ONE PIECE 〜船大工レイン〜 作:ペンギンって可愛いですよね
虎討伐の騒動から一夜明けた。
島の噂は相変わらず収まる気配を見せない。
港では漁師達がその話をしており、市場では商人達が盛り上がり、工房の作業員達も何度目か分からない話題で笑っていた。
そんな中、一隻の商船が港へ入ってきた。
船から降りてきたのは見慣れた男だった。
ガレスである。
レイン工房がまだ小さかった頃から付き合いのある商人であり、今では定期的に島へやって来る重要な取引相手だった。
「久しぶりだな」
ガレスは港を見回しながら呟く。
前回訪れた時よりも活気がある。
採掘事業も軌道に乗り始めているらしく、以前より人の動きも増えていた。
「さて、まずはレインのところへ行くか」
そう言って歩き始める。
工房への道もすっかり慣れたものだった。
そして数分後、レイン工房が見えてくる。
ガレスは思わず足を止めた。
「……ん?」
何かがおかしい。
工房の横。
そこに見慣れないものが吊るされている。
巨大な縞模様。
鋭い牙。
巨大な四肢。
どう見ても虎だった。
しかも異常に大きい。
ガレスはしばらく固まった。
「……何だあれ」
思わず呟く。
もう一度見る。
やはり虎だった。
見間違いではない。
巨大な虎が工房の横に吊るされている。
商人として様々な土地を巡ってきたガレスだが、工房の横に虎が吊るされている光景は初めてだった。
「新しい事業か?」
真っ先に浮かんだのはそれだった。
レインのことだ。
また何か思い付いたのだろう。
皮革事業か。
毛皮事業か。
それとも全く別の何かか。
正直、どれもあり得る。
ガレスは真剣に考え込んだ。
だが、もしそうなら事前に相談があるはずだ。
今回は何も聞いていない。
考えれば考えるほど分からなかった。
結局、本人に聞くしかない。
ガレスは工房の中へ入った。
すると中ではいつも通り作業員達が働いていた。
そして奥には見慣れた少年の姿がある。
「よう、レイン」
「ガレスさん! お久しぶりです」
レインが顔を上げる。
久しぶりの再会だった。
「元気そうだな」
「はい、お陰様で」
ガレスは笑いながら近付く。
そして開口一番尋ねた。
「外の虎は何だ?」
レインは一瞬固まった。
そして納得したように頷く。
「ああ、あれですか」
その反応が余計に不安だった。
ガレスは嫌な予感がする。
「説明してくれ」
「説明も何も、虎です」
「それは見れば分かる」
ガレスは即座に突っ込んだ。
工房の作業員達が笑い始める。
その反応にさらに嫌な予感が強まった。
ガレスは腕を組んだ。
「何で虎が吊るされてるんだ?」
レインは少し考える。
そして当然のことのように答えた。
「討伐したので、とりあえず持ち帰りました」
沈黙。
ガレスは理解できなかった。
いや、言葉の意味は理解できる。
問題は内容だった。
「誰が?」
「俺です」
再び沈黙。
工房の中が静まり返る。
ガレスはゆっくりとレインを見る。
次に虎を見る。
再びレインを見る。
そして作業員達を見る。
誰も笑っていない。
冗談ではないらしい。
「……本当に?」
「はい」
「一人で?」
「結果的にはそうなります」
ガレスは頭を抱えた。
商人として多くの天才を見てきた。
変人も見てきた。
だが十歳で巨大な虎を一人で討伐した人間は見たことがない。
それどころか聞いたこともない。
「いや待て」
ガレスは手を上げた。
情報を整理する必要があった。
「俺が前回来た時、お前は何をしていた?」
「修行です」
「なるほど」
「それで虎に襲われました」
「なるほど」
「気付いたら倒していました」
「なるほど」
全くなるほどではなかった。
ガレスは深く息を吐く。
そして工房の作業員達へ視線を向けた。
「お前らは止めなかったのか?」
すると年配の作業員が苦笑する。
「俺達も聞きたいくらいですよ」
「そうか……」
ガレスは遠い目になった。
その時だった。
ルークが奥から現れる。
「ガレスさん、お久しぶりです」
「おう、久しぶりだな」
挨拶を返した後、ガレスは思わず尋ねた。
「お前、どう思う?」
ルークは即答した。
「俺、一生レインさんに追い付ける気がしません」
工房中が爆笑した。
ガレスも吹き出す。
「それは分かる」
「でしょう?」
ルークは真剣だった。
レインだけが不満そうな顔をしている。
「何で皆そうなるんですか」
「逆に聞くが」
ガレスは真顔になった。
「十歳で虎を倒す奴がどこにいる」
レインは少し考える。
そして首を傾げる。
「そう言われると確かにいませんね」
「お前だよ!」
ガレスのツッコミに工房は大爆笑に包まれた。
レインは首を傾げている。
その姿を見て、ガレスはさらに頭を抱えた。
その日、ガレスは改めて理解することになる。
レイン工房は順調に成長している。
採掘事業も軌道に乗っている。
人も増えた。
技術も進歩している。
しかし一番成長していたのは、間違いなく工房長本人だった。
もっとも、その成長速度が常識外れだったことに頭を抱えるのだが。
工房を出る時、ガレスは吊るされた虎を見上げながら呟いた。
「本当に何者なんだ、あいつは……」
その疑問に答えられる者は、まだ誰もいなかった。