ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
双子岬の沖合。
《雨神》は速度を落としながらゆっくりと進んでいた。
その視界の先には、巨大なアイランドクジラ――ラブーンの姿がある。
先ほどから何度もレッドラインへ頭突きを繰り返しているため、周囲の海は絶えず揺れていた。
ドォォォォォン!!
再び衝撃音が響く。
巨大な身体が赤い大陸へぶつかる。
そのたびに海面が震え、《雨神》も小さく揺れた。
ルークは思わず顔をしかめる。
「あれ、本当に痛くないんですかね……」
「痛いだろうな」
レインは静かに答えた。
むしろ痛くないはずがない。
あれだけの巨体で全力でぶつかっているのだ。
普通の生物ならとっくに死んでいる。
それでもラブーンはやめない。
何十年も。
ただひたすらにレッドラインへ頭突きを続けている。
レインは双眼鏡を取り出した。
そしてラブーンの頭を見る。
無数の傷。
古い傷。
新しい傷。
治りかけた傷。
血が滲んでいる傷。
見れば見るほど痛々しかった。
医者として見過ごせる状態ではない。
「……」
レインはしばらく黙り込む。
そして、
「ルーク」
「はい」
「ちょっと行ってくる」
ルークは嫌な予感がした。
「どこへです?」
レインはラブーンを指差した。
「診察」
ルークが固まった。
数秒後。
「は?」
「だから診察」
「いやいやいや!」
ルークは思わず叫ぶ。
「何言ってるんですか!?」
「傷だらけじゃないか」
「相手クジラですよ!?」
「クジラだな」
「島サイズの!?」
レインは少し考えた。
「大きい患者だな」
「そういう問題じゃありません!」
ルークは頭を抱えた。
この人は本当に怖いもの知らずだ。
いや、怖いという感覚そのものが欠落している気がする。
普通なら近付こうとすら思わない。
だがレインは本気だった。
医者として。
そして人として。
放っておけなかった。
「小舟を出す」
「俺も行きます」
「危ないぞ?」
「レインさん一人の方が危ないです」
即答だった。
レインは苦笑する。
確かにその通りだった。
数分後…
二人は小舟へ乗り込み、ラブーンへ向かっていた。
近付けば近付くほど、その大きさが分かる。
巨大だった。
想像以上だった。
海面から見上げると、まるで山そのものだ。
ルークは思わず呟く。
「本当に生き物なんですか……」
「生き物だ」
「信じられません」
「俺も少しそう思う」
レインですらそう感じる。
それほど規格外だった。
やがて二人はラブーンのすぐ近くまで到達した。
その瞬間だった。
巨大な瞳がこちらを向く。
ルークの背筋に冷たいものが走る。
大きい。
あまりにも大きい。
目玉だけで自分たちより大きかった。
ラブーンは二人をじっと見つめる。
敵意はない。
だが圧倒的な存在感があった。
ルークは小声で言う。
「食べられませんよね?」
「アイランドクジラは比較的温厚らしい」
「また本ですか」
「また本だ」
そんな会話をしていると、ラブーンがゆっくりと鼻息を吐いた。
ブォォォォォ!!
突風だった。
小舟が吹き飛ばされそうになる。
ルークが必死にしがみつく。
「うわぁぁぁ!?」
「元気そうだな」
「全然そんな感想になりませんよ!?」
レインは笑いながらラブーンの頭へ視線を向けた。
近くで見ると傷はさらに酷かった。
皮膚が裂けている場所もある。
炎症を起こしている箇所もある。
完全に慢性化していた。
「やっぱり治療したいな」
「どうやってです?」
「登る」
「登る!?」
ルークはまた叫んだ。
しかしレインは既に縄を準備している。
数分後。
二人はラブーンの頭の上にいた。
広かった。
まるで小さな広場だった。
レインはしゃがみ込み、傷を観察する。
「予想以上に酷いな」
「治せるんですか?」
「完全には無理だな」
レインは首を振った。
これだけ巨大な生物だ。
薬も足りない。
だが応急処置くらいならできる。
そう思い、持ってきた消毒薬と軟膏を取り出した。
傷へ塗り込む。
ラブーンが少し身体を震わせた。
「嫌だったか?」
ブォォォ……
低い鳴き声が響く。
だが暴れない。
むしろ大人しくしていた。
まるで分かっているかのように。
レインは少し笑った。
「賢いな」
ルークも驚いている。
「本当に大人しいですね」
「ああ」
二人はしばらく治療を続けた。
もちろん焼け石に水だ。
明日にはまた頭突きをするだろう。
傷も増えるだろう。
それでも、何もしないよりはいい。
やがて治療を終えたレインは立ち上がった。
そしてラブーンの頭を軽く叩く。
「無茶するなよ」
ラブーンは静かに目を閉じた。
その姿を見たレインは少しだけ胸が締め付けられる。
待ち続けているのだ。
ずっと。
仲間を。
帰らないと知ることもなく。
それでも信じ続けている。
前世で読んだ時も思った。
すごいのは強さではない。
この想いの強さだ。
「……」
レインは空を見上げた。
そして小さく呟く。
「きっと会えるさ」
ルークには聞こえなかった。
だがラブーンだけは静かに鳴いた。
ブォォォォォ……
その声はどこか優しく聞こえた。
こうして二人は巨大なクジラとの奇妙な出会いを果たした。
そしてこの出会いが、翌日さらに大きな出来事へ繋がることを、まだ二人は知らなかった。