どれほどの時を超えたのだろう。
人も英雄も、我々の存在すら忘却の彼方へと消える事もなく、私という存在が喪われる事もなく、今こうして私は
なぜだ。
多くの
戦う者。
問いかける者。
否定する者。
争う者。
心を吐露する者。
破壊をする者。
心無き者。
各々の個を獲得し、個を持ってして尚その想いを数多の
なぜだ。
私も、そのはずだった。
玉座の陥落。
そしてそこからのメモリーが曖昧だ。
ここは一体どこだ。
この暗闇はなんだ。
ーーーもしや。
これが死か?
それならばなぜ私は私を知覚出来る。
これは生か?
ならばなぜ。
なぜ、
ーーーー誰か、教えてくれ。
★
ピクッと、柄を握る手が止まる。
先ほど視界内に収めた限りでは凛もシスター・フォーミアスもあの禍々しい魔力を帯びた敵と交戦中だった。
敵勢力は未だ未知数。
こちらとしてもいい加減に凛達の方へ加勢に向かいたいところではありますがーーー。
「お、お………」
耳に触れた呻きに意識を戻す。
眼前に立するその邪悪な影。
速度、耐久力、一撃の重み。
そして恐らくですが、私の動きに合わせる感覚が少しばかり
聖剣の力を解放するとしても、あちらの状況が不鮮明なこの段階で凛の魔力を削ぐ事は躊躇われる。この立ち回りの中で隙をついて致命的な一撃を繰り出すことに専念すべきか。
「わ……たし、は……果たす、のだ」
ドロリと、そのカラダから滲み出すそれは忌まわしき聖杯から溢れ出るアレに酷似している。これは流れ続ければ、まして海へと落ちればそこから拡がる汚染速度は計り知れない。
やはり早々にケリをつける必要がありそうですね。現状では凛がシロウの身を案じながら戦うにも限界が近いだろうと感がざわつく。
「彼女の願い……わた、しの、ねが…い。それを、はばむ、とい…うな、らーーー」
ーーーー来る。
「じゃまをするなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ‼︎‼︎‼︎」
☆
紅い閃光が瞬く。
流星のような煌めきがまぶたに焼き付きそうになる。けれど今この時点においてそれが正解じゃない事は瞬時に把握出来た。
隣で腰を引かせ、逸らしそうになる身体を抑えつけて彼女を見つめていた女性を押し倒すように庇う。
直後、頭の真上を光線が通り過ぎた。
膨大な質量を含んだその衝撃に身体が揺さぶられる。下からくぐもった悲鳴が聴こえた。こんな状況で冷静でいられたらむしろこっちが困る。俺だってこんがらがった頭の中をどうにかしたいってのに、一方的に冷静でいられたら堪ったもんじゃない。彼方此方から響いてくる衝撃音に鼓膜が狂いそうだ。
発射地点を覗き込むように見遣れば、そこにいたのはさっきまで俺たちと言葉を交わしていた女性ではなく、聖書に登場するバベルのように崛起し、その肌をなぞって眼球らしきモノが乱雑としている。
「まったく"個"を獲得してまさか自滅願望に陥るとは、最近厄介ごとに自分から首を突っ込んでいくせいか、少々ハードルが高くなってきたような気がするね。これも世界の
そんな状況下でもその声だけはやけにはっきりと耳へと届いた。ふと真横を見てみれば獣さんがいつもの能天気混じりな口調でそこに佇んでいた。ってあんた、この状況でもなのか⁉︎
「言ってる場合か‼︎ これどうするんだ⁉︎」
悠長に会話を繰り広げている間も周囲へとばら撒かれた光線が轟音を響かせながら一帯を瓦礫片に変えていく。水の世界に発生したそれらが風圧に押され海面に急上昇していくのが見えた。未だに俺たちに直撃していないのが奇跡だ。それも獣さんがなにかしているのだろうか。今も俺の下で細かく震えている女性に関しては、連れていくことに反対したが、危険な事にはならないと言われ、これまで助けてもらった恩もあるからと思って信じて連れてきてみればぁー!訂正だ、この人ちょっと信ずるに値するか判断に迷ってきた!
「この人だけでもどうにか逃げられる方法はないか⁉︎」
「そこで自分を脇に置く発想はさすがと言うしかないね」
いいんだよそこら辺は‼︎
色々あったんだから‼︎
「と言っても、ここはアレのテリトリーだからね、彼女を守りたいのならここから出るのが一番。もっとも彼女も霊体であるのは変わりないから、ここを出てしまえばそれまでなんだ。それにーーー」
そう言って何かを呟いたのを確かに聞いた。
だがその直後チカリと眩しさに目がくらむ。
前方正面、飛来してくるその光線が俺たちを捕捉したのを全身が察知した。
まずい、この状態であの攻撃を防御するにも回避するにしても魔力が足りない。さっきの戦闘でほとんど使い潰したきり、あまり回復もしていない。
間に合わない。
とっさに彼女を庇うように覆い被さる。
こんなものは何の意味もない。
肝心な時に何も出来ない歯痒さ。
その痛みに歯を食いしばりながら訪れる終わりを待った。
「なにをしている」
Fate/extra days
ーーー第五話・下 後篇ーーー
「え?」
世界が止まったように感じた。
その声を聞いた瞬間に。
その嫌味ったらしい声色に。
呆れた声音でポツリと言われた言葉に。
「随分と無様を晒しているようだな。呆れて言葉も出んーーーと言いたいところだが、生憎ここは私にとってもアウェイ。
不意に、ヤツを思い出した。
その声も。その言葉も。
視界に隅に入った赤い外套も。
微かに捉えたその雌雄一対の双剣も。
アレから地面に伏している俺たちを護るように目の前に凛然と佇むその背中。
ーーー見間違う筈がない。
だってそれは、その姿は。
その地獄も、その想いも、その覚悟も。
俺の中に投影された剣が語っている。
「……アーチャー」
ヤツがそこに立っていた。
「彼女を離すな」
「え、うわっ‼︎」
あっけに取られる俺の首元をぐいと掴んできたと思えば、急上昇する身体。急激な風圧に心臓がバクバクと喧しく騒ぎ出す。離すなと言われた瞬間にしっかりと彼女を抱きしめていたのは幸いだった。なぜなら、今まで俺たちのいた場所が爆音を巻き上げて噴火した。
あそこに留まっていたら確実に消し炭になって終わりだった。宙へと跳ねた俺たちをその無数に眼球がギュルリと補足する。
直後に無差別に周囲に拡散していた光線が一極集中され放たれる。
「ーーーー
正面に展開された一枚の花弁。
それじゃあ防ぎ切れない。
そんなことは俺よりもこいつはよく分かってる。ならばと、アーチャーはその花弁をまるでガラス張りの窓をトンっと、軽く蹴るようにして急降下していく。花弁が呆気なく衝撃と共に砕け散り、炸裂した煙幕。
その煙幕を突き破り、集約し力を増した光線が俺たちを追尾してきたように降下してくる。
「おい、俺を降ろせ‼︎」
「そうしたいのは山々だがな、腹立たしいことに貴様に炭になられると私が
ーーー上げるぞ。
それが何を意味しているのかすぐ分かった。より一層の力で腕の中に抱えた彼女をしっかりと抱きしめる。それと同時にーーー。
「
という声が聞こえ、右方斜め下に展開された花弁を足場にして高く舞い上がり、その先の上空に展開済みだったもう一枚の花弁を足場に再び急降下。
足に魔力を集中させ、異常に高めたその速度に身体が吹き飛ばされそうになるが、ここで意地を張らなくてどうする。どうせこいつのことだから嫌味を吐きながら、ついでとばかりに俺の身もどうにかするに決まってる。
それが嫌だ。はっきり言える。
アーチャーの足場と化した一枚の花弁を破壊する時間に先ほどのまでのあっさりとした感覚が無くなり、若干の余裕が生まれ始めた。
「どうやら読み通りらしいな、花の魔術師殿」
アーチャーのボソリと呟かれた言葉に振り向いてみれば、いつの間にかあいつの肩に獣さんがちょこんと乗っていたのだ。
「
「協力してくれるかい?」
「黒っぽい
「どういうことだよ⁉︎ そもそもお前どうして此処にーーー」
「やかましい。説明ならば彼にやってもらえ。少しばかり時間を稼ぐ」
「悪いね、任せたよ」
獣さんと会話の中でいい加減にと口を開きかけた途端に、急に身体が軽くなった。
いや違う。ただ単にあいつが俺達をその手から離しただけだと気付いた。当然そうなればあとはこの浮遊しない水中の海底に堕ちていくだけなわけで。何の真似だとその背中に声を投げようとした瞬間ーーー。
プツリと、あいつの背中が消えた。
「え?」
背中どころじゃない。今まで目に見えていた視界の何もかもが消えてしまった。目に映りこむのはただの真っ白な空間だ。堕ちていく感覚も身体は感じない。腕の中の女性がブルブルと震えている感覚だけは変わらない。
「キミの
「俺のチカラ?」
「その辺りはいずれ辿り着けばいいさ。なにせ
「ああ、構わない」
「即答か…」
「当たり前だろ。正直もう出番なんてないんじゃないかって思えてさえいたんだ。出来ることがあるなら何だってやる」
「…そうか。そうだね。キミはそういう人間だったね。じゃあ、説明しよう。実はーーー」
☆
なぜだ。
なぜ邪魔をする。
どうしてお前達は。
いつも、いつも、いつも。
いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもっ‼︎‼︎‼︎‼︎
ーーー私の願いを阻むっ‼︎‼︎
懲りぬ者共よ。
分かっているぞ。お前達はただの世界によって生まれ、世界によって育ち、世界によって動かされる玩具に過ぎぬ!
運命だなどと笑わせるな!
それはただの行程に過ぎん。
終わるべくして終わる為に用意された
そうして生み堕とされたのがお前達だ!
抗いのなんたるかも。
我々の行いも。
世界の歪みも、正しさも。
お前達はただの傍観者でいればいいのだ!
私は願う。
私は抗う。
私は求める。
私は救う。
私は誓う。
行き着いた果てに、その感情に触れた。
わたしはーーー、わたしはっ‼︎‼︎
ーーーーん?
ーーーーなんだ。
ーーーーこの声は、どこから。
ーーーー聴こえてくる?
何かが違う。
異なる何かが私の中に紛れ込んでくる。
私の
別の何かが私を奪おうとしている。
この感覚を私は知っている。
そうだ。あの時、玉座にて起こったかの者による選択の末に我々の目的は破綻の一途を辿ったのだ。忘れもしない。忘れるわけなどない。
やめろ。
やめろやめろ。
やめろ、やめろやめろ。
やめろやめろやめてくれ。
やめてくれ!
全方位。
全包囲。
あらゆる外敵を排除する。
ここは私の場所だ。
私の世界だ。
私の夢だ。
もう誰にも奪われはしない!
世界へと放出させた魔力を総て集約。
渾身の一射を持って葬らん。
微かに掴んだ害を探知。
「ーーー
前方斜め右上。
弓を構えし紅の射手が布陣。
「ーーー
そんなモノが効くと思うか。
一瞬の後に消し炭にしてみれば、その刹那を利用し姿を晦ます英霊。
目眩しなどと言っても全包囲同時に破壊すればどうというーーー。
ことは、ない……はずで。
な、なんだ。
なんだ、カラダが鈍い。
動きが鈍くなっていく。
これは……いったい…。
「固有結界、貴様なら知っているだろう」
下を見やれば、そこに立っているのは先ほどの弓兵。おのれ、今すぐにそこへと破壊の手を伸ばしたいというのに、意識が揺れる。
肉体が言うことを聞かない。
「なに…を、した」
「気づかなかったか? あの小僧とは皮肉なことに縁があってね、まあそのせいで私はこんな所に足を運ぶカタチになってしまったんだが。端的に言うと私もヤツと同じコトが出来るのさ。私の魔力とヤツの魔力を重ね掛けし、この空間自体を塗り潰し始めたといったところか」
「なっ⁉︎」
「固有結界は現実を塗り潰す大魔術だ。それを夢などというひどく曖昧で不安定な場所に、しかも二重三重と上乗せすれば、さてーーーどうなることかな?」
あり得ない。
そんなことで。
そんな単純なことで。
私の、この私の世界が、夢が。
容易く破れるとでも!
「ーーーーひとつ、聞いておこう」
ありえない。ありえない。
そんなことでいとも容易く私のーーー。
「ここは、いつから貴様の夢の中にすり替わったんだね?」
……………………………え?
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
そのせいだろう。
私の眼下に立つその小さな姿を見落とした。
☆
「人類悪。そういった言葉を知ってるかな?」
獣さんの第一声はそんな一言だった。
「人類悪?」
なんだろうか。
人類に害を為す災厄のことだろうか。
例えばそう、あの聖杯の淀みのような。
「人類に対する悪では無く、人類が発する人類に向けられた悪意さ。もっともそれは人類なんてカテゴリーに収まるもので考えなくとも、とてもシンプルでわかりやすく、だからこそ分かり合うことも出来ないもの」
ーーーそう、感情だよ。
自身と他者の比較。
それは憧れや、尊敬。
信頼や、嫉み。
憎しみに、殺意へと変化する。
愛のパラメーターは目には見えない。
だからこそ言葉を紡ぐ。
愛だって、行き着く果てに憎しみにすり替わってしまうことがあるだろう。なにせ諺なんてモノも存在するくらいだからね。
愛がすべてを狂わせてしまうこともある。
人類愛と人類悪は表裏一体なのさ。
愛があればこそ悪は無数にその可能性を拡げていく。ふとした事で闇に堕ちてしまうことがある。英霊達にそういった側面があるように。
この夢から滲み出した感情が、歪み、捻じれ、今キミの大事な人々が戦っているような悪意を表出させてしまっている。
人類がある限りアレは無数に増え続け、人類史そのものを覆すだろう。
「人類の終わりだよ」
「………どうすればいい」
あんな化物を止める力が今の俺には無い。
でも何かやらなきゃ。
そのために俺は今ここにいるんだ。
けど、身ひとつを犠牲にしてもアレを止めるだけの手段を俺は持っていない。
「ところがね、実はそうでもない」
「あるのか⁉︎ 方法が」
「元々アレは瀕死の状態でここに流れ着き、行き着いた先にいたのが彼女だ。彼女と出逢い、その願いを叶えんと力を欲してあらん限りの力で周囲の霊体を取り込み続けた結果、
「……その"圧"を俺がやるってことか」
「ご明察。手を出してくれないかい」
屈んで、獣さんの足元へと右手を差し出す。
そこに獣さんの小さな手が乗せられた。
ドクンと。
流れ込んでくるこれは…魔力?
俺の体を伝って沢山の力が流れ込んでくる。
いつか、遠坂とパスを繋げた時と同じ。
ひょっとするとそれ以上かもしれない。
「ーーーーはあ。いや〜きっついね。やっぱり私が直接来た方が早かったけど、あの子に気取られそうだからやめておこうと思ったのは失敗だったかな」
「ほんと……なんでも出来るんだな」
「まあね。これでも結構凄腕だからね。でも悲しいかな、こいつの身体だと限界がある。あとひとつの仕込みを発動すればもう此処にはいられないだろう」
「なんだ…帰っちゃうのか。残念だな」
こんな風じゃなくて。
もっとゆっくり話がしたいと思ってたのに。
「その魔力の使い方は……言わなくても分かるかな」
「ああ」
なんとなくだけど、分かる。
きっと、あいつがいるのもそういうことなんだろう。あ、そうだ聞いておこう。
「どうやって、あいつがここに?」
「ああ、それか。簡単さ。さすがに私の力だけで彼をこっちに呼び寄せるだけの魔力の貯蔵は今は無いからね。ちょうどいい『触媒』もあるから、ちょっとズルをしたんだ」
そう言って獣さんは俺を見て微笑んだように見えた。触媒って……もしかして。
「俺か?」
「これ以上無い触媒だろう?」
まあ確かに。あいつを呼ぶなら俺を使った方が手っ取り早いと言えば手っ取り早いか。
「ははっ、凄いなあんた。流石の遠坂もそんなことは出来ないんじゃないかな」
「言ったろ、凄腕だって。もう行きたまえ、向こうで彼女達が待っているんだろう?」
「ああ、そうするよ」
立ち上がり、獣さんに背を向ける。
何故かは分からないけど、このまま歩き続けていればここから出られると。
何処かで。
きっと俺の中の
「衛宮士郎くん」
名前を呼ばれ振り返る。
そこにいたのは獣さん…なんだろうか。
あの小さな4本足で立つかわいい姿じゃない。大仰に見える杖を携え、白いローブに身を包んだ若々しい男性が立っていた。
そうか、それが貴方の本当の姿なのか。
忘れないようにしたい。
けどこれって夢なんだよな。
てことは忘れてしまうんだろうか。
「また逢えますか?」
「さあ、どうだろうね。それは私の気分次第じゃないかな。でもそうだね、ここはこう言っておくべきなのかもしれない」
その姿が段々透けて見えなくなる。
ここでお別れ。
そういえば名前を聞いてなかった。
でもそれは今じゃなくていい。
きっと、また逢える。
そう思えるから。
「ありがとう、士郎くん。彼女の『夢』を守ってくれて。今はまだ夜明けも見えないだろうが、きっとその時が来るのをボクは世界の果てで待っているとするよ」
その言葉の意味にどれだけの想いが込められているかは分からない。
でも、返す言葉は決まっていた。
「ありがとう。貴方に逢えてよかった」
いつかまたーーーと。
軽い冗談交じりにそう言えば。
「そうだね。その時は…………そうだな。ひとつ他愛も無い話をしよう」
「他愛も無い話?」
「ああ。とても他愛の無い、
★
俺とアーチャー。
同時展開する無限の剣製。
視界が晴れれば、そこはもう海中などではなく、風の荒れ狂う荒野と晴れ渡る青空の下に茂る草原。互いの固有結界が反発し絡み合い、同調を起こしかけ、触れれば壊れてしまいそうなほどに儚く揺らぎ合う。
そしてその中間に佇む異物がひとつ。
彼の読み通り、次第にヤツの動きが緩慢になってきた。先ほどの猛攻もその影を落とし、もはや光線一本すら繰り出せない。
だがまだだ。
まだ足りない。
確実にこの空間を押し潰すならアーチャーに魔力付与を行なった上で全力の固有結界を展開すればいい。あいつにあって今の俺には無いその経験差。それを考えればわざわざ俺にこの役目を与えたのは、確実に圧し潰すことを計算に加えてのもう一手。
自己崩壊を起こし、アーチャーという英霊に気を取られている敵の懐に飛び込んだ人間。
その人間が手にしたソレがこの作戦においてもっとも重視すべきモノ。
敵の中には、おそらく彼女が取り込まれたまま活動を停止している。ならばその状態をどう取り除くか。俺自体の力ではどうにもならない。もしかしたらアーチャーのヤツならどうにかする策を見出せるのかもしれない。
けれど、これは俺に与えられた役目。
ならばこそ、俺がやるべきことは。
俺の力ではなく。
誰かの力を借りる。
その為の
「憑依経験ーーー工程、完了」
はっきりと覚えている。
あの時の苦痛も、悔しさも。
その選択も、焦燥も。
彼女の悲痛な声も表情も。
「ーーーー術理、摂理、世の理、その万象、一切を原始に還さん」
魔を断ち切る。
「ーーー
忘れもしない。
キャスターのサーヴァント。
彼女が振るったその一手に、俺のせいでセイバーが囚われてしまったこと。俺と彼女の契約を断ち切った忌まわしきその魔具。
今度はそれを俺が使わせてもらう。
たった一振りの歪な形の剣。
たった一撃が根底から何もかもを覆す。
隙だらけのデカイ図体に刃先を叩き込む。
それだけで反応が明確だった。
「がっーーーぁ……あ?」
その巨体が波を起こして震えた次の瞬間。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
金切声を張り上げ、その衝撃が爆風となって体に叩き込まれた。受け身も取れずに流され飛ばされるままの俺の腕を取り乱暴に手繰り寄せる手がひとつ。まあ、あいつに決まっている。
「用意するのに随分と時間が掛かったな。構成質の工程もまだ未熟だ。一撃で仕留めるならばもっと強度を保てるように気を配れ。ああ悪い、お前にはそこまで繊細な投影は出来なかったか」
「今はまだな。出来るようになってやるさ」
言うだけ言ってろ。
絶対に出来るようになってやる。
だいぶ距離を取ったことで周囲の状況が見えてきた。把握出来る様子だと展開した無限の剣製と共にこの世界全体がぶれ始めた。
「時間だな」
アーチャーの呟きが聞こえてきたのとほぼ同時に視界がグラリとボヤけた。
「まったく、野暮用に駆り出されたと思えば、見たくも無いアホ面を見るハメになるとはな」
悪かったな。でももう終わりなんだろ。
きっとこの夢はもう覚める。
「一件落着と言いたいところだが、魔術師殿の視の通り、行き場を失った残滓が現実へと流れ込んでいる。だが、この程度なら彼女がいれば問題無いだろう」
立ち上がり、アーチャーから数歩離れる。
俺はしっかりとこいつの姿を焼き付けた。
けどこいつはそうじゃない。
俺の様子を鼻で笑いやがると、スッと背中を向けた。分かってる。
ここまでくればもう語る事はない。
これはただの夢だ。
今こうしてここで向かい合っていたのも全ては幻。言葉なんてすぐに消えて無くなってしまう泡沫の刻。
ーーーでも、そうだな。
せっかくだから。
「俺は正義の味方になるよ」
ただの言葉だ。
でも、それだけでもこいつには良い嫌味だ。
視界がぼやける。
明るかった視界が暗く沈んでいく。
感覚が閉ざされる。
そこでーーー。
「ーーーーー好きにしろ」
誰かの声がそう聞こえた。
あれ?
そういえば、俺と一緒にいた彼女は?