ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
五千万ベリーの賞金首を捕らえた翌日。
島は朝から異様な熱気に包まれていた。
港には多くの島民が集まり、昨夜の出来事について興奮気味に語り合っている。
東の海でも名の知れた賞金首グラッド・ハンマー。
その男を倒したのが、まだ十二歳の少年だというのだから無理もない。
噂は一晩で島中に広がっていた。
レイン商会の前では、縛り上げられた海賊たちが並べられ、島の若者たちが交代で見張りをしている。
その中心に座らされているのが、海賊団船長グラッド・ハンマーだった。
昨日は気絶していたが、今は意識を取り戻している。
もっとも、だからといって状況が好転するわけではない。
両手両足は厳重に縛られ、周囲には見張りがおり、逃げ出せる可能性は皆無だった。
何より彼自身が未だに理解できずにいた。
なぜ負けたのか。
なぜ自分が一撃で倒されたのか。
東の海で名を轟かせてきた海賊が、十二歳の少年に敗北したのである。
理解できるはずがなかった。
商会の入口近くでは、レインが腕を組みながら海賊たちの様子を眺めていた。
隣ではルークが欠伸をしている。
「社長、本当に海軍来ますかね」
「来るだろ」
レインは即答した。
「五千万ベリーだぞ。海軍だって仕事なんだから放置はできないさ」
「それもそうですね」
ルークが頷いたところへ、父もやって来る。
「島中が大騒ぎだぞ」
「まあ、そうなるよな」
レインは苦笑した。
昨日から何度も礼を言われている。
助かった。
ありがとう。
流石レイン君だ。
そんな言葉ばかりだ。
正直なところ少し照れくさい。
レイン自身は海賊を倒したことよりも、商会や工房に大きな被害が出なかったことの方が嬉しかった。
もし帰還が数日遅れていたら。
もし海軍本部での滞在が長引いていたら。
そう考えると背筋が寒くなる。
だからこそ、今回は運が良かったとも言えた。
そんなことを考えていると、港の方から大きな声が上がった。
「軍艦だ!」
その声に島民たちが一斉に海へ視線を向ける。
レインたちも振り返った。
水平線の向こうから、一隻の軍艦がゆっくりと近づいてくる。
「来ましたね」
ルークが呟く。
「ああ」
レインも小さく頷いた。
軍艦はゆっくりと港へ入り、やがて岸壁へ接岸した。
海兵たちが次々と下船する。
その先頭を歩いていたのは東の海支部の大佐だった。
四十代半ばほどの男で、長年海兵として働いてきたことが一目で分かる。
大佐は周囲を見回しながら歩いていたが、縛られた海賊たちを見つけた瞬間、その足を止めた。
「……本当に捕まえているのか」
思わず漏れた言葉だった。
無理もない。
報告では五千万ベリーの賞金首が捕縛されたという。
しかも捕まえたのは十二歳の少年。
普通なら悪質な冗談だと思うだろう。
大佐はグラッド・ハンマーの前まで歩き、手配書と顔を見比べ始めた。
一度。
二度。
三度。
念入りに確認し、最後に深く息を吐く。
「間違いない」
その一言に周囲がざわめいた。
「賞金首グラッド・ハンマー」
「懸賞金五千万ベリー」
「本人だ」
海兵たちの表情も引き締まる。
まさか本当に捕まっているとは思っていなかったのだろう。
大佐は今度はレインへ視線を向けた。
「君がレイン君か」
「はい」
「レイン商会のレインです」
大佐はしばらく黙り込んだ。
どう見ても普通の少年である。
少なくとも、五千万ベリーの賞金首を倒すようには見えない。
だが現実に結果は目の前にある。
「一つ聞いてもいいか」
「何でしょう」
「本当に君が倒したのか?」
レインは首を傾げた。
「はい。一応そうです」
「一応?」
「ルークもいましたし」
するとルークが即座に首を振る。
「社長、俺は何もしてませんよ」
周囲から笑いが起きた。
大佐は思わず額を押さえる。
ますます意味が分からない。
だが現実は現実だ。
やがて海兵たちが大きな木箱をいくつも運んできた。
木箱が地面へ置かれるたびに重たい音が響く。
「確認してくれ」
大佐が言う。
「賞金五千万ベリーだ」
その瞬間、周囲から歓声が上がった。
島民たちが目を輝かせる。
五千万ベリー。
普通の人間なら一生かかっても見られない金額だ。
ルークも目を丸くしている。
父も流石に驚いていた。
職人たちに至っては完全に固まっていた。
しかし、レインだけは真剣な顔で木箱を見つめている。
「社長?」
ルークが不思議そうに声を掛ける。
「どうしたんですか?」
レインは顎に手を当てた。
そして真面目な顔で答える。
「潜水艦の予算が増えたなと思って」
沈黙。
次の瞬間。
「そこですか!?」
ルークが叫んだ。
父が吹き出し、職人たちも笑い始める。
海兵たちですら肩を震わせていた。
普通なら大金を手に入れた喜びを噛みしめるところだ。
豪邸を建てる。
贅沢をする。
そういう発想になるだろう。
だがレインの頭の中にあるのは潜水艦だった。
大佐も苦笑する。
「君は変わっているな」
「よく言われます」
レインは素直に答えた。
そんなやり取りを聞いていたグラッド・ハンマーは、少しだけ泣きたくなっていた。
東の海で恐れられた五千万ベリーの賞金首。
その自分が潜水艦の予算扱いされているのである。
情けないにも程があった。
その頃、海軍本部ではセンゴクが執務室で報告書を読んでいた。
山積みになった書類を片付けていた彼は、一枚の報告書を見た瞬間、思わず手を止める。
「……何だこれは」
隣にいた副官が首を傾げた。
センゴクは無言で報告書を差し出す。
受け取った副官も内容を確認したが、数秒後には同じように固まっていた。
そこには簡潔に、
『レイン商会代表レイン』
『賞金首グラッド・ハンマー捕縛』
『懸賞金五千万ベリー』
『単独制圧と推定』
と記されていたのである。
「は?」
副官が思わず声を漏らした。
センゴクも全く同じ気持ちだった。
一方その頃、ガープは報告書を読みながら腹を抱えて笑っていた。
「ぶははははは!」
「やりおったか!」
クザンも苦笑する。
「相変わらずっすね」
サカズキは腕を組みながら頷いた。
「当然の結果じゃな」
ボルサリーノは椅子にもたれながら呟く。
「怖いねぇ〜」
海軍本部にいる者たちは皆知っていた。
レインという少年が普通ではないことを。
そして東の海では、大量のベリーを前にしたレインが既に次の計画を考えていた。
潜水艦。
飛行船。
新しい設備。
新しい工房。
やりたいことは山ほどある。
海軍本部で得た経験と、今回手に入れた五千万ベリー。
それらを使えば、さらに前へ進めるはずだ。
レインは静かに笑った。
「さて、忙しくなりそうですね」
その言葉にルークが大きなため息を吐く。
「社長がそう言う時は、大抵ろくでもないことを考えているんですよね」
「失礼だな」
「違うんですか?」
「否定はしない」
父が大笑いし、周囲の職人たちもつられて笑った。
島には再び平和が戻っていた。
だが、レインの挑戦はまだ始まったばかりだった。