ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
「森で狩り?」
朝食の席で父が首を傾げた。
レインはパンをかじりながら頷く。
「修行の一環だよ」
「修行ねぇ……」
父は少し考え込む。
レインが最近修行に力を入れていることは知っていた。
毎朝の走り込みも続いている。
体つきも以前より引き締まってきた。
しかし、狩りとなると話は別だ。
「一人で行くのか?」
「そのつもり」
「危なくないかしら?」
母が心配そうに尋ねる。
レインは笑った。
「森の奥には行かないよ」
もちろん嘘ではない。
少なくとも最初から奥へ向かうつもりはなかった。
今日の目的は強い獣を倒すことではない。
生き物を見つけること。
追跡すること。
そして捕まえることだ。
今世では、技術者として生きてきたし、前世でも狩りの経験は一度もない。
知識はある。
本で読んだこともある。
動画で見たこともある。
だが実際にできるかは別問題だった。
食事を終えると、小さなナイフとロープを持って家を出る。
工房には今日は顔だけ出した。
ルークに事情を説明すると、少し驚いた顔をされた。
「狩りですか?」
「うん」
「突然ですね」
「修行の方向性を変えてみようと思ってさ」
ルークは少し考えた後、真面目な顔で言った。
「お気を付けて行ってきてください」
「大丈夫だよ」
そう言って森へ向かう。
久しぶりに一人で歩く森は妙に新鮮だった。
木々の間を風が抜ける。
鳥の鳴き声が聞こえる。
前世の日本の森とも少し違う。
生き物の気配が濃い。
レインは歩きながら周囲を観察した。
足跡。
折れた枝。
獣道。
今まで何となく見ていた景色が違って見える。
「なるほどな……」
知識と現実が繋がる感覚だった。
しばらく歩いていると、小さな鳥を見つけた。
枝の上で羽を休めている。
レインはゆっくり近づく。
足音を殺し、慎重に距離を詰める。
あと少し、そう思った瞬間だった。
バサッ!
鳥は空へ飛び立った。
「うわっ!」
完全に逃げられた。
レインは呆然と空を見上げる。
「難しいな……」
知識では知っていた。
鳥は警戒心が強い。
だが実際にやると想像以上だった。
気配を消しているつもりでも、相手には伝わってしまう。
それから何度も挑戦した。
結果は全敗。
鳥には逃げられる。
ウサギには気付かれる。
気付けば昼になっていた。
木陰に座りながら水を飲む。
「甘く見てたな」
思わず苦笑する。
前世で営業や経営をしていた頃もそうだった。
知識だけでは上手くいかない。
実際にやってみて初めて分かることがある。
狩りも同じだった。
休憩を終えたレインは再び立ち上がる。
そして今度は追いかけるのではなく、待つことにした。
獣道の近くに身を潜める。
風向きを確認する。
音を立てない。
ひたすら待つ。
十分。
二十分。
三十分。
正直かなり退屈だった。
だが、その時だった。
ガサッ。
草むらが揺れる。
レインは息を止めた。
現れたのは小さな野ウサギだった。
周囲を警戒しながら草を食べている。
距離は近い。
今までで一番近い。
レインはゆっくり動いた。
焦らない。
慌てない。
そして――
バッ!
飛び出した。
ウサギが驚いて逃げる。
だが距離が近すぎた。
レインは転がるように飛び込み、そのまま両手で捕まえた。
「よし!」
思わず声が出る。
初めてだった。
本当に初めて自分の力で獲物を捕まえた。
ウサギは必死に暴れている。
その感触は思っていたより温かかった。
レインはしばらく黙っていた。
命だ。
当たり前のことだが、改めて実感する。
スーパーに並んでいる肉ではない。
今、自分の腕の中にあるのは生きている命だった。
「いただきます」
小さく呟く。
それは前世から変わらない感謝の言葉だった。
夕方。
レインは獲物を持って森を歩いていた。
成果はウサギ一匹。
決して大きな成果ではない。
それでもゼロではない。
確かな一歩だった。
「これじゃ海賊相手には全然足りないけどな」
苦笑しながら歩く。
だが確実に成長している。
そんな実感があった。
その時だった。
ふと地面に違和感を覚える。
足を止める。
視線を落とす。
そこには大きな窪みがあった。
最初はただの地面の凹みかと思った。
しかし違う。
よく見ると形がある。
足跡だ。
レインはしゃがみ込んだ。
そして目を見開く。
「……でかいな」
自分の頭より大きい。
熊だろうか。
いや、そんなサイズではない。
少なくともレインの知る生き物ではなかった。
しかも一つではない。
奥へ向かって続いている。
森のさらに深い場所へ。
夕日が木々の隙間から差し込む。
風が吹いた。
その瞬間だった。
遠くの森の奥から、聞いたことのない低い咆哮が響いた。
ゴォォォォォッ!!
空気が震える。
鳥達が一斉に飛び立った。
レインは無意識に息を呑む。
本能が告げていた。
近付くな、と...
「……なんだ、今の」
呟きながら森の奥を見つめる。
そこには何も見えない。
だが確かに何かがいる。
島の誰も知らない何かが。
レインは巨大な足跡を見下ろした。
そして静かに笑う。
恐怖はあった。
だがそれ以上に好奇心が勝っていた。
「面白そうじゃないか」
夕日に照らされた森の奥。
その闇の向こうにいる何かとの出会いは、もう遠くなかった。