ONE PIECE 〜船大工レイン〜   作:ペンギンって可愛いですよね

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第八十三話 「英雄の置き土産」

 

ガープが島に滞在して三日目。

 

ついに海軍が出港する日となった。

 

朝の港はいつも以上に賑わっていた。

 

海兵達は慌ただしく軍艦の周囲を行き来し、補給品の積み込みや船体の最終点検を行っている。

 

軍艦というだけあって、その規模は商船とは比較にならない。甲板の上では海兵達が整列し、出港の準備を進めていた。

 

島民達も多く集まっている。

 

たった三日間の滞在だった。

 

しかし、海軍の英雄と呼ばれる男の存在感は圧倒的だった。

 

鉄斧海賊団との戦いを経験したばかりの島民達にとって、ガープという男は安心感の象徴でもあったのである。

 

レインも港へ来ていた。

 

隣には父がいる。

 

少し離れた場所にはルーク。

 

長老も杖をつきながら軍艦を眺めていた。

 

ガープは軍艦の前に立ち、大きく笑う。

 

「世話になったのう!」

 

その声だけで港中に響き渡る。

 

レインは思わず苦笑した。

 

「世話した覚えはあまり無いですけどね」

 

その言葉に海兵達が一斉に頷く。

 

「それは本当にそうです」

 

「むしろこちらが振り回されました」

 

「中将はいつも通りでしたけどね……」

 

疲れ切った顔でそう言う海兵達に、周囲から笑いが起きる。

 

ガープ本人は全く気にしていない。

 

「ぶわっはっはっ!」

 

豪快な笑い声だけが港へ響く。

 

やはりこの人は自由だな、とレインは改めて思った。

 

海軍本部中将。

 

海軍の英雄。

 

誰もが恐れる怪物。

 

そのはずなのに、どこか近所の豪快な爺さんのようにも見えてしまう。

 

もっとも、その正体を知っているレインからすれば、そんな認識は大間違いなのだが。

 

その時だった。

 

「そうじゃ」

 

ガープが何かを思い出したように言う。

 

その表情を見た瞬間、レインの中で警報が鳴った。

 

嫌な予感しかしない。

 

今までの経験上、この男がこういう顔をした時に碌なことは起きない。

 

「何ですか?」

 

警戒しながら聞く。

 

するとガープは満面の笑みを浮かべた。

 

「この島に看板を置こう」

 

港が静まり返った。

 

長老が首を傾げる。

 

「看板?」

 

「そうじゃ」

 

ガープは当然のように頷く。

 

「わしの名前を書いた看板じゃ」

 

レインは思わず額を押さえた。

 

やっぱり碌なことではなかった。

 

「ちょっと待ってください」

 

「何じゃ?」

 

「その顔、絶対ろくでもないこと考えてますよね?」

 

「失礼じゃな」

 

全く否定になっていない。

 

海兵達も揃って遠い目をしていた。

 

どうやら彼らも同じ感想らしい。

 

そしてガープは海兵達へ向かって手を振った。

 

「おい、持って来い」

 

「え、本当にあるんですか!?」

 

レインの叫びに海兵達が苦笑する。

 

「あります」

 

「何でですか!?」

 

「中将ですから……」

 

諦めたような返事だった。

 

数人の海兵が倉庫の奥から大きな木板を運んでくる。

 

嫌な予感しかしない。

 

そして港の入口近くへ看板が立てられた。

 

そこに書かれていた文字を見た瞬間、レインは固まった。

 

海軍本部中将

 

モンキー・D・ガープ

 

来訪の島

 

沈黙。

 

数秒後。

 

父が吹き出した。

 

「ぶっ!」

 

ルークも肩を震わせている。

 

長老も必死に笑いを堪えていた。

 

周囲の島民達も次々と笑い始める。

 

レインは頭を抱えた。

 

「余計に恥ずかしいです!!」

 

港が爆笑に包まれた。

 

ガープだけは満足そうである。

 

「良いではないか」

 

「良くないですよ!」

 

「海賊避けになるぞ」

 

その一言でレインは黙った。

 

ガープの表情から笑みが消える。

 

先ほどまでの冗談めいた空気が少しだけ変わった。

 

「鉄斧海賊団を追い返したとはいえ、お前達はまだ弱い」

 

誰も反論しなかった。

 

レインも分かっている。

 

数日前、ガープとの手合わせで思い知らされたばかりだ。

 

バルドに勝ったことで少しだけ自信を持っていた。

 

だが、その自信はガープのデコピン一発で粉々に砕かれた。

 

海は広い。

 

世界は広い。

 

そして自分はまだ井の中の蛙だ。

 

「わしの名前を見て襲う海賊はそうおらん」

 

ガープは看板を見ながら言った。

 

「少なくとも東の海ではな」

 

長老が腕を組む。

 

父も真剣な顔になった。

 

それは事実だった。

 

ガープという名前は絶対的な抑止力になる。

 

鉄斧海賊団より強い海賊は東の海にもいるだろう。

 

だが、その海賊達ですらガープの名前を見れば躊躇する。

 

レインは看板を見る。

 

正直に言えば嫌だった。

 

もの凄く嫌だった。

 

恥ずかしい。

 

できることなら今すぐ燃やしたい。

 

しかし、理屈では正しい。

 

島を守れる。

 

家族を守れる。

 

従業員を守れる。

 

工房を守れる。

 

経営者として考えるなら、断る理由は存在しなかった。

 

長老が静かに尋ねる。

 

「どうするのじゃ?」

 

レインは深くため息を吐いた。

 

そして肩を落とす。

 

「……置きましょう」

 

ガープが満足そうに笑う。

 

「賢いのう」

 

「勘違いしないでください」

 

レインは看板を指差した。

 

「今のままじゃ実力不足だからです」

 

「いつか必要なくなるくらい強くなります」

 

港が静まり返る。

 

ガープは少し驚いたような顔をした。

 

そして次の瞬間。

 

豪快に笑い出した。

 

「ぶわっはっはっ!」

 

周囲もつられて笑う。

 

ガープはレインの肩を叩いた。

 

「そうか!」

 

「なら頑張れ!」

 

その言葉は不思議と素直に胸へ入ってきた。

 

やがて出港の時間が来る。

 

海兵達が持ち場へ戻り、軍艦の錨が上げられる。

 

ゆっくりと軍艦が港を離れていった。

 

「達者でな!」

 

ガープが大声で手を振る。

 

島民達も一斉に手を振り返した。

 

レインも小さく頭を下げる。

 

短い時間だった。

 

だが学んだことは多い。

 

軍艦は少しずつ遠ざかり、やがて水平線の向こうへ消えていった。

 

港に静寂が戻る。

 

レインは一人、看板の前へ歩いていく。

 

海軍本部中将。

 

モンキー・D・ガープ。

 

来訪の島。

 

改めて見ても恥ずかしい。

 

むしろ時間が経つほど恥ずかしくなってくる。

 

「いつか絶対に外してやる」

 

誰にも聞こえないように呟く。

 

今は借りる。

 

だが、いつまでも借りるつもりはない。

 

自分達の力だけで島を守れるようになる。

 

そのためにはもっと強くならなければならない。

 

もっと速く。

 

もっと賢く。

 

もっと強く。

 

その日の夜。

 

レインは工房の机に向かっていた。

 

目の前には一枚の紙。

 

そこへ新しい修行計画を書き込んでいく。

 

長距離走。

 

山登り。

 

水泳。

 

基礎体力の強化。

 

軍艦バッグの継続。

 

筋力だけでは足りない。

 

ガープに教えられたことだった。

 

海は広い。

 

世界は大きい。

 

ならば、その世界へ出る準備をしなければならない。

 

レインはペンを置く。

 

そして窓の外に見える夜空を見上げた。

 

まだ見ぬ海。

 

まだ見ぬ強者達。

 

まだ見ぬ世界。

 

考えるだけで胸が高鳴る。

 

やるべきことは山ほどある。

 

だからこそ面白い。

 

レインは小さく笑った。

 

新しい目標ができた夜だった。

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