ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
レインが巨大な虎を討伐した翌日、その噂は驚くほどの速さで島中へ広がっていた。
港の漁師達が話し、市場の商人達が話し、それを聞いた主婦達がまた別の誰かへ話す。
気付けば島のどこへ行っても、その話題でもちきりだった。
「聞いたか? レイン坊が虎を倒したらしいぞ」
「ああ、聞いた聞いた」
「らしいじゃねぇよ。俺は実物を見た」
「本当か!?」
「本当だ。しかもあの森の奥にいる大型の虎だ」
そんな会話が至る所で交わされていた。
もっとも、噂というものは広がるにつれて形を変える。
「素手で倒したらしい」
それは事実だった。
「一撃だったらしい」
それも事実だった。
しかし、
「虎が十頭いたらしい」
となると話は違う。
さらに、
「百頭いたらしい」
「森の主と戦ったらしい」
などという話まで飛び出していた。
もはや原形を留めていない。
当の本人であるレインは、その頃工房で頭を抱えていた。
「何でそうなるんだ……」
朝から作業員達に囲まれている。
質問攻めとはまさにこのことだった。
「レイン坊、本当に素手だったのか!?」
「どうやったんだ!?」
「何か秘訣があるのか!?」
次々と飛んでくる質問に、レインは疲れた表情を浮かべる。
「だから俺にもよく分からないんだって」
時間がゆっくり見えたこと。
拳が黒くなったこと。
気付いたら虎が倒れていたこと。
何度説明しても、聞く側も説明する側も納得できない。
すると年配の作業員が腕を組みながら頷いた。
「天才だからだな」
「説明になってない」
レインが即座に突っ込むと、工房の中に笑いが広がった。
そんな賑やかな空気の中、工房の扉が勢いよく開く。
「レインさん!」
聞き慣れた声だった。
ルークである。
しかし普段と様子が違う。
真剣な表情で一直線にレインの元へ歩いてきた。
「どうした?」
レインが尋ねると、ルークは真顔のまま口を開いた。
「本当なんですか?」
「何が?」
「虎です」
即答だった。
どうやら噂を聞いて飛んできたらしい。
レインは苦笑しながら頷く。
「本当だぞ」
その瞬間、ルークは額を押さえた。
大きくため息を吐き、そのまま天井を見上げる。
「はぁ……」
その姿にレインは少し心配になる。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫じゃありません」
珍しく即答だった。
工房の作業員達も面白そうに見守っている。
ルークは真面目な顔で言った。
「俺、一生レインさんに追い付ける気がしません」
工房が静まり返る。
レインは目を瞬かせた。
「は?」
「だってそうじゃないですか」
ルークは本気だった。
「俺が最近できるようになったのは板を割ることです」
「うん」
「それなのにレインさんは虎を倒しました」
「……うん」
「比較対象がおかしいんですよ」
その場にいた全員が無言で頷いた。
これほど意見が一致することも珍しい。
ルークは続ける。
「俺は頑張って板を割ったんです」
「知ってる」
「やっとできるようになったんです」
「それも知ってる」
「なのに次に会ったら虎を担いで帰ってくるんですよ」
レインは思わず吹き出した。
確かに言われてみれば異常である。
「いや、俺だって好きでそうなったわけじゃないからな」
「しかも一撃だったんですよね?」
「らしいな」
「らしいな、じゃないですよ!」
ルークは本気で頭を抱えた。
作業員達は腹を抱えて笑っている。
「もう意味が分かりません」
ルークが呟くと、周囲から一斉に同意の声が上がった。
「安心しろ」
レインが肩を叩く。
「俺も分かってない」
「余計に怖いです」
即答だった。
工房の中に再び笑い声が響く。
しばらくして騒ぎが落ち着くと、ルークは少しだけ真面目な表情になった。
「でも、本気で思ってるんです」
「何を?」
「俺はレインさんの右腕になります」
工房が静かになる。
ルークは真っ直ぐレインを見ていた。
「だから追い付かなきゃいけないんです」
その言葉に冗談は一切なかった。
出会った頃から変わらない。
レインの隣に立つ。
その目標だけは一度も揺らいでいない。
レインは少し照れ臭くなりながら笑った。
「別に競争じゃないだろ」
「俺の中では競争です」
即答だった。
「なら頑張れ」
「もちろんです」
ルークは力強く頷く。
「いつか追い越しますから」
「それは楽しみだな」
二人は笑い合った。
その様子を見ていた作業員の一人が呟く。
「何か良い話みたいになってるな」
「さっきまで虎の話だったんだがな」
「そうだったな」
再び笑いが起こる。
こうして島中では虎を倒した少年の話で盛り上がっていたが、工房の中では少し違う話題が中心になっていた。
誰もが知っている。
レインが前を走る天才なら、ルークもまた必死にその背中を追い続けていることを。
そして、その姿を皆が応援していることを。
もっとも、その日の帰り道に改めて虎の大きさを聞かされたルークは、
「やっぱり追い付ける気がしません……」
と肩を落とすことになる。
それを聞いたレインは大笑いし、ルークはさらに落ち込んだのだった。