Fate/extra days   作:俯瞰

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第七話・上

 

 

 

 

「ーーーーーてことで、ルヴィアさんのところでバイトすることになったんだ」

 

「「………………はい?」」

 

 夜の帳も降り、暗闇に包まれた魔都・倫敦。

 遅い帰宅となったシロウが当番制で決まっていた夕食の支度をしようとキッチンに立ち、今まさにパックから出した鶏肉をひょいと掴んでいた時、「そういえばーーー」から切り出した言葉の羅列がたった今私と凛が耳にした発言に着地したわけでして。

 なんでもないことのように、シロウは私達にそう言うと背を向けたまま調理を続けている。自然とテーブルの向かい席に腰掛けている凛に視線が向く。そうしていれば凛も私と同様にこちらに顔を向け、互いに目が合う。

 

 ーーーねえセイバー、士郎今なんて言った?

 

 ーーーバイトすると口にしていました。

 

 ーーー何処でだって?

 

 ーーーミス・ルヴィアゼリッタの元でと。

 

 ーーーふーん、そっかそっか。ルヴィアのところでか。あはは、なるほどねー。

 

 

「って、ナニ考えてんのよ、バカーーー‼︎」

 

 ああ……まあこうなると思っていました。

 ガタッと椅子から勢い任せに飛び上がった凛の言動に肩を振動させたシロウは驚いた顔で私達の方へと顔をやる。

 

「ば、ばか、い、いきなり大声出すなって。近所迷惑だろ?」

 

「バカはアンタでしょ、このバカ‼︎スカポンタン‼︎ とーへんぼくー‼︎ 唐突にルヴィアのところでバイトするとか何言ってんのよー‼︎」

 

「何言ってるって…仕方ないだろ。今の俺たちに必要なのは資金だろ? かといって早々お金の入るバイトなんかないし、今は書庫の方とかもあるしで、時間も限られるからさ。だからルヴィアさんがウチ(・・)でバイトしないかって声をかけてくれたんだよ」

 

 文句あるのか?と訝しげなシロウの表情に見つめられ、凛は少しだけうっ…とたじろぐ姿勢を見せ言葉に詰まる。致し方ないとは思います。なにせシロウの言うことは基本的に間違ってはいない。

 只でさえ抱えていた経済的圧迫量が上積みされる結果となり、今のこの家には本当に余裕というものが無い。食費に関しては予め余分とも言えるほどにコツコツと蓄えがあり、さらにそこへシロウの料理スキルがあれば、低コストでも美味しい食事にありつけるというものです‼︎

 ………はっ。ご、ごほんっ。

 まあそれはそれとして、そこに身の回りのことを踏まえての良的なアルバイトとくれば飛びつくのは必定(ひつじょう)でしょう。

 

 けれど、おそらく凛がこうなっている理由はそういった日常(きほん)的な問題ではなくーーー。

 

「衛宮くん? アンタ、魔術師が師弟関係でもない魔術師の元の身を置くってことがどういう事か分かってる⁉︎」

 

「どういうことって…」

 

「私を基準に見てるかどうかは知らないけど、魔術師なんてのは基本的に人でなしなのよ‼︎ 他人は所詮他人、そもそも他人なんて必要ない。あれば上々だと思ってるのは魔術の為の他人(どうぐ)としての利用価値や、自分の立場の問題を鑑みての生贄(ざいりょう)とかそういう思考回路の連中なんだからね‼︎」

 

「でも、ルヴィアさんはーーー」

 

「ルヴィア云々はともかく、士郎がその辺りのことをどう思っているのかを聞いてんのよ‼︎ このままだと誰彼構わず「いい人なんだな…」とか簡単に信じてホイホイ言うこと聞いちゃいそうだから、こうして聞いてるの‼︎」

 

 体内の酸素をまとめて消費したのか、肩を揺らしてぜーぜーと呼吸する凛の突きつけた人差し指の正面に立つシロウ。

 

 凛の感情の発露に放心していたようだが。

 直後に、ふっと笑みをこぼしーーー。

 

「ーーーありがとう、遠坂。俺を心配してくれてるんだな」

 

 にっこりと満面の笑顔を見せた。

 

 その表情に呆気にとられた私と。

 シロウの言葉と笑顔に不意を突かれた凛は顔を紅潮させ、ぱくぱくと口元を虚ろわせる。

 やりますね。さすがはシロウです。

 あれだけで凛のハートをノックアウトさせてしまうとは。私も見習わなければなりません。

 

「ち、ちがっーーべ、別に私…心配とか……」

 

「でも、俺は大丈夫だぞ。そこらへんの分別はしっかりとつけてるつもりだし、変な奴にのこのことついて行ったりしないさ。だからさ、そういうことを踏まえた上でルヴィアさんは大丈夫だって言いたいんだ」

 

 それに、と呟いてから。

 ぷっ…と噴き出し、何かを思い出したようにくすくすとシロウは笑みを零す。

 

「ルヴィアさんにもさ、遠坂と同じようなこと言われたんだよ。『シェロはいつもそんな簡単に他人を信じてますの⁉︎ いいですか魔術師というモノはですねーーー‼︎』なんて言ってからはほとんど遠坂と同じこと言ってた。自分から「働かないか?」なんて言ったのにだぞ?」

 

 なるほど、想像に容易い。

 やはりミス・ルヴィアゼリッタは我がマスターと類似するモノがありますね。

 同様に、シロウがそんな彼女に対して放った言葉も朧げながらも推察する事ができます。

 これは単なる私の憶測です。それで良いならですが「ルヴィアさんなら大丈夫。だってルヴィアさん、良い人だしな」などと言って笑顔を溢し、相手の気勢を削いだのでしょう。

 ええ、そちらも頭の中でイメージするのに手間取る事がない。

 

「でも、本当にありがとうな。遠坂のそういうの嬉しい(・・・)んだ」

 

 私が脳内でそんな事を思考している内にシロウが駄目押しとばかりに凛へと告げる。

 未だ耐性のない魔術師(おとめ)遠坂凛はといえば、頬を真っ赤にさせたままプルプルと震えていた。惚れた方の負けという言葉はこういった状況の事を言うのでしょうか?

 

「な、なな……にゃにを…言って……」

 

 いけませんね。

 どうも私はお邪魔虫のような気がします。

 この場をより良く収めるためにも、ここは私は自室に引っ込むか部屋の外に出るかした方がいいのでは。そう考えてしまえば即実行です。

 ここは後者を選び、いつの間にか甘い空気の中で二人が距離を縮めていく中で私は気配を殺してササっと外へと出るためにスライド移動でドアの前に近寄り、ドアノブに手をかけようと手を伸ばせば。

 

「シェローー‼︎ 御在宅ですの⁉︎」

 

 ドンドン‼︎とドアを叩く音と共に、ミス・ルヴィアゼリッタの声が室内に響き、私に聞こえたということは当然ながら背後の二人にも。

 

「あ、ルヴィアさん。はいはーい‼︎」

 

 と、今さっきまでの甘い雰囲気を四散させたシロウの声が届き、こちらに向かってくる足音が聞こえる。その足音は一つ。そのシロウの傍らに立っていた我がマスターはといえば。

 

「ーーーふ、ふふふ…ふふ…」

 

 ああ、またですか…凛……。

 そんな凛に気づかず、シロウはガチャリとドアを開けその前に立っていたミス・ルヴィアゼリッタと対面し。

 

「すみません、ルヴィアさん。えっと…今こっちのご飯作ってるんでもう少しだけ待ってください。終わったらすぐにルヴィアさんの食事の支度もするんで…」

 

「まったく、ダメですわよシェロ。今日からあなたは私の雇った従者なのですから。まあ正式な雇用契約は明日済ませるとして、今夜に関しては不問と致しましょう」

 

「は、はい。努力します」

 

「ええ、それでは部屋で待ってますわシェロ」

 

 その声色が妖しげに耳に触れ、ミス・ルヴィアゼリッタは軽やかな足取りで背を向けて去って行く。シロウの名を呼ぶその表情はここにはいない凛には分からないだろうが、それを見ていた私からすれば間違いなく誰かへの当てつけだろう。そして、その誰かさんはといえば。

 

「よし、じゃあさっそく作っちゃって……ん、どうしたセイバー?」

 

「いえ……シロウはやはりシロウでしたね」

 

「……? どういうことさ? って、おわっ‼︎ 急に目の前に現れるなよ遠坂。……………遠坂?」

 

 ズンズンとミス・ルヴィアゼリッタとは正反対の重たい足取り、加えてシロウの眼前まで接近しての急停止は私も眼前でやられたら心臓に悪いでしょうね。顔を俯かせている凛の表情はシロウと私には見えない。しかし私にはこのあとに起こるであろう沙汰は想像に難くない。

 

「遠坂、その……このあとルヴィアさんの夕食を作ることになってるから、退いてくれるとありがたいんだけど…」

 

 シロウ、あなたという人は……。

 

「ふ、ふっふっふっふっふ…」

 

「遠坂?」

 

「くらえーーーーーーーーーー‼︎」

 

「ひぃっ‼︎ いきなりガンド打つなよ‼︎」

 

「うっさい‼︎ やっぱりダメ‼︎ ルヴィアのとこに行くなんて絶対ダメーーー‼︎」

 

 認めないんだからーーーーーー‼︎‼︎‼︎

 

 

 凛の絶叫が木霊する。まったく本当に、シロウ達といると退屈しませんね。

 

 もっとも、もう少し落ち着いてもいいと思うのですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fate/extra days

ーーー第七話・上ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の午前中。

 時計塔の受講は今日は無し。

 スケジュールについては向こうに説明してあったので俺はルヴィアさんに連れられてロンドン郊外にある広大な敷地を有している邸宅を訪れていた。この土地の歴史を感じさせる大仰な門を潜り内側に入り込めば、綺麗に整備された庭の様子に若干心を奪われ、舗装された道をルヴィアさんの後ろについて歩いていけば、正面に聳える豪壮な館の玄関前には以前面識を持ったルヴィアさんのお付きの人、オーギュストさんだったかな? がこちらにスッと一礼して出迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。エミヤ様もお久しぶりでございます」

 

「ああどうも。その節はお世話になりました」

 

「シェロ。これからオーギュストは貴方の指導にあたるので、何かあればオーギュストに聞くようになさい」

 

「わ、わかりました。ル……お、お嬢様」

 

 ううむ。慣れない。

 いや、まだ口にして一発目だがどうにも違和感が否めない。この感覚もいつかは拭える時が来るのだろうか。

 

「「ーーーーーー」」

 

「ん? な、なにか?」

 

 気がつけば、お嬢様とオーギュストさんが俺の方をじっと何も言わずに見つめていた。

 

「なんと…言えば、いいのか、ふむ……」

 

「率直に申し上げますと、似合いませんな」

 

「そうね。それですわね」

 

「自覚はしてたさ‼︎」

 

 くそっ…初っ端から恥をかいた。

 いかんいかん。こんなんじゃルヴィアさん…じゃなかった。お嬢様の従者として立ち行かん。もっとしっかりしなければ。

 オーギュストさんを伴ったお嬢様の後に続く形で館の中に足を伸ばせば、館内も荘厳な雰囲気に包まれておりこの館を設計した人の思想が微かに頭の中によぎるような感触を抱いた。

 正面玄関のホールから中央に据えられた階段を上り二階に上がると、右側の通路を真っ直ぐに進んでいけば最奥の部屋に入室した。部屋の中はそれなりの広さだが、その割には置かれている物の数が少ない。長めのソファーが二つ。向かい合ったそれの中心を遮るように備えられたテーブルが一つというシンプルを通り越して些か寂しさの気配を感じてしまった。

 促されるままにソファーに腰掛け、対極に座ったお嬢様とその背に控えるオーギュストさん。この感じはいかにも面接といった体を醸し出していて自然と背筋が伸びてしまう。

 

「オーギュスト」

 

「こちらでございます」

 

 名を呼ばれ、オーギュストさんが差し出した一枚の用紙。それを手にしたお嬢様の手がテーブルに乗せられ、スーッとスライドされて俺の元へ近づけられる。

 

「口約束というわけにもいかないでしょう。形式的ではありますが、書類へのサインはして貰わないといけませんの」

 

 ルヴィアさんの言葉に続けてオーギュストさんから「こちらを」とペンを手渡される。

 

「でも、面接とかは…?」

 

「必要ありませんわ。必要かしらオーギュスト?」

 

「お嬢様が必要無しと判断したのでしたら、私としても特にコレといった異論は何も」

 

「ーーーということですわ、シェロ」

 

 ルヴィアさん……ああ違う違う。

 お嬢様って、そういうところが大胆というか、結構考え無しに見えるんだよなぁ…。自分を信じているといえば聞こえはいいけど、一歩間違えれば自身の感性を鵜呑みにしているとしか思えないし、思われても仕方ない。

 でも、それを指摘されたとしても、この人は大胆不敵にそれがどうしたというのかしらと笑ってみせそうな気がする。それ以前にあらゆる手を打っておき、下準備もバッチリと。

 そういうところが、遠坂と少し似ている気がするんだよな。俺が結構好きなところが。

 もっとも遠坂の場合は、詰めが甘くてうっかりしていることも多々あるんだが。

 

「その、これからよろしくお願いします」

 

「こちらこそ期待していますわよ。シェロ。ミス・セイバーから聞いた話では、シェロは紅茶を淹れるのがお上手だと伺いましたし」

 

 俺・遠坂・セイバーの三人で渡英を決めた段階で向こうでの紅茶環境に順応する為に、散々日本で紅茶を淹れる練習をしたものだ。遠坂の家は紅茶がよく置いてあるし、あっちで淹れてみては二人に飲んでもらったり、提供する前に自分で飲んでみたり。そうしているうちにすっかりと渡英後も紅茶を淹れるのは専らのところ俺がやることになってしまったぐらいだ。

 

 セイバーめ、いつの間にお嬢様に。

 

「ぜひ今度私に淹れていただきたいですわね」

 

「俺でよければ、いつでも」

 

「ふふっ、そうですわね。でもそれはこのあとの予定が済んでからにいたしましょう。ーーーオーギュスト」

 

「承知致しましたお嬢様。エミヤ殿、こちらへ」

 

「へ? もう終わりですか?」

 

 もっと何かあるかと思ってたのに。

 これで終わり?本当に?

 

「無駄は省いて、シェロにはこの館を見てもらった方が良いでしょう。とは言ってもここは私所有の工房。住まいは向こう。館内の中身については建前とはいえ今調整中ですの。思ったより家具が少なくて驚いていたでしょう」

 

 げ、バレてたのか。

 やっぱり俺って顔に出やすいのかな?

 

「なのでやることは清掃くらいですの。食事等に関しては寮でという事になりますので、その辺りをお忘れなきよう。オーギュストが案内してくれますからついて行きなさい。そのあとで私と共に出掛けますわよ」

 

 出掛ける?

 どこだろう。ショッピングだろうか。

 荷物持ちなら任せてくれて構わない。

 

 そこで一旦お嬢様とは別れ、オーギュストさんの案内で館の中を歩いて見て回る。建前などとは言ってはいたものの、お嬢様の家の資金力を痛感してしまうほどにやはり広い。敷地内には別館もあり、そこはルヴィアさん専用の部屋だとか。もしかしたら工房なんだろうか?

 言っちゃあなんだけど、こんな風に俺にいろんなところを案内してくれてるというのは、本当に信頼されている証…なんだろうか?

 遠坂の言う通り、俺とお嬢様は魔術界における師弟関係というわけでもない。ただ住まいが同じ場所なだけで時計塔でも顔を会わせることもない。そんな奴を雇用してあまつさえ工房と言い張った場所を案内させるって…とんでもないことなんじゃないかと、遠坂の言葉に対する実感は湧き上がってくる。これは、中途半端な仕事は出来ないな。紅茶にしてもそうだ。

 その道中、オーギュストさんの発言で懐から出したメジャーを使って、従者用の服の採寸をしたりもした。今日は普段着で良いと言われていたので良かったが、セイバーの協力の元で気を使って少しだけオシャレをしてきた。

 まあそれはそれで見た目の印象としては悪くないとは思う。

 

「エミヤ殿、何か質問はありますかな?」

 

「いえ、今のところは特に」

 

 ぐるっと一周して、今俺たちは正面玄関前。

 ここでこうしているのは多分、お嬢様がここで待っているようにと事前にオーギュストさんに言っておいたのだろう。

 

「エミヤ殿」

 

 と、オーギュストさんの声に視線を向ける。

 そうすれば、その身長差から来る重圧感を肌に覚え、若干緊張してしまう俺がいた。

 な、なんだろうか。

 ここで何か言ってくるということは、やっぱりお嬢様の前では言えないような事なんだろうか。も、文句……とか?

 

「ありがとうございます」

 

 そんな浅はかな考えをぶった斬り。

 オーギュストさんは俺にぺこりとお辞儀。

 

「え? あ、あの…」

 

「イギリスに赴いて以来、お嬢様の楽しそうなお顔を幾度も拝見しておりますが、最近のお嬢様は本当に…本当に明るい笑みを浮かべておりますので」

 

 ……その声音がとても、とてつもなく優しく響いてくる。ああ、本当にこの人はお嬢様の事を大切に想ってるんだなとわかる。

 

「俺のおかげ…とも限らないですけどね」

 

 きっと、時計塔の方でも遠坂達と一緒に色々とやってるんだろうと思う。

 遠坂も遠坂で俺やセイバーに愚痴を言うわりには結構楽しそうに話すんだなこれが。

 

「それでも感謝しておりますので。どうかこれからも、ここでの働きとは関係なく、一人の友人としてお嬢様と接していただければ幸いでございます」

 

「はい……、俺でよければ、喜んで」

 

 そんな話をしているうちにお嬢様がやってきて「なんの話をしていましたの?」と首を傾げるお嬢様。

 

 その姿になんだかおかしくなって、俺はオーギュストさんと一緒に笑みを零してしまった。

 

 

 

 

 

 そうしてお嬢様という合流したのちに、オーギュストさんの運転する車にお嬢様は当然後部座席、俺は助手席に乗り込みしばらくは走行する車内で会話を弾ませていれば、車はベイジルストリート付近まで来るとオーギュストさんの握るハンドルが回り路肩に寄せて停車した。

 

「シェロ、ドアを」

 

「は、はい!」

 

 言われるままに助手席から降り、後部座席のドアを開けてお嬢様がゆっくりと降りるのを確認してからドアを閉めた。

 

「では、行ってきますわ」

 

「お気をつけて」

 

 オーギュストさんの車は静かに動き出し、通りの向こうへとその車体を小さくしていった。

 ここで降りたのはいいものの、視界の中には特に何かコレだと思わしき建物はない。お嬢様の用がありそうな物件はどれだろうかと目で探っている。下車したこの辺りは住宅地なのでショッピング向きではないのだが…。

 

「行きますわよ、シェロ」

 

 お嬢様の足が前へと進み、その後ろに控えるようにしてついていく俺の目線の先には特に何もない。お嬢様の用というのは聞いていなかったので何かと考えていると、突如として前をまっすぐ歩いていたお嬢様の足は横の通路、細い一本道に逸れた。

 

「お、お嬢様?」

 

「こちらですわよ。それと…シェロ?」

 

「な、なんでしょうか?」

 

 眉根を湯せてじっと俺を見つめる目は何かを訴えかけるような色を帯びていた。

 

「その『お嬢様』というのはやめていただける。その……違和感がありすぎて…」

 

「そ、そう言われましても」

 

「確かに今のシェロは私の従者ですわ。ですからこれは主人の命令として口にします。いつも通りに呼びなさい」

 

「いや、でもそれは」

 

 一応、公私混同は避けておかないと。

 それにオーギュストさんだっているし。

 

「では、私と二人きりの時はいつも通りの振る舞いでお応えなさい。よろしくて?」

 

「はい。あ、いや…わかったよ。ルヴィアさん」

 

「ええ、よくってよ」

 

 にっこりと微笑むお嬢……ルヴィアさんの姿に不意にドキッとさせられる。いかん、今の俺は従者だ。振る舞いに関しては指摘があったものの、しっかりするべき部分はしっかりしておかないと。

 

「早速だけど質問していいかな?」

 

「構いませんわ」

 

「これって、俺たちは今どこに向かってるのかな?」

 

 問いかける中で、ルヴィアさんと俺の足は進む。細い道だ。しかも長い。これどこまで続いてるんだ。他の場所にはこんな脇道はなかったように思うし、この妙な感覚は。

 

「…結界?」

 

「アタリですわ。シェロはそういった部分が優れていますのね。改めてになりますけど私、シェロの魔術的な部分に至ってはあまり知りませんものね。以前は私の種に気づかずにいましたのに」

 

「まだまだ半人前なもんで」

 

 恥ずかしながら。

 そうこうしていると、先頭を行くルヴィアさんの足が止まる。別に行き止まりにきたわけじゃない。視界の先にはまだ道が開けている。

 ルヴィアさんは左側の壁に身体を向け、片手を小さく翳す。

 

 

 ーーーーcall(転化・封崩)

 

 

 一小節のアクション。

 それだけでナニカが変化した。

 

「行きますわよ」

 

 そして、俺が疑問の声も言葉も出さずに。

 

 ーーーーふっ…と。

 

 ルヴィアさんの姿が壁の中に消えた(・・・・・・)

 

「なっ、え?」

 

 本当に一瞬のことだった。

 その間にルヴィアさんの姿が壁の中へ溶け込むように消えていった。そっか、これがあるから結界を張って。

 

「何をぐずぐずしてますの⁉︎」

 

 って、うわ‼︎

 びっくりした‼︎

 ルヴィアさん、貴女現在進行形で首だけで俺の前にいるんですけど。壁から生えた生首が俺を見て俺に話しかけている。こんなシュールな光景を俺が体感することになるとは。

 

「入り口は一分で閉じてしまいますのよ。早くお入りなさい」

 

「あ、はい」

 

 これ大丈夫なんですか?

 なんて聞く時間もなく、とりあえずぶつからないことはルヴィアさんの様子を見ていれば理解できた。けど頭と身体のバランスは理解とは掛け離れてなかなか足が踏み出してくれない。

 ええい、ままよっ!

 反射的に瞼を下ろした状態で飛び込む。

 コンマ数秒の闇が降りてきたかと思えばすぐに瞼の奥へ射し込む光を浴びてゆっくりと目を開ければ。

 

「ーーーーなんだ、」

 

 これ……と口から言葉が漏れ出すほどに、俺は瞳に映り込んだその光景に魅入ってしまった。

 

 圧倒的なまでの情報量。

 眼下に雄大と広がるその街。

 陽光の射す事のない閉ざされたその空間において、煌々と輝く灯りが世界を照らしていた。

 自分達が今立っているこの高台と思わしき場所からでも聞こえてくるガヤガヤとした喧騒。人々が行き交うその様子はさながら地上の繁華街めいて、ここが地下ではなく、夜になりライトによって煌めく地上のロンドンの街並みだと錯覚してしまう。あちこちから揺蕩っているのはおそらく蒸気だろうか。この隔絶的な空間で溜まっていくわりには、上との体感温度の差や湿度のジメジメとした感覚があまり無い。その辺りの調整は一体どうやっているんだろう。

 

「やはりシェロは初めてでしたの」

 

 隣に立つルヴィアさんの言葉に意識が戻る。

 そんな俺の様子が新鮮で面白いのか小さく笑ったのが見えた。

 

「ルヴィアさん、ここって一体?」

 

「歩きながら説明しますわ」

 

 こっちです。と言って前を行くルヴィアを追いかける俺の視線は街の灯りに固定されたまま動かない。ロンドンの地下にこんなところがあるなんて…。遠坂は知ってたんだろうか?

 そんな俺の疑問をよそに、ルヴィアさんの足は前進を続け、ある一点で止まる。

 エスカレーター?

 この場に不釣り合いな感じがするが、そこに乗って階下に降りるらしく二人で足場を踏みそのままスーッと降っていく。そうした目線が正面に向けられた状態でいれば、その広大さに再び驚く。本当に、どこまで続いているんだろうというほどに行き止まりが見えない。天井はなくどこまでも続く夜空が拡がっているように錯覚してしまうところだ。

 

ここ(・・)はロンドン一帯に大きく広がっていますもの。正直私もどれほどの規模を有しているのかは把握してませんわ」

 

「みんな、魔術師…なんですよね?」

 

「もちろん。そうでなければ入れませんもの。二重の結界を開けるのは魔術師のみ。時計塔への登録は不可欠ですが、中には抜け道(・・・)を使ってここへ来る者や商売に興ずる者も。もっとも協会に属する貴族や血統主義を貫く魔術家系の者はここを訪れることはあまり無いでしょうが」

 

 聞けば、ここにやってくる魔術に携わる人々は協会に属す事が義務付けられており、登録や認可については時計塔で管理されているそうだ。けれど中にはいわゆるモグリの魔術師もおり、時計塔に属していないルートでここに足を踏み込む事も可能らしく、その辺りは時計塔も認知しているらしいがほぼ手放し状態で今日まで至っているという。

 要するに余計な問題を起こさないようならば、勝手にしろということらしい。その規律に違反した場合のみ、時計塔お抱えの執行部が動くらしいが。

 

 そんな風に会話をしていれば乗っていたエスカレーターは下へと到着。幾らか歩を進めていけばその街中へ飛び込むことになる。

 

「ーーーーおお…」

 

 なんだか凄い、壮観だ。

 人が行き交うその場所は上と大差無いというのに、この人たちが全員魔術関連の人々だと考えるとやっぱり気持ちが高まる。

 なにせかなりの人の量だから前を進むのも一苦労。それでも今自分がここをこうして歩いているというのが、ある種の満足感をもたらしてくれるというか、ううん…うまく言えん。

 ルヴィアさんと共に人混みを掻き分けて進んでいく。その間も俺の目線は左右に流れる。

 今俺が通り過ぎた店はどうやら調合に必要な機材や材料を取り扱うところらしい。人気のある店らしく人の出入りが激しく、大いに賑わっている。今度行ってみたいな。

 

 そこでふと、湧いた気持ちを声にだした。

 

「ルヴィアさん、なんかこの街並みどこかで見たことがある気がするんだけど?」

 

「ああ、それはおそらくフィクション映画ではありませんの」

 

 あっ、そうか。

 言われてみると確かに、どことなくこの人混みもこの通りも何処かで見たことがある。

 前に見た映画で同じようなシーンがあったような。でもここはあそこよりもっと雑多だな。

 

「撮影場所がイギリスですし、それに場所に関しては協会の方で色々と画策があったらしいですわよ。神秘は隠匿すべしと豪語しているわりにはそういった部分ではえらく見栄を張ったといいますか」

 

 ようするに、ここはあの映画に出てくる場所のモデルになったところなんだろうか?

 だとしたら凄いことなんじゃ。

 今そんなところに俺はいるんだから。

 

「てことは、ここは時計塔にも繋がってるってことなんですか?」

 

 講義で訪れているにもかかわらず、そんな話はしたこと無いし、それにそんな話題が耳に入ってきたことも無い。

 

「時計塔は時計塔で地下空間はありますけれどあそことここに繋がりはありませんの。あちらはあちらで…そうですわね『隔絶された異界』とでもいいましょうか」

 

 なにやら不穏な響きだ。

 この話題はやめておこう。

 

「シェロ、ここへの出入り口は各地区毎にありますけど、むやみやたらにあちこちの入口からここへ来るのはやめた方がよろしくてよ」

 

「? 一体どうして?」

 

「この広さですもの。治安の悪い場所もあります。そうしたところにシェロのような半人前が紛れ込めば、安全の保証などありませんもの」

 

 ……肝に命じておこう。

 ここは魔都である事を忘れてしまえば、それこそ取り返しのつかないことだって容易に起こるのだろう。だからこそ治安の悪い場所などとルヴィアさんから事前の助言があるわけで。

 なんとか人混みの中でルヴィアさんを見失わずに行動していれば、一際開けた場所に出た。ガヤガヤと騒がしいのは変わりないが今さっきまで歩いていた道程よりは幾らか静かになったような気がする。

 そこでふと、かすかな音を拾った。

 カーン…カーン…と、鉄を打つような甲高い響きが届いてくる。鉄工場でもあるのか?

 ルヴィアさんの姿はそんな広場の隅にある階段の手前にあった。ここから見た限りでは下に続く階段はやけに暗いようだ。

 打って変わって、先の見えない片隅の道に来てこの暗さが異様なまでに不安を煽ってくる。

 行きますわよ、と言って降りていくルヴィアさんに従い俺も段差を慎重に降りていけば、天井からふわりと光が射し、足元を照らしてくれる。思ったよりも階段は短かったらしく、すぐに足が地面に触れた。

 薄暗い道は前方と後方の二つに道に分かれていて、ルヴィアさんは前方の道を行く。歩いてみれば分かるが若干カビ臭い。許可が取れるなら綺麗に掃除したいところだが、それをいきなり言っても「なにを言ってるんだコイツは」と第一印象としては良くないだろう。

 そんなことを考えていれば、ルヴィアさんの足がひとつの扉の前で止まった。

 

「ここ、ですか?」

 

「ええ、入りましょう」

 

 ガチャっと、ルヴィアさんが先導して扉を開け中へと入室していく。俺も中へ入ってみれば部屋の内部は通路と同様にいやに薄暗い。

 そして仄かな明かりにぼんやりと輪郭を浮かび上がらせた、壁際を覆い囲むように並べられた棚の上に置かれた『銃』や『剣」の数々。

 武器屋…のような場所なんだろうか。

 

「店主‼︎ 来ましたわよ‼︎」

 

 突然のルヴィアさんの声量にビクリとする。

 そう言ってカウンターらしきものを通り過ぎて左側に空いている通路へとズカズカと踏み込んでいく。ちょっ、そんな大胆に⁉︎

 とりあえず追いかけることにして俺もカウンターの後ろの通路を曲がっていく。ルヴィアさん足速いな。後ろ姿が見えなくなってしまったが、すぐに次のルヴィアさんの声が響き、そこへ向かって歩いていく。

 

「ここにいましたのね。指定通りの時間に来ましたのよ、ミス・ブルームス」

 

「……んあ? ああ、なんだい、エーデルフェルトの娘っ子かい。そういやそんな事を言ってたかもしれないね」

 

「まったくっ……その見窄らしい格好はもういいとしても、クライアントに対する姿勢は改め直した方がいいですわよ」

 

「余計な御世話だよ。あたしはこういう自分も含めて仕事受け持ってんだい。今更変えでもしたら馴染みだって迷惑だろうさ」

 

 しがれた声の女性の声。

 その人と言葉を交えるルヴィアさんの背を視界に捉えた。ルヴィアさんを挟んだ向こう側にいる人を見遣れば歳は六十近くだろうという女性が眼鏡越しにルヴィアを見据えていた。その手の中にあるアレはなんだろうか。紅く輝く球体状のソレを、女性は足元に置かれている布袋の中にポイッと入れていた。

 

 ーーーと。

 

「ん、誰だい、そこのは?」

 

 ルヴィアさんに置かれていた目線がこちらに向いた。

 

「あ、えっと、衛宮士郎です」

 

「シェロは私の従者ですわ」

 

 ルヴィアさんの紹介もあり、女性はレンズ越しに眉を顰めてますます俺を見つめてくる。

 

「坊ちゃん、日本人かい?」

 

「え? あ、はい」

 

 その返事が意外だったのかやけにオーバーなほどに目を剥いていた。なんだろう。日本人が来るのは珍しいのだろうか?

 

「おやまあ、アンタ、ジャパニーズは嫌いなんじゃなかったのかい? ここに来てやたらと愚痴ってたじゃないか。むかつく女がいて、しかもそいつはジャパニーズだとかなんとか」

 

 え?

 それはルヴィアさんへ問われた言葉で。

 え、そうだったのか?

 ルヴィアさんって、日本人嫌いだったのか?

 この人が言ってるのって多分遠坂の事だ。確かに遠坂とルヴィアさんは仲良しってわけじゃ無い。けど、それでも普通に俺には良くしてくれてるんだけど。

 

 言われたルヴィアさんはといえば、慌てたように俺とその女性を交互に見遣り。

 

「ちがっ、いえ違わなくないことも無いですが、シェロは別というか…その、気に入った人間に国々の壁など関係ありませんわ‼︎」

 

「へぇー、そうかいそうかい。まあ若い連中アレコレに興味はないけどね。で、何の用なんだったっけ?」

 

「ですから、頼んでおいたアレですわよ‼︎」

 

 ああ、そうだったそうだったと呟いた女性はゆっくりと立ち上がり、その裏手にある部屋に向かって「おーい、ユーリ‼︎」と大きな声で呼びかけた。数秒の沈黙を挟み「なんですかー‼︎」と返事がかかる。

 こちらも女性だ。

 声からしてまだ若く感じる。

 

「16番だ‼︎ アレ、持ってきな‼︎」

 

 その声に「はーい‼︎」と元気な返事。

 なんだろうかとルヴィアさんの隣に立ったまま待っていると、人の近づいてくる気配。足音が耳に届き、その出入り口の方へと視線を固定していれば「よっこいしょ…」と明るい声を出しながら黒いシートが被さっている包みを両手いっぱいに抱えて運んできた。

 

 ふらつく足元が心配で俺がとっさに前に出て、半分抱える形で支えると包みを挟んだ向こう側の彼女、花紺青(はなこんじょう)に近い濃い青色の髪を後ろ一本で括ってポニーテールにし、服装は白いシャツに黒のパンツとラフな格好であるがその整った顔立ちも相俟ってとても様になっている風に思えた。

 

「あ、すみません」

 

「……いえ、俺、持ちますよ」

 

 素直な感謝の言葉。

 一瞬、目を奪われていたことになんだか悪い気持ちと恥ずかしさが押し寄せてくる。

 そうして包みを受け取るが一人で持ってみれば、ズン‼︎と身体全体に重みがのしかかる。というかこの人、こんなものをよく一人で運んで来れたな。俺が抱えている間に部屋に中央にあるテーブルを片付けてくれていたらしく、ありがたくそこにゆっくりと包みを下ろした。

 

修正(・・)の方は?」

 

「純度は増しておいた。あとは嬢ちゃん次第さ。どんなもんだって術師次第。片方がポンコツならもう片方もへっぽこになりける」

 

「……無茶したことは反省してますわよ」

 

「そうかい? ならさっさと持ってきな。代金は前払いだからね。用済みにはあたしらは用はないよ」

 

「シア(ばあ)。お・きゃ・く・さ・ま」

 

「わかってるよ。ちょっと休憩さね。タバコ吸ってくるからユーリ、看板降ろしといてくれ」

 

 そう言って、店のカウンター方へ歩き去っていく背中を三人で見送る。会ったばかりでまだ人柄を掴めないけど悪い人ではなさそうだ。

 ただちょっと職人気質なだけで。

 

「申し訳ありません、ミス・ルヴィアゼリッタ。ウチの店主いつもああなので」

 

「構いませんわよ。ここへやってきた当初は思うところがないわけではありませんでしたが、もう慣れましたし」

 

「……ところで、その…この方は?」

 

 あ、やっぱりそうですよね。

 さっきからチラチラと見られていたし。

 

「挨拶が遅れました、衛宮士郎です。ルヴィアさんのところで仕事をさせてもらってまして」

 

 お金がなくて、バイトをしないかと誘われ即刻了承したとはあまり言えない。語るような内容でもないしな。仕事させてもらってると言っても今日が実は初仕事だし、しかも私服。

 実際、俺の発言に「仕事?」と身嗜みに疑念の視線が向けられても不思議ではない。

 

「今日は採用通知を兼ねての招集でしたし、ついでに私がよく仕事を頼む店の事を把握してもらおうと思って連れてきましたの」

 

 ナイスなフォローを挿し込んでくれるルヴィアさんに内心感謝をしつつ、今更ながらにスッと一礼する。オーギュストさんの真似ってわけではないが、こういうところから形作っていかないとな。

 

「あれ、もしかして日本の方ですか?」

 

「そうですけど」

 

 あ、この流れはもしやーーー。

 

「でもミス・ルヴィアゼリッタは日本ーー」

 

「そのくだりは先ほどやりましたからもうよろしい‼︎」

 

 やっぱりこの人も知ってたか。

 でもそんなに日本嫌いなのか。

 いや、日本っていう国というよりは日本人というカテゴリーの枠として嫌いなのかな。今度良い機会があったら聞いてみようかな。

 

「あはは、なんかすみません。あ、私の方の自己紹介がまだでしたね」

 

 すると、彼女はぺこりと頭を下げーーー。

 

「ユリル・フォンツ・カミンスキーです。よろしくお願いしますね」

 

 

 それが彼女、ユーリさんとの出会いだった。

 

 

 

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