ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
雪村での診察が一段落した頃には、外はすっかり暗くなっていた。
窓の外では雪が静かに降り続いている。
村の集会所には暖炉の火が灯され、その周囲にドクトリーヌ、レイン、医師団の面々が集まっていた。
長机の上には今日一日で集めた診察記録が並べられている。
患者八名。
全員が高熱と激しい咳を訴えていた。
肺にも異常が見られる。
しかし、ここまで診察しても決定的な原因はまだ分からなかった。
ドクトリーヌは椅子に深く腰掛けながら杖を机へ立て掛ける。
「さて、報告しな」
その一言で医師団が順番に説明を始めた。
「一人目、猟師のゴードン。四十二歳。発症は三日前。高熱と咳、肺音に異常あり」
「二人目、雑貨屋の主人。五十一歳。発症は二日前」
「三人目、雑貨屋の娘。十四歳。発症は二日前」
報告が続いていく。
レインは黙って聞いていた。
ただ聞いているだけではない。
頭の中では情報を整理し続けている。
前世で営業として会社経営に携わっていた経験がある。
問題解決の基本は情報収集と分析だ。
原因不明の病気も本質的には同じだった。
全ての情報を書き出し、共通点を探す。
そこから仮説を立てる。
そして検証する。
やがて全員の報告が終わった。
室内に静寂が訪れる。
ドクトリーヌがレインを見る。
「何か見えたかい?」
その問いに、レインはすぐには答えなかった。
机の上に広げられた記録へ視線を落とす。
何度も読み返した内容だ。
それでも違和感がある。
「先生」
「何だい」
「まず確認したいことがあります」
レインは一枚の紙を取り上げた。
「家族全員が発症している患者はいますか?」
医師団の一人が答える。
「いません」
「誰一人?」
「ええ」
レインは頷いた。
やはりそうだった。
もし強い感染症なら家族内で広がっていてもおかしくない。
もちろん例外はある。
だが八人も患者がいて、一人も家族全員に広がっていないのは気になった。
ドクトリーヌも同じことを考えていたらしい。
「感染症なら少し妙だねぇ」
「はい」
レインは続ける。
「次に発症時期です」
三日前に一人。
二日前に二人。
昨日に二人。
今日に三人。
徐々に増えている。
爆発的な流行ではない。
だが確実に患者は増加している。
レインは地図を広げた。
昼間のうちに村人へ聞き取りを行い、患者の住居を書き込んでいた。
「こちらを見てください」
医師団が集まる。
地図を見た瞬間、一人が声を上げた。
「あれ?」
別の医師も気付いた。
「偏っているな」
患者の家が村の北側に集中している。
南側には患者がいない。
偶然とは思えなかった。
ドクトリーヌの目が細くなる。
「面白いね」
「俺もそう思います」
レインはさらに紙を取り出した。
「年齢は八歳から六十六歳まで」
「職業も違う」
「生活環境も違う」
「家族構成も違う」
一つずつ条件を潰していく。
共通点が見つからない。
いや、一つだけあった。
レインは村人への聞き取り結果を見せた。
「患者全員が同じ井戸を利用しています」
その瞬間、空気が変わった。
医師団が顔を見合わせる。
ドクトリーヌも腕を組んだ。
「井戸か」
「可能性は高いと思います」
もし水が原因なら説明がつく。
地域が偏る理由。
発症時期がずれる理由。
家族全員が感染していない理由。
全て繋がる。
だがまだ確定ではない。
その時だった。
集会所の隅にいた老人が突然声を上げる。
「あっ!」
全員が振り返った。
「どうした?」
ドクトリーヌが聞く。
老人は慌てて立ち上がった。
「そういえば、北側の共同井戸が凍ったんです」
「いつだい?」
「二週間ほど前です」
レインが身を乗り出した。
「それで?」
「それで皆、昔使っていた古い井戸を利用するようになったんです」
室内が静まり返る。
レインとドクトリーヌは顔を見合わせた。
「古い井戸?」
「はい」
老人は頷く。
「山の麓にあります」
「今まで使われていなかったのかい?」
「水量が少なくて普段は予備扱いでした」
レインは地図を確認する。
老人に場所を聞き、井戸の位置を書き込む。
そして患者の家と見比べる。
一致していた。
患者全員がその井戸を利用している。
偶然ではない。
少なくともレインにはそう思えた。
ドクトリーヌが笑う。
「臭ってきたねぇ」
「かなり」
百年以上の経験を持つ名医も同じ結論に近づいているらしい。
レインは考える。
もし井戸水が原因なら何だろう。
細菌。
寄生虫。
動物の死骸による汚染。
あるいは鉱物による中毒。
可能性はいくらでもある。
実際に調べなければ分からない。
その時だった。
バンッ!
集会所の扉が勢いよく開いた。
冷たい風と雪が吹き込んでくる。
若い村人が息を切らしながら飛び込んできた。
「先生!」
「何だい!」
「新しい患者です!」
全員が立ち上がる。
「症状は?」
レインが聞いた。
「高熱と咳です!」
また増えた。
状況は想像以上に深刻だった。
ドクトリーヌの表情が険しくなる。
「患者は誰だい?」
村人は答えた。
「井戸の管理をしていたトーマスさんです!」
その言葉を聞いた瞬間。
レインの背筋に電流が走った。
井戸の管理人。
つまり誰よりも井戸を利用していた人物。
ドクトリーヌも同じことを考えたらしい。
「ほう」
百十三歳の名医の目が鋭く光る。
レインも立ち上がった。
「先生」
「ああ」
「まず患者を診ましょう」
「その後で井戸だね」
二人は頷き合う。
原因はまだ断定できない。
だが確実に核心へ近づいている。
雪村で起きた集団発熱。
その裏には、誰も気付かなかった何かが隠されている。
レインは診察鞄を手に取った。
そしてドクトリーヌと共に集会所を飛び出す。
外では雪が降り続いていた。
しかし二人の視線は既に次の患者と、その先にある真実へ向けられていた。