ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
トムが島を去ってから一週間が過ぎた。
レイン工房は今日も忙しい。
朝から依頼人が訪れ、従業員達はそれぞれの持ち場で働いている。
採掘場からの注文。
港の修理依頼。
農具の製作。
会計の確認。
工房長であるレインの机には、相変わらず書類が積み上がっていた。
十歳になった今、工房の経営はほとんど軌道に乗っている。
ルークは製作と修理の中心となり、従業員達も頼もしく育っていた。
三年前とは比べ物にならないほど工房は成長している。
だが、その一方でレインの心には別の悩みが生まれていた。
工房二階の事務室。
レインは椅子へ腰掛けながら窓の外を眺めていた。
視線の先には海が広がっている。
その向こうにはウォーターセブンがあり、グランドラインがあり、まだ見ぬ世界がある。
トムと出会ってから、その世界への憧れは以前よりも強くなっていた。
もっと多くの技術を見たい。
もっと優秀な船大工と話したい。
もっと広い世界を知りたい。
その気持ちに嘘はなかった。
しかし、同時に一つの現実も見えている。
「このままじゃ無理だよな……」
レインは小さく呟いた。
ここはONE PIECEの世界だ。
平和な日本ではない。
海には海王類がいる。
海賊がいる。
海軍がいる。
悪魔の実の能力者がいる。
覇気を扱う怪物達もいる。
前世の知識があるからこそ、その恐ろしさがよく分かる。
今のレインは島では有名人だ。
工房長として成功している。
商人達の間でも名前が広まり始めている。
だが、それは島の中での話だった。
もし今、一人で海へ出たらどうなるだろう。
普通の海賊相手でも危険だ。
能力者が相手ならさらに厳しい。
グランドラインへ行けば、そんな相手が当たり前のように存在する。
技術だけでは生き残れない。
それがこの世界の現実だった。
「力が必要か……」
レインは椅子へ深く座った。
もちろん何もしてこなかったわけではない。
六歳の頃から毎朝走り込みを続けている。
筋力トレーニングも欠かしていない。
前世の知識を活かしながら、無理なく継続できる範囲で体を鍛えてきた。
その成果も確かに出ていた。
今では島の大人達と比べても体力だけなら上位に入る。
父からも驚かれることがある。
同年代の子供に負ける気は全くしなかった。
だが、それで満足できるほど、レインは楽観的ではない。
今の体力は一般人として見れば十分だ。
しかし、レインが目指しているのは一般人の世界ではない。
世界だ。
海だ。
怪物達が跋扈するこの世界で生き抜くには、今のままでは圧倒的に足りない。
レインは腕を組みながら考え込む。
剣術を学ぶか。
武術を学ぶか。
どこかに師匠を探すか。
様々な案が頭をよぎる。
そんな時だった。
ふと、前世の記憶が蘇る。
海軍の英雄。
モンキー・D・ガープ。
そして、その弟子達。
クザン。
コビー。
彼らが行っていた修業の一つが頭に浮かんだ。
「軍艦バッグ……」
思わず口に出る。
覇気を使わない。
悪魔の実も使わない。
ただひたすら軍艦を殴り続ける。
前世で初めて見た時は正気を疑った。
いや、今思い返しても正気とは思えない。
普通の人間なら拳が先に壊れる。
どう考えても狂気の修業だった。
だが、その結果は凄まじい。
ガープは海軍の英雄になった。
クザンは海軍大将になった。
コビーも短期間で異常な成長を遂げている。
少なくとも効果が無いとは言えない。
むしろ効果しかない。
問題は真似する人間の正気だけである。
「いや、待てよ……」
レインはゆっくり立ち上がった。
そして窓の外を見る。
港。
造船所。
解体場。
その隅には大量の廃船が積み上げられている。
船大工の島だから当然だった。
古くなった船。
壊れた船。
修理する価値が無くなった船。
解体待ちの船なら山ほどある。
レインは数秒間その光景を見つめていた。
そして、一つの結論へ辿り着く。
「練習台には困らないな……」
その日の夕方。
レインは一人で解体場へ足を運んでいた。
職人達は既に作業を終えている。
辺りには役目を終えた船が静かに並んでいた。
近付いてみると改めて思う。
大きい。
前世の感覚なら小さな家のようなものだ。
そんな物を拳で殴る。
正気の沙汰ではない。
「ガープって本当に何なんだ……」
思わず苦笑する。
だが、その表情はどこか楽しそうでもあった。
レインは目の前の廃船を見上げた。
今すぐ殴るつもりはない。
まずは計画を立てる。
無理はしない。
怪我をして工房の仕事へ支障が出れば本末転倒だ。
だが、始める価値はある。
そう思えた。
トムは言っていた。
もっと世界を見ろと。
ウォーターセブンへ来いと。
そのためには海へ出る必要がある。
そして海へ出るためには、生き残る力が必要だ。
技術だけでは足りない。
知識だけでも足りない。
この世界では、自分自身の力が必要になる。
レインは静かに拳を握った。
まだ小さな拳だ。
だが、その目には確かな決意が宿っている。
「よし」
誰もいない解体場で小さく呟く。
「まずは強くなるか」
十歳の工房長。
発明家。
船大工。
そしてこれから、レインは初めて本気で自分自身を鍛える決意を固めたのだった。