ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
地下遺跡の第二区画。
先程まで響いていた笑い声は消えていた。
ジョイボーイとルーメンの軽妙なやり取り。
ロジャーと重なるような自由な王。
その姿に誰もが笑っていた。
だが今、日誌の空気は完全に変わっている。
『そんなあいつが初めて笑わなくなった日がある』
その一文が全員の胸に重く残っていた。
レインは静かに次のページを開いた。
紙が擦れる音だけが地下に響く。
そして、ルーメンの言葉が続いていた。
『あの日のことを私は今でも鮮明に覚えている』
『恐らく死ぬその瞬間まで忘れないだろう』
『それほどまでに衝撃的だった』
『それまでの世界は平和だった』
『少なくとも私たちはそう思っていた』
レインはゆっくりと読み上げる。
誰も口を挟まない。
ロジャーも。
レイリーも。
おでんも。
全員がルーメンの言葉に耳を傾けていた。
『島々は交易によって結ばれていた』
『人々は行き来し』
『技術は発展し』
『新しい発見が毎年のように生まれていた』
『私たちは未来を信じていた』
『明日は今日より良くなる』
『誰もがそう信じていた』
レインは少し考える。
その光景はどこか自分の目指している未来と重なった。
人と人が繋がる世界。
技術が発展する世界。
争いではなく発展へ力を使う世界。
それはレインがこの世界に来てから何度も夢見てきた未来だった。
『もちろん問題が無かった訳ではない』
『争いもあった』
『利権争いもあった』
『政治的な駆け引きもあった』
『だが話し合う余地はあった』
『少なくとも世界そのものが壊れるとは誰も思っていなかった』
『あの日までは』
地下の空気がさらに重くなる。
レインは次の文章へ視線を落とした。
『その日』
『私は工房で仕事をしていた』
『新型船の設計だ』
『世界中の海を渡れる船』
『誰も見たことがない海流を越える船』
『そして』
『親友が無茶をしても沈まない船だ』
ロジャーが吹き出しそうになる。
だが今は堪えた。
レイリーが小さく笑う。
「最後だけ本音だな」
ギャバンも頷いた。
「間違いない」
レインも苦笑する。
どうやらルーメンはかなり苦労していたらしい。
『どうせ今回も怪我をして帰ってくる』
『そう思っていた』
『だから私は図面を描きながら説教の内容を考えていた』
『帰ってきたらまず遅刻の件を言う』
『その次に勝手な行動について言う』
『最後に謝らせる』
『完璧な計画だった』
『だが全部無意味になった』
地下が静まり返る。
先程までの軽さが消えた。
レインは続きを読む。
『工房の扉が開いた』
『私はまたあいつだと思った』
『今度は窓ではなく扉から来たのかと』
『少しは成長したなと思った』
『だが違った』
『入ってきたのはジョイボーイだった』
『そして』
『私は初めて見た』
『笑っていないあいつを』
全員の表情が引き締まる。
ロジャーも真剣だった。
レイリーも腕を組む。
ルークも思わず息を呑んでいた。
『服は泥だらけだった』
『肩には傷があった』
『それ自体は珍しくない』
『冒険へ出る度に怪我をしていたからだ』
『だが違った』
『目だった』
『あいつの目はいつも太陽みたいだった』
『怒られても』
『失敗しても』
『怪我をしても』
『それでも笑っていた』
『そんな男が』
『ただ黙って立っていた』
地下に沈黙が落ちる。
誰も言葉を発しない。
レインの脳裏にはルフィの姿が浮かんだ。
まだ会ったこともない未来の少年。
だが不思議と重なって見えた。
もしルフィが笑わなくなったら。
それは世界が終わる時かもしれない。
そんなことを思ってしまうほどだった。
『私は冗談を言った』
『どうした』
『世界でも滅ぶのか』
『すると』
『あいつは静かに答えた』
『滅ぶかもしれない』
その瞬間、地下の空気が凍り付いた。
ルークが思わず唾を飲み込む。
父も長老も険しい顔になっていた。
レインは先を読む。
『私は笑えなかった』
『冗談ではないと分かったからだ』
『あいつは本気だった』
『ジョイボーイが本気で絶望していた』
『私は初めて恐怖を感じた』
『何があった』
『そう聞いた』
『するとあいつは全てを話してくれた』
ページが変わる。
レインはゆっくりと息を吐いた。
ここからが本題だ。
空白の百年。
巨大な王国。
二十の王国。
その始まり。
『二十の王たちが動き始めた』
『最初は噂だった』
『だが今は違う』
『彼らは既に手を結んでいる』
『目的は一つ』
『巨大な王国を滅ぼすことだ』
地下にいる全員が固まった。
ロジャーの目が細くなる。
レイリーも真剣な表情だ。
おでんも静かに日誌を見つめていた。
『私は理解できなかった』
『なぜだ』
『私たちは侵略などしていない』
『誰かを支配しようともしていない』
『ただ人々が自由に生きられる未来を作ろうとしていただけだ』
『だが』
『あいつは首を振った』
『そして言った』
『だからだ』
『自由だから怖いんだ』
レインはその言葉に息を呑む。
自由...
その言葉はロジャーにもルフィにも共通する。
そして支配する側から見れば最も厄介なものでもある。
『私は納得できなかった』
『話し合えばいい』
『誤解なら解けばいい』
『戦う必要なんてない』
『そう言った』
『すると』
『あいつは悲しそうに笑った』
『今でも忘れられない顔だった』
『俺もそう思ってた』
その一文に全員が黙る。
レインも拳を握った。
ジョイボーイは話し合いを諦めた訳ではない。
きっと何度も試したのだ。
何年も。
何十年も。
それでも駄目だった。
だからこその表情だった。
『その時理解した』
『もう終わっているのだと』
『話し合いは』
『ずっと前に』
『そして』
『向こうは最初から聞く気など無かったのだと』
地下は完全な静寂に包まれた。
誰も動かない。
誰も喋らない。
レインは次のページをめくる。
そして最後の文章を読み上げた。
『その夜』
『ジョイボーイは王として決断した』
『そして』
『世界最大の戦争が始まった』
レインはそこで読むのを止めた。
誰もすぐには言葉を発しない。
ロジャーは静かに目を閉じる。
レイリーは腕を組んだまま考え込んでいた。
おでんも険しい顔をしている。
ルークも珍しく何も言わなかった。
やがてロジャーが小さく息を吐く。
「なるほどな……」
その声にいつもの豪快さは無かった。
レインは静かに次のページへ視線を落とす。
その先にあるのは。
空白の百年。
巨大な王国。
二十の王国。
そして世界政府誕生へと繋がる歴史。
八百年間隠され続けた真実が、少しずつ姿を現そうとしていた。