ーーー星座が見えた。
この星の外。
あらゆる理を担う根源と呼ばれる界。
天と地は別れ、空は世界を囲い。
地はその猛りを覆われ。
世界は命を恵み、命を葬り。
人は、善性と悪性へと転化する。
「ーーーー運が悪かったわね。ホントに」
ーーーえ?
何処からか聞こえた女性の声。
それは果たして誰の声だっただろう。
ひどく聞き馴染みがあるようで、けれど違和感を拭えない。
ーーー例えば、そう。
ーーー録音した
「言っとくけど、
ーーーチカッと、何かが瞬く。
「そうよ。むしろこの
ぼんやりと揺蕩う意識で、其方を向けば。
「てことで、ちょっと借りるわよ。
星を照らす金色の灯火。
その中心にいたのはーーー。
☆☆☆
最初に感じたのは世界の濁り。
人間のカラダ。
人間のタマシイ。
人間のセイシン。
形作られた人類の在り方は無垢ゆえに罪深い。悪臭に満ちた巣窟に
ああ、そういえば、そういう流れだったんだっけ。幾らか観察していたから把握は容易いけれど、いざ自分が認識の内側に入ると、若干戸惑う。
「ちょ、ーーーもう」
気を失ってもなお、力強く抱きしめられていたこともあって抜け出すのに苦労した。それでも案外悪い気がしないのは、きっと今の私がこの
立ち上がり周囲を確認してみると、どうやらさっきまでゴタゴタしていたあの場所からは幾分か離れているようだ。向こうは向こうでなかなかの騒ぎになっているようだけど、まあ私には関係ないしね。
あのまま川に落下したとしても、全身が水浸しになっているわけでもないのを考えるとーーー。
「やってくれたわね」
私はそう言って、壁際に横倒しになっているそのカラダの主に声をかけた。
私の声に、存在に反応したのか小さく鳴き声を上げている。川に落ちる直前に私と彼の元に辿り着き、一目散に飛び去ったのか。
あの状態でよくそこまでの力を出せたものね。そんな適性のカケラも無い人間の器じゃ長時間の顕現は不可能だろうし、時間が経てば経つほど力も弱まっていたっていうのに。
しかも何処かで見覚えのある
無茶をしたものね。
「まあ、それでも
静かに歩み寄る。
私を捉えるその瞳が迫るこのカラダを追いかけているのが映った。
そんなに私に会いたかったのかしら?
悪い気分じゃないわね。
基本的に厳しく接したのが役立った。
当然よ。すぐに暴れるから、私がボロボロになるし、キッツいオシオキ喰らわしてあげないとダメなんだから。
ソッとーーー、手をかざす。
「ほら、帰るわよ。 今度こそあの
もっとも今の状態じゃまだまだ足りないわね。いっそのこと、一から
どうせだから盛り上がるモノがいいわね。さっきまでこの子達がやってたみたいな、えっと……カーチェイス? っていうんだっけ?
アレやってみたら面白そうじゃない?
「ーーーーふっふっふ」
いいわね。いいじゃない。
ちょっと真剣に考えてみましょうか。
「絶対成功させるんだから。この
ーーーあ。
いま……混じったわよね…。
そっか、この人間。
私との適性があるって事は、
さっさと出ましょう。
「適性がありすぎるっていうのも問題ね」
アイツと一緒くたに扱われるなんて。
まあでも、この私との
「それで恵まれてなかったら祟るわよ。なんだったらこの子の本気を振る舞っちゃうくらいにね。フルコースよ、フルコース」
だから、頑張りなさいな。人間。
Fate/extra days
ーーーinterlude/2ーーー
ーーー世界とは、時計である。
終末時計なんてモノが世に存在している。
いや、厳密にはそういった研究者たちの提示する世界のオワリを予見させるための警告なんて、曖昧で主観的で、個人の憶測にも似た数字でしかないのだけど。
けれど、実際その通りだと思う。
世界とは全て数字で表され、足し算や引き算なんて子供の頃に教わる単調であり、突き詰めれば難解なパズルに早変わりするその方程式によって構築されている。
それが私の場合は、より正確に捉えられてしまうだけの話でーーー。
「ーーーーお嬢様」
気がつけば、彼女が立っていた。
私専属として仕えている使用人さん。
といっても、その感情の発露を私は見たことがない。初めて会った時も何も喋らず、何も語らずただ私に仕える者として存在していた。
ーーーアインツベルンの崩御。
古くより続くホムンクルス達の活動は呆気なく、その最期を迎えた。
活動を停止した彼らの亡骸が闇の市場に流れているのを拾い、今こうして私の前にいる彼女は何処か壊れているのだろうか。
お互い
お似合いというわけだろうか。
「ーーーーあの人は?」
「旦那様はお出掛けになっておられます」
「ふーん、そっか……」
こうして他愛のない話。
それだけが私たちがここにいる理由。
その為の私たち。
「今日は講義だから、もう出かけるね」
「はい、いってらっしゃいませ」
さらっと流れる言葉。それが彼女らしくて、愛想の無いその姿勢が変わらなくてなんだか安心する。そうして何か変わっていくモノに対する拒絶も私の中で何か変化していくのだろうか。
屋敷から出れば、今日は曇り空。
冬も本番だ。
冷たく刺さる肌寒さはこの街を不気味に包み込んで離さない。そこかしこに蔓延る魔の薫りが鼻にさす。
時計塔に向かう橋を渡れば、通り過ぎていく二十歳ほどの青年。
「あーーーー、」
思わず声が出てしまった。
変に思われなかったかな、なんて口元を恥ずかしさで手で覆って隠してみる。でもこんな仕草をしたら余計に怪しまれそうですぐにやめた。そうして通り過ぎていくその背中を見送る。
「残念だなぁ……、ーーーまだ若いのに」
あの青年の
あと三日、いや、二日とちょっと。
三日になる前にその生を終えるのだろう。
ーーーーーーそう。
ーーーそうなのだ。
実は私、命の時間が見えるのだ。
いつからなんだろうか。
最初から備わっていたのか。
それを知覚できる前からあったのか。
それとも私が私になってから、そこで芽生えたのだろうか。とにかく私は他人の残りの命をこの眼で捉えることができてしまう。
といっても、捉えてしまうだけ。
それ以外のことは何もできない。
終わる事だけが見えるだけ。
それがどんな終わりであるのかも。
どんな結末を迎えるのかも分からない。
未来視などと呼べる筈もない劣化品。
遠く極東の地には魔を退く業を負った多の血族の中に死を捉え、それに触れる事の出来る者がいるらしいとあの人に聞いた。
別に羨ましいとも思えない。
だってそれはきっと、全ての終わりを視て、全ての終わりを司る、人から外れた者が担う異能である。担ってしまうモノである。
ご愁傷様なんて、戯言すら出てこない。
この眼の力を抑える為に、色んな方法を試してみたもののどうにも上手くいかない。
特殊なレンズを突き破り、この瞳は全てを教えてくる。
いや、違う。
全てじゃなかったかな。
他者の命を捉えてしまうくせに、どうにもこの眼は自分の終わりは教えてくれないらしい。別に見たくはないけど、それはそれでなんだかむしゃくしゃしてしまう。こんなモノを宿してしまった代償だとでも言うのだろうか。
「ーーーま、どうでもいっか」
それにこんな事考えていたら、気付かれちゃいそうだし。鈍感な割には他人の機微には鋭い友人だから質が悪い。まあそれはそれで味ということにしておこう。
どうでもいいことを考えながら歩いていたら、今日の講義室に辿り着いた。中に足を踏み入れてその友人を探せばーーー。
「あ、エーミヤーン‼︎」
声をかけて見れば、ノートに向けていた顔をこっちに移してくれる私の友達。
エミヤシロウくん。
「ああ、イーザ、おはよう」
「おはよう、ーーーって、どうしたのソレ?」
近づいてみればエミヤンは目元に大きなクマを浮かばせていた。心なしか頰も何処か痩せこけている。何があったんだろう。
「いや、ちょっとバタバタしててさ。昨日色々あって事後処理に駆り出されてしっちゃかめっちゃかだったんだよ」
「昨日って、あ……、もしかして」
そういえば廊下で何やら学生の皆が話題に出していた開跳橋の件だろうか。一般人の前でやらかした奴がいるとかなんとか。
魔術協会も事後処理に追われて、しまいには教会の面々も出張ってきたとか。騒ぎになっただけに隠蔽も大変だったんだろう。
もっともここの人達が聖堂教会に直接救援の要請を出したとは思えないけど。だって基本的に教会とは仲悪いし。
そっか、アレに関わってたのか。
ほんとトラブルに愛されてるんだね。
「もしかして……徹夜?」
「………………おかげさまで」
苦笑が漏れる。
苦労してるんだな。当事者だって事は教授達も結構出張ってたんだろうし、完全に色んな意味で目立っちゃったんじゃないかな。それも今更な気がするけど。
「お、そろそろ、講義始まるぞ。座れよ」
「うん、じゃあ隣失礼します」
おははと笑ってから、私はまたいつもの日常に戻ってくる。
こうして、この毎日を私はあと何回繰り返せるだろう。こうして彼と笑いあって、彼の隣に座って一緒に講義を受けられるだろう。
こうして、私の一日は始まって。
そんな中で、少しでもやりたいことをして。
ーーーそうして私は世界の片隅で。
いつか来るであろう