラーを置き、じっと私を見てくる。嫌な予感しかしない。
「澪、タイツ触らせてくれない?」
「嫌」
「お願い、ちょっとだけだから」
「ちょっとで済むわけないだろ」
タイツを触らせるだけで大人しくなってくれるなら、まあ触らせてやってもいい。でもコイツは絶対、他の所も触りたいと要求してくる。
だから、絶対触らせちゃダメだ。一度でも許したら、際限なく要求が過激になっていく。
性欲に突き動かされているエロ猿に、エサを与えてはいけないのだ。
**1
澪が帰った直後、私はこたつへ突っ伏した。
ガード硬ったぁ!!!!!!!
ヤらせてくれないどころか、足を触らせてもらうことすら許されないとは。マジの男子みたいなガードの硬さだ。
けどその一方で、並んでゲームする時、肩が触れ合う距離で座ってくるし。めちゃくちゃいい匂いするし。ありえん性欲を刺激してくるし。
生殺しすぎるだろ。
分かってるのか。こっちがどれだけ我慢してるか。どれだけつらい思いをしてるのか。
エロすぎるんだよ。子宮がつらいんだよ。
私は横になる。こたつ布団にくるまり、寝返りを打つと――。
あ、アイツの座ってたところ、めっちゃいい匂いする……。うわ、ヤバい、めっちゃオナニーしたい。
でもなあ……。澪をオカズにするのは、罪悪感あるなあ……。
堂々と合意の上でヤるならともかく、勝手にコソコソオカズにするのは嫌だ。
だから、私はまだ澪をオカズにはしていない。私だって澪との友情を大切に思っているのだ。
**2
現代文の授業。題材は、カフカの『変身』だ。
主人公のザムザは、ある朝目覚めると毒虫になっていた。そんなザムザのことを、彼の家族は疎ましく思い、嫌いになっていく。ザムザは変わらず家族を愛していたが、最後には家族の手によって殺されてしまう。
「果たして、本当に変身してしまったのは、誰なのだろうか――という問いを投げかけられる一作です」
教師がそういって、授業は終わった。
本当に、変身してしまったのは……。
私はちらりと吉乃を見る。気の置けない親友だったアイツは、いまや私を狙ってくるようになった。
アイツは変わっていく。私自身は、何も変わらないのに。
……。
カフカの作品にTSした自分を重ねるの、世界で私だけだろうな。