ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
レイン工房の建設は、少しずつ進んでいた。
もっとも、まだ工房と呼ぶには早い。
元は長い間使われていなかった古い倉庫だ。
外壁は潮風に晒されて色褪せている。
屋根にも何ヶ所か傷みがある。
床板も軋む。
だが父親は文句一つ言わなかった。
朝から工具を手に取り、黙々と作業を続けている。
木材を切り出し。
柱を補強し。
壁を修理する。
職人らしい無駄のない動きだった。
レインは木材を運びながら、その姿を眺めていた。
(やっぱり凄いな)
前世では営業畑だった。
職人仕事には詳しくない。
だからこそ分かる。
父親の技術は本物だ。
誰でもできる仕事ではない。
何十年も積み重ねた経験がある。
手の動き一つ見てもそれが分かった。
「見てないで手伝え」
父親が振り返る。
レインは慌てて木材を持ち上げた。
「ちゃんと手伝ってるよ」
「口だけは一人前だな」
「将来は超一流だから」
父親は呆れたように笑った。
「その自信はどこから来るんだ」
レインも笑う。
だが内心では本気だった。
前世で会社を作った。
失敗もした。
成功もした。
だから知っている。
夢を見るだけでは足りない。
積み上げなければならない。
この倉庫もそうだ。
いきなり世界最大企業にはならない。
まずは小さな工房から始まる。
全てはそこからだ。
その時だった。
父親が釘を打つ手を止める。
「しかしな」
「ん?」
「工房を作るのは良い」
父親は真面目な顔になった。
「だが仕事はどうする?」
レインは首を傾げる。
「仕事?」
「客だよ」
父親は金槌を置いた。
「客がいなきゃ工房なんてただの倉庫だ」
その言葉にレインは少し考える。
確かにその通りだ。
どれだけ立派な建物があっても。
仕事がなければ意味がない。
前世でもそうだった。
設備を整える前に顧客を確保する。
それは基本中の基本だった。
だからレインは当然のように答える。
「先に客を取る」
父親の動きが止まった。
「……は?」
「工房完成してから客を探す方が危険でしょ」
レインは木箱へ腰掛ける。
「客がいる」
「だから工房を作る」
「その方が安全だよ」
父親はしばらく黙った。
言われてみればその通りだ。
だが六歳児から聞く話ではない。
「誰に教わった」
「独学」
「便利な言葉だな」
父親はため息を吐いた。
最近の息子は何でも独学で済ませる。
---
その日の午後。
レインは港へ向かった。
父親も付いてくる。
理由は簡単だ。
気になるから。
それだけだった。
港は今日も活気に満ちていた。
船員達が荷物を運ぶ。
船大工達が船を修理する。
商人達が声を張り上げる。
潮の匂い。
木材の匂い。
魚の匂い。
全てが混ざり合っている。
レインはゆっくり歩き始めた。
そして声を掛ける。
船大工へ。
船員へ。
商人へ。
港で働く人々へ。
父親は少し離れた場所から見守っていた。
最初は雑談だと思っていた。
だが違う。
レインは聞いていた。
困っていることを。
不便なことを。
時間が掛かる作業を。
一人一人から。
丁寧に。
ひたすら聞いていた。
一時間後。
レインはノートを閉じる。
父親が近づいてきた。
「何してた?」
「営業」
父親は固まった。
「営業?」
「うん」
レインは当然のように答える。
「売りたい物を作るんじゃない」
「必要な物を作るんだよ」
その言葉に父親は言葉を失った。
職人として生きてきた。
良い物を作れば売れる。
ずっとそう思っていた。
だがレインは違う。
最初に客を見る。
そして問題を見る。
そこから商品を考える。
発想そのものが違った。
レインはノートを開く。
そこには文字が並んでいた。
・荷揚げ作業が大変
・船修理の効率が悪い
・木材運搬に時間が掛かる
・工具が重い
・作業台が使いづらい
父親は目を見開いた。
「全部聞いたのか」
「うん」
「なんでそこまで」
レインは笑った。
「そこにお金があるから」
父親は思わず吹き出した。
---
数日後。
港の船大工が工房予定地へやって来た。
以前滑車を頼んだ男だった。
「レイン」
「ん?」
「相談がある」
男は少し困った顔をしていた。
「修理船の作業効率を上げたい」
「滑車も増やしたい」
「何か良い方法はねぇか?」
レインは少し笑う。
来た。
待っていた。
営業が成功した証拠だ。
「あるよ」
即答だった。
父親が横で苦笑する。
「絶対待ってただろ」
「まぁね」
レインは机へ向かう。
紙を広げる。
鉛筆を走らせる。
改善案。
必要な資材。
工期。
配置図。
次々と形になっていく。
前世では何百回もやった作業だ。
依頼人は感心したように見ていた。
「すげぇな」
「もう考えてたのか」
「相談されると思ってたから」
レインは笑った。
そしてもう一枚の紙を取り出す。
父親が覗き込む。
「今度は何だ?」
「見積書」
「見積書?」
「うん」
レインは当然のように説明した。
「材料費」
「作業費」
「利益」
「納期」
「全部考えるから暫く待ってて」
依頼人も父親も黙った。
しばらくして。
見積書が完成する。
依頼人へ渡す。
男は内容を見た。
そして驚く。
何に金が掛かるのか。
何日で終わるのか。
全部書いてある。
分かりやすい。
安心できる。
「なるほどな……」
男は感心したように頷いた。
レインは言う。
「納得してから頼んでほしい」
「その方がお互い気持ち良いから」
男は大きく頷く。
そして。
「頼む」
そう言った。
レインは右手を差し出す。
男も握る。
小さな手。
大きな手。
その瞬間。
レイン工房は初めて正式な契約を獲得した。
---
依頼人が帰った後。
父親はしばらく黙っていた。
珍しい。
レインが首を傾げる。
「どうしたの?」
父親は深くため息を吐く。
「お前」
「何?」
「本当に俺の息子か?」
レインは吹き出した。
「またそれ?」
「いや本気だ」
父親は真顔だった。
「工房を作ろうと言ったのは俺だ」
「なのに気付いたら営業してる」
「見積書まで作ってる」
「俺より商売上手いぞ」
レインは肩を竦めた。
「良い物を作るだけじゃ駄目だからね」
父親は頭を抱える。
六歳児の発言ではなかった。
絶対に違う。
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その夜。
父親は母親へ今日の出来事を話していた。
そして最後に言う。
「レイン、本当に俺達の息子か?」
母親は声を出して笑った。
「あなたの息子でしょ」
「そういう意味じゃねぇ」
父親は苦笑する。
母親は楽しそうに言った。
「でも良かったじゃない」
「あなたが作ろうと言った工房を、あの子はもっと大きくするつもりなんでしょ?」
父親は少し黙る。
そして小さく笑った。
「……かもしれんな」
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その頃。
レインは部屋でノートを開いていた。
『レイン工房計画書』
父が作ろうと言った小さな工房。
まだ建設途中。
従業員もいない。
資金も少ない。
だが。
レインには見えていた。
ここはただの工房では終わらない。
いつか世界中へ広がる技術企業になる。
その第一歩が。
今日交わした小さな契約だった。
レインは静かに笑う。
未来は。
少しずつ動き始めていた。