ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
森から逃げ帰った日の夜。
レインの家には重い空気が流れていた。
いつもなら賑やかな夕食の時間だ。
工房の話をしたり、島の出来事を話したりしながら食卓を囲む。
しかし今日は違った。
レインは静かにスープを口へ運んでいる。
父も母も、そんなレインを気にしていた。
無理もない。
森から帰ってきた時のレインは酷い有様だった。
服は破れ、膝には擦り傷があり、顔色も悪かった。
何より、震えていた。
あれほど怯えたレインを二人は見たことがなかった。
「本当に大丈夫なの?」
母が心配そうに尋ねる。
レインは苦笑した。
「大丈夫だよ」
そう答えたものの、自分でも説得力がないと思った。
母も納得していないようだった。
「無理してない?」
「してないって」
「でも顔色悪いわよ?」
レインは返事に困った。
実際、精神的な疲労が残っている。
目を閉じれば、あの金色の瞳が浮かぶのだ。
父はしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。
「森の主だったんだな」
レインは頷く。
隠すつもりはなかった。
昨日見たことを父へ説明していたからだ。
巨大な熊。
圧倒的な存在感。
そして自分が逃げ帰ったことも。
父は腕を組んだ。
「俺も見たことはない」
「うん」
「だが昔から噂だけは聞いていた」
しばらく沈黙が続く。
そして父は真っ直ぐレインを見た。
「無理に近付くな」
その声はいつになく真剣だった。
「分かってる」
「本当に分かってるか?」
レインは思わず黙る。
正直に言えば、また行こうと思っていた。
危険だと分かっていても、知りたい気持ちが勝ってしまう。
そんな息子の性格を父は理解していた。
だからこそ言う。
「好奇心は悪いことじゃない」
「うん」
「だが死んだら終わりだ」
その言葉は重かった。
レインは小さく頷く。
父はさらに続けた。
「お前が何を目指そうと自由だ」
「……」
「工房でも、船でも、研究でも、修行でも好きにしろ」
そこで一度言葉を切る。
そして静かに言った。
「だが生きて帰ってこい」
レインは目を見開いた。
父らしい言葉だった。
短い。
だが真っ直ぐだった。
母も頷く。
「そうよ」
優しい声だった。
「レインが帰って来なかったら、お母さん泣いちゃうんだから」
そう言いながら笑う。
だがその目は少し潤んでいた。
本気で心配しているのだ。
レインは胸の奥が少し痛くなった。
自分は一人ではない。
前世では仕事ばかりだった。
会社のことを優先し、自分のことは後回しだった。
だが今は違う。
家族がいる。
帰りを待ってくれる人がいる。
そのことを改めて実感した。
「ごめん」
思わず口から出た。
母は優しく笑う。
「謝らなくていいの」
父も頷いた。
「無事ならそれでいい」
その言葉に、レインは少しだけ肩の力が抜けた。
その夜、ベッドへ入っても中々眠れなかった。
目を閉じる。
すると昨日の光景が蘇る。
巨大な熊。
森を震わせた咆哮。
金色の瞳。
体が強張る。
呼吸が浅くなる。
あの時感じた恐怖が蘇ってくる。
レインは目を開いた。
天井を見つめる。
怖かった。
本当に怖かった。
転生してから初めてだった。
どうしようもない力の差を感じたのは。
今までの人生は比較的順調だった。
工房を作った。
採掘も成功した。
仲間も増えた。
努力した結果が形になっていた。
だからどこかで勘違いしていたのかもしれない。
自分は上手くやれていると。
だが現実は違った。
森の主を前にした自分は何もできなかった。
逃げることしかできなかった。
それが悔しかった。
翌朝。
まだ日も昇り切らない時間。
レインはいつものように家を出た。
冷たい空気が肺へ入る。
走り込みを始める。
しばらく走ると森の入口が見えてきた。
昨日まで何とも思わなかった景色。
だが今日は違う。
足が止まる。
無意識だった。
森を見る。
奥にはあれがいる。
そう思うだけで緊張する。
怖い。
認めたくはないが、怖かった。
レインは苦笑した。
「情けないな」
だが、それでいいとも思った。
怖くない方がおかしい。
あんな化け物を見て平然としていられる方が異常だ。
大事なのは恐怖を感じないことではない。
恐怖から逃げ続けないことだ。
レインは拳を握った。
今の自分では勝てない。
それは事実だ。
挑んでも死ぬだけだろう。
だから今は戦わない。
だが諦めるつもりもない。
いつか必ず届く。
いつか必ず追いつく。
そのために強くなる。
レインは森を見つめたまま呟いた。
「待ってろよ」
森の主へ向けてか。
未来の自分へ向けてか。
それは自分でも分からない。
だが決意だけは本物だった。
レインは再び走り出す。
昨日より速く。
昨日より遠くへ。
肺が苦しい。
足も重い。
それでも止まらない。
家族がいる。
守りたいものがある。
そして超えたい壁がある。
だから前へ進む。
朝日に照らされながら、レインはひたすら走り続けた。
強くなるために。
いつか、あの森の主と真正面から向き合うために。