ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
地下遺跡の第二区画は静寂に包まれていた。
ポーネグリフのさらに奥。
誰にも知られることなく八百年以上もの時を眠り続けていた書斎。
その中央で、レインは一冊の日誌を手にしていた。
表紙に刻まれている名前は――ヴェルク・D・ルーメン。
ヴェルク家の始祖。
ジョイボーイの親友。
そして空白の百年を生きた男。
その名自体は知っている。
幼い頃、父から地下の秘密を教えられた時に聞かされた名だ。
だが、実際に本人が遺した日誌を前にすると話は別だった。
父も長老も真剣な表情で日誌を見つめている。
ロジャーも。
レイリーも。
ギャバンも。
おでんも。
誰も軽口を叩かなかった。
この日誌が持つ価値を理解しているからだ。
レインはゆっくりと表紙を開いた。
古い紙の匂いが漂う。
そして最初のページ。
そこに記されていた文字を見た瞬間、その場にいた全員が息を呑んだ。
『親愛なる我が子孫たちへ』
『そして、もしジョイボーイがまだ生きているなら親友へ』
地下に沈黙が落ちた。
最初に口を開いたのはルークだった。
「いやいやいや……」
「流石に生きている訳ないですよね?」
「八百年前ですよ?」
当然の疑問だった。
しかし誰も即答しない。
ロジャーは顎に手を当てた。
レイリーは腕を組む。
おでんも難しい顔になっている。
「妙な書き方だな」
ロジャーが呟いた。
「死んだとは書いておらん」
「確かに」
レイリーも頷く。
「普通なら故人として扱うはずだ」
「まるで生きている可能性を残しているような文章だな」
答えは出ない。
だからこそ不気味だった。
レインは気持ちを切り替え、続きを読み進める。
『まず最初に言っておこう』
『この日誌を読んでいるということは、私たちは敗北したのだろう』
『私は未来を見る力など持っていない』
『だが、それくらいは分かる』
『勝者が歴史を書く』
『ならば、この日誌が残っている時点で私たちは負けたのだ』
『それでも私は書く』
『未来のために』
『親友との約束のために』
全員が静かに聞いていた。
レインには不思議な感覚があった。
八百年前の人物が語っているはずなのに、まるで目の前に本人がいるような感覚。
文字だけなのに、そこに確かな意志が宿っている。
レインはページをめくった。
すると文章の雰囲気が変わる。
『私の名はヴェルク・D・ルーメン』
『巨大な王国の船大工であり技術者だ』
『そして』
『世界一面倒臭い男の親友でもある』
沈黙。
そして、
「ぶはっ!」
ロジャーが吹き出した。
「ガハハハハハハ!!」
「何だこいつ!」
「面白ぇじゃねぇか!」
レイリーが額を押さえる。
「空白の百年の真実を知る男の自己紹介がそれか」
おでんも大笑いしていた。
「良いな!」
「好きだぞこういうの!」
ギャバンも笑みを浮かべる。
父と長老も思わず苦笑した。
レインも笑ってしまう。
どうやらルーメンという人物は堅苦しい偉人ではないらしい。
『初めて会った時から変な男だった』
『約束の時間に来ない』
『会議を抜け出す』
『勝手に冒険へ行く』
『王族なのに威厳がない』
『国民から怒られる』
『大臣から怒られる』
『私からも怒られる』
『それでも笑っている』
『今思えば最初から変わらなかった』
ロジャーの笑い声が響く。
「ガハハハハ!!」
「面白ぇ!」
「絶対面白ぇ奴だ!」
レイリーが横目で見る。
「どこかで聞いたような話だな」
「そうか?」
「そうだ」
即答だった。
ギャバンも頷く。
「誰かさんにそっくりだな」
全員の視線がロジャーへ向く。
「何じゃお前ら!」
「俺はちゃんとしておる!」
「どの口が言う」
レイリーの言葉に地下が笑いに包まれた。
レインも思わず笑う。
だが同時に思った。
似ている...
ジョイボーイはロジャーに似ている。
そしてきっとルフィにも。
時代が違っても、同じような人間が現れるのだろうか。
レインはさらに読み進める。
『ある日』
『私は工房で新型船の設計をしていた』
『風を読む帆』
『海流を読む舵』
『そしていつか空すら越えるための船』
『そんな夢を図面に描いていた時だ』
レインの目が止まる。
空を越える船。
それはまるで自分の夢と同じだった。
父も同じ部分に反応したらしい。
静かに日誌を見つめている。
『すると窓からあいつが入ってきた』
『普通に扉から入ればいいのに窓からだ』
『しかも二階から』
『意味が分からない』
『本当に意味が分からない』
地下に再び笑いが起こる。
おでんは腹を抱えていた。
「何故だ!」
「王だろう!?」
「本人に聞いてみたいですね」
ルークが呆れたように言う。
『ルーメン!』
『忙しい』
『冒険に行こう!』
『行かない』
『何故だ!』
『仕事だ』
『後でやればいい!』
『お前は王だろう』
『だから誘っている!』
『意味が分からない』
「ガハハハハハ!!」
ロジャーが大笑いする。
「最高じゃねぇか!」
レイリーは呆れていた。
「本当にお前みたいな男だな」
レインも苦笑する。
これではまるでロジャーと自分だ。
ルークも同じことを思ったらしい。
「社長」
「何だ」
「歴史は繰り返すんですね」
「否定できないな」
再び笑いが起きた。
しかし、ページを進めるにつれて文章の雰囲気が変わり始める。
軽さが消えていく。
楽しげだった文面に影が差していく。
レインは無意識に表情を引き締めた。
そして次のページを開く。
そこにはこう書かれていた。
『だが』
『そんなあいつが初めて笑わなくなった日がある』
地下の空気が変わった。
誰も笑わない。
ロジャーも真剣な表情になっている。
レイリーも腕を組んだまま黙っていた。
『私が生涯忘れることの出来ない日だ』
『あの日』
『世界は変わり始めた』
『そして』
『全ての悲劇が始まった』
レインの喉が鳴る。
ここから先が、空白の百年の始まり。
ジョイボーイと巨大な王国の運命を変えた瞬間。
歴史から消された真実。
八百年前の世界は、ここから闇の時代へ足を踏み入れる。
レインは静かに次のページへ手を伸ばした。