ONE PIECE 〜船大工レイン〜   作:ペンギンって可愛いですよね

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第五十四話 「船大工の夢」

翌朝。

 

レインが工房へ向かうと、まだ朝日が昇りきっていないというのに、工房の周囲は妙に騒がしかった。

 

何事かと思いながら足を進める。

 

すると、聞き覚えのある豪快な笑い声が風に乗って聞こえてきた。

 

「ワッハッハッハッハ!」

 

レインは思わず額へ手を当てた。

 

嫌な予感しかしない。

 

工房の扉を開けると、案の定だった。

 

トムがいた。

 

しかも既に工房の中を歩き回り、あちこちの道具を眺めている。

 

「工房長!」

 

従業員の一人が助けを求めるような顔で駆け寄ってきた。

 

「どうした?」

 

「この人、朝からずっと見学してるんです!」

 

「いつ来たんですか?」

 

レインが尋ねると、トムは振り返りながら笑った。

 

「日の出と同時だ!」

 

「早すぎません?」

 

「面白ぇ工房があるんだぞ?」

 

トムは当然だろうと言わんばかりの顔をする。

 

「船大工なら見たいに決まってるじゃねぇか!」

 

レインはため息を吐いた。

 

だが、不思議と嫌な気はしなかった。

 

むしろ、自分が初めて鍛冶屋へ入った日のことを思い出す。

 

あの頃の自分も、似たような顔をしていたのかもしれない。

 

その日、トムは本当に朝から工房を歩き回っていた。

 

変形滑車の前で立ち止まり、仕組みを確認する。

 

歯車を手に取り、加工精度を確かめる。

 

工具棚を眺めては感心したように唸る。

 

計算機を見つければ実際に動かしてみる。

 

その姿は、まるで宝箱を見つけた子供だった。

 

「面白ぇなぁ……」

 

トムは感心したように呟く。

 

「この工房、どこを見ても面白ぇ」

 

「ありがとうございます」

 

「褒めてるぞ?」

 

「分かってます」

 

レインが笑うと、トムも豪快に笑った。

 

職人同士だからこそ分かる感覚がある。

 

良い道具を見た時。

 

良い技術を見た時。

 

自然と胸が高鳴るのだ。

 

昼を過ぎた頃。

 

トムは工房二階の事務室へやって来た。

 

机の上には、例の設計図が広げられている。

 

昨日見つかった飛行機の設計図だった。

 

トムは無言で椅子へ座る。

 

レインも向かいへ腰を下ろした。

 

部屋の空気が少し変わる。

 

先ほどまでの見学とは違う。

 

ここからは本題だった。

 

トムは設計図を見つめながら口を開く。

 

「まず聞く」

 

「はい」

 

「本気か?」

 

その問いに迷いはなかった。

 

「本気です」

 

レインは即答する。

 

するとトムは満足そうに笑った。

 

「だろうな」

 

本気でなければ、ここまで描けない。

 

それは船大工であるトムにも分かっていた。

 

設計図には迷いがなかった。

 

思いつきではない。

 

長い時間をかけて考え抜かれた跡があった。

 

トムは図面を一枚ずつ確認していく。

 

主翼。

 

胴体。

 

推進機構。

 

材料候補。

 

試算。

 

計算。

 

メモ書き。

 

レインが十歳まで積み上げてきた思考が、そのまま紙の上へ刻まれていた。

 

やがてトムは図面から顔を上げる。

 

「無理だな」

 

その言葉にルークが肩を落とした。

 

父も苦笑する。

 

だがレインだけは冷静だった。

 

予想通りだったからだ。

 

「理由は三つある」

 

トムは指を立てる。

 

「材料」

 

一本目。

 

「動力」

 

二本目。

 

「加工技術」

 

三本目。

 

そして図面を指差した。

 

「考え方は面白ぇ」

 

「構造も悪くねぇ」

 

「だが今の技術じゃ届かねぇ」

 

レインは静かに頷いた。

 

否定されたわけではない。

 

現実を指摘されているだけだ。

 

だから素直に聞ける。

 

むしろ今までで一番有意義な意見だった。

 

トムは次々と問題点を挙げていく。

 

ここは強度不足。

 

ここは重量過多。

 

ここは加工精度が足りない。

 

ここは材料が存在しない。

 

どれも的確だった。

 

そして何より驚いたのは、その全てを理解していることだった。

 

今まで飛行機の話をしても、大抵の人は首を傾げるだけだった。

 

だがトムは違う。

 

理解した上で問題点を指摘している。

 

つまり、実現できる可能性を前提に考えているのだ。

 

レインは自然と前のめりになっていた。

 

気付けば二人は図面を囲みながら議論していた。

 

船体構造。

 

空気抵抗。

 

重量配分。

 

推進機構。

 

気付けば何時間も経っていた。

 

いつの間にかルークはいなくなっていた。

 

父も仕事へ戻っている。

 

残っているのはレインとトムだけだった。

 

窓の外を見ると、空は赤く染まり始めている。

 

夕暮れだった。

 

それでも二人の話は尽きない。

 

トムは図面を眺めながら言った。

 

「お前、本当に船大工だな」

 

レインは首を傾げる。

 

「飛行機ですよ?」

 

「違う」

 

トムは笑った。

 

「お前が作ろうとしてるのは船だ」

 

レインは黙る。

 

トムは続けた。

 

「海を渡る船」

 

「空を渡る船」

 

「違いはそこだけだ」

 

その言葉は妙に胸へ響いた。

 

飛行機。

 

そう呼んでいた。

 

だが確かに本質は同じかもしれない。

 

人を運ぶ。

 

荷物を運ぶ。

 

夢を運ぶ。

 

その役目は船と変わらない。

 

しばらくして、トムは窓の外へ目を向けた。

 

赤く染まる海を眺めながら、ふと尋ねる。

 

「レイン」

 

「はい」

 

「お前の夢は何だ?」

 

レインは少しだけ考えた。

 

だが答えは決まっていた。

 

前世から変わらない。

 

この世界へ来ても変わらない。

 

「世界中を自由に飛べる船を作ることです」

 

迷いなく答える。

 

トムは数秒黙った。

 

そして。

 

「ワッハッハッハッハ!」

 

豪快に笑った。

 

港まで響きそうな大声だった。

 

「いい夢じゃねぇか!」

 

レインは少し意外そうな顔をする。

 

「馬鹿にしないんですね」

 

「何で馬鹿にする必要がある?」

 

トムは本気で不思議そうだった。

 

「夢なんて大きい方が面白ぇだろ!」

 

その言葉にレインも笑った。

 

確かにその通りだ。

 

夢に遠慮はいらない。

 

帰り際、トムは設計図を丁寧に畳み、レインへ返した。

 

「無理だ」

 

レインは苦笑する。

 

やはりそうか。

 

だが次の言葉は予想外だった。

 

「今はな」

 

レインの目が見開く。

 

トムはニヤリと笑った。

 

「材料が足りねぇ」

 

「技術も足りねぇ」

 

「だが不可能じゃねぇ」

 

その一言が何より嬉しかった。

 

初めてだった。

 

夢を理解し、否定せず、可能性を認めてくれた人は。

 

レインは静かに頭を下げる。

 

「ありがとうございます」

 

トムは豪快に笑った。

 

「礼は完成してから言え!」

 

そして港へ向かって歩き出す。

 

数歩進んだところで振り返った。

 

「明日も来るぞ!」

 

「またですか?」

 

「当たり前だ!」

 

夕日に照らされたトムの笑い声が響く。

 

その背中を見送りながら、レインは思った。

 

この出会いは間違いなく大きい。

 

技術を教えてくれる師匠ではない。

 

だが、夢を笑わずに聞いてくれる船大工だった。

 

そしてそれは、レインが初めて出会った、本当の意味での同業者だった。

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