「さて、行こうかアリス」
「はい、ドミネーター」
「だからショウと呼べと言っているだろう」
全くこの娘は誰に似たのやら、アイツとは似ても似つかない。ドミネーターだと仰々し過ぎる。もっとお前達に似合う可愛い呼び方で呼んでくれ。
「しかしまぁ…サクラは二人で初陣を飾ると言っていたが…」
「サクラが不注意で自身を破損させたのですから自業自得です」
本当にあのお転婆娘は何をやっているんだか、サクラもサクラで全然似てない。だが今はいない人間の話をしても仕方ない。目下で少女達が戦っているのだ、そちらに集中しなければ。
「ドレスカラーは何方に致しましょうか」
「無難にスカーレットで行こう」
「承知しました」
白い手袋を両手に嵌め、大きく腕を振り被る。横に立つアリスと目が合った、世界にたった四つしかない極彩色の瞳の一つを僕に向けていた。アリスの黄金の長髪が風に吹かれ靡く。その瞳が髪で隠れた。
言葉を紡ぐ。それはありふれた劇の始まり。
「ではこれより、短いながらも濃密で心弾む物語の──」
「「開幕」」
アリスがビルの淵から飛び降りた。高さ229mからの自由落下、当然髪も靡くが服も靡く。風で激しく揺れるアリスの服の繊維一本一本が光を放ち、溶けるように解けてゆく。その光の糸はビルの淵に立つ僕の手へと集まって来た。
「ドレス:ヘフティゲス・スカーレット」
「──!」
吹く風に流されぬ声を叫び手を振るう。手袋の先から繋がる薄く細い白銀の糸に炎が走る。一瞬の間にその炎は解けていくアリスの服まで届き、その身体が炎に覆われた。されどその顔に歪みは無く、いつも通りの奇麗な顔だ。
純然たる灼熱の紅が胸から始まり、腕や腿、そしてその先へと、アシンメトリーの絢爛たるドレスを形作った。そして源から千切れ宙に舞った炎の欠片が蝶のように羽ばたきアリスの髪に留まり、他の舞った炎の欠片がメイクのようにアリスの頬や目尻を彩った。
「フュルフェーダー」
アリスが懐から一本の万年筆を取り出し、ペン先が空に線を引くように手を伸ばした。髪飾りから一筋の炎が伸びその万年筆の内へと入り込む。内から溢れた炎が万年筆を再構築する。胴軸は短く剣の柄のように、首軸は鍔のように広がり、スリットと共にペン先は鋭く伸び、インクは炎となった。空に炎の線が引かれる。
アリスの苦痛はここで一度終了。次は僕の番だ。たった1年で…或いはもっと長い期間で慣れたものとは云え熱いものは熱いし冷たいものは冷たい。
左目に手を添える。焼けてはいなくとも確かにその熱と痛みは確かに僕の左の瞳の中心から炎が漏れ出ている事を示していた。アリスやサクラだけ苦痛に耐えるのは違うだろう。半分以上は僕が引き受けなくては。
「頼むよアリス」
『勿論です、ドミネーター』
■■■■■
今日の
周囲の人たちを逃がしながら戦うのは体力も精神も削り、仲間のアクアマリンもシトリンも酷く疲れてるのが見て取れた。他の仲間であるターコイズとアレキサンドラは今はここに来れず、状況は最悪と言ってもいい。
「アクア!」
思案を巡らせていると、アクアマリン……アクアが魔物の素早いアッパーをガードも出来ずに喰らい近くのビルまで吹き飛ばされた。砂煙でアクアの様子が見えないが、魔物はそのまま追撃をしようとしている。
「シトリン!」
「もうやってるわぁ!」
シトリンがアクアの周りを得意の魔法のバリアで包んだ。シトリンのバリアはあの魔物でも簡単に破れないのは先の戦闘で判明している。だが時間を掛けたら耐えられず破壊されてしまうのも判明している。故にルビーは魔物の気を引いてアクアが体勢を整える時間を作ろうとした。
「あなたの相手はわたしだよ!」
ルビーの持つ50cm程の装飾されたステッキから出たビームが魔物に当たった。魔物は少なくない怪我を負ったがすぐさまその傷を回復した。ルビーを無視し、今もシトリンのバリアを叩いてる。
魔物は危険度の優先順位を決めたのだ。アクアは治癒魔法の使い手であり、存在するだけで魔物にとって不利に働く。故に今その障害を排除するチャンスを逃そうとしない。
「大変!シトリンのバリアにヒビが入ってきてる!あのままだと…!」
「くぅっ……結構まずいよぉ!」
ルビーは地面を蹴り一気に魔物に近付いて右脚で回し蹴りをし、その右脚を地面に付けた後、左脚で追撃の蹴りを喰らわせた。それでも魔物は大したことのなさそうにバリアを叩き続けてる。
「お願いだからぁ!こっちを見てよぉ!」
「Grrruuuaaa!!」
パリン、とバリアが割れた。バリアを割ろうと振られた腕が、アクアに──
「悲劇は……好きません」
空から降ってきた赤い線が、魔物の上から叩きつけた。赤い線、炎が通り過ぎた跡だ。炎を着たような少女、アリスが凄まじい速度で降って来た。ルビーは燃える炎のようなドレスを着たアリスに目を奪われた。
「……敵性存在の排除を優先します」
「……!お願い!」
糸を通じてのショウに行動の開始を告げるアリスの言葉を自分に対するものと思ったのだろう、膝を付くアクアはそう言った。
ルビーは正体不明のアリスを信じる事しか出来ない現状を悔しく思ったが、今はアクアの方が重要だと切り替え、すぐにアクアを回収しシトリンと合流した。
アリスはアクアを一瞬心配そうな眼差しで見たが、すぐに自分の下でうつ伏せになってる魔物の方に視線を戻した。
「ではドミネーター、補助をお願いします」
『わかってるよ。取り敢えずいつも通りに』
アリスがそう告げると同時に、魔物がアリスを剥がすように身体を勢いよく起き上がった。アリスはそれに合わせ、降って来る時に刺した剣で背中から腰までを切り裂きながら魔物から飛び降りた。
「Gaaaaa!!」
『』
「了解しました。発動準備も並行します」
ショウの指示に従い、その準備を始める。その隙に魔物が大きく、素早く右腕を振り上げ下ろした。
立ち止まるアリスははじっと、何かを伺うように魔物の顔を見つめてる。
──避けられない。
ルビーがそう思った瞬間、アリスが剣を強く握り魔物の腕を肩から切り落とした。
「速い!」
「ルビー、あの子は一体誰なの…?」
「わ、わからない。アクアも見たでしょ?いきなり上から降ってきてそれで…」
アクアの疑問は最もだ。だがルビーには答えようがない。アクアが見たモノ、それがルビーにとっての事実でもある。
そんなアクアとルビー、そしてアクア程ではないにしろ多少は使える治癒魔法をアクアに掛けるシトリンを無視してアリスは剣の先端を魔物に向けた。
「Gryaaaaa!!」
「聞くに堪えない音に外見ですね、早く片付けましょう」
痛みで叫ぶように咆哮を上げた魔物はすぐさま腕を再生させ、アリスに強打の連撃を叩きこむ。さっきの拳とは比較にならない程のパワーを込めた打撃をアリスは一発二発とリズムよく剣で受け流す。それと同時に深い切り裂き傷を無数に刻んだ。
「ふむ。ドミネーター、コアは球形、位置は正面胸部中央です」
その傷を刻んだアリスは自分の予想が合っていたことを理解し、それをショウに伝えた。コア、文字通り魔物の核であり破壊すれば魔物は活動を停止しその身体は塵と化す。要はアリスはその剣戟で位置を探っていたのだ。
「ふむ。次はこちらの役ですね」
乱撃を凌いだアリスは行動を開始する。先の数十にも及ぶ連撃で疲弊し立ち止まる魔物と一気に距離を詰める。その軌跡には先と同じように赤い線が残っていた。そしてアリスは魔物の前で刹那の間で立ち止まり、右脚を軸に魔物の巨躯に回し蹴りを食い込ませる。
魔物は叩かれたボールのように勢いよくすぐ後ろの建築物にめり込んだ。奇しくも先のアクアと同じ状況である。
崩れ落ちて来た瓦礫で身動きの取れない魔物と再び距離を詰め、その身体の上に飛び乗った。
アリスはその剣の先を魔物の胸、コアのある位置に向けた。
アリスの剣は剣として形取っているが、万年筆としての面影を残している。その面影である割れた剣先から、インクのように炎が灯り始めた。だがその炎は描かれることなく、その剣の中に溜まっている。
「Grrraaa!!」
「もう、遅いです」
何かを察したように魔物は逃げようとしたが、アリスの蹴りにより再び地面と瓦礫に押し込まれる。
そして、剣先に溜まっていた炎が鮮明に輝く。
「
その瞬間、魔物の胸ただ一点に収束された炎が、形崩さず微かに揺らめく炎の球が、剣ごと押し込まれ、轟音豪炎をコアと共に巻き上げ爆ぜた。髪とドレスが靡き酷く乱れる。
その爆風はルビー達の所まで届いたが、既に治療を終わらせたシトリンのバリアにより3人は何も巻き込まれずに済んだ。
砂埃が晴れ、ルビー達はアリスの姿を見た。崩れゆく魔物の上に立つ、アリスを。その剣からは未だ炎が僅かに漏れ出ているが、残り火であろう。終止符が打たれたのだから、残り火があるのも当然と言えば当然である。
そして間もなく、爆発により巻き上げられた細かな塵欠片が降ってきた。その音は雨のようでもあり、劇の終わりに起こる拍手喝采のようでもあった。
「これにて、一章一節一項の終わりです。少々、粗雑ですが」
独り言を言うアリスは自分を見つめるルビー達に気が付く。乱れた髪を手櫛で軽く整え、ドレスに付着した砂埃を払い崩れた形も整えたアリスは地面でヒールを鳴らしながらルビー達に近付く。
近付くアリスを少し警戒しながらもルビー達に退く様子はなかった。むしろアリスの様子を伺っているまである。
「……ふむ、目立つ負傷も無し。内部も……かの魔法の効力なら問題ないと判断。ドミネーター、問題無しです」
『OK、引き上げるよ』
「了解しました」
ルビー達の、と云うよりアクアの容態を確認したアリスは撤退を求めた。目的を達成したショウに断る理由も無い、すぐさま了承した。
「待って!」
ルビー達を背にし歩き始めたアリスを、アクアが引き留める。
「アナタは…魔法少女?それとも……
その問いを聞いたアリスは驚いたような、困ったような顔をして振り向いた。そして、申し訳なさそうに弱々しい声で言葉を返した。
「申し訳ありません、私にもわからないのです。恐らくは魔法人形なのでしょう」
「そう……ありがとう、MDAにもお礼を──」
「ですが」
アクアの言葉を遮り、アリスは言葉を紡ぐ。それは1年前からの決意であり、願い。何かが残された筈の自分の定義。その宣言。
「私は、私を人間だとお──」
その瞬間、アリスがまるで糸を引っ張られた操り人形のように、空へと飛んで行った。
ショウである。さっき引き上げると言ったショウである。魔力の糸を一時的に物質とし文字通り
アクア達はその奇妙な出来事に思わず呆気に取られてしまった。自分達の恩人が大切な事を言おうとした瞬間に不恰好な体勢で一見物理法則を無視した挙動で空は飛んだのだ。笑わないだけマシだろう。
引き上げられるアリスを、アクア達は見つめた。そのアリスの目は酷く濁っており、デザートを取り上げられた子供のような、物語の結末を山場でネタバレされたような、そんな顔をしていた。
ともあれ少女3人は一人の炎を纏う少女に救われ、悲劇は避けられた。
ただ一つ、残念な点を挙げるならば一章一節一項の終わりがこんな粗雑になってしまった事だろう。だがまだ物語は始まったばかりだ。終わり良ければ全て良しとも言うように、終わりを見るまで物語の良し悪しはわからない。
アリスの、ショウの、そして蚊を潰そうと勢いよく振り下ろした手で自分の腿を破損させたサクラの結末は未だ遠い。
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