ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
レインが初めて船をへこませた翌日、工房ではいつも通り仕事が行われていた。
朝から依頼人が訪れ、従業員達は慌ただしく動き回っている。
修理依頼の確認、新しい注文の見積、納品の準備、レイン工房は今日も忙しかった。
だが、その中で一人だけ落ち着かない人物がいた。
ルークだった。
昨日見た光景が頭から離れないのである。
解体場。
包帯だらけの拳。
三か月間続けた修業。
そして船のへこみ。
あの光景を見てしまった以上、何事も無かったようには過ごせなかった。
レインは工房長だ。
発明家だ。
設計者だ。
毎日誰よりも忙しい。
それなのに仕事が終わった後も二時間修業を続けている。
しかも三か月間。
ルークにはそれが衝撃だった。
昼休み。
従業員達が食堂へ向かった頃。
ルークは意を決してレインへ声を掛けた。
「レインさん」
「ん?」
レインは書類から顔を上げる。
その手には今日も包帯が巻かれていた。
「俺もやります」
レインは一瞬だけ目を丸くした。
だが、すぐに何のことか理解したらしい。
「軍艦バッグか?」
「はい」
ルークは真剣だった。
冗談ではない。
本気だった。
しかし、レインは首を横へ振る。
「やめておけ」
即答だった。
ルークは少し驚く。
反対されるとは思っていなかった。
「どうしてですか?」
「どうしても何もない」
レインはルークの両手を見る。
職人の手だった。
毎日工具を握り、金属を削り、修理を行う。
工房の中心を支える手だ。
「お前は俺と違う」
「違いません」
「違う」
レインははっきりと言った。
「工房で製作と修理を任せられる人間が何人いる?」
ルークは答えられない。
「お前は技術の責任者だろ」
「その手は大事だ」
「俺以上にな」
それは本心だった。
レインは設計ができる。
経営もできる。
営業もできる。
だが、現場を支える職人は簡単には育たない。
ルークは既に工房に欠かせない存在になっていた。
だが、ルークも引かなかった。
「レインさん」
「何だ?」
「俺も世界を見たいです」
レインが少しだけ黙る。
ルークは続けた。
「トムさんの話を聞いて思ったんです」
「ウォーターセブンも見てみたい」
「もっと腕を磨きたい」
「もっと色んな技術を見たい」
そして少しだけ笑った。
「レインさんが海へ出るなら、俺も付いて行きたいです」
その目に迷いは無かった。
しばらく沈黙が続く。
やがてレインは小さくため息を吐いた。
「痛いぞ」
「覚悟してます」
「かなり痛いぞ」
「覚悟してます」
「泣くかもしれないぞ」
「……覚悟してます」
少しだけ声が弱くなった。
レインは思わず笑う。
ルークも苦笑した。
そして、
「分かった」
レインは頷いた。
「ただし自己責任だ」
「はい!」
ルークは嬉しそうに返事をした。
その日の仕事終わり、二人は解体場へ向かっていた。
夕日に照らされた廃船が並んでいる。
レインにとっては見慣れた景色だった。
ルークにとっては違う。
昨日見た時よりも、船がずっと大きく見えた。
近付けば近付くほど理解する。
こんな物を殴るのか。
正気じゃない。
本気でそう思った。
「これだ」
レインが立ち止まる。
ルークは船体へ手を触れた。
硬い。
当たり前だ。
海を渡るために作られた船である。
柔らかいわけがない。
「本当にこれを殴るんですか?」
「殴る」
「本当に?」
「本当に」
ルークは少しだけ帰りたくなった。
レインは拳へ包帯を巻き直す。
軽く構える。
そして拳を打ち込んだ。
ドンッ!
鈍い音が響く。
船体が僅かに揺れる。
ルークは目を見開いた。
昨日は気付かなかった。
船体には確かにへこみがある。
ほんの僅かだ。
だが間違いなくへこんでいる。
三か月前は傷一つ付かなかったという。
つまり、本当に成長しているのだ。
「次、お前」
レインが言う。
ルークは覚悟を決めた。
深呼吸する。
拳を握る。
そして、思い切り殴った。
ドゴッ!
鈍い音が響く。
次の瞬間。
激痛が走った。
「っっっっ!!」
拳が砕けたと思った。
慌てて手を引く。
涙が滲む。
いや、普通に泣きそうだった。
痛い。
とにかく痛い。
意味が分からないほど痛い。
「大丈夫か?」
レインが聞く。
「大丈夫じゃないです!」
ルークは即答した。
拳を見る。
幸い折れてはいない。
だが痛い。
船を見る。
当然ながら傷一つ付いていない。
完全敗北だった。
ルークは改めて船を見る。
そしてレインを見る。
さらに船を見る。
またレインを見る。
何度も視線が往復する。
理解できない。
三か月前、レインも同じだったらしい。
泣きそうになったらしい。
だが今は違う。
船をへこませている。
毎日仕事が終わった後に二時間。
それを三か月続けた結果だ。
(この人、本当に何なんだろう……)
ルークは心の底からそう思った。
最初は変な人だと思っていた。
年下なのに工房長。
面接の時も、大人みたいな受け答えをしていた。
正直、その時は半信半疑だった。
だが工房へ入ってから何度も驚かされた。
見たこともない道具を作る。
誰も思い付かない発想をする。
ガレスのような大商人と対等に話す。
島の制度まで変えてしまう。
そして今は船を殴っている。
本当に意味が分からない。
それなのに結果を出している。
(俺より三歳も年下なんだよな……)
ルークは改めてレインを見る。
十歳の少年。
それなのに、自分はずっとその背中を追い掛けている気がした。
悔しいとは思わない。
むしろ誇らしかった。
この人について行けば、きっと面白い景色が見られる。
そんな確信があった。
「レインさん」
「ん?」
「やっぱり凄いですね」
レインは首を傾げた。
「そうか?」
「そうですよ」
ルークは苦笑する。
本人は気付いていない。
だが、それがレインらしかった。
夕日が沈んでいく。
ルークは痛む拳を見つめた。
正直、二発目は殴りたくない。
だが、レインは三か月続けた。
なら、自分も続けてみよう。
そう思った。
「……もう一回やります」
「おう」
レインが笑う。
こうして解体場には再び鈍い音が響き始めた。
世界へ出るために。
もっと強くなるために。
そして、いつかレインと共に海へ出るために。
ルークもまた、新たな一歩を踏み出したのだった。