ONE PIECE 〜船大工レイン〜   作:ペンギンって可愛いですよね

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第九十五話「広がる噂」

 

レインが巨大な虎を討伐した翌日、その噂は驚くほどの速さで島中へ広がっていた。

 

港の漁師達が話し、市場の商人達が話し、それを聞いた主婦達がまた別の誰かへ話す。

 

気付けば島のどこへ行っても、その話題でもちきりだった。

 

「聞いたか? レイン坊が虎を倒したらしいぞ」

 

「ああ、聞いた聞いた」

 

「らしいじゃねぇよ。俺は実物を見た」

 

「本当か!?」

 

「本当だ。しかもあの森の奥にいる大型の虎だ」

 

そんな会話が至る所で交わされていた。

 

もっとも、噂というものは広がるにつれて形を変える。

 

「素手で倒したらしい」

 

それは事実だった。

 

「一撃だったらしい」

 

それも事実だった。

 

しかし、

 

「虎が十頭いたらしい」

 

となると話は違う。

 

さらに、

 

「百頭いたらしい」

 

「森の主と戦ったらしい」

 

などという話まで飛び出していた。

 

もはや原形を留めていない。

 

当の本人であるレインは、その頃工房で頭を抱えていた。

 

「何でそうなるんだ……」

 

朝から作業員達に囲まれている。

 

質問攻めとはまさにこのことだった。

 

「レイン坊、本当に素手だったのか!?」

 

「どうやったんだ!?」

 

「何か秘訣があるのか!?」

 

次々と飛んでくる質問に、レインは疲れた表情を浮かべる。

 

「だから俺にもよく分からないんだって」

 

時間がゆっくり見えたこと。

 

拳が黒くなったこと。

 

気付いたら虎が倒れていたこと。

 

何度説明しても、聞く側も説明する側も納得できない。

 

すると年配の作業員が腕を組みながら頷いた。

 

「天才だからだな」

 

「説明になってない」

 

レインが即座に突っ込むと、工房の中に笑いが広がった。

 

そんな賑やかな空気の中、工房の扉が勢いよく開く。

 

「レインさん!」

 

聞き慣れた声だった。

 

ルークである。

 

しかし普段と様子が違う。

 

真剣な表情で一直線にレインの元へ歩いてきた。

 

「どうした?」

 

レインが尋ねると、ルークは真顔のまま口を開いた。

 

「本当なんですか?」

 

「何が?」

 

「虎です」

 

即答だった。

 

どうやら噂を聞いて飛んできたらしい。

 

レインは苦笑しながら頷く。

 

「本当だぞ」

 

その瞬間、ルークは額を押さえた。

 

大きくため息を吐き、そのまま天井を見上げる。

 

「はぁ……」

 

その姿にレインは少し心配になる。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃありません」

 

珍しく即答だった。

 

工房の作業員達も面白そうに見守っている。

 

ルークは真面目な顔で言った。

 

「俺、一生レインさんに追い付ける気がしません」

 

工房が静まり返る。

 

レインは目を瞬かせた。

 

「は?」

 

「だってそうじゃないですか」

 

ルークは本気だった。

 

「俺が最近できるようになったのは板を割ることです」

 

「うん」

 

「それなのにレインさんは虎を倒しました」

 

「……うん」

 

「比較対象がおかしいんですよ」

 

その場にいた全員が無言で頷いた。

 

これほど意見が一致することも珍しい。

 

ルークは続ける。

 

「俺は頑張って板を割ったんです」

 

「知ってる」

 

「やっとできるようになったんです」

 

「それも知ってる」

 

「なのに次に会ったら虎を担いで帰ってくるんですよ」

 

レインは思わず吹き出した。

 

確かに言われてみれば異常である。

 

「いや、俺だって好きでそうなったわけじゃないからな」

 

「しかも一撃だったんですよね?」

 

「らしいな」

 

「らしいな、じゃないですよ!」

 

ルークは本気で頭を抱えた。

 

作業員達は腹を抱えて笑っている。

 

「もう意味が分かりません」

 

ルークが呟くと、周囲から一斉に同意の声が上がった。

 

「安心しろ」

 

レインが肩を叩く。

 

「俺も分かってない」

 

「余計に怖いです」

 

即答だった。

 

工房の中に再び笑い声が響く。

 

しばらくして騒ぎが落ち着くと、ルークは少しだけ真面目な表情になった。

 

「でも、本気で思ってるんです」

 

「何を?」

 

「俺はレインさんの右腕になります」

 

工房が静かになる。

 

ルークは真っ直ぐレインを見ていた。

 

「だから追い付かなきゃいけないんです」

 

その言葉に冗談は一切なかった。

 

出会った頃から変わらない。

 

レインの隣に立つ。

 

その目標だけは一度も揺らいでいない。

 

レインは少し照れ臭くなりながら笑った。

 

「別に競争じゃないだろ」

 

「俺の中では競争です」

 

即答だった。

 

「なら頑張れ」

 

「もちろんです」

 

ルークは力強く頷く。

 

「いつか追い越しますから」

 

「それは楽しみだな」

 

二人は笑い合った。

 

その様子を見ていた作業員の一人が呟く。

 

「何か良い話みたいになってるな」

 

「さっきまで虎の話だったんだがな」

 

「そうだったな」

 

再び笑いが起こる。

 

こうして島中では虎を倒した少年の話で盛り上がっていたが、工房の中では少し違う話題が中心になっていた。

 

誰もが知っている。

 

レインが前を走る天才なら、ルークもまた必死にその背中を追い続けていることを。

 

そして、その姿を皆が応援していることを。

 

もっとも、その日の帰り道に改めて虎の大きさを聞かされたルークは、

 

「やっぱり追い付ける気がしません……」

 

と肩を落とすことになる。

 

それを聞いたレインは大笑いし、ルークはさらに落ち込んだのだった。

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