Fate/extra days   作:俯瞰

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ーinterludeー

 

「それで、どうなったの?」

 

 くすっと微笑んで質問するハハイザ・ダウンス。通称イーザに、弁当に伸びていた箸が止まる。

 

「どうしたもこうしたも、散らかった本の山はあの子(・・・)が力を貸してくれたおかげで一通りまとまったけどさ」

 

 

 あれから二日が過ぎた。

 旧書庫の妖精。

 彼女のしなやかな指先がすっと空を切る。

 その動きだけで散乱する蔵書たちが浮き上がり、勝手に元の位置へと帰還していく。舞い上がっていくその光景は練習を繰り返し受けたマーチングさながらに歪さのない綺麗なアーチで見ている分にはなかなかに楽しかった。

 しかし俺は当事者なわけで、そんな気持ちをすぐに四散する。なぜならその本を並べておくための本棚の中には椅子等と同様に破損している物も次々と見つかる。

 今のあの子の力ではそこまでの修復力は無いらしくそこはどうにもならない。それが発覚した当初は途方に暮れていた俺だったが、遠坂の報告を受けたロード・ミスティール当人が直々に現場を訪れ、俺が知る限りの事を伝えたのちに俺の腕にくっついて初対面の人間に怯えている様子の妖精らしい彼女と意思疎通を図った。

 

 現界したばかりの彼女はまだ言語に関しては馴染めず、拙い感じではあったがちょこちょこと言葉を紡ぎ出しーーー。

 

 

時々的管理者(テンポラル・オーナー)?」

 

「断片的に書庫の管理人としての立場を与えられたってところだ。もっともあの惨状からすればかなりの優遇対応だし、実在する生態として安定期と認められるまでは監視もつくらしい」

 

「で、それにエミヤンが一任されたと」

 

「一任っていうか……」

 

 あの状況下で断われる人間がいたら奇跡だ。

 あの書庫の惨憺たる光景を見てロードが顔を引き攣らせたのは明らかだったし、ぶっちゃけロードと妖精のあの子の間でなんらかの契約が為されたのは理解したが事細かな部分は分からないままだし、その上で「やっていただけますか?」なんて、不気味に弧を描く口元、笑ってない射殺すような視線を浴びれば「…はい」と承諾する他無い。

 

「でもそれって一介の生徒に、ましてや基礎科の学生に任せる事じゃないよね。なんでエミヤンに?」

 

「それは……まあ…」

 

「ああ、そっか。その妖精さんはエミヤンにゾッコンで離れようとしないんだっけ?」

 

 うぐっーーー。

 言い方に苦言を呈したいところだが、まあそこはそれ、我慢だ我慢。こんな事でいちいち動揺していてはこれからこの時計塔ではやっていけないぞ、衛宮士郎。

 

 はっきりと言ってしまえば、そういうことに…なるんだろうか?

 

 最初に会った時、その薄っすらとした布地にドギマギして落ち着かなかったし、何も喋らないから警戒もしていたんだが、袖をくいくいと引っ張られて「……ほん」と一声かけられ、あちこちを指差すもんだから何か本を探しているのかと思い、一緒に探したりしている内になんだか異様に懐かれ、そのあと……。

 ううん……そこから先があまり思い出せず、気づいたら目の前に遠坂たちが立っていて、周りがあの悲惨な状態になっていたという事なんだが…………俺、そんなに好かれるようなこと、何かしたのか?

 

「でも、今はいないんだ?」

 

「ああ、ミスティール先生があそこからは出られないように結界を張ったんだ。俺の方からも大人しくしてるように懇願したし」

 

「懇願したの? そこまで?」

 

 そこまでだよ。

 出て行こうとしたら両手でぎゅっと服の袖を掴まれてものすごい速度で首を左右に振っていて、何か言ったら子供のように泣いてしまい。

 そのあとは俺が立っただけで何故か泣きそうな顔をしたり。いやなんでさ。

 そこから何時間と説得を続け、書庫に必ず戻ることを確約し、こうして時計塔にやってきたわけで。

 

「結局、こうなった」

 

「ん? それって……もしかして…ギアス?」

 

 今の俺には、首をぐるりと一周する印が刻まれている。何かで隠そうかとも思ったけどいい感じの物がなかった。

 

必ず戻る(・・・・)っていうのは、ギアスでの盟約込みでの話だったわけね」

 

 ここまで来ると楽しそうに話題に乗っかっていたイーザも頬を引き攣らせている。ギアスまで強制してくるとはと思ってるんだろう。

 別に俺は戻ると言ったら戻るし正直言うとこんなものは必要ないんだけど、これで安心していられるというのならお安い御用だ。

 ギアスでの盟約結印ということは、裏切れば問答無用で死ぬ。

 

 首が捻じ切れるか。

 一瞬で爆発し首と胴体が分断されるか。

 窒息死するまで圧迫されるか。

 身体中から出血して死に至るか、などなど。

 

 自分のバッドエンドは想像したくもない。

 なんだか藤ねえ辺りに会えそうな気もするが、それなら普通に日本に戻って会いたいもんだ。この結印も本から得た知識を基に、知恵として取り込んだ結果らしい。時間が経てばこういった術式をどんどん身につけていく可能性があるらしいのだから、そうなったら手に負えなくなるだろうとロードは危惧してるんだろう。

 そうならないために"安全装置として機能せよ"と、きっとそれを俺に望んでいるんだろうと勝手にだが思っている。

 個人的にもあの子が退治されるような結末になるのは耐えられない。やれるだけのことはやってろうと密かに決意しているのだ。

 

「それにーーー」

 

「ん?それに?」

 

「いや、なんでもない」

 

 言えない。

 言えるわけない。

 結局のところ、我が家の財政難がより深刻になりかけているなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fate/extra days

ーーーinterludeーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ」

 

 コンコン、と。

 ノックに向けた声に反応し、ガチャリと開けられたドアの前に立っている人物に彼女は少しだけ驚いたような顔色を見せた。

 

「おや、貴方が私の元へ来るのは初めてですね。ロード・エルメロイ」

 

「突然の無礼だとは重々承知しているつもりですが、なかなか顔を合わせる時間もなかったもので」

 

 渋顏に表情を濁す彼に、同じく一学問を統べるロード・ミスティールは手元の資料(・・)に目を通しながら指で合図をする。

 

 それを把握したロード・エルメロイと呼ばれたその男性は、導かれるままに室内のソファーへと腰を下ろした。

 

 その様子を端から観察していた彼女にしてみれば、露骨な緊張感を醸し出すその姿勢に内心微笑む。彼はその顔付きに見合わず意外と小心的な部分があるのだ。それもあからさまなほどに。持って生まれたものは取り除けないというけれど、それは良い意味でも悪い意味でも正解らしい。

 

「お吸いにはならないの?」

 

「あいにく今は手持ちがないので」

 

「あら…そう」

 

 そのコートの内側にあるであろうモノを取り出さないのはある種の願掛けとでも捉えればいいのだろうか。生徒の前でも平然と吸っているのだから今更緊張する必要はないのではとも彼女は思うのだけど。

 

 そう考えていれば、ロード・エルメロイはその渋顔の眉間にさらに皺を寄せてーーー。

 

「ウチの学生が問題を起こしたらしいので」

 

「ーーーああ、フラット・エスカルドス。ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。トオサカリン、及び彼女の使役する使い魔の方々が我がミスティールの管理する書庫を大いに荒らしてくれた件ですね」

 

「それだけではなかったのでは?」

 

「…と言いますと?」

 

「聞いた話では、書庫に精生体が顕現していたと」

 

 おや話が早い。

 というより、本題はやはりそちら(・・・)かとロード・ミスティールは手の中の資料から目を離し、姿勢良く鎮座している同じロードの姿を見つめた。互いの視線が交差し、その中で彼がここを訪れた理由がわかった。別に彼女はそんなものは求めてはいなかったのだけれど。

 

「しかも、その精生体に旧書庫の管理と権能の譲渡を行なったと聞きました。そうなれば間違いなくあちらが黙ってはいないでしょう」

 

「ええ、現に今こうして書面に目を通しているところですしね」

 

「ーーーーもう、接触が?」

 

「彼らの鼻が効くのはロードも既にご存知でしょう?時計塔に属しているとなれば研究室への立ち入りは結界やコードを通して管理されているはずですが痕跡もない。もっともデスクの上にコレが乗っていたことに驚きはしませんでしたが。むしろ貴方がここを訪れた事の方が私にとっては驚愕に値します」

 

「各学科の主義血統が根強い中で、こうして訪問をするのはいらない詮索も覚悟と許容の上でのことです」

 

「貴方当人はあまり興味がないのでしょう?もっとも現代魔術科(ノーリッジ)は中立の中でも異端ですから。ああ失礼、形式上は貴族寄りの立場で在らせられましたね」

 

 破天荒な面々ではあるが。

 そこが滑稽に見えるか、好奇心の対象となるかは各人の自由ではあるが、古くから続く楔に縛られたこの時計塔ではそれこそが新しき現代の魔術に対する抵抗と不安の表れなのだろう。

 

「法政科の人間が内部に食い込んでいる以上、無駄な情報の漏洩も扱いによっては喉元に突きつけられた刃と化す。今回の件は良い教訓になったものです。旧書庫の今後の扱いについては英国政府、もとい協会の方針に従うつもりです。もっともそれほどの変更点はないでしょうが」

 

「陛下のお膝元にある()を図るおつもりで?」

 

 そのストレートな物言いにはよろしくない。

 だが、こういった会話をたまにいいだろうと彼女は口元を綻ばす。

 

「滅相もない。私はただ法政科(ネズミ)達がどのように国を動かしているのかが見てみたいだけですよ。いつも底を這いずる彼らが表舞台でどれほど早く事を収めようとするか、楽しみでしょう?」

 

 あちらの君主(・・)が政治的な手腕を持っているのか否か。もっとも法政科の手はあちこちに伸びている。この国の中枢にも。

 魔術界において表舞台に立つという事の意味に魅了された家系は数多く存在し、歴史が積み重なっていく中で次第にその総数を増やし続けている。それを一纏めにするだけの手腕は確実にあるのだから、それをもっともっと見てみたいという稚拙な思考にも似た、企みである。

 

「むしろ感謝します、ロード・エルメロイ。私の趣味(・・)に手を貸していただいて。貴方のところの若者達へ代わりに御礼を言っておいて頂けませんか?」

 

「……受け賜わりましょう」

 

「ああ、それと。貴方の教室の生徒ではありませんが、貴方の教え子のトオサカリン女史のボーイフレンドにも感謝していますよ」

 

 そういったロード・ミスティール。

 

 シュフル・エーデ・ミスティールはとても楽しそうに笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 椅子、テーブル、本棚。

 ーーーーー弁償。

 

 その言葉の羅列に最初に崩れ落ちたのは誰であろう、そうーーーセイバーだった。

 

「セイバー、大丈夫か⁉︎」

 

「え、ええ。問題ありません。いえ問題なくは無いですが、問題……ありませんとも」

 

 小刻みに震えるその握り締めた手は何を意味しているのか。誰かへの怒りか。はたまたなんでこんなに事になってしまったのだろうかという後悔からくる悔しさだろうか。

 意気消沈した様子で時計塔から帰還した遠坂が持ってきたなんだか無駄に膨大な紙束に目を通し、そこに書かれている数字などに目を通している内に嫌な予感というのは働くものだ。

 セイバーとともに嫌な汗を額に滲ませながら、ボソリと遠坂の放った言葉を俺たちは聞き逃さなかった。

 

『弁償』

 

 それは俺たちがもっとも耳にしたくなかったワードである。現にセイバーが椅子からずり落ちたところなんだから。

 

「やっぱり……弁償か」

 

 いや、正直言うと。嫌な予感というのは前々からしてはいたのだ。あの悲劇的な情景を目に焼き付けてしまえば悪寒というものは自然と身体の内側に湧き上がる。

 

「ええ、私も薄々勘付いていましたとも」

 

「そうね。まあ…やったものね」

 

「……やりましたからね」

 

 同時に溜め息を吐くセイバーと遠坂。

 うん、俺もそう思う。

 俺のせい? と言われると若干抵抗を示したくもなるが、あの状況でお咎めなしは無いぞ。

 

「凛、こうなっては仕方がありません。宝…」

 

 いやよ、と即否定した。

 まだ途中までしか言ってないぞ。

 言わんとしていたことはわかるけど。

 

「では、どうするというのですか⁉︎ この状況でまたしても弁償代を請求され、答えてくださいマスター、私は一体どうしろと⁉︎」

 

「うう……だって、だってぇ……」

 

「だっても何もありません‼︎ だいたい凛は!」

 

 ああ、始まった…。

 セイバーの説教タイムとくれば、俺は何も言えなくなってしまうだろう。とにかく巻き込まれる前に俺はーーー。

 

「シロウ‼︎ 何処へ行くのですか⁉︎」

 

「げぇっ‼︎ バレた‼︎」

 

「バレたではありません‼︎ シロウもシロウです、今回の一件といい、やはりシロウはツメが甘い。凛という女性がいながらあちこちに交友関係を作り、いえそれは悪くはありません。ですが何故それが異性ばかりなのですか⁉︎」

 

「いや、俺に聞かれても…」

 

 むしろ俺が誰かに問いたい。

 例えば誰だ?

 

 ……いや、その赤い外套はだめだな、うん。

 

「聞いているのですか、シロウ‼︎」

 

「は、はい! 聞いてます!」

 

 そこから一時間ーーーで終わるかと思いきや。まさかの二時間越え。セイバーによるお説教が部屋の中に木霊する。

 

 結局その夜はセイバーの説教によって終わり、そして次の日。俺は書庫に行ってギアスをかけられ、イーザと昼食を共にして、そして。

 

 

「お疲れですわね、シェロ」

 

「あ、ルヴィアさん」

 

 書庫の方で床のモップ掛けをしていれば、そこに現れたのは同じ寮に住むルヴィアさんその人だった。ちなみにこの書庫の一時的な主である妖精の彼女は、人見知りは簡単には治らず唐突に現れたルヴィアさんに驚き、本棚の隅に隠れるようにしている。

 

「どうしてここに?」

 

「以前はこの目に収めなかったモノを拝見しようかと思いまして。ーーー彼女ですの?」

 

「うん。ああ、あんまり近づかないであげてもらえる助かる。不用意に近づくと何するか分からないし」

 

 またしても本を操って攻撃なんてされたら、ましてやそれで器物を破壊でもされたら、我が家計に再び重圧がかかることになりかねん。

 しかしここで掃除してるのは気が紛れていいんだが、こればっかりしてても特に給料が入るわけでもないし、かといってバイトを見つけても、彼女を疎かにするわけにもいかないし。

 

 うーん、本当に参った…。

 

「ミス・トオサカといい苦労してますのね、シェロ。昨晩もセイバーさんの声が響いてましたし」

 

「ああ、やっぱり聞こえてたか。夜遅くにごめんなさい」

 

「前から気になってましたが、あなた方、そんなにもお金に困ってるんですの?」

 

「……ああ」

 

 我が家の経済大臣セイバーが、ああなってしまうほどにね。乾いた笑いが漏れる中、手だけは動かしていく。我ながら掃除の手つきは癖になってしまっていて治りそうにない。

 

「……………………ふむ」

 

「ん、何か言った?」

 

 気づけばルヴィアさんが、その細い指先を口元に当てながら俺を凝視していた。

 な、なんでしょうか?

 

「……………シェロ」

 

「な、なんですか?」

 

「あなた、私の召使い(サーヴァント)になりなさい」

 

 

 

 ………………。

 ……………………………はい?

 

 

 

 

 

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