Fate/extra days   作:俯瞰

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extra chorus
ーspecial chorusー


 

 

「バレンタイン?」

 

 夕暮れ時。

 橙色の夕焼けに目が眩む。

 学校から帰り道の途中、夕御飯の買い足しを済ませる。マウント深山商店街の惣菜屋のおばちゃんにコロッケを一つサービスしてもらい、喜んで頂きながら帰路につく。

 こんなところで餓えた虎と遭遇してしまえば半分どころか全部胃の中に攫われそうな予感がして急いで腹内に収める。

 

 帰宅したその足で手洗いを済ませ、さっそく夕餉の支度に取り掛かる。ーーーと、ガタンと戸をがなり立てて家に侵入してきた猛獣が言い放った言葉に、ハンバーグを作成中だった手が止まる。

 

「そう、そうよ士郎! お姉ちゃんはバレンタインのチョコを士郎に要求します!」

 

「……なんでさ?」

 

 いきなり押し掛けて来たと思ったらなに言ってんだコイツと内心吐き捨てながら、その侵入者である藤村大河に向けていた顔をボールに入れたままの生地に戻す。

 

「バレンタインって、女の人がチョコをあげる日じゃ無かったっけ?」

 

 現に去年は本命(ぎり)(市販品)のチョコを年の離れたこのお姉さんに渡されたのだ。まさかくれるとは思ってなかったので、動揺と興奮を隠しながら受け取ったものだが。

 と言っても、照れた姿は隠せなかったらしく、ニンマリとした笑みを向けられて頭をくしゃくしゃと乱雑に撫でられたものだが。

 思い出して若干恥ずかしくなり、体温と頰の色が変化するのを感じ取りながら背後でブーブーとブーイングに励む藤ねえには絶対に気付かれまいと必死に抗ってみせる。

 

「えー、だって士郎ってばすっかり料理も板についてきてるし、士郎が手作りチョコ作ったら絶対美味しいと思うんだけどなー」

 

 蛸のように唇をぷっくりと膨らませながら、言い訳のように言葉を連ねる大河に溜め息が一つ溢れた。そこで自分で作るという選択肢はないのかよ、などと思いながら言われた内容を精査する。

 チョコレートか。

 確かに手作りしたことはない。切嗣も料理は絶望的にアレなので自分がやってはいるが、別に嫌々というわけでもない。

 ましてや必要に駆られてという感覚も最近は薄れてきている。どちらかといえば結構楽しく台所に立っているのが現状だ。家庭科の教科書などに載っているレシピを見たりしては、ああ…この料理なら前日辺りから予め出汁をとっておいた方が良さそうだなんて事を想起したりもしている。

 正直、台所に立って包丁を握るのが楽しみになってきているのが衛宮士郎という子供の内心であった。

 

「まあ、確かに作ったことないけど……」

 

「でしょ! しろーうー、作って作ってよ〜」

 

 いつに間にか隣に立っている年上の女子高生がゆさゆさと肩を掴んで揺らしてくる。高校生というものは皆が皆こんな感じなんだろうかと薄めで視界に収めていれば、相手にされてないことで拗ねたのか、余計に構え構えと肩を揺すってくる。どうでもいいけど、ああいや全然どうでもよくないけど、手が進まない。

 

「ああーもー! 俺に言う前にまず自分で作ってみたらいいだろ! どうせやったことないんだから! ちょうどいいから作ってみなよ!」

 

 藤村組の皆に振る舞ってあげろよなと悪態をついてみれば、ガーン!と音が出そうなほどにショックな顔付きになる。嫌な予感がして一歩距離を離してみれば、即座に距離を詰められ、両手の人差し指を口内に突っ込まれ左右にグイッと引っ張られた。

 

「ひへ、ひへへっ! ふひねえ、はなへよ!」

 

「へっへーんだ、何言ってるかわかりませーん」

 

 ぐいぐいと左右に引っ張っては通常に戻すを繰り返している大河に今の士郎は為す術無し。

 なにせ両手はハンバーグを捏ねていたため、具材がべっとりと手に付着したままなのだ。流石にこの手を武器に大河に攻勢を仕掛けるのは躊躇いがある。

 しかし手を洗おうと動くと、余計に強く引っ張ってくるのでタチが悪い。若干涙目になってきている今の士郎に、選択の余地はなかった。

 

「わ、わはっは! わはっははら!ふふうはら! ひょこ、ふふらへへいははきまふ!」

 

「うむ、ならばよし!」

 

 何言ってるか分かってるじゃんと、大河の指がすっぽりと口から抜け、若干ひりつく頰を洗った両手でさする。涙目で責めるように見つめるのは当然であった。男子小学生をいじめる女子高生の姿が周囲にどう映るかは不明だが、商店街の人達にはきっと「またあの子達は仲良くしてるのねー」なんて勘違いをされてしまいそうで困る。

 

「やったー、士郎のチョコだー!」

 

「たくっ、この虎は……」

 

 どんだけ嬉しいんだよと、ぼそりと呟いてから調理に戻る。状況下で渋々了承する流れになってしまったが、作ると宣言してしまったからには作る。それにいざ作るとなればやはり美味しく作りたいものだ。色々と調べてみようかと考えを片隅に保管して、先程から行なっているハンバーグ作りに意識を割く。

 

「あ、士郎、私も手伝おっか?」

 

「別にいい。 チョコも作れないような人に頼むことはありませーん」

 

「この、生意気なー!」

 

「うわっ! だから手塞がってんだから、また引っ張ろうとすんなー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fate/extra days

ーーーspecial chorusーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 バレンタイン当日。

 ワクワクを抑えきれないらしい虎の煌めく眼差しに冷や汗をかきながら過ごした連日。

 夕食時も上がり込んでくるのも、慣れたとか慣れないとかはもう意味のないほど馴染みきっている藤村大河の存在は士郎も切嗣もさして思う所はないが、先日の一件のあとは、それはそれは食事時も意味深に視線を寄越してくるので煩わしいことこの上なかった。

 切嗣が首を傾げている中、期待に膨らんだ瞳で見つめてくるので、スッと視線を逸らして何度味噌汁を啜ったか。

 

 だがそれも時期に終わる。

 

 なにせその眼差しも、バレンタインが終われば解消されるのだから。

 

「よし」

 

 準備は完了。

 バレンタインの前提とも言えるチョコは市販品をすでに入手済み、冷やす用の氷も買っておいた。まずは生クリームを鍋に入れ弱火〜中火にかけ、沸騰するかしないかの所で火を止める。その間に買っておいた市販のチョコを包丁で細かく刻んでいく。

 ガナッシュ用のチョコ、コーティング用のチョコの二種類の用途があるため、刻んだチョコを分けてボウルに入れておく。

 刻む工程の最中にも、鍋のほうに視線をちょくちょく移しながら十分に生クリームに火が通ったのを確認してからガナッシュ用のチョコの入ったボウルに生クリームを投入。

 ゴムべらでかき混ぜていく。

 チョコが良い具合にクリームに溶け、なめらかな状態になるまで時間をかけて混ぜていけば、ゴムべらからすーっと滑らかにボウルの中へと落ちてゆくのを確認して、すぐさま冷やす準備に移る。

 

 いい感じのボウルがなかったので、情けない話だが炊飯器の釜を利用してボウルごとチョコを冷やすことにし、釜の中に水を入れ、買っておいた氷を落としてゆく。ボウルが浮き上がるほどの水量と氷を用意してから、その中に容器をゆっくりと入れてから、再びゴムべらで少しだけかき混ぜておく。

 先ほどのように勢い付いてかき混ぜると空気が入りすぎるので、そこに注意を払いながら合間合間にかき混ぜていく。

 

「……ああ…」

 

 流石に腕が疲れてきたが、それでも注意深くチョコを整えていく。

 液体状のチョコが次第にもったりと形を為してくる。それを確認してからまな板の上にシートを敷いておき、そこからは軽量用のスプーンを使う。

 ボウルに敷き詰められたガナッシュをスプーンを使って掬い上げてから、二本同時に使用するスプーンで丸みを帯びた形に整えていく。これはなかなか手間がかかる。やったこともなかったので上手く球体状に出来ないことに苦戦しながらも、ひとつひとつを丁寧に、かつ迅速に処理していく。

 球体状のチョコは敷いておいたシートの上に並べていき、ガナッシュの入ったボウルに付着している残りをゴムべらで一箇所にまとめてからスプーンで無駄なく数を増やす。

 

「よし、できた」

 

 シート上に並んだチョコに多少の満足感を味わいながらも、まだまだ工程は続く。そこから丸めたガナッシュは冷蔵庫にて三十分ほど冷やしていく。

 

 今度はコーティング用に細かくしておいた製菓用のストロベリーチョコの入ったボウルを、温めておいた水の張ったボウルの上に重ねるようにして、熱で溶けていくチョコを同様にゴムべらで湯せんしていく。

 熱が入り過ぎるとNGなので、ゴムべらに付いた苺色のチョコを垂らしていき、ダマが残っていないかを目で確認しながら混ぜていく。人肌より少しだけ冷えた温度でチョコを保持しながら、ガナッシュが冷えるのを待つ。その間、使わなくなった道具を片付けてから冷蔵庫からガナッシュを取り出す。

 スプーンである程度丸めてあるとはいえ、少々歪な物もあるので、チョコが溶けてしまわないように冷水で手を冷やし、しっかりと水気を拭った手で丸めていく。

 

 全部のガナッシュを整え、コーティング用のストロベリーチョコを手のひらに付けていく。ガナッシュを手に取りその上に乗せて満遍なくコーティングしていく。

 コーティングしたのち、バットに入れて用意してあったココアパウダーにコロコロと転がしていく。苺色のコーティングが見えなくなるようにたっぷりと塗していき、その手順をガナッシュの分だけ繰り返していく。

 

 そして、最後の一つにパウダーを塗し。

 

「ーーふう、完成……かな?」

 

 チョコトリュフの完成である。

 初めてにしてはなかなかの完成度じゃないかと少しだけ自分を褒めてから、コーティングが完全に固定されたのを確認し、お店で買ってあったプレゼント用の包みを用意して、完成したソレをいい具合に入れていく。

 と、その前に試食をと、指でチョコトリュフをひとつだけ摘む。少しだけ力を入れてみるがボロボロと崩れることはない。パクリと口の中に転がしてみる。

 

「……おお」

 

 美味い。 甘い。

 簡素な言葉だが、初めての手作りチョコの感想としては十分ではないだろうか。少しだけ苦味のあるココアパウダーがストロベリーとチョコの甘みを抑え、適度な甘さを保っている。コーティングとガナッシュにしてもそれぞれの甘さと良さを打ち消し合うこともなくきちんと住み分かれ、口の中で溶かしていっても両立されている。歯ごたえにしても柔らか過ぎず、固過ぎずといった具合だ。

 成功、と言ってもいいのかもしれない。口内にチョコの甘さを感じながら、テキパキと手を動かしていく。

 

 このあとで訪れる時間が少しだけ楽しみだと、高まる期待を胸の内にしまいながら、更けていく外の世界を縁側に座りながら眺めていることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藤ねえ、ちょっといい?」

 

 すっかり夜も更け、夕食も済んだ。

 士郎の第一声が、テレビに向けられていた

大河の視線を皿洗いの為に台所に立っていた彼のほうへと向けられる。テーブルの反対側、大河の真正面に座っている切嗣は、今日は雷画爺さんのところに用事があってしばらく外していた影響か若干疲れていそうだが、今日だけはもう少しだけ我慢してもらおうと考えながら、台所に保管していた包みを二つ持って居間のほうへと足を踏み出した。

 士郎の手の中に収まっている包みを見て、大河は今日という日を再度認識し直した、嬉しそうに目を輝かせた。

 

「士郎、もしかしてそれって……」

 

 ぷるぷると震える指先でこちらを示してくる大河に「大げさだなぁ」と内心呆れながら彼女の正面に立つ。こうしていざ手渡しする時になると緊張する。しかも初の手作りチョコとなるとなんだか気恥ずかしい。

 頰の火照りを感じつつも、ええいもうヤケだとへったくれながらスッと片方の包みをこちらを見上げている大河に差し出した。

 

「えっと……ハ、ハッピー、バレンタイン……」

 

 は、恥ずかしい。

 なんでこんなにも恥ずかしくなっているのかと自分自身に謎を浮上させていれば、大河は士郎の持っている包みを両手でゆっくりと手に取っていた。仰々しい感じが無駄にこの胸の内側に渦巻く羞恥心を刺激してくるので、さっさと終わらせてしまおうと、向かい側に腰を下ろしている切嗣の元に歩み寄る。

 

「爺さんも、これ……」

 

「僕にもあるのかい?」

 

「まあ、当然ていうか……一応甘さは抑えてあるし、体にも害は無いと思うから」

 

「……そうか」

 

 じゃあ、と言って差し出された包みを受け取り柔らかく笑みを浮かべる切嗣の様子に、またしても照れ臭くなって、さっさと退散しようと後ろを向いて台所の整理をしようと足を動かそうとしたところで、

 

「えー、士郎も一緒に食べようよ」

 

「いや、俺は味見とかで食べたし」

 

「せっかくなんだからさ、三人で食べよ、ね? 切嗣さんもそう思いますよね」

 

「そうだね。大河ちゃんの言う通り、せっかく士郎が作ってくれたんだ。 感想も言わせてほしいな」

 

 二人の発言に、うぐ…と言葉が詰まる。

 別に嫌ではないけど、身に溜まる恥ずかしさだけは消せそうに無い。それでも今も感じる二人の視線を受け止めていると、無碍に断ることも憚られた。 士郎はその場で深呼吸をひとつしてから台所に向けていた足を再び居間のほうへと戻した。

 大河が隣に来て来てと言って誘ってくるので、おとなしく切嗣の横にちょこんと座る。その事実にクレームを飛ばす大河に「さっさと食え」と告げれば、不満そうながらも包みを開封して中身に目線を落とす。

 

「うわっ、え……これ、士郎が作ったの?」

 

「ほかに誰がいるんだよ」

 

「だって、これ……うわー、予想以上だよこれは」

 

 後半のほうはぶつぶつと独り言を呟いていたので何を言っているのか士郎には分からなかった。何か文句でもあるのかと問い質そうとしたところで、同様に封を開けていた切嗣がチョコを摘んで口元に運ぼうとしているのが視界に入り、そちらに意識が向く。

 口に含み、ゆったりと動くその様子に意識を集中させていれば、大河もぱくりとチョコ玉を口に運んでいた。その瞬間、眼光がピカッと煌めいたかと思えば。

 

「う、うまー! え、これ普通に市販品のチョコだよ。士郎、言いたくないけど、本当にこれ手作りなんだよね?」

 

「だからそう言ってるだろ。 文句があるなら返せ」

 

「いや! これはあたしんだい!」

 

 幼い我が子を守るようにひしっと抱え込む姿に「溶けるぞ」と忠告を促してから再度切嗣のほうへと顔を向ける。そして、それを待っていたかのように切嗣はふっと口元を綻ばせた。

 

「うん、すごいな士郎は。本当に売り物のチョコみたいだ。 普通に売り出せるんじゃないかな」

 

 そう言って笑みを見せる切嗣に、照れた顔が隠せなくてそっぽを向いた。

 

「あー、士郎照れてるぅー」

 

「う、うるさいな。 別に照れてないし」

 

「またまたぁ〜、切嗣さんに褒められて嬉しいくせにぃ〜」

 

「うっせぇ!」

 

「あー! 姉に向かってその態度はなんだー! もう素直じゃないんだから少年ってば〜」

 

 近くに這い寄り、頰を指でツンツンと弄り倒してくる大河から逃げるようにそっぽを向き続ける士郎の様子につい軽く吹き込んでしまってから、切嗣は静かに口を開いた。

 

「ところで、大河ちゃん」

 

「はい? なんですか?」

 

「大河ちゃんの鞄の中に入ってる物は、いったい何なのかな?」

 

 その言葉の直後、士郎に伸ばしていた指先から全身がピタリと停止した。

 頰をぐねりと指で押されたままの士郎も、その様子に首を傾げている。いったい何事かと思っていれば、突如指先がガタガタと震え出し、驚愕の色を浮かべた顔で大河は発言者である切嗣から退くように畳に打ち付けている尻を後退させる。

 

「なななな、なん、で、そそそ、それ、それを、きりつぐさーーーん!?」

 

「いや、士郎がチョコを持ってきてから、ちらちらと鞄のほうに視線を向けていたから、何かあるのかなと思ってね」

 

 からかうような明るい口調でそう告げる切嗣だが、それは本来の話を遠回しに口にしているというのは大河には酷く分かった。

 要するに逃げ道を潰されてしまったのだと理解して、深い息を吐いてしまう。

 

「……あっちゃー、やっぱり切嗣さんは騙せませんねー」

 

 参りましたと告げ、一礼する。

 そんな大河の様子を不明に思っている士郎の視界の中で大河は四つん這いでのそのそと居間の隅の壁際に立て掛けておいた鞄に近づいていく。中身をごそごそといじってから、ゆっくりとこちらに向けていた背中をくるりと裏返した。

 

 ーーあ、っと。声が出てしまった。

 

 その両手に持っている装飾された箱はどうみてもアレとしか考えられなかった。切嗣と士郎の視線を感じて若干照れたように紅潮した頰で、いつもより小さな声音で発言する。

 

「その……ですね。 士郎に作れ作れって言っておきながら自分はなにもしないのはどうかと思いましてですね、自分も初のチャレンジと言いましたところでですね」

 

 妙な口調で切り出す姿勢に呆れた目線を配りながらも、その手のひらに乗っかっている物を注視する。正方形の箱がどこか拙い感じに紐で巻かれている。発言からするに、あれも大河自らで行なったのだろう。

 

「もしよかったら、食べてもらえないかなー、なんて……」

 

「もちろん。 大河ちゃんが一生懸命作ってくれたんだからね、士郎もいいかい?」

 

「う、うん。まあいいけど」

 

 了承したのちに、大河が持っている箱を手に取る。切嗣も手に取ったのを確認してから紐を解いて中身を検める。内部に入っているにはカットされた四角形のチョコだ。それだけだと市販品をただ折っただけのように見えるかもしれないが、ひとつだけ目に付いたものがあった。

 

「あ、これ」

 

「き、気づいちゃった。 なんか表面が白くなっちゃって……」

 

 たはは……と笑う大河をよそに、士郎が一欠片を手にとってみれば、確かに隅っこの方が白く変色している。

 

「ブルーミング……。 藤ねえ、ちゃんとテンパリングしてないだろ」

 

「ぶ、ブルー? テンパ?」

 

「温度調整しないと、チョコってこんな風になるんだ。 だからそこらへんは気をつけないと」

 

 そう言いつつも、士郎の手はチョコを持ったまま口元へと動く。その光景に何を思ったのか「あ……」と声を出した大河を気にせずに口内に含む。うん、まあ……チョコだな。なんて他愛のない感想を呟きながらも、もう一つとチョコを摘む。

 

「む、無理に食べなくてもいいって!」

 

「なんで? 爺さんだって食べてるし」

 

 実際俺よりも先にもう食ってたし、と内心で言葉にしてみる。切嗣は切嗣でもうパクパクと大河手作りのチョコを食べている。

 

「うん、初めてにしてはすごいんじゃないのかな。 僕は料理はからっきしだからね、その辺り士郎はどう思う」

 

「えっ?」

 

 急な問いかけに手が止まる。

 そりゃこれだけ食べてればわかるじゃん。

 なんて言葉を口にする前に、大河が待ってましたとばかりに両手を膝に置き、正座したまま、自身の判定を待ち構えている。若干緊張気味の大河の様子に当てられて、こちらまで緊張するだろと答えあぐねながらも、言うべきことは言わなければと、口が動く。

 

「まあ、その……俺もチョコ作ったのは初めてだし、藤ねえのもちゃんと出来てると思うぞ。 もっと上手く作りたいなら……なに? 一緒に作ってもいいし……」

 

 後半の言葉がうまく声に出ない。

 今日だけで何回恥ずかしがればいいんだと、バレンタインという日に多少鬱々としてきた士郎だったが、その発言の受け取った側に至ってはその枠には収まらず。

 

 頰を赤くしている小学生に、ギュッと抱き付く藤村大河の姿がそこにあった。

 

「うわ、ちょ……藤ねえ!」

 

「もうーこのマセガキめ! よし決めた! これからしっかりとお姉ちゃんとして士郎を守っていかなくちゃね! 剣道で私より強い王様っぽい金髪とか、レッドデビルとか、ラスボス系後輩には、ウチの士郎は取らせないんだからー!」

 

「意味わかんないし! いるわけないだろ、そんなヤツら!」

 

 ていうか離せ、タイガー! と暴れている二人の様子を切嗣は穏やかな表情で見守っていた。

 

 こんな風に日常は過ぎて行く。

 ほのかな暖かさの中に微睡む。

 甘さも苦さも、なにもかもを今だけは。

 優しい火が灯るこの家を解かしてゆく。

 

 

 

 ーーふと、星が瞬いた。

 輝きは増してゆく。

 やがて訪れる運命の夜へと至ろうとも、尚。

 

 

 

 

 

 

 


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