吉乃「ヤらせてくれ」
吉乃「タイツ触らせてくれ」
澪「ムリ」
こんにちは。最近親友から体を狙われている女・琴澪だ。
午後の休み時間。吉乃が「ちょっとトイレ行ってくる」といって教室からいなくなった。
すると――。
「ねえ琴さん」
「!」
男子から話しかけられた。一軍陽キャの男子だ。かなり可愛い。名前は確か、
「どうしたの?」
「琴さんってメイクしてる?」
「してないよ」
「え~もったいない。可愛いんだから絶対した方がいいよ」
「いやあ、女だからメイクのやり方分かんないし、そもそもコスメ持ってないし」
「じゃあ今度放課後コスメ買いに行こうよ」
「!!!!!!」
男子と。
放課後。
買い物。
私は考える間もなく「行く」と答えた。
「いつ空いてる?」
「いつでも空いてる」
「じゃあ今週の金曜でいいかな。あ、奏斗と慎太郎もつれてっていい?」
「うん。あと――」
奏斗と慎太郎というのは、板垣くんといつも一緒にいる一軍陽キャたちだろう。
――ということで、今度放課後に板垣くんたちと出かけることが確定した。
え、す、すごくない????????
放課後に男子と一緒に出かけるの? 私が? 陰キャすぎて学校では吉乃とくらいしか話さない私が?
え、やったあ……!
**1
ある日の午前の休み時間。
私はいつも通り澪に話しかけようとするが――。
「!?!?!?」
澪は、板垣くんたちと談笑していた。
え、一軍陽キャ男子と話してる……なんで……?
もちろん、陰キャである私は、あの輪の中に入っていくことなどできない。遠くから、彼らを見ることしかできない。
三人の陽キャ男子に囲まれる、一人の女。まるで、モテモテ陽キャ女子のような光景だった。
「…………」
*
昼休み、私は澪と一緒に弁当を食べる。今の澪は男子の姿だ。
私は、ずっと気になっていたことを訊いてみる。
「最近板垣くんたちと仲よくない?」
「え、まあ、うん」
澪はなんでもないことのように答えた。
「な、なんの話してんの?」
「メイクの話。このコスメおすすめだよ、みたいな」
「そ、そうなんだ。今のお前ならそういう話できるのか……なるほど……」
なんだか嫌な焦燥感があった。親友が、少しずつ遠くへ行ってしまうような感覚だった。
このまま澪が男子と仲良くなって、いい感じになって、彼氏ができてしまったら……。
私は、ひとりぼっちのまま、日陰の世界に取り残されてしまう。
「澪」
「なに?」
「ひとりで陽キャの世界へ行くなよ」
「なんだよそれ」
「行くならせーので一緒に行こうな」
「大丈夫だって。そのための彼氏会議だろ」
ま、まあそうだ。私と澪は共に彼氏を作るための作戦会議をする仲間なのだ。私を置いて陽キャになってしまうなんてことは、流石にない。
大丈夫。
大丈夫なはずだ。
**2
金曜日の昼休み。私は吉乃と弁当を食べている。
「今日うち来るよな? 新しいコンボ覚えたんだ」
と、吉乃から言われたのだが、残念ながら今日は既に予定が入っている。
「あ、ごめん。今日の放課後、板垣くんたちと一緒にコスメ買いに行くんだけどさ」
吉乃が机の上に、カタン、と箸を落とした。彼女は愕然とし、信じられないものを見る目で私を見ている。
「いまなんて?」
「放課後、板垣くんたちと一緒にコスメ買いに行く」
「この裏切り者が!!!!!」
吉乃は突然、糾弾するような眼差しで怒鳴った。
「いやなんでだよ」
「男子と仲良くなった途端『お前みたいな陰キャ女とは遊ばねーよ』ってか!? この腐れ外道が!」
「いやそんなわけねーだろ。元々約束してたんだよ」
「やめろ行くな! お前は一生私と教室でアニメ談義したり放課後ゲームしたりしててくれ!」
「それも楽しいけど一生は無理だろ」
「私を置いていくな!!!!!!!!」
「なんか死に際の鬼舞辻無惨みたいだなお前」
「誰が鬼舞辻無惨だ!!!!!」
吉乃の顔が焦りで歪む。必死の形相だった。その姿が滑稽で、つい興が乗って遊びたくなってしまう。
「私は男子たちと遊んでくるから、お前はひとりで帰れよ(笑)」
「血も涙もなさすぎるだろ!!! 鬼かお前!!! 待って! 行くなよ澪!」
と、泣きそうな顔で必死に引き留めてくる吉乃。
私は笑いながら、ネタバラシをしてあげることにした。
「実は『吉乃も予定合うようなら連れてく』って話してあるから、板垣くんたちはお前も来ると思ってるよ」
「えっ!?!?!?!?!?!?」
「一緒に行こうぜ」
「マジか!!!!!! お前は最高の親友だ!」
「さっき腐れ外道とか言ってなかった?????」
吉乃は急に元気になり、笑顔を取り戻した。瞳がキラキラと輝いている。
「でも、澪って時々エグいサディストになるよな」
「そうかな」
「そうだろ」
吉乃はジト目で私を睨んでくる。
自分がSだという認識はない。でも、吉乃をからかうのは好きだ。コイツの惨めな顔でしか得られない栄養がある。
「すぐ教えてくれよ。ホントに見捨てられたかと思ったわ」
「ごめん。私、吉乃が屈辱に震えて悔しそうな顔してるところ、めっちゃ情けなくて好きなんだ」
「お前誹謗中傷で開示請求してやろうか!!!」
「目の前にいるのに何を開示するんだよ」
「おっぱい出せ」
「キモっ」
「見せろおっぱいを」
「見せねえよ」
*
そして放課後。私、吉乃、板垣くんたち男子三人――計五人で、電車に乗り、駅直結の複合百貨店へと来た。
私、すごい。放課後、男子と一緒に買い物へ来ている。う~ん陽キャすぎる。
すると、板垣くんが私と吉乃を見て――。
「というかさ、今琴さんって男子の姿なわけだよね?」
「うん」
「で、茨城さん*3は女子だよね?」
「そうだね」
「女子一人が男子四人と一緒に歩いてるの、周りから見たらすんごいモテる女に見えるんじゃない?」
残りの男子ふたりも「え~僕たち取り巻きみたいじゃん」「なにそれハーレムってこと~?」とクスクス笑って盛り上がっている。
私はげんなりしながら――。
「コイツのハーレム扱いされるの最悪なんだけど」
「私は歓迎だぞ、澪」
吉乃は満面の笑みだった。コイツ……完全に調子に乗ってやがる……。
そして、五人でコスメ売り場へと入る。様々なブランドの化粧品が並んでいる。女子には縁遠い光景なので、ちょっと身構えてしまう。
そして、板垣くんたちからオススメの商品を教えてもらい、サンプルを試してみて、さらに三人からメイクを施してもった。
鏡に映る私は――絶世の美少年だった。
切れ長の瞳。鋭く冷ややかな目許は、アイシャドウとマスカラにより、華やかで威圧感のある目へと変化している。ぷっくり膨らんだ涙袋にはきらきらとラメが輝いていて、アイドルのように可憐だった。
自分の姿なのに――抱きたいと思った。
可愛い。とんでもなく、可愛い。鏡の中の自分に見惚れ、惹き込まれてしまう。
すると――。
「琴さん、可愛すぎる!!!」「えぐっ! 男子より男子じゃん!」「可愛い~! もう持ち帰っていい!?」
男子三人から、猛烈に褒められる。女なのにメイクをしていることと、男子たちの強い褒め。二重に恥ずかしくて、私は逃げ出したくなる。
「よ、吉乃……」
私は助けを求めるように、吉乃を見てしまう。
「うわ可愛いっ!!!!!」
「お、お前までそういうこと言うなよ……」
「親友に向かってなんだその上目遣いは!」
「上目遣いなんかしてない!」
私を見る吉乃の瞳は熱を帯びていた。今までにないほど、その眼差しには強い力が籠もっている。
あ、ヤバい。コイツ、完全に私のこと男として見てる。
「澪」
「な、なに」
「私の彼氏になってほしい」
「なるかアホ!!!!!!!!」
そして、コスメを買って売り場を出た。ちなみに、ドラコスなので値段も控えめだ。ありがたい。
「荷物持とうか?」
「……じゃあお願い」
吉乃が荷物を持ってくれる。男として扱われることに釈然としない気持ちはあるものの、まあこれくらいはいいかという気持ちだった。
すると、吉乃はなぜか嬉しそうにニヤニヤしている。
「なんで嬉しそうなの」
「彼氏の荷物持ってあげる彼女みたいで嬉しい」
「きも」
私が吉乃を肘で小突くと、余計に嬉しそうになった。なんでだ。
すると、板垣くんが――。
「ねえねえ、琴さんって茨城さんと付き合ってるの?」
「付き合ってないよ」
「私はいつでも心の準備できてるからな、澪」
「うるさい」
私は吉乃を肘でぐりぐりしながら、板垣くんへ弁明する。
「コイツはただの親友だよ」
「親友ってはっきり言えるのスゴいね」
「そうかな」
「普通親友って恥ずかしくて言えなくない?」
私は吉乃を見る。大きな瞳と目が合った。――私は急に恥ずかしくなって目を逸らす。
「澪、照れてる?」
「照れてないし」
――そして、百貨店を出て、駅構内へ入る。改札を通過したところで、板垣くんから予想外の提案をされた。
「琴さん、茨城さん、僕たちとインスタ交換しよ?」
私は吉乃と顔を見合わせる。気まずい顔をしていた。
「あー、ごめん。私も吉乃もインスタやってない」
「あ、そうなんだ。じゃあ始めたら教えてねー」
「うん」
男子たちと私たちは電車の方向が違うので、ここでお別れとなる。
「板垣くんたちのおかげで、今日は楽しかったよ。いろいろ教えてくれてありがとう」
「こっちこそ! またメイクさせてね! じゃあばいばーい!」
私たちは男子たちに手を振る。彼らの背が見えなくなってから、私は溜め息を吐いた。
「インスタかあ……」
吉乃も苦笑いしている。
「私たちオタクはツイッターでしか生きられないもんな」
「だなー」
この会話、なんかすごい親友ぽいな。久々に女扱いされた気がする。
いろいろあったけど、楽しい一日だった。できれば、これが男子と出かけた人生最後の思い出にならないことを祈るばかりだ。