Fate/extra days   作:俯瞰

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第五話・下 前篇

「セイバー!」

 

 耳に響く摩擦音、体へと伝う風。

 セイバーの振り下ろされる剣にアレ(・・)は腕を突き破り、表出させた黒く淀んだ身体を盾にした。普通ならば彼女に力で振るわれる剣を腕で受け止められる筈がない。

 それでもーーー。

 

「あ、t;f s@…」

 

 顔面が剥がれ、口元が避け、右の眼球がかろうじて元々のその窪みに繋がっている。

 体内の骨は何処へいったのか、セイバーの剣を受け止めるその生えた装甲の下に元からあった肘がぺらりと薄皮のように剝がれ落ち、そこから結びついている右手首から上の部分がぶらりと垂れ下がっていた。

 ブクリと、人の形を僅かに保っていた左半身があり得ないほどに体内から膨張を始める。次の瞬間には起こるであろうその光景を、私はただ何をするでもなく、じっと見つめていた。

 目元から血流し、半分零れかけた眼球がギョロリと私を捉えたのを感じてしまう。

 

 

「……………たぅ…け……………て」

 

 

 水風船のように弾け飛んだ。

 飛び散る血漿。

 微かに聞こえた呪詛(ひめい)

 それを嘲笑うかのように瞳に写りこんだ寒気がするほどのその笑み。

 

 

 

 

 

 

 

「ffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffffーーー‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 

 

 

 

 絶叫が木霊する。

 醜悪、歪。

 そんな悪性を従えてここに現界したと、誰かに届けと伝えるように。

 

 なんだ。

 なんなんだ。

 

「なんなのよ、これ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fate/extra days

ーーー第五話・下 前篇ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地面が震えた。

 一瞬、錯覚かと感じてしまう。それでも不意に襲ってきたその感覚に足が止まる。数秒の静止のあとに、それがやってきた。

 

 なにか音が聞こえた。

 背後から。

 

「なっーーー」

 

 さっきまで歩いていた道がない。

 そこにあったのは真っ暗な暗闇だけだ。

 そもそもだ。

 今まで慌てふためいて気が付かなかった。こんな大事なことを。

 どうして、あんなにも暗かったこの場所が今こうして正常な視界を定められるほどに明るく見えているのかを。その意味を。

 

「走るんだ‼︎」

 

 獣(?)の声に足が無意識に動いた。

 そう、そうだ。さっきまではあの女の人のランプの灯りを頼りに道を歩いていたというのに。それを持っていった筈だというのに俺の視界がこんなにも灯されている。どうしてだ?

 そして今、後ろから聞こえてくるこの音はなんだ。4本足で素早く駆けていくその姿を目で追いかけながらだと、どうしても余裕がない。

 でもひとつだけなんとなくだが、分かる。

 今、ここで止まってしまえばそこでゲームオーバーになってしまうということを。

 細長い通路を早足で駆けていく。

 

「まいったなぁ。どうも最近ついてないよ。体力不足を痛感しそうだが、まさかこんな短い期間の内にまた走ることになるとは‼︎」

 

「言ってる場合じゃないだろ‼︎ そろそろ背後がどうなってるか知りたいんだが‼︎」

 

「知ったところでここでは対処の使用がない。この肉体に入ってしまうと出来ることに限りがあってね、さっきキミを助けた時にある程度の魔力を使ってしまったから今はこうして足を使って逃げるしかない」

 

「これ、闇雲に逃げてるわけじゃないんだよな‼︎」

 

「もちろんさ‼︎ 一体私を誰だと思っているんだい?」

 

「いや、誰なのさアンタ‼︎」

 

 いい加減教えてくれてもいいと思う。

 とにかく今のこの状況を抜けてからだが。

 

「頑張りたまえ、もう少しだ‼︎」

 

 その言葉が聞こえた瞬間、身体が何かを通り抜けた。同じ内部ではあるはずなのに、今まで通って来た道とは明らかに空気が違う。

 それもそのはず。

 

 ーーードプンと、水が全てを満たした。

 

「ーーーーっ‼︎」

 

 慌てて後ろを振り返る。

 そこにあったのは足元の凹凸が気になる泥の塗り固まった道ではない。何処までも、何処までも続く、水中に架けられた橋の上。縁の方に等間隔に支柱が並び立ち、その柱を頭上から射し込む光が海中をゆらゆらとカーテンのように揺らめきながら照らし出していた。

 というかっ…周囲の状況を確認してる場合じゃない。これっ、マジでまずいだろ‼︎

 

「大丈夫さ」

 

 へ?

 あれ?

 俺の足元にちょこんと座り込む獣さんの声が届いた。ん? 声が?

 

「息をするといい。それがキミなりの自傷行為というなら黙って見守らせてもらうけど?」

 

「ーーーーあれ?」

 

 息が、出来る。

 意識を足元に集中してみると、しっかりと足裏が地面に着いている感覚もある。どころか海中なんだから勢いよく飛べば浮き上がれるはずだ。それも今やってみたが出来ない。コポリと口元から漏れた気泡が海面へと上昇していく様子を普通に呼吸をしながら見ていた。

 なんだこれ。こんなの現実じゃ…。

 そこで思い出した。とても大事なことを。

 

「そうか…これは夢だ」

 

 言ってたじゃないか、ここは夢の中だと。

 夢なんだから何でもあり。

 こうして水の中で息をすることも、発声をすることも可能なんだ。まさに夢そのものだ。

 でもそうだとしても、なんでいきなりこんな場所に変わったのか。獣さんはその辺りの事情を詳しく知っていそうだが。

 

「感心しているところ悪いけど、そんな場合じゃないと思うよ。ーーーほら」

 

 獣さんが促した場所。

 そこに立っていたのは彼女だ。

 金髪の髪が水の中でゆらりと揺れる。

 特に怪我をしているようにも見えない。

 よかった、無事だったか。

 

 ……いや、待てよ。

 さっき、獣さんは俺が彼女と合流するのなら一緒には行かないと言ってなかったか?

 なのに、どうしてここに。

 真下にいる獣さんに声をかけようとして。

 

 

「あなたは、誰ですか?」

 

 

 その声が聞こえたと同時に。

 世界が一瞬震えた。

 水全体が波を起こしたように、波紋を広げていく。やがてそれがゆっくりと沈み去ると。

 

「あなたは、誰ですか?」

 

 同じ問いを投げかけられる。

 微かな足音を聞いて下を向けば、獣さんは数歩前に出て、彼女をしっかりと見つめていた。

 

「キミの探している人の知り合いさ」

 

「私が……探している?」

 

キミ(・・)とは違うキミが探している人のね。表側は彼女の領域だ。直接干渉すれば干渉されかねない。こうして裏側に潜り込んでみたのは正直一か八かだったけど正解だった」

 

「なにを、言っているの?」

 

「申し訳ないが時間がないんだ。詳しく説明している暇もない。……ごらんよ」

 

 言葉に促され、俺と彼女の視線が上へ向く。

 神々しいほどに眩く映る光に包まれた水の中。そしてその彼方、海面を侵食する黒い泥。

 光は陰りを帯び始め、俺の視界も段々薄暗いものになっていく。その中で俺の視線はあの泥に固定されたまま動かない。

 そんなまさか。

 その領域を広げ続けるその泥を見間違えるはずがない。ここからでも分かるんだ。

 泥の中にあるその歪みに。

 世界を覆い尽くさんと流れ続けるあの歪んだ欲望の吹き溜まり。人の願い。人の悪性と真理を溜め込み、噴き出す。

 それはまさしく、柳洞寺で目にした聖杯から溢れ出すあの黒い泥そのものだった。

 

「時期にここもアレに呑み込まれるだろう。そうすれば精神体のキミも終わりだ。魂は消えることも無く永遠に縛られ続ける」

 

「…私はあなたを知らない。けど、あなたは私のことを知っているのね。……だから教えて、あなたは誰?」

 

「ーーーキミの愛した男の知人さ。(フラワー)とでも呼んでくれ。そしてこっちの彼は私の知り合いの知り合いだ」

 

「ああ、えっと…衛宮士郎です」

 

 さっきまでの発言やこの会話の流れからして、この女性がさっきまで俺が一緒に行動していた人とは別人だというのはわかった。

 とりあえずはそれだけわかれば良い。

 今はとにかくここから抜け出さないと。アレに呑み込まれでもしたらもう終わりだというのは俺も賛成だ。

 

「ここからどうすればいいのか教えて欲しい」

 

「いいとも。まずは解析を頼みたい」

 

 かいせきって…あの、解析か?

 

「見ての通りのみてくれだろう。キミに頼みたいんだ。得意でしょ?」

 

「でもいったい、なにを」

 

「簡単さ。ここだ、この場所だよ」

 

「場所…って…」

 

 この今俺たちが立っているこの橋か?

 ここを解析する?

 それとも今まで通ってきた道を全部?

 

「キミはここに来てから、何か違和感を感じたりはしなかったかい?」

 

「……あ」

 

 あった。

 そう、ランプも無しに明かりがついていたりしたことだ。あれを違和感という言葉だけで片付けるにはちょっと無理がある。

 

「もう触れているものを更に強く意識するんだ。あるべきものを解き、あるべきでないものを捉える。ここは夢じゃない、ある種の結界の中と思うといい。もっとも規模が規模なだけに構造把握中の魔力のアシストはするさ」

 

 結界の中。

 意識しろ。集中しろ。想像しろ。

 そうだ。

 穂群原で遠坂と呪刻潰しをしていた時と同じだ。橋の表面にぴたりと手を合わせる。そしてその上にぽふっと獣さん?フラワーさん?の白い体毛で覆われた手が乗せられた。

 

「いいかい? キミがここから出る方法は一つ。この夢を見ている原因の目を覚まさせるしかない。シンプルだがことがことだけに探すのに一苦労だからね」

 

 

同調、開始(トレース・オン)

 

 

「それを見つけるんだ、エミヤシロウくん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体全体がぶわりと何処かに引き込まれる。

 

 肉体から意識だけが引っ張られ、先の見えない場所へと波に呑まれたように勝手にどんどんと吸い寄せられる。

 

 

 

 ーーーー貴方に、比ーれー、私ーど。

 

 

 何かが、頭を通り過ぎた。

 優しく尊い、眩い影が。

 

 

 ーーーー我がー腕ーーー節のーて、取りーせぬ罪のー‼︎

 

 

 瞬きがあった。

 儚くも揺るぎない、苦難の道が見えた。

 

 

 ーーーー私はーーが、心ーからーーめしい。

 

 

 声が聞こえた。

 抗いと、悔いと、慚愧の意志が。

 

 

 ーーーーーれより、叛逆ーたーー拘束すー。

 

 

 握りしめる剣の歪みを感じた。

 偽りと真実の写し鏡のようで。

 

 

 ーーーー叛ー騎士がーー者にーーーちゃ、さすーに立つーーないっーーーだ。

 

 

 刃から滴り落ちる血を見た。

 迷い、躊躇い、贖いをも、その手に込めて。

 

 

 ーーーーこのーーーにー、意味がーーたのー。私にーーれがーー。

 

 

 聞き慣れた声。聞き慣れない声。

 どこか遠く、星の輝きが見えた。

 

 

 ーーーーかーしー悪ーの騎ーー見るーおぞーーい怪ーに成りーーる。

 

 

 何かに触れた。

 悲しみと、耳に残響するその奏に。

 

 

 ーーーそして、その中の微かな嘆きに。

 

 

 ーーー愛しています。

 

 

 

 

 

 

 

「捉えた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれぐらいの時間を彷徨ったのだろう。

 ふらふらと揺られ、揺られ、揺られ続け。

 あなたの姿を探し続ける。

 ああ、愛しき人。最期に見たあなたの表情を私は忘れる事ができない。

 ここは地獄なのだろうか。愛に堕ち、何もかもが狂い、それでも抱き続けてしまったこの想いが私を此処へ誘ったのだろうか。

 どれだけ歩いても、この暗闇の中を灯りをひとつであなたを探す。

 諦めなんてもう遠くに捨ててきてしまった。意地の悪い女にあなたは軽蔑するかしら。でもそれでも、最初は間違ってしまったのかもしれない私たちだけど。

 

 愛しの君よ。

 

 この胸に湧く想いを否定する事が私には出来ませんでした。

 

 

「ーーーー問、ーー我の声ーーえて、ーか?」

 

 …え?

 

「ーーー問う、我の声が、聞ーーているか?」

 

 あなたは、だれ?

 

「もはや■■に名など不要、黄昏は遠く、我らが玉座は静寂を赦した」

 

 声だけが聴こえてくる。何処か哀しげで、悲愴に満ちた、懺悔にも似た、暗闇の声が。

 

「ーーー今一度、問う、其方は我の声が届いているか?」

 

 ええ、もちろん。

 

「ーーー嘆きを聴いた、(かな)しみを聴いた、冀求、願望、ーーーその求めに応じ、我の力、提示させよう」

 

 力を、貸してくれるの?

 

「ーーー肯定、か?」

 

 ………いいわ。力を貸して。

 どうしても逢いたい人がいるの。

 

「ーーー承認」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 稲妻が走る。

 コンクリートの地面が容易く砕ける。

 その中心、水滴の如く円状に地面を粉砕するセイバーの剣が煌る。瞬きの光すら取り込んだように一瞬の閃光が映り込む。

 

「ffffffffffffffーーー‼︎」

 

「ーーーーフッ!」

 

 槍のように突貫される腕を回避し両手に握る剣が振り上げられ、二の腕と思わしき部分から先が切断された。奇声をあげるバケモノは残っているもう片方の腕を左右に無作法に振る。

 けれどそんなものにセイバーが当たるはずがない。彼女はブリテンを統べる騎士王との呼び声も高いセイバーのサーヴァント。

 サーヴァント同士の戦いならいざ知らず、いえ、たとえサーヴァントであっても近接戦闘でおいて彼女の力に匹敵する英霊は多くは無い。

 少しの剣戟の後、敵の生態を認識・観察してセイバーの動きはもうアレを仕留めにかかっている。ドン!と彼女の周りに転がっていた瓦礫が強い衝撃を受けて後方へ吹っ飛んでいく。

 そしてーーー。

 

(エア)よ‼︎」

 

 見えない斬撃が敵を押しやる。

 縦一直線に亀裂が入り、舞い上がる風によってその形体がそのまま宙に浮きあがる。

 

「3333333333333333ーーっ‼︎」

 

 アレが金切り声を上げたその刹那。

 上空に吹き飛んだその身体の前部。

 ずっと私の背後に控えていた彼女は、いつの間にか鋭い眼光を宿してーーー。

 衝撃が音と風圧を伴って全身に届く。

 って、ちょっーーー!

 私の方に飛来してきた破片をセイバーが風によって受け流してくれた。けどそれってセイバーがいなかったら私に普通に当たってたってことなんですけど⁉︎

 立ち込めていた煙が晴れると仰向けに倒れたソレと、その腹部と頭部に黒鍵を叩き込んでいた代行者が傍に佇んでいた。

 

「セイバーさん、どうでしょうか?」

 

「私的な感ですが、もう動かないかと」

 

「そうですか、では」

 

 刀身が淡く消えていく黒鍵を引き抜きその身を包むシスター服へと入れ直した。どうなってんのよその服、あとさっきのバカヂカラ。

 

「凛、どう見ます?」

 

「そうね。多分セイバーと同じよ。あと一つ付け加えると」

 

 人差し指でスッと倒れていたソレを示す。

 といっても。

 

「動かないどころか、もう無くなってるわ」

 

 今さっきまでそこにあったはずの形体は見る影も無い。でもそこに残っているその残骸は。

 

「それ触らない方がいいわよ。シスターさん」

 

「もとより触る気はありません」

 

「あらそう。まあそれなら別にいいけど、念のために忠告よ。ソレは触らない方がいい。断言するわ」

 

 誰かさんが上空から叩きつけたおかげで出来た窪みに溜まる淀んだ黒い泥はここから見てもいやになるほど見覚えがある。徐々にその大きさを無くし端の方から消滅を始めている。

 

「私もそうだけど、セイバーもね」

 

「ええ。おそらく先の戦いで聖杯から漏れ出たものと同じ類のものでしょう。あれはサーヴァントには毒です。触れれば汚染される。凛が口にしたように、それは凛やシスター・フォーミアスとて例外ではありません」

 

 セイバーの言葉を聞きながら、完全に淀みがその姿を消すのを確認する。

 あんなものが残ってたんじゃ迂闊に動けない。時計塔や教会の方で処理をするにしてもアレを簡単に処分出来るとは思えないもの。

 変に行動して余計に手間の掛かることになったら……ん?

 

 一瞬、視界の目の前を何かがサッと通り過ぎた。そう、何か鳥のような形をした……。

 

「トオサカリンッ‼︎」

 

 ーーーーっ‼︎

 

「ーーーHemmen(閉ざせ)!」

 

 頭上に投げた宝石を基準点に、私たち三人を覆う形で結界を築く。即席とはいえ前から魔力を溜め込んでいたラピスラズリなら!

 その刹那にその壁を貫かんと飛来してきた何かが瞬きに次いで衝撃を放つ。このまま結界に阻まれ勢いを削いでくれれば上々だけど、思ったより向こうの質力が高い。…っ…やばいわね、これ。こりゃあもう二、三個追加しておいた方がいいかも、って、ちょっと待って…。

 

「凛‼︎ 私がーーー」

 

「待ってセイバー‼︎」

 

 構えを取るセイバーを制して今も衝突を続ける部分を食い入るように見つめる。

 じわり、と。碧く煌る結界が黒いソレが浸透している。冗談止してよっての‼︎ あの時の事とついでに何処ぞのワカメ頭まで思い出しちゃったじゃない‼︎

 

「ーーーFreigeben(解除)!」

 

 結界の解除と同時にセイバーとのパスへ魔力を集中。壁を無くしたことで私達へと接近する魔力塊はその出力を大幅に下げてはいるが実体を持って降り注ごうとしている。そんなものには同等のモノをくれてやるだけ。

 いつも以上に通して魔力がセイバーの力へと変換されて。

 

「はああああああああっ!!!!!」

 

 彼女の力で巻き上げられた剣風が莫大な情報量を付加してぶつかり合う。そして彼女の力に勝てるはずもなく、突風と共に爆散しその姿を消滅させた。

 

 そして。

 

「逃がすか‼︎」

 

 疾風の如く駆け抜けるセイバーの剣はある一点を捉えた。そこにあったのは影だ。さっき私が視界にかすめたあの鳥の影。

 セイバーの剣、その鋒が影を両断する間際、ジジッ‼︎とノイズの様にソレの輪郭がブレた。

 

「なっーーー⁉︎」

 

 結果、ちょうど剣を避けるように影が自らその現し身をふたつに分断したみせた。セイバーの剣が空振りした矢先、そこから飛び出した飛翔体がセイバーを真正面から襲いにかかり、それを回避したのちに一旦距離を取り、私の隣へと舞い戻る。その間も目線は敵から外れないまま事態は刻一刻と進行していた。

 鳥の形を保っていたソレは今やその面影を無くし、ぐにゃりと姿を円形の影が不気味にゆらゆらと蠢いている。

 

 ーーーまさか。

 いやでも、そんなバカな…。

 

 嫌な予感が止まってくれない。

 私の感が正しいのだとすれば、これはもう。

 

「トオサカリン、ひとつ伺いますが」

 

 シスターからの声が届く。

 その声音からして、多分私と同様の考えに達したんだろと直感的にわかった。

 

「なによ」

 

「増援の予定は?」

 

「あるわけないでしょ、そんなの」

 

 これはただの観測、いや偵察と言っていい。

 協会は今は様子を見ていただけ。

 動くにしても、もうとっくに動いているにしろ、こんな会話をしているうちに来るなんて奇跡は起こってくれないだろう。

 だから答えはそれだけだった。

 

「参りました、こうなる事が分かっていれば主装備(メイン・ウェポン)を持ってきたのですが」

 

 わざとらしく溜め息を吐くシスターにご愁傷様と声をかけている間に、事態は動く。

 円型の中心がブクブクと喧しいまでに音を立てながら泡立ち、次第に伸張し始めて行く。際限の無い間欠泉のようなソレは数刻の放出の末に止まる。そしてその中から、飛び散っていた黒い水滴が中心へと吸い寄せられいく。寄り集まった液体はなだらかに形を変えていき。

 

 ーーー人のカタチへと近づいていく。

 

 現れたのは長い金の髪を煌めかせる一人の女性だった。けれど違う。

 あるべきはずの下半身は人じゃない。

 何本もの巨大な糸、触手のようなものが束となって地盤を支えている。その表面に現出した数多の目玉のような組織がギョロギョロとまるで今の自身の実像の感覚を覚えているように動き回る。その悍ましさに聖杯戦争時以来の感覚がぶりかえる。聖杯から漏れ出した泥、依代を失い這い回る夥しい人の手。

 あれと同種の、いやアレよりも数倍はまずい。だってこいつは確実に。

 

 

「ーーーー肯定、肯定、肯定せよ」

 

 

 女性の声に混じった誰かの声が重なって聴こえてくる。

 

 

「ーーーー我、ーー成就せり、彼方へ問う。

あの人はーーーー何処にいるの?」

 

 

 一瞬だった。その口から漏れる言葉に悲しみの色を帯び、彼女の悲痛な想いを遺して。

 髪で隠れていた顔の半分。

 整った顔立ちが見る影もなく、菱形に歪曲した眼球で大部分が埋め尽くされ、その中心点から零れた真紅の輝きが私たちを。いやーー。

 

 セイバーを捉えた。

 

「ーーーーーッ‼︎‼︎」

 

 私には見えなかった。

 けれどセイバーには見えた。

 いや分かったのだろう。

 彼女の感覚が、本能が、ソレを回避せよと訴えかけたんだ。下半身から伸びた触手が飛翔した矢のようにセイバーへと降りかかった。

 その脚さばきで避けられるモノは避け、タイミングの合わないモノを剣で弾く。そしてその視界の中で微かに見えた。セイバーの頬を伝って宙へと舞う血漿が。あいつ…セイバーの呼吸の間をズラすように初撃を加えてきた。

 

「失礼」

 

「え、ちょっとーーー!」

 

 するりと脇腹から回された腕に全身をひょいと抱えられ、すぐ近くにあった三階分はありそうな建築物の屋上に降り立つ。借りを作る気なのかは知らないけど、ちゃんと士郎をもう一方の腕で運んできたのは素直に感謝しておこう。

 

「どうやら術式がどうのと言っている場合では無くなったようですね」

 

「ええ、みたいね」

 

 士郎が倒れる直前、確かに用意してあった法陣を通じて感じた圧倒的な迄の『無』。そこにあったのはただの虚無だ。聖霊の調査という件でここに来たものの、その時計塔からの依頼は果たせそうにない。

 さっきまで私達の目に映っていた鳥らしき影。あれから派生したように現出したセイバーと交戦中の正体不明物。あの尋常じゃない魔力質からすれば、自ずと答えは見え隠れする。

 

「聖霊なんて存在しなかった。いえ違うわね、それらしき存在は確かにいたけど、今はもう

変質してしまった」

 

 この大規模な魔力異常。

 士郎の状態。

 魔術における普遍的な部分が欠落し過ぎてる。これはもう魔術師が行使する類のモノじゃない。

 

「ーーー悪魔。しかもセイバーと渡り合うなんて…通常の死徒の枠に中に収まりきらない番外種と言ってもいいクラスの…」

 

「もしくは『真なる理を有す魔成るモノ』でしょうか?」

 

 悪い冗談であってほしい。

 こうなるって分かっていればもっと入念に準備をしてきたのに。でもそんなことを今はぐちぐちと言ってられないわよね。セイバーが戦ってるんだもの。マスターが情けない姿を晒したままで終わるなんて御免だわ。

 

「……シスター」

 

「なんでしょうか?」

 

「改めて聴くけど、腕に自信はお有り?」

 

「……御希望でしたらすぐにお見せしますが」

 

 意外に意見が合うじゃない。

 というか背中に突き刺さる悪寒を思えば、もうさっさと暴れてほしいんだけど。

 士郎、ごめん。

 ちょっと荒っぽい事になるけど勘弁して。

 そのかわり、ちゃんと守るから。

 

「ーーーーFunktion(身体機能),Verbessern(向上)‼︎」

 

 振り向きざまにガンドを一斉射撃。

 直撃したはずのそいつらは気味の悪い笑みをそのカラダに貼り付けたまま、私達の前に立っていた。

 

「3uqf、q@;w@rt?」

 

 耳に障る音の意味は解らない。

 でもあんたらが友好的だっていうには、その鋭利な腕から滴り落ちる血が問答無用でガンドをぶっ放すには十分過ぎる。

 

「意味がわかりませんので、とりあえず排除致します」

 

「あんた、それでも聖職者か‼︎」

 

「この物体が我々教会にたいして利する存在には到底思えません。なので問題ないかと」

 

 なんだろう。そのサバサバした性格は結構嫌いじゃない。まあ私も。

 

「ーーー大体、同意見よっ‼︎‼︎」

 

 群がってきた羽虫達を駆除するには時間がかかる。体力的にも数的にも能力的にも結構ジリ貧だ。セイバーが向こうの相手をしている以上、こっちはシスターと二人で持ち堪えるしかない。

 

 ーーーていうか、そろそろはっきり言うと。

 

 いつまでそこでぐーすかしてるのよ‼︎

 らしくないでしょ、士郎のバカ‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ている。

 とても、とてもとても、切ない夢だ。

 傷ついた貴方を癒し、ゆっくりと瞼を開けた貴方が私の顔を見て私の名前を呼ぶ。

 そんなことを繰り返して行きたかった。

 もうどうにもならない私達だったけど、それでもささやかな夢を私は描き続けた。

 そこで見たの。

 かつての友を殺め、屠り、手にかけた貴方のその絶望も、哀しみも、覚悟も。

 瞳を閉じた貴方の苦悩するその表情に、私が何を思ったか。自身を偽り、身体を血に染め、正しく狂い咲く貴方のその背中をずっと見ていた。見ていることしか出来なかった。

 

 私は所詮ーー夢人。

 私の声は貴方には届かない。

 私の手は貴方を癒せない。

 私の全ては貴方にとっての幻想。

 

 そして全ては光に包まれ、終わりを迎えた。

 そのはずだった。

 そうだったはずなのに。

 どうして私はまだ夢を見続けているの?

 この夢はいつ覚めるのだろう。

 

 

「いや、キミはもう目覚めているよ」

 

 ーーーえ?

 

「この言い方は語弊を招くね。分かっているだろう、キミはすでに此の世を去った人だ。キミが目を覚ますことはもう無いんだ」

 

 どこかで聞いた声、彼の夢。

 断片に微かな記録が残っている。

 

「人理の歪みっていうのは厄介だね。獅子王の目論見なんてものから外れてみても、あれだけメンバーが揃えばこうなる事は予測出来てはいた。だがサーヴァントというにはキミの存在は少しばかりあの世界では不和を招くきっかけになってもおかしくない。結果としてキミは中途半端なまま、中途半端に世界に残留し、中途半端なまま此処へ辿り着いた。不運とーーーキミからみればどうなのかは分からないが、そこでアウトサイダー同士がかち合ってしまったのがいけなかったね」

 

 不運?

 何を言っているの?

 

「目を開けてごらんよ。ここはキミの夢の中だ。瞳を閉じるも開けるも自由自在だ。ーーーーーーイゾルデさん」

 

 久しぶりに、その名を呼ばれた気がする。

 ゆっくりと、いったいどれぐらいぶりなんだろうかと思うほどに固く閉じられていた瞼を開けた。ここはどこだろう。私は縛られているらしく、両腕に巻き付いた何かはきつく、そして何処か優しく包み込むような感覚を覚えた。

 コポリと口から零れた気泡に目が奪われる。その自然の力に、世界の美しさに触れた全身が喜びを与えられてはしゃいでいるようで、くすりと笑みが漏れてしまった。

 下を見てみれば私を見上げるようにしてそこにいる存在に気がついた。白いもこもことした獣が一匹に、またしても何処か見覚えがある気がする、つい最近夢で見たことのあるような赤毛の男性が私をじっと見つめている。

 そしてーーーその後ろに。

 

「不愉快ね」

 

 つい、言葉が溢れた。

 だってそうでしょ。

 唐突に目の前に恋仇(・・)が現れたら、嫌味を言わずにはいられないわ。私を見つめて怯えたように顔を歪ませるその様子に吐き気を覚えた。いやーー思い出した。

 あの女がいったい何をしたのか。

 何をしなかったのかを。

 

「眠り姫のお目覚めの時には相応しくないキャスティングだったとはさすがの私でも思うけどね、状況が状況なだけに文句は受け付けてもいいけど反省はしないよ。それに彼女にしてみれば、キミに引っ張られる形でここに来てしまったわけだからね、いい迷惑さ」

 

「貴方は、彼の知人なのね、魔術師さん」

 

「うーん、彼らを知人と呼んでいいのかどうか、言ったら言ったで二、三人には問答無用で切りつけられそうなんだけどなぁ…」

 

「それで、私のところに来たのはどうして?」

 

「……そうかそうか、やっぱり認識してないか。その辺りの共有化はあまりされてないらしいね。さっき彼の所に現れた事といい、どうにも暴走気味なのは間違いないと見える」

 

 回りくどい言い回しには飽き飽き。

 私の周りには、優しい人が多すぎた。そこにつけ込む人もいれば同じ様な感覚を持つ人も集まる。彼もどちらかといえば後者だろう。

 優しい彼は、どうしてもその手の中に収まる幸せを掴みきれない。感覚として掴むことに慣れていない。私も人の事を言えないけれど。

 

「まあいい。本題に入ろう。彼の力を借りてやっとここを見つけた苦労からすればあっさりしたものなんだが、キミを夢から目覚めさせようと思うんだ」

 

「私の、夢?」

 

「そう、これは今もキミの夢だ。キミの協力者の力で色々と問題が多発していてね、ちょっとばかし世界の危機を招きかねない。そこでだ。てっとり早くキミの望みを叶えよう」

 

「私の、望み…」

 

 私の望み。

 私が抱いたものは、そんなものは。

 今こうしてここにいるからこそ、私が抱けたたった一つの夢は。

 

 

 

 

 

「否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、否定、ーーーー否定する」

 

 

 

 

 私の夢。

 私の、私の、わた、わた…し…。

 わたわたわたわたわたわたわたししししししししししののの、ゆゆゆゆーーーー。

 

 

 

「おっと、そうきたか」

 

 な、なにか、かが、わた、わた、しの中に、入っ……て、き……。

 

「否定、否定する。此の者、願い、成約、私の力、成就せり」

 

「それならたった今、私が叶えてあげようとしていたんだがね」

 

「夢、ではない。現にこそ栄えあり。此の者の生こそ、我が力の肯定である」

 

「彼女を夢から覚ましたところで、彼女の想い人とてもうこの世にはいない」

 

「現し身なれど、世の肯定とて否定へ、顕現なりとて可能、である」

 

「世界の均衡(ルール)を破るというなら、それこそ世界(ルール)そのものが黙っていないと思うが」

 

「たとえ、僅かの逢瀬なれど、此の者の悲願、成就せしことに、変わり無し」

 

「……………さすがに驚いたよ。一組の男女の為に、君には縁もゆかりもない者の為に、自らの滅びも、世界の滅びすらも厭わないと?」

 

 

「それが、私のーーー選択だ」

 

 

 

 

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