ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
ルークが軍艦バッグへ参加してから一か月が経った。
結果から言えば、ルークは船を殴るのを諦めていた。
正確には、一時中断である。
「無理です」
ある日の訓練中、ルークは真顔でそう言った。
解体場に並ぶ廃船を前に、両拳へ巻かれた包帯を見つめる。
まだ痛い。
というか普通に痛い。
一か月続けても痛いものは痛い。
レインのように毎日船を殴り続けるのは、現時点では無理だと判断した。
職人として手も大切である。
無茶をして怪我をしては本末転倒だった。
レインも反対はしなかった。
むしろ当然だと思っている。
自分がおかしいだけで、ルークの判断は正しい。
「じゃあどうするんですか?」
「段階を踏めばいい」
レインは解体場の隅に積まれた木材を指差した。
「まずはこっちからだな」
その日からルークは木材相手に拳を打ち込むようになった。
船ではない。
ただの木材だ。
それでも十分痛い。
ルークは毎日泣きそうな顔になりながら続けていた。
一方のレインは違った。
船だった。
相変わらず船を殴っている。
毎日だ。
工房の仕事を終えた後、二時間。
休みの日はさらに長い。
六歳から続けていた走り込みと筋トレも継続している。
今では生活の一部になっていた。
そんなある日。
季節は少しずつ冬へ近付いていた。
仕事を終えたレインとルークは、いつものように解体場へやって来る。
夕日が海を赤く染めている。
レインは包帯を巻き直しながら船の前へ立った。
もう何千発殴ったのか分からない。
最初の頃のような恐怖は無い。
痛みもある。
だが慣れていた。
ルークは少し離れた場所で木材を殴っていた。
ドン。
ドン。
ドン。
まだ船を殴るには早い。
本人もそう思っている。
だから焦らない。
まずは土台だ。
レインから何度も聞かされている。
基礎が大事だと。
「ふっ!」
レインが拳を打ち込む。
ドンッ!
鈍い音が響く。
さらにもう一発。
ドンッ!
船体が僅かに揺れる。
以前ならそれで終わりだった。
だが、その日は違った。
パキッ
小さな音が聞こえた。
本当に小さな音だった。
レインは一瞬だけ動きを止める。
「ん?」
気のせいかと思った。
だが違う。
目の前の船体を見た瞬間。
レインの目が見開かれる。
船板に線が入っていた。
細い。
本当に細い。
しかし確かに存在する一本の亀裂。
「……」
レインは固まった。
数秒。
動けなかった。
「レインさん?」
ルークが近付いてくる。
反応が無かったからだ。
そして船を見る。
亀裂を見る。
もう一度見る。
さらに見る。
「え?」
ルークが間抜けな声を出した。
「入った」
レインが呟く。
「入りましたね」
ルークも呟く。
二人とも現実感が無かった。
レインは船体へ近付く。
指で触れる。
間違いない。
傷ではない。
へこみでもない。
木材が割れ始めている。
「おお……」
思わず声が漏れた。
嬉しい。
純粋に嬉しい。
三か月前。
初めて船を殴った時。
拳が折れたと思った。
傷一つ付かなかった。
それが今、ついに船板へ亀裂を入れた。
確かな成長だった。
「いやいやいや」
ルークが首を振る。
「ちょっと待ってください」
「何だ?」
「待ってください」
本当に待ってほしかった。
一か月前。
自分が初めて船を殴った時。
泣きそうになった。
今でも船を殴る気になれない。
だから木材で練習している。
それなのに、目の前の十歳児は船を割り始めている。
意味が分からない。
「レインさん」
「ん?」
「本当に人間ですか?」
「失礼だな」
レインは笑った。
だがルークは笑えない。
割と本気で聞いていた。
レインは再び拳を握る。
深呼吸する。
そして、もう一発。
ドンッ!!
拳を打ち込んだ。
パキパキパキッ!
今度ははっきり聞こえた。
亀裂が広がる。
船板が悲鳴を上げる。
そして。
バキッ!!
木片が弾け飛んだ。
船板が一枚割れた。
完全に。
綺麗に。
拳だけで。
解体場が静まり返る。
レインも。
ルークも。
数秒動かなかった。
「……割れた」
レインが呟く。
「割れましたね」
ルークも呟く。
嬉しかった。
とてつもなく嬉しかった。
拳は痛い。
腕も痛い。
何度もやめようと思った。
それでも続けた。
その結果が目の前にある。
レインは割れた船板を見つめながら、小さく笑った。
「少し強くなったな」
その横で、ルークは改めて思う。
(この人、本当に何なんだろう……)
夕日に照らされた解体場で、十歳の船大工は、確かな成長の証を手にしていた。