ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
その日の夕食は、どこか妙な空気だった。
いつも通りの食卓。
母が作った料理が並び、父が仕事の話をし、レインが工房の出来事を話す。
本来なら、そんな穏やかな時間になるはずだった。
しかし今日は違う。
父が昼間、港でレインと話していたからだ。
母も何かを察しているらしく、時折レインへ視線を向けていた。
そして夕食が終わりかけた頃。
父が湯飲みを置きながら口を開いた。
「そういえば」
レインは顔を上げる。
父は少しだけ苦笑していた。
「レインが航海に出るらしい」
母の動きが止まった。
数秒間の沈黙。
やがて母がゆっくりとレインを見る。
「え?」
その声は驚きに満ちていた。
レインは頭を掻く。
どう説明したものかと考えていると、母が再び尋ねた。
「航海って……船で?」
「船以外にどうやって航海するの?」
「そういうことじゃありません!」
即座に返ってきた。
父が吹き出す。
レインも苦笑した。
どうやら母は少し混乱しているらしい。
「どれくらい行くの?」
「東の海を少し回ろうと思ってる」
レインは正直に答えた。
すると母は少し安心したような顔になる。
「少しなら……」
そこで言葉が止まる。
何かに気付いたらしい。
「その少しって、どれくらい?」
レインは考える。
そして答えた。
「分からない」
再び沈黙。
父が顔を逸らした。
笑いを堪えている。
母は数秒間固まった後、両手で顔を覆った。
「分からないの!?」
「いや、海の状況とかあるし」
「それはそうでしょうけど!」
母のツッコミが飛ぶ。
レインは少し困った。
確かに自分でも曖昧だと思う。
だが本当に分からないのだ。
初めての本格的な航海である。
どこまで行くかも、どれだけ時間がかかるかも、実際に出てみなければ判断できない。
母は大きくため息を吐いた。
「危なくないの?」
その言葉に、今度はレインも少し真面目な顔になる。
「危険はあると思う」
海だ。
何が起きるか分からない。
嵐もある。
海王類もいる。
海賊もいる。
絶対安全などあり得ない。
だが、
「だから準備してるんだ」
レインは静かに言った。
「船もそうだし、武器もそうだし、航海の知識も集めてる」
母は黙って聞いている。
「無謀なことをするつもりはないよ」
「本当に?」
「本当に」
レインは頷いた。
少なくとも本人はそう思っている。
問題は周囲も同じように思うかどうかだが。
すると父が口を開いた。
「俺は驚かなかったぞ」
母が振り返る。
「え?」
父は苦笑した。
「船を作り始めた時点で察してた」
「察してたの!?」
「レインだぞ?」
その一言で大体説明がついてしまった。
母も何も言えなくなる。
確かにレインである。
油田を見つけたと思ったら採掘を始める。
鉄鉱山を見つけたと思ったら開発を始める。
地下遺跡を見つけたと思ったら調査を始める。
今さら船を作ったくらいで驚く方がおかしい。
父は湯飲みを持ちながら続けた。
「むしろ、いつ出るかの問題だと思ってた」
その言葉にレインは少し驚いた。
父はもっと反対すると思っていたからだ。
だが父は首を横に振る。
「止める気はない」
「父さん」
「ただな」
父の表情が真剣になる。
「心配はする」
その言葉には重みがあった。
レインは黙る。
父は続ける。
「お前が強いのは知ってる」
「賢いのも知ってる」
「だが、それでも海は危険だ」
ロジャーが来たことで、父も理解している。
世界は広い。
そして怪物のような人間がいることも。
だからこそ心配なのだ。
レインは静かに頷いた。
「分かってる」
その返事を聞いて父も頷く。
すると母がふと思い出したように言った。
「ルーク君は?」
「え?」
「一緒に行くの?」
レインは少し考えた。
「どうだろう」
「どうだろうじゃありません」
母が即座に言った。
「呼んできなさい」
「今から?」
「今からです」
有無を言わせない声だった。
こうして十分後。
夕食後のレイン家にルークが呼び出された。
何も知らずにやって来たルークは、食卓の空気を見た瞬間に全てを察した。
「ああ……」
思わず遠い目になる。
レインは申し訳なさそうに視線を逸らした。
母は真っ直ぐルークを見る。
「ルーク君」
「はい」
「止めなかったの?」
ルークは即答した。
「止めました」
母が頷く。
「そうよね」
「でも」
ルークは続けた。
「止まりませんでした」
沈黙。
母がレインを見る。
レインは視線を逸らす。
父が笑いを堪えている。
ルークはさらに続けた。
「というか、止まったことあります?」
その言葉に母も考え込んだ。
そして、
「無いわね」
諦めたように呟いた。
レインは少しだけ胸を張る。
「威張るところじゃない」
父に突っ込まれた。
食卓に笑いが起こる。
重かった空気が少しだけ軽くなった。
しばらくして。
母は再びレインを見る。
その目は優しかった。
「反対はしないわ」
レインが顔を上げる。
「本当に?」
「ええ」
母は微笑んだ。
「でも約束して」
「何?」
「必ず帰ってくること」
その言葉に、レインは一瞬だけ言葉を失った。
それは命令ではない。
願いだった。
母親としての。
家族としての。
ただ一つの願い。
レインはゆっくりと頷く。
「分かった」
母も頷く。
「あと」
「まだあるの?」
「あります」
即答だった。
そして少しだけ笑う。
「明日から保存食を作ります」
レインが固まる。
父も固まる。
ルークも固まる。
「え?」
「え?」
「え?」
三人の声が綺麗に重なった。
母は満足そうに頷く。
「航海するんでしょう?」
「するけど」
「なら必要です」
反論は認めない。
そんな顔だった。
レインは苦笑する。
どうやら航海までの間、母は母なりに忙しくなるらしい。
そして、その様子を見ながら父は小さく笑った。
家族は誰も反対しない。
だが誰も心配していない訳ではない。
それでも送り出そうとしてくれている。
その事実が、レインには少しだけ嬉しかった。
窓の外では、港に停泊する建造途中の雨神が月明かりに照らされている。
出航の日は近い。
だがその前に。
レインには改めて実感していた。
自分は一人で海へ出るのではない。
多くの人の想いを背負って海へ出るのだということを。