ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
ドラム王国の空は厚い雪雲に覆われていた。
白い雪が静かに降り続き、山々を銀世界へと変えている。
そんな厳しい冬の朝、ドクトリーヌの診療所には慌ただしい空気が流れていた。
雪村で高熱と咳を訴える患者が複数発生。
しかも患者は日に日に増えているという。
ただの風邪であれば良い。
しかし、もし感染症なら対応を誤るわけにはいかなかった。
レインは診察用の鞄を確認しながら、口元を覆う布を取り出した。
すると隣で薬品を整理していたドクトリーヌが鼻を鳴らした。
「同じことを考えてたみたいだね」
レインは小さく笑う。
「原因不明の病気ですから」
「そうだねぇ」
ドクトリーヌは頷いた。
周囲を見れば、医師団の面々も既に準備を始めていた。
口元を布で覆い、革手袋を装着し、消毒用の蒸留酒を携行する。
流石はドラム王国の医師たちだった。
感染症の可能性くらい当然考えている。
レインはその様子を見て安心した。
少なくとも知識不足による事故は起きなさそうだった。
「準備は万全ですね」
そう言うと、ドクトリーヌは杖を鳴らした。
「当たり前だろう」
その表情はいつも通り豪胆だった。
「医者が患者から病気をもらって倒れたら笑い話にもならないからね」
周囲から苦笑が漏れる。
ルークも布を巻きながら頷いた。
「確かにそうですね」
「ハッピーかい?」
突然ドクトリーヌが聞いた。
レインは即答する。
「患者が出ている時点で全然です」
「はっはっはっ!」
ドクトリーヌは豪快に笑った。
「そういう返事は嫌いじゃないよ」
やがて全員の準備が終わる。
ドクトリーヌを先頭に、医師団とレインたちは雪村へ向けて出発した。
冷たい風が頬を叩く。
雪道は歩きにくく、普通の人間ならすぐに疲れてしまうだろう。
しかし医師団の足取りはしっかりしていた。
この国で医者をやる以上、雪山の移動は日常なのだろう。
レインも問題なく付いていく。
鍛錬を積んだ身体は雪程度では揺るがない。
道中、案内役の村人へ質問を続ける。
「最初の患者はいつ発症しました?」
「三日前です」
「最初の患者は誰です?」
「猟師のゴードンさんです」
「年齢は?」
「四十二歳です」
レインは頭の中で整理していく。
「二人目は?」
「その翌日に雑貨屋の主人と、その娘さんです」
「家族ですか」
「いえ、別々です」
レインは眉をひそめた。
家族内感染なら分かりやすい。
しかし無関係の人間が続けて発症している。
何か共通点があるはずだ。
「食事会などはありましたか?」
「聞いていません」
「共同で使っている施設は?」
「井戸や集会所くらいですね」
井戸。
その単語をレインは記憶に留めた。
可能性の一つとして十分あり得る。
もちろん感染症かどうかもまだ分からない。
現段階で決めつけるのは危険だった。
しばらく進むと、雪村が見えてきた。
木造の家々が並ぶ小さな集落。
本来なら静かな村なのだろう。
しかし今日は違った。
村の入口には多くの住民が集まっていた。
誰もが不安そうな顔をしている。
医師団の姿を見つけた瞬間、人々の表情に希望が宿った。
「先生だ!」
「ドクトリーヌ先生が来てくれた!」
「助かった……!」
村人たちが駆け寄ってくる。
その様子を見てレインは違和感を覚えた。
思っていた以上に状況が深刻だ。
ただの風邪ならここまでの空気にはならない。
住民たちは本気で怯えている。
ドクトリーヌが杖を地面へ突いた。
「騒ぐんじゃないよ!」
その一声で場が静まる。
流石だった。
百年以上にわたってドラム王国を支えてきた医師。
その存在そのものが安心材料になっている。
「患者は何人いる?」
「今朝また一人増えました!」
「八人かい」
ドクトリーヌの目が鋭くなる。
増えている。
しかも医師団が到着するまでの間に。
決して楽観できる状況ではない。
「重症患者から案内しな」
「はい!」
村人たちが慌てて動き出す。
その時だった。
一人の若い母親が駆け寄ってくる。
腕の中には小さな子供がいた。
顔は赤く、苦しそうに息をしている。
レインは反射的に前へ出た。
「見せてください」
額に手を当てる。
熱い。
かなりの高熱だ。
呼吸も荒い。
咳も出ている。
「昨日からです!」
母親が泣きそうな声で言った。
「急に熱が出て……」
レインはすぐに診察を始める。
喉の状態。
呼吸音。
脈拍。
意識レベル。
一通り確認した後、ドクトリーヌを見る。
ドクトリーヌも診察を終えていた。
二人の視線が交わる。
「どう思う?」
ドクトリーヌが聞く。
「肺に炎症があります」
「私も同意見だ」
やはり咳だけではない。
肺まで症状が及んでいる。
ただし原因はまだ不明。
ドクトリーヌは医師団へ指示を出した。
「まず全患者の診察だ」
「はい!」
「症状の記録も取るんだよ」
「了解です!」
医師団が散っていく。
レインも立ち上がった。
今必要なのは推測ではない。
情報だ。
患者全員の年齢。
職業。
発症時期。
家族構成。
生活環境。
共通点を探し出す必要がある。
原因さえ分かれば治療方針も見えてくる。
レインは雪の降る村を見渡した。
村人たちの表情には不安が色濃く浮かんでいる。
この世界では病気は死と隣り合わせだ。
だからこそ医者がいる。
だからこそ自分はここにいる。
レインは診察鞄を持ち直した。
「先生」
「何だい」
「原因、必ず見つけましょう」
ドクトリーヌはニヤリと笑った。
「当たり前だろう」
百十三歳の名医と十四歳の天才医師。
二人は並んで歩き出す。
雪村で起きた原因不明の集団発熱。
その真相を突き止めるための長い一日が、今始まろうとしていた。