ONE PIECE 〜船大工レイン〜   作:ペンギンって可愛いですよね

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第九十話「それでも前へ」

 

森から逃げ帰った日の夜。

 

レインの家には重い空気が流れていた。

 

いつもなら賑やかな夕食の時間だ。

 

工房の話をしたり、島の出来事を話したりしながら食卓を囲む。

 

しかし今日は違った。

 

レインは静かにスープを口へ運んでいる。

 

父も母も、そんなレインを気にしていた。

 

無理もない。

 

森から帰ってきた時のレインは酷い有様だった。

 

服は破れ、膝には擦り傷があり、顔色も悪かった。

 

何より、震えていた。

 

あれほど怯えたレインを二人は見たことがなかった。

 

「本当に大丈夫なの?」

 

母が心配そうに尋ねる。

 

レインは苦笑した。

 

「大丈夫だよ」

 

そう答えたものの、自分でも説得力がないと思った。

 

母も納得していないようだった。

 

「無理してない?」

 

「してないって」

 

「でも顔色悪いわよ?」

 

レインは返事に困った。

 

実際、精神的な疲労が残っている。

 

目を閉じれば、あの金色の瞳が浮かぶのだ。

 

父はしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。

 

「森の主だったんだな」

 

レインは頷く。

 

隠すつもりはなかった。

 

昨日見たことを父へ説明していたからだ。

 

巨大な熊。

 

圧倒的な存在感。

 

そして自分が逃げ帰ったことも。

 

父は腕を組んだ。

 

「俺も見たことはない」

 

「うん」

 

「だが昔から噂だけは聞いていた」

 

しばらく沈黙が続く。

 

そして父は真っ直ぐレインを見た。

 

「無理に近付くな」

 

その声はいつになく真剣だった。

 

「分かってる」

 

「本当に分かってるか?」

 

レインは思わず黙る。

 

正直に言えば、また行こうと思っていた。

 

危険だと分かっていても、知りたい気持ちが勝ってしまう。

 

そんな息子の性格を父は理解していた。

 

だからこそ言う。

 

「好奇心は悪いことじゃない」

 

「うん」

 

「だが死んだら終わりだ」

 

その言葉は重かった。

 

レインは小さく頷く。

 

父はさらに続けた。

 

「お前が何を目指そうと自由だ」

 

「……」

 

「工房でも、船でも、研究でも、修行でも好きにしろ」

 

そこで一度言葉を切る。

 

そして静かに言った。

 

「だが生きて帰ってこい」

 

レインは目を見開いた。

 

父らしい言葉だった。

 

短い。

 

だが真っ直ぐだった。

 

母も頷く。

 

「そうよ」

 

優しい声だった。

 

「レインが帰って来なかったら、お母さん泣いちゃうんだから」

 

そう言いながら笑う。

 

だがその目は少し潤んでいた。

 

本気で心配しているのだ。

 

レインは胸の奥が少し痛くなった。

 

自分は一人ではない。

 

前世では仕事ばかりだった。

 

会社のことを優先し、自分のことは後回しだった。

 

だが今は違う。

 

家族がいる。

 

帰りを待ってくれる人がいる。

 

そのことを改めて実感した。

 

「ごめん」

 

思わず口から出た。

 

母は優しく笑う。

 

「謝らなくていいの」

 

父も頷いた。

 

「無事ならそれでいい」

 

その言葉に、レインは少しだけ肩の力が抜けた。

 

その夜、ベッドへ入っても中々眠れなかった。

 

目を閉じる。

 

すると昨日の光景が蘇る。

 

巨大な熊。

 

森を震わせた咆哮。

 

金色の瞳。

 

体が強張る。

 

呼吸が浅くなる。

 

あの時感じた恐怖が蘇ってくる。

 

レインは目を開いた。

 

天井を見つめる。

 

怖かった。

 

本当に怖かった。

 

転生してから初めてだった。

 

どうしようもない力の差を感じたのは。

 

今までの人生は比較的順調だった。

 

工房を作った。

 

採掘も成功した。

 

仲間も増えた。

 

努力した結果が形になっていた。

 

だからどこかで勘違いしていたのかもしれない。

 

自分は上手くやれていると。

 

だが現実は違った。

 

森の主を前にした自分は何もできなかった。

 

逃げることしかできなかった。

 

それが悔しかった。

 

翌朝。

 

まだ日も昇り切らない時間。

 

レインはいつものように家を出た。

 

冷たい空気が肺へ入る。

 

走り込みを始める。

 

しばらく走ると森の入口が見えてきた。

 

昨日まで何とも思わなかった景色。

 

だが今日は違う。

 

足が止まる。

 

無意識だった。

 

森を見る。

 

奥にはあれがいる。

 

そう思うだけで緊張する。

 

怖い。

 

認めたくはないが、怖かった。

 

レインは苦笑した。

 

「情けないな」

 

だが、それでいいとも思った。

 

怖くない方がおかしい。

 

あんな化け物を見て平然としていられる方が異常だ。

 

大事なのは恐怖を感じないことではない。

 

恐怖から逃げ続けないことだ。

 

レインは拳を握った。

 

今の自分では勝てない。

 

それは事実だ。

 

挑んでも死ぬだけだろう。

 

だから今は戦わない。

 

だが諦めるつもりもない。

 

いつか必ず届く。

 

いつか必ず追いつく。

 

そのために強くなる。

 

レインは森を見つめたまま呟いた。

 

「待ってろよ」

 

森の主へ向けてか。

 

未来の自分へ向けてか。

 

それは自分でも分からない。

 

だが決意だけは本物だった。

 

レインは再び走り出す。

 

昨日より速く。

 

昨日より遠くへ。

 

肺が苦しい。

 

足も重い。

 

それでも止まらない。

 

家族がいる。

 

守りたいものがある。

 

そして超えたい壁がある。

 

だから前へ進む。

 

朝日に照らされながら、レインはひたすら走り続けた。

 

強くなるために。

 

いつか、あの森の主と真正面から向き合うために。

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