ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
昨夜見つけた巨大な足跡のことが、レインの頭から離れなかった。
朝食の席でも考えてしまう。
パンを口へ運びながら、何度もあの足跡を思い出していた。
自分の頭より大きな足跡。
そして森の奥から聞こえてきた咆哮。
どう考えても普通ではない。
「何か考え事か?」
父が尋ねる。
レインは少し迷った後、正直に話すことにした。
「昨日、森で変な足跡を見つけたんだ」
「足跡?」
「ああ」
レインは大きさを説明する。
すると父の表情が少しだけ変わった。
ほんの僅かな変化だったが、レインは見逃さなかった。
「知ってるのか?」
父は腕を組んだ。
「知ってると言うか……聞いたことはある」
「聞いたこと?」
「昔からある噂話だ」
噂話...
その言葉にレインの興味がさらに強くなる。
父は少し考え込んでから話し始めた。
「俺が子供の頃には既に言われていた」
「何を?」
「森の奥には主がいるってな」
レインは思わず身を乗り出す。
「主?」
「ああ」
父は頷いた。
「誰も正体は知らない」
「見た人は?」
「ほとんどいない」
それでも噂だけは昔から存在していたらしい。
森の奥深く。
人が滅多に入らない場所。
そこには巨大な獣がいる。
島民達はそう信じていた。
「まあ、昔話みたいなもんだ」
父はそう言って笑った。
だがレインは笑えなかった。
なぜなら自分は見ている。
あの足跡を...
少なくとも何か巨大な生物がいるのは間違いない。
朝食を終えたレインは工房へ向かった。
工房では今日も作業員達が忙しそうに働いている。
ルークも帳簿を片手に指示を出していた。
「おはようございます、レインさん」
「おはよう」
いつもの挨拶を交わす。
そしてレインは昨日の出来事を話した。
巨大な足跡。
謎の咆哮。
森の主の噂。
全てを聞き終えたルークは困惑した表情を浮かべた。
「そんな噂話があったんですね」
「知らなかったか?」
「はい」
ルークは首を横に振る。
「私も島育ちですが聞いたことがありません」
近くにいた他の若い従業員も知らないみたいだ。
どうやら若い世代にはあまり知られていないらしい。
だが工房には年配の作業員もいる。
レインは一人の男性へ声をかけた。
採掘隊にも参加している五十代の作業員だった。
「森の主?」
男はその言葉を聞いた瞬間、目を丸くした。
「坊主、どこでその話を聞いた?」
「父さんから」
すると男は苦笑した。
「懐かしいな」
近くにいた別の作業員達も集まってくる。
どうやら知っている者は少なくないらしい。
「昔はよく言われてたな」
「森の奥へ行くと食われるぞってな」
「子供を脅かす時の定番だった」
皆が笑う。
しかし一人だけ笑っていない人物がいた。
白髪混じりの老人だった。
老人は静かに口を開く。
「儂は見たことがある」
その場が静まり返った。
全員の視線が老人へ集まる。
「本当ですか?」
レインが尋ねる。
老人はゆっくり頷いた。
「あれは四十年ほど前じゃ」
若い頃、森の奥で木材を探していた時のこと。
偶然、その姿を見たらしい。
「大きかった」
老人は遠い目をした。
「牛など比べものにならん」
「そんなにですか」
「立ち上がれば家ほどもあった」
作業員達が息を呑む。
冗談には聞こえなかった。
老人の目は真剣そのものだったからだ。
「恐ろしくてな」
「逃げたんですか?」
「逃げた」
老人は即答した。
「あんなもんと戦おうなどと思わん」
その言葉が妙に現実味を持って響いた。
昼過ぎ、レインは一人で考えていた。
森の主。
伝説。
巨大な獣。
普通なら近付かない。
しかしレインの考えは違った。
危険な生物なら調査するべきだ。
島民へ被害が出る可能性もある。
生態を知る必要がある。
そして何より――。
「気になる」
レインは正直だった。
好奇心が止まらない。
未知の存在。
未知の生態。
知らないものを知りたい。
それは前世から変わらない性格だった。
夕方、レインは倉庫を漁っていた。
丈夫なロープ。
保存食。
水筒。
簡易地図。
そして自作の小型望遠鏡。
前世の知識を活かして作った簡単な物だが、遠くを見るには十分だった。
全てを鞄へ詰める。
準備は整った。
翌朝、まだ日も昇りきらない時間。
レインは誰にも告げず家を出た。
向かう先は森の奥。
昨日引き返した場所よりさらに先、巨大な足跡が続いていた方向だった。
森は静かだった。
鳥の声だけが響いている。
足跡を追いながら慎重に進む。
やがて地形が変わり始めた。
傾斜が増える。
木々も太くなる。
人の手が入った形跡は完全に消えていた。
さらに進む。
そして――
「これは……」
レインは立ち止まった。
目の前に崖があった。
高台になっている。
慎重に近付く。
身を隠しながら下を覗き込む。
その瞬間だった。
レインの思考が止まる。
谷の向こう側、森の木々を押し退けながら現れた巨大な黒い影。
大きい...
そんな言葉では足りなかった。
木々と比べても異様な存在感。
漆黒の毛並み。
丸太のような腕。
そして圧倒的な巨体。
それは紛れもなく熊だった。
だがレインの知る熊ではない。
ヒグマの三倍はあろうかという異形の巨獣。
森の中を悠然と歩くその姿は、まるで王そのものだった。
レインは息を呑む。
そして理解した。
あれだ。
あれこそが――。
森の主だった。