ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
レイン工房が最初の大仕事を終えてから数週間が経っていた。
港には今日も活気がある。
船員達の掛け声。
木材を運ぶ音。
船大工達の金槌の音。
潮風と海鳥の鳴き声。
そんな日常の中で、少しだけ変わったことがあった。
レイン工房の名前が広まり始めていたのだ。
「荷揚げ設備を直した工房」
「滑車を作った工房」
「変なガキがいる工房」
最後だけは納得できなかった。
誰が変なガキだ。
心の中で文句を言いながらも、レインは苦笑する。
知名度が上がっていること自体は悪くない。
むしろ順調だった。
依頼は増えている。
工房へ来る人も増えている。
港を歩けば声を掛けられることも珍しくなくなった。
つい数か月前まで誰も知らなかった工房だ。
それを思えば十分すぎる成果だった。
レインは工房の机へ向かいながら、積み上がった依頼書へ視線を向ける。
滑車の設置。
作業台の改良。
木材置き場の整理。
荷揚げ設備の相談。
以前なら考えられなかった量だった。
工房は確実に成長している。
だが…
「終わらないな」
レインは小さく呟いた。
その瞬間、工房の奥から疲れた声が飛んでくる。
「終わるわけねぇだろ」
父親だった。
木材を削りながら苦笑している。
その顔には疲労が見えた。
最近は船大工の仕事に加えて工房の仕事も抱えている。
朝から晩まで働き詰めだ。
それでも文句は言わない。
だが、息子の目は誤魔化せなかった。
「父さん」
「なんだ」
「疲れてる?」
父親は少し考えた。
そして素直に答える。
「疲れてる」
レインは吹き出した。
「正直だなぁ」
「事実だからな」
父親も笑う。
だが、その笑いの裏にある現実は重かった。
仕事は増えている。
売上も伸びている。
それ自体は良い。
問題は人手だった。
今のレイン工房には父親とレインしかいない。
設計はレイン。
製作は父親。
雑務は二人。
流石に限界が近い。
前世でも何度も見た光景だった。
事業が伸び始めた時。
最初にぶつかる壁。
それは資金ではない。
設備でもない。
人だ。
「父さん」
「ん?」
「人を雇おう」
父親の手が止まる。
しばらく考えた後、小さく頷いた。
「やっぱりそうなるか」
「うん」
「まぁ俺もそろそろ限界だ」
珍しく弱音だった。
レインは笑う。
だが同時に少し安心した。
父親も同じことを考えていたらしい。
翌日、港の掲示板へ張り紙を出した。
『レイン工房 見習い募集』
文字はレインが書いた。
父親は字が下手だったので却下された。
本人は少し不満そうだった。
張り紙を見た船員達が足を止める。
「従業員募集か」
「もうそんなに忙しいのか」
「景気良さそうだな」
噂はすぐに広がった。
港という場所はそういうものだ。
秘密は長続きしない。
三日後、応募者達が工房へ集まった。
全部で五人。
予想より多い。
父親も驚いていた。
「本当に来たな」
「来ると思ってた」
「なんでだ」
「仕事があるから」
レインは当然のように答えた。
仕事がある場所には人が集まる。
前世でも変わらなかった。
それはこの世界でも同じらしい。
工房の中に五人が並ぶ。
年齢は様々だった。
十代後半。
二十代。
職人経験者。
船大工見習い。
父親は満足そうだった。
「結構良い人材じゃねぇか」
だがレインは黙っていた。
見ている場所が違う。
技術だけではない。
もっと別のものを見ていた。
最初の男は経験豊富な職人だった。
腕も良い。
実績もある。
話し方にも自信がある。
だが、
「正直」
男が言う。
「この工房は小さすぎるな」
レインは黙る。
男は続けた。
「まぁ俺が入れば変わるだろ」
その瞬間。
レインの中で答えが出た。
不採用。
理由は簡単だった。
この男は工房の未来を見ていない。
自分しか見ていない。
二人目。
三人目。
四人目。
悪くはない。
だが決め手がない。
技術はある。
経験もある。
しかし、一緒に工房を作る未来が見えなかった。
前世で学んだことがある。
優秀な人間が良い仲間とは限らない。
会社は人でできている。
だからこそ人を見る。
レインはそう考えていた。
最後の一人だった。
小柄な少年。
年齢は十歳くらい。
服は少し古い。
痩せている。
そして緊張している。
それが一目で分かった。
「名前は?」
父親が聞く。
少年は慌てて頭を下げた。
「ルークです!」
声が少し裏返る。
父親は質問を続ける。
「船大工経験は?」
「ありません!」
「工具は?」
「少しだけです!」
「技術は?」
「ないです!」
父親が思わず顔を覆った。
正直すぎる。
普通なら少しは良く見せる。
だがルークは全部正直に答えた。
レインはその姿を見ていた。
そして少しだけ笑った。
面接が終わる。
応募者達は帰っていった。
父親はすぐに言う。
「一人目だろ」
「なんで?」
「腕が良い」
「経験もある」
「普通に考えればそうだ」
レインは少し考えた。
そして首を振る。
「ルークかな」
父親が固まる。
「は?」
「ルーク」
「なんでだ」
レインは窓の外を見る。
港では船員達が働いている。
工房も最初は何もなかった。
技術も。
設備も。
人も。
だが少しずつ成長してきた。
人も同じだ。
「父さん」
「なんだ」
「技術は教えられる」
父親は黙る。
レインは続けた。
「経験も積める」
「でも人柄は教えられない」
工房の中が静かになる。
父親はしばらく考えていた。
そして深くため息を吐く。
「また六歳の言葉じゃねぇな」
レインは笑った。
翌日、ルークが工房へやって来た。
緊張で身体が固まっている。
何度も工房を見上げていた。
不安なのだろう。
レインには分かった。
だが、逃げなかった。
それだけで十分だった。
「ルーク」
「は、はい!」
ルークが慌てて返事をする。
レインは笑った。
「採用」
数秒。
沈黙。
ルークは固まった。
「え?」
「だから採用」
「ほ、本当に?」
信じられないという顔だった。
当然だろう。
自分より優秀な人間は沢山いた。
経験者もいた。
それなのに選ばれた。
理解できない。
ルークは恐る恐る聞く。
「俺でいいんですか?」
レインは立ち上がった。
そして工房の外へ向かう。
ルークもついてくる。
父親も後ろから見守っていた。
夕日が工房を照らしている。
入口には看板があった。
レイン工房
まだ小さい。
まだ無名だ。
世界中の誰も知らない。
だが、レインには未来が見えていた。
ルークは看板を見上げる。
その瞳はどこか輝いていた。
レインは振り返る。
そして笑う。
「歓迎するよ」
ルークが息を飲む。
レインは続けた。
「君はレイン工房最初の仲間だ」
風が吹く。
看板が静かに揺れた。
ルークはまだ知らない。
この小さな工房が。
将来、世界政府ですら無視できない存在になることを。
そして、自分がその始まりを支える一人になることを。
まだ知らなかった。