ONE PIECE 〜船大工レイン〜   作:ペンギンって可愛いですよね

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第百八十二話「未完成の剣」

 

一心道場の庭に、静かな空気が流れていた。

 

朝の陽射しはまだ柔らかく、木々の葉を揺らす風が心地よい。

 

そんな穏やかな空間の中央で、レインは手にした木刀を軽く振った。

 

思ったよりも重い。

 

だが不快ではない。

 

むしろ手によく馴染む。

 

向かいにはシモツキ・コウシロウ。

 

一心道場の師範であり、後に世界へ名を轟かせる剣士たちを育てる男。

 

その表情は穏やかだった。

 

だが隙はない。

 

まるで静かな湖のようだ。

 

何もないように見えるのに、どこから手を出しても飲み込まれそうな不思議な圧力を感じる。

 

レインは小さく息を吐いた。

 

「よろしくお願いします」

 

「はい。こちらこそ」

 

コウシロウも木刀を構える。

 

その姿はあまりにも自然だった。

 

力みがない。

 

威圧感もない。

 

それなのに目を離せない。

 

横ではルークが腕を組んで見守っていた。

 

「社長、頑張ってください」

 

「おう」

 

レインは笑って答える。

 

だが内心では気を引き締めていた。

 

相手は剣術の達人だ。

 

油断するつもりはない。

 

「では、始めましょう」

 

コウシロウの声が響く。

 

次の瞬間、レインは地面を蹴った。

 

一直線。

 

迷いなく踏み込む。

 

木刀を上段から振り下ろした。

 

鋭い一撃。

 

普通の相手なら避けるか受けるしかない。

 

だが、コウシロウは半歩だけ身体を動かした。

 

それだけだった。

 

レインの木刀は空を切る。

 

「なっ——」

 

次の瞬間、胴に木刀が添えられていた。

 

いつの間に。

 

何をされた。

 

まるで見えなかった。

 

レインは慌てて距離を取る。

 

コウシロウは微動だにしていない。

 

まるで最初からそこに立っていたかのようだった。

 

(今のは……)

 

見聞色ではない。

 

そう直感した。

 

純粋な技術。

 

長年積み重ねてきた経験。

 

その差だった。

 

「続けますか?」

 

穏やかな声。

 

レインは口元を吊り上げる。

 

「もちろんです」

 

次は横薙ぎ。

 

そこから返す刀。

 

さらに突き。

 

海賊相手なら十分通用する連撃。

 

しかし、当たらない。

 

避けられる。

 

流される。

 

受け止められる。

 

まるで子供を相手にしているかのようだった。

 

汗が額を流れる。

 

だが不思議と悔しさより興奮が勝っていた。

 

強い。

 

本当に強い。

 

今まで出会った者たちとはまるで違う。

 

技術だけでここまで戦えるのか。

 

何度も打ち込む。

 

何度も踏み込む。

 

しかし結果は同じだった。

 

十分ほど経った頃。

 

レインは大きく踏み込んだ。

 

これまでで最速の一撃。

 

全身の力を乗せた渾身の振り下ろし。

 

だが、コウシロウは静かに木刀を動かした。

 

カンッ!

 

乾いた音が響く。

 

レインの木刀が大きく弾かれた。

 

体勢が崩れる。

 

その隙を逃さない。

 

トン。

 

木刀の先端が首元で止まった。

 

勝負あり。

 

静寂が訪れる。

 

レインは数秒固まった後、大きく息を吐いた。

 

「負けました」

 

「はい」

 

コウシロウは穏やかに頷いた。

 

ルークが近付いてくる。

 

「レインさんでも負けるんですね」

 

「うるさい」

 

「いや、ちょっと安心しました」

 

「どういう意味だ」

 

「最近の社長、何でも出来すぎなんですよ」

 

ルークが肩を竦める。

 

レインは思わず苦笑した。

 

確かにそう見えるかもしれない。

 

前世の知識。

 

技術力。

 

商売の経験。

 

それらを使ってここまで来た。

 

だが、今の勝負で思い知らされた。

 

自分にはまだ足りないものが山ほどある。

 

コウシロウが木刀を脇へ置く。

 

「どうでしたか?」

 

「強かったです」

 

「そうですか」

 

「俺、自分では結構強い方だと思ってたんですけどね」

 

その言葉にコウシロウは小さく笑った。

 

「強いですよ」

 

「え?」

 

「同年代ならまず負けないでしょう」

 

レインは少し驚く。

 

だが続く言葉は予想外だった。

 

「ですが」

 

コウシロウは静かに言った。

 

「君はまだ剣士ではありません」

 

「……」

 

レインは目を瞬かせる。

 

「戦い方は知っています」

 

「はい」

 

「勝ち方も知っています」

 

「はい」

 

「ですが剣を知りません」

 

その言葉が胸に刺さる。

 

言われてみればその通りだった。

 

今まで誰かに剣を習ったことはない。

 

見よう見まね。

 

実戦。

 

独学。

 

それだけだ。

 

「誰かに剣術を教わった経験は?」

 

「ありません」

 

「やはり」

 

コウシロウは納得したように頷いた。

 

「君は未完成です」

 

「未完成……」

 

「ですが、それは悪いことではありません」

 

穏やかな声。

 

「むしろ良いことです」

 

「どうしてですか?」

 

「伸びしろがあるからです」

 

レインは黙る。

 

コウシロウは続けた。

 

「才能はあります」

 

「身体能力もあります」

 

「集中力もあります」

 

「だからこそ、基礎を身につければ大きく伸びるでしょう」

 

レインの胸が高鳴る。

 

基礎。

 

それはつまり。

 

ここで本格的に剣術を学べるということだ。

 

「では明日から始めましょう」

 

コウシロウが言った。

 

レインは身を乗り出す。

 

「剣技ですか?」

 

「型ですか?」

 

「それとも奥義ですか?」

 

期待が膨らむ。

 

未来の大剣豪たちを育てる道場だ。

 

何か特別な修行があるに違いない。

 

そんなレインを見て。

 

コウシロウは優しく微笑んだ。

 

そして。

 

「まずは素振り千回です」

 

「……はい?」

 

「朝千回」

 

「え?」

 

「夕方千回」

 

「待ってください」

 

「基礎です」

 

レインは固まった。

 

完全に固まった。

 

横で聞いていたルークが吹き出す。

 

「ぶはっ!」

 

「社長、頑張ってください」

 

「いや待てルーク!」

 

レインは思わず叫んだ。

 

「俺は今まで海賊とも戦ってきたんだぞ!?」

 

「知りません」

 

ルークは即答した。

 

「社長が強いのと基礎が出来てるのは別の話です」

 

「なんでお前まで説教側なんだよ!」

 

「コウシロウ先生が正しいからです」

 

レインは天を仰いだ。

 

まさか十三歳になって今さら素振りからやり直しになるとは…

 

前世でも思わなかった。

 

そんな彼を見て、コウシロウは静かに笑う。

 

「大丈夫ですよ」

 

「最初は皆そう言います」

 

「……皆?」

 

「ええ」

 

コウシロウは頷く。

 

「そして数年後には、素振りこそが最も大切だったと気付くのです」

 

その言葉には妙な説得力があった。

 

レインはしばらく黙り込む。

 

そして観念したように肩を落とした。

 

「……分かりました」

 

「お願いします」

 

「はい」

 

コウシロウは満足そうに頷いた。

 

こうして、未来の船大工であり商会の社長であり、後に世界を揺るがす男の剣術修行は。

 

誰もが通る当たり前の基礎から始まることになったのであった。

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