ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
ロジャー海賊団が島を去ってから二週間。
レイン工房はかつてないほどの忙しさに包まれていた。
朝から晩まで響く金槌の音。
木材を削る音。
職人たちの掛け声。
そして港の一角に姿を現し始めた新しい船。
その名は――『雨神』。
レインが初めて自分のために設計した船だった。
「右舷側、あと少し上げろ!」
「了解!」
「ロープ引け!」
「引いてる!」
港には朝から怒号にも似た声が飛び交う。
だが誰の表情も暗くない。
むしろ皆、楽しそうだった。
雨神の建造は工房始まって以来の大事業だったからだ。
普通なら数か月はかかる規模の船。
それをわずか一週間で完成させる。
最初に聞いた時は誰もが無理だと思った。
しかし今は違う。
完成が見えている。
それどころか、あと少しで終わるところまで来ていた。
「親方!」
「どうした!」
「最後の固定終わりました!」
その報告に歓声が上がる。
工房の職人たちが一斉に手を止めた。
港に静寂が訪れる。
そして次の瞬間。
「完成だー!」
誰かの叫びが響いた。
「おおおおおっ!!」
「やったぞ!」
「本当に出来やがった!」
「一週間だぞ!?」
職人たちは互いの背中を叩き合う。
抱き合う者までいた。
無理だと思われていた計画。
それを成し遂げた達成感があった。
ルークも大きく息を吐く。
「終わった……」
その声には疲労が滲んでいた。
この一週間、彼もほとんど休んでいない。
事務仕事。
資材管理。
工程調整。
職人ではないが、裏方として走り回っていた。
工房全体が総力戦だったのだ。
そんなルークの隣で、レインは静かに完成した船を見上げていた。
白い船体。
流線型の美しい船首。
一般的な船より小さい。
だが、その姿には無駄が一切なかった。
「どうです?」
ルークが聞く。
レインは少し考えた後、満足そうに笑った。
「格好良い」
「自画自賛ですね」
「事実だから仕方ない」
ルークは呆れたように肩を竦める。
だが否定は出来なかった。
確かに格好良かった。
誰が見ても特別な船だと分かる。
その時だった。
「おーい!」
遠くから声が聞こえる。
振り返ると、島民たちが港へ集まって来ていた。
雨神完成の噂を聞き付けたのだ。
長老もいる。
父も母もいる。
ルークの両親もいる。
気付けば港は人で埋まっていた。
まるで祭りだった。
「完成したのか!」
「すげぇな!」
「本当に船だ!」
子供たちは目を輝かせている。
大人たちも興味津々だった。
長老は杖を突きながら船を見上げる。
「見事じゃな」
その一言に職人たちの顔が緩んだ。
すると誰かが叫ぶ。
「レイン!」
「説明してくれ!」
周囲も賛同する。
レインは苦笑しながら船の前へ立った。
「じゃあ説明する」
島民たちが静かになる。
レインは船体を軽く叩いた。
「まず船体だ」
「見れば分かる!」
誰かが言った。
笑いが起こる。
「普通の船より頑丈に作ってある」
「ほう」
「内部構造は二重化してる」
周囲がざわつく。
聞いたこともない構造だった。
「多少損傷しても簡単には沈まない」
感心したような声が上がる。
レインはさらに説明を続けた。
「雨水回収装置」
「特殊倉庫」
「長期保存設備」
「緊急修理設備」
説明が進むたびに周囲の驚きは大きくなっていく。
最後には職人の一人が呟いた。
「全部詰め込みやがった……」
ルークが深く頷く。
「僕もそう思います」
周囲から笑い声が上がった。
その時だった。
職人の一人が船を見ながら聞く。
「そういやよ」
「何です?」
「何で雨神なんだ?」
その瞬間、周囲が静かになった。
確かに気になる。
格好良い名前だ。
きっと深い意味があるに違いない。
そう思っていた。
レインは当然のように答える。
「俺の名前がレインだから」
沈黙。
そして。
「そのままかよ!」
港中にツッコミが響いた。
大爆笑だった。
職人たちは腹を抱えている。
ルークは額を押さえた。
「分かりやすいだろ?」
「分かりやすすぎます!」
再び笑いが起こる。
父まで笑っていた。
母も呆れながら笑っている。
長老は楽しそうに髭を撫でていた。
そんな賑やかな空気の中。
レインはふと職人たちの顔を見た。
皆疲れている。
当然だ。
一週間。
昼夜を問わず働き続けた。
それでも誰一人手を抜かなかった。
だからこそ雨神は完成した。
レインは一歩前へ出る。
「みんな」
職人たちが振り返る。
「お疲れ様」
その言葉に職人たちが笑う。
だがレインは続けた。
「それと」
ルークが嫌な予感を覚えた。
「やっぱりですか」
小さく呟く。
レインは笑った。
「雨神完成記念だ」
そして宣言した。
「今回関わった全員に特別ボーナスを支給する」
静寂。
数秒後。
「え?」
「は?」
「今何て言った?」
職人たちが固まる。
レインは平然としていた。
「一週間分の特別手当」
「関わった全員分だ」
港が爆発した。
「うおおおおおお!!」
「社長最高!」
「やったー!!」
「頑張って良かった!」
歓声が響く。
職人たちが大騒ぎになった。
レインは苦笑する。
予想通りの反応だった。
隣でルークが額を押さえている。
「だから最近帳簿を見てたんですね……」
「利益は十分出てるからな」
レインは当然のように言った。
工房の経営は順調だ。
むしろ過去最高益を更新している。
この程度のボーナスで傾くような状態ではない。
ルークもため息を吐く。
「まあ、そうなんですけどね」
すると少し離れた場所にいた父が呟いた。
「だから皆、お前について行くんだろうな」
レインは振り返る。
父は笑っていた。
職人たちも笑っている。
その光景を見て、レインは少しだけ照れ臭くなった。
そして、ついに進水の時が来た。
巨大な滑車が動く。
ロープが張られる。
職人たちが息を合わせる。
「せーの!」
船体がゆっくりと動き始めた。
誰もが見守る。
雨神は少しずつ海へ向かう。
やがて――
ザァァァ……
静かな音を立てながら船体が海へ浮かんだ。
歓声が上がる。
「おおおおおっ!」
「浮いた!」
「成功だ!」
「当たり前だろ!」
港が歓喜に包まれる。
レインはその光景を見ながら静かに息を吐いた。
完成した。
本当に完成したのだ。
気付けば足が動いていた。
桟橋を渡る。
雨神へ乗り込む。
そして甲板へ立つ。
潮風が吹いた。
目の前にはどこまでも広がる海。
振り返れば島が見える。
工房が見える。
家族が見える。
仲間が見える。
そして足元には、自分が設計した船がある。
レインは静かに船首へ歩いた。
手すりに手を置く。
海を見る。
水平線を見る。
まだ見ぬ世界を見る。
そして小さく笑った。
「本当に作っちまったな」
その言葉は風に乗って消えていく。
だが胸の高鳴りは消えなかった。
初めての自分の船。
初めての本格的な航海。
そして初めて自分の意志で向かう外の世界。
雨神は静かに波へ揺られていた。
まるで、その日を待つかのように。