ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
さらに一か月が過ぎた。
森の主との遭遇から三か月。
レインの生活は大きく変わっていた。
毎朝の走り込み。
筋力鍛錬。
森での狩り。
そして工房の仕事。
その繰り返しだ。
工房はルークを中心に順調に回っている。
十人の作業員達も成長し、以前より遥かに安定した組織になっていた。
そのおかげでレインは修行へ時間を使える。
結果として、狩りの腕も大きく上達していた。
イノシシ。
鹿。
野犬。
以前なら逃げ回るだけだった獣達にも冷静に対処できるようになっている。
だが、森の主にはまだ届かない。
その事実だけは変わらなかった。
「まだまだだな」
レインは森の中を歩きながら呟く。
今日も狩りの最中だった。
気配を探る。
足跡を見る。
風向きを確認する。
三か月前とは比べ物にならないほど自然にできるようになっている。
その時だった。
ガサリ。
背後で音がした。
レインは反射的に振り返る。
そして固まった。
「……虎?」
そこにいたのは巨大な虎だった。
前世で見た動物園の虎よりも明らかに大きい。
筋肉の塊のような身体。
鋭い牙。
黄金色の瞳。
森の中で圧倒的な存在感を放っていた。
レインの背中を冷たい汗が伝う。
やってしまった。
それが最初の感想だった。
イノシシや鹿とは違う。
明らかに捕食者。
しかも自分を獲物として見ている。
虎は低く唸る。
レインもゆっくり後退する。
逃げられるか。
無理だ...距離が近すぎる。
そう判断した瞬間だった。
虎が地面を蹴った。
速い。
あまりにも速い。
普通なら見えなかっただろう。
だが――
「……あれ?」
レインは違和感を覚えた。
世界が遅い。
いや、自分が速くなったわけではない。
時間がゆっくり流れているように感じた。
虎の筋肉が動く。
前脚の動き。
肩の入り方。
重心。
全てがはっきり見えた。
次に何をするのか。
どこへ飛ぶのか。
なぜか分かる。
理解できる。
「右から来る」
口から自然と言葉が漏れた。
次の瞬間、虎の爪が振り下ろされる。
だがレインは既に動いていた。
紙一重。
本当に僅かな差で回避する。
自分でも驚いた。
見えたのだ...攻撃が来る前に...
虎も驚いたようだった。
着地し、再び距離を取る。
レインは呼吸を整える。
不思議だった。
怖いはずなのに頭は冷静だった。
恐怖で混乱するどころか、今までで一番冴えている。
世界が鮮明に見える。
風の流れ。
木々の揺れ。
虎の呼吸。
全てが分かった。
虎が再び動く。
今度は正面。
一直線。
その瞬間だった。
レインの中で何かが切り替わった。
来る。
そう確信した。
そして身体が勝手に動く。
右足を踏み込み。
腰を回し。
拳を握る。
その時だった。
「……え?」
レインは目を見開いた。
拳が黒い。
いや、拳だけではない。
手首から先が黒く染まっていた。
墨を流し込んだような漆黒。
だが不思議と違和感はない。
むしろ自然だった。
考える暇はなかった。
虎が目前まで迫っている。
レインは反射的に拳を振り抜いた。
ドゴォッ!!
鈍い衝撃音が森へ響く。
次の瞬間、巨大な虎の身体が吹き飛んだ。
数メートル先の地面を転がる。
木にぶつかり、ようやく止まった。
森が静まり返る。
レインは呆然と立ち尽くした。
虎は動かない。
近付いて確認する。
呼吸はある。
死んではいない。
気絶しているだけだった。
「……は?」
意味が分からなかった。
自分がやったのか?
今のを?
レインは自分の拳を見る。
いつの間にか黒色は消えていた。
元の手に戻っている。
何が起きた。
理解できない。
だが一つだけ分かる。
普通ではない。
絶対に普通ではない。
レインはその場に座り込んだ。
心臓が激しく鳴っている。
だが不思議と冷静だった。
虎に襲われた直後とは思えないほど頭が冴えている。
先程の感覚を思い返す。
時間がゆっくり流れていた。
相手の動きが手に取るように分かった。
そして拳が黒くなった。
どちらも説明がつかない。
だが確かに起きた。
現実として...
レインは深く息を吐いた。
「……今の、何だったんだ?」
答える者はいない。
森は静かなままだ。
だがレインは気付いていなかった。
その日、十歳の少年は初めて触れたのだ。
限られた者だけが辿り着く力に。
未来の大海賊達が当たり前のように使う力に。
見聞色の覇気。
そして武装色の覇気。
その才能が、ついに目を覚まし始めていた。