ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
潮の匂いがした。
湿り気を帯びた風が、肌をゆっくり撫でていく。
規則正しく繰り返される波の音。
木が軋む音。
どこか遠くで鳴く鳥の声。
まるで世界そのものが、静かに呼吸しているようだった。
意識が浮かび上がる。
ぼやけた視界。
重たい身体。
そして、妙に狭い感覚。
「――――ッ!!」
次の瞬間、世界が一気に広がった。
眩しい光。
騒がしい声。
暖かい体温。
そして。
自分の口から漏れたのは、情けないほど甲高い泣き声だった。
「おぎゃあああああ!!」
(は!?)
(ちょ、待て待て待て!!)
(マジで赤ん坊!?)
完全に混乱した。
だが、どうしようもない。
身体は完全に赤ん坊だった。
短い腕。
小さな指。
力の入らない身体。
そして何より、自分の感情と肉体が上手く噛み合わない。
泣きたくないのに涙が出る。
声を止めたいのに止まらない。
赤ん坊という存在が、ここまで無力だとは思わなかった。
「……生まれた」
男の声がした。
震えている。
安堵と緊張が入り混じったような声だった。
「無事だ……」
ぼやけた視界の向こう。
焼けた肌をした男が、こちらを見下ろしていた。
無精髭。
日に焼けた顔。
職人のように節くれだった手。
その姿だけ見れば、どこにでもいる船乗りか船大工に見える。
だが。
その目だけが妙に鋭かった。
まるで常に何かを警戒しているような、そんな目。
隣では、長い黒髪の女性が涙を流している。
優しそうな顔だった。
だがその女性もまた、どこか怯えるような影を瞳の奥に抱えていた。
「あなた……」
女性が、小さく笑う。
「この子……元気ね」
男は静かに頷いた。
そして。
赤ん坊のレインを見つめながら、小さく呟く。
「……やっと、繋げられた」
その言葉だけが、不思議なほど耳に残った。
繋げられた?何を?
聞き返したかった。
だが無理だった。
赤ん坊の身体は限界だった。
急激な眠気が押し寄せてくる。
意識が沈む。
暗闇へ落ちていく直前。
男の声が、もう一度聞こえた。
「レイン」
「お前は、自由に生きろ」
――――。
海風が吹いていた。
空は青く、白い雲がゆっくり流れている。
小さな港町だった。
世界政府非加盟。
地図にも載らないほど小さな島。
だが、この世界ではそういう島は珍しくない。
海が世界を分断しているこの時代では、島一つ一つが独立した小さな国家のようなものだった。
その海を、一人の少年が静かに見つめていた。
黒髪。
少し長めの前髪。
まだ幼さの残る顔立ち。
だが、その瞳だけは妙に落ち着いていた。
「……マジでONE PIECE世界なんだよなぁ」
レインは小さく呟いた。
前世の記憶を完全に思い出したのは、五歳になった頃だった。
最初は夢だと思った。
だが違った。
ここは現実だった。
海賊がいる。
海軍がいる。
悪魔の実が存在する。
ONE PIECEの世界が、本当に広がっている。
最初は混乱した。
だが。
時間が経つにつれ、その感情は少しずつ興奮へ変わっていった。
(最高かよ)
前世では、十分すぎるほど成功した。
営業から会社を立ち上げ、上場まで成り上がった。
努力することは嫌いじゃなかった。
数字が積み上がる感覚も好きだった。
人脈を広げ、会社を大きくしていく過程も楽しかった。
だが。
この世界には、それを遥かに超える“ロマン”がある。
空白の百年。
Dの一族。
ジョイボーイ。
古代兵器。
世界政府。
そして。
まだ誰も辿り着いていない“未来”。
考えるだけで、胸が熱くなる。
(絶対面白くしてやる)
レインは静かに笑った。
海を見る。
この世界には飛行機がない。
インターネットもない。
通信技術も未発達。
島と島は海によって隔てられ、人々は簡単に行き来できない。
前世では当たり前だった“自由”が、この世界には存在していなかった。
だからこそ、レインは思う。
(未来を作れたら、面白いよな)
その時だった。
「レイン」
後ろから低い声が響いた。
振り向く。
父親だった。
相変わらず無精髭で、職人らしい格好をしている。
だが。
今日は空気が違った。
父親の目が真剣だった。
レインは察する。
“重要な話”だと。
父親は周囲を見回す。
港。
人影。
海。
誰もいないことを確認してから、小さく口を開いた。
「……お前も、そろそろ知る歳だ」
海風が吹く。
波の音だけが静かに響く。
父親は数秒黙り込んだ。
何かを迷うように。
何かを覚悟するように。
そして。
低い声で言った。
「お前は、絶対に名字を名乗るな」
レインの心臓が跳ねた。
「……え?」
「“D”もだ」
空気が止まる。
レインは目を見開いた。
原作知識が頭を駆け巡る。
Dの一族。
神の天敵。
世界政府。
空白の百年。
全てが一気に繋がる。
父親は真っ直ぐレインを見る。
「その名は、世界に知られてはいけない」
「政府に見つかれば、俺達は終わる」
静かな声だった。
だが。
その言葉には、長年積み重なった恐怖が滲んでいた。
レインはゆっくり父親を見る。
(……やっぱり)
(俺、ただの転生者じゃないな)
父親は短く言った。
「来い」
「お前に、ヴェルク家の役目を教える」